お友達という名の護衛
かたかたと馬車が街を進む。大通りがレンガでなめらかに舗装されている上に馬車の座席は革張りで中に何かが詰めてあるらしく、しばらく乗っていてもお尻が痛くなることはなさそうだ。
窓から外を見れば、貴族の馬車に獣人が乗っているのがそんなに珍しいのか、人々の視線が集まっているのを感じる。人からはどう見ても好意的ではないと分かる、さっきまで侍女から受けていた蔑むような視線だ。不思議なのは獣人で、なぜか憐れみのこもったような視線ばかりを向けられている。
「この国では、獣人差別が普通に行われていることは知っているでしょう?」
ずっと口を閉じていたカトリーヌが、おもむろに口を開いた。
私は視線を窓の外からカトリーヌに向ける。
「……話だけは。」
「わたくしのお父様が治めるこの領地は国境にあるから、戦争になれば戦地になる。それでなくてもこのティリアトス領の端にある深い谷には魔獣の巣があって、この領地には戦力が必要なの。だから有事のときは国外からやってきた獣人も雇うのよ。
けれど……もともとこの地に住んでいた者たちには、大人はもちろん小さな子どもにまで獣人差別が根付いていて、もう手の施しようがないほど両者の関係は最悪なの。」
「国がそれを認めているんだから、しょうがないんじゃないかしら。」
「でも、大きな魔獣が現れたり戦争になったりすれば、協力して退けなければならないでしょう?
もしどうしても協力ができないならできないで、獣人だけでまとまった何かしらを作ってでも、領地の戦力強化に務めなければならないと思っているの。戦争ももちろんだけど、魔獣に備えて……今の歴王がそうしているように。
けれど、この国の貴族であるわたくしたちは獣人から嫌われているし、獣人にとってこの領地は居心地が悪すぎて、拠点にはしてもらえないのが実情なの。」
悲しそうに目を伏せるカトリーヌ。
「その歴王の国の王都でも、差別禁止を謳ってるわりには獣人は獣人用の宿が用意されてたし、獣人の屋台には獣人しか並んでなかったわよ。スラム化しちゃってたけど、獣人だけが住むための区画みたいなのもあったし。
他の国より居づらいここを拠点にしてもらうのなら、そういうふうに、人を気にせずに過ごせる場所とか、そういう感じの配慮とかはないの?
傭兵としては、せめて街に帰ってご飯食べてるときとか寝てるときくらいは心安らかでありたいわね。」
「獣人専用の宿や食事処はあるのですが……生産者が人ばかりなので、なかなか物資を回してもらえないようなのです。」
「なるほど……」
「そしてそれを、領主であるお父様がよしとしているのも、差別に拍車をかけている……。」
馬車の外に視線を移して、深い溜め息をはくカトリーヌ。
人からカトリーヌに向けられる視線には、あまり敵意は感じられない。同じ馬車内に獣人を入れているというのに、だ。つまり領主は慕われているし、人にとってはこの土地は住みやすいということなのだろう。
あー、傍から見れば14歳と10歳の女の子たちが馬車の中ではこんな会話をしてるだなんて誰も思ってないんだろうなあ、などとどうでもいいことが思い浮かび、私は小さく苦笑した。
私は見た目だけで中身は大人だが、カトリーヌは本当に14歳なので、年齢のわりにはちゃんと考えているんだなあと感心しつつ、私は口を開いた。
「この国の獣人の扱いや貴女のオトウサマの考えを加味せずに言うけど、本当にこの街を獣人に拠点にしてほしいのなら、一旦、領主が獣人の宿やなんかの物資を買い上げればいいのよ。さすがに領主サマに買ってもらうんだから、最終的に獣人のとこに流れるとしても、それなりにまともなものを出してくるでしょ。
物資の件に関しては、生産者と消費者の間に誰かが入ってあげないと、どうにもならないんじゃないかしら。」
「……。……貴女は本当は10歳なの?」
「……。」
ちょっと喋りすぎたらしい。私はカトリーヌから視線を少しずらして、「たぶん?」と曖昧に答える。
「不思議な子。」
カトリーヌはくすりと笑うと、「そうね、」と続ける。
「貴女を雇ったのはね、領主は獣人を差別しているとしても、そうでない貴族もいるんだって示したかったの。領主の娘に“獣人の友達”ができれば、少しは獣人からの見る目も変わるんじゃないかなって。ああ、でも、貴女には命を救ってもらったし、もちろん護衛としても期待してるの。
……こんな話、家族は誰も聞いてくれないから、本当に貴女と出逢えて、雇えてよかったと思ってるわ。」
