エピローグ(?) 厄介事は向こうから
主都マウンズを出てから、