「私的には、家では護衛扱いでお願いしたいところね。全方向からの突き刺さるような視線を浴び続けるし、護衛扱いじゃないとしても、許されていたとしても私みたいなド平民未満の孤児が人前でご貴族さまにタメ口っていうのはちょっと……。名前もカティって呼べって言われてるけど、さすがにあの人たちの前では無理だし。」
「いいのよ。ああ、いえ、貴女にはよくないかもしれないけれど……わたくしは、家では、“突拍子のないことを突然言い出して家族を困らせるタイプの困った子ども”でいなければならないから、わたくしにとってはそれでいいの。」
「何、その問題児。」
「わたくしは、わたくしのお父様の第二夫人であるオバサンに命を狙われているの。お父様もお母様も知らないけれど、トリットリアでの賊は間違いなくオバサンの仕業だわ。」
「……ああ。」
「だから、私は家族を……特にお兄様の足を引っ張るようなことをして、できるだけオバサンに対しては無害であることをアピールしたいの。」
獣人差別を推奨している国の領主の娘がいきなり小汚い獣人の子供を連れ帰って、しかも友達とか言いながら自分のドレスを着させた上にタメ口で話せとか言い始めたら、まあ、確かに問題児扱いされるだろうが……問題児であることが無害に繋がるかといえば、ちょっと怪しい気もする。
「まあ、家の者は貴女が私の護衛であることは知っているんだけれど、さすがに貴女みたいなかわいい女の子が本当に戦えるなんて思ってもいないでしょうね。」
「そもそもこの服じゃあ、戦おうとしても戦えないわね。汚してしまいそうだし。」
「それについては問題ないわ。そのドレスは私にはもう小さいし、オバサンの下の子どもは男の子で、もう着る人もいないもの。それに本当に似合っているのよ?
そんなことよりも、わたくしは貴女のことを知りたいわ。馬車を手配したのも、本当はそのためなの。屋敷の中では、誰が聞いているかもわからないでしょう?
貴女がどれくらい戦えるのか、戦い以外では何ができるのか、獣人なのになぜ魔法陣や魔道具が好きなのかとか――できれば精霊の祝福や精霊様のお話も聞かせてもらいたいの。
わたくしたちを癒やしてくださった精霊様はどんなお姿をされていたのかとか、他にも精霊様を見たことがあるのかとか。」
「あー……」
私は呻いた。
ぶっちゃけ、“リネッタの設定集”のどこからどこまでを話せばいいのかまったくわからない。
今回は護衛の期限すらまだ決まっていないのだ。最悪ひと月も経たずに追い出されるかもしれないし、長ければ1年くらいは雇われているかもしれない。しかも相手は娘とはいえ貴族で、変に目をつけられるのもめんどうくさい。
私は少し悩んでから、口を開いた。
「それはまず、私がカティを知る必要があるわね。」
と、相手が貴族で、雇い主であるにも関わらず、私はストレートに言った。
「どういうこと?」
カトリーヌが首をかしげる。
「カティも知っていると思うけど、私には人に言えない秘密があって、それは仲良くなったからと言って誰にでも話すというわけにはいかないの。あなたは口が軽そうには見えないけれど、精霊の祝福のこともだし、霊獣化についても……私の霊獣化はちょっと特殊らしくて、なんというか……それらを他の獣人に知られるのは都合が悪かったりするのよ。」
「それはつまり、私が信じるに値するかどうか、まだわからないってことね。」
ちょっと頬を膨らませて、カトリーヌは私を見た。
「でも、そうね。それはしょうがないことだと分かるし、今、話してもいいと思うことだけでいいということにしておくわ。あ、そうね、じゃあ、好きな食べ物とかを教えてほしいわ。これから食事は一緒に食べるのだし、寝るときも私の部屋にベッドを置いているからずっと一緒なのよ。できれば、お風呂も。」
頬を膨らましつつも納得してくれたようで、カトリーヌはそう言ってにこにこと私を――って?今この娘は何て言った?
「は?」
「あら、どうしたの?」
「え、何て?」
「あら。ふふ、これから食事はいつも一緒に食べて、寝るときも同じ部屋で寝て、できれば入浴もわたくしと一緒にしましょうと言ったのよ。専属の護衛なのですから、どんなときでも、できるだけ近くにいてほしいのは当然でしょう。」
「…………はあ?」
ああ、だから、侍女たちがあれほど殺気立っていたのか……そりゃああなるのは当然だわ。
私はカトリーヌの屋敷に帰ったあとのことを思い浮かべ、げっそりした。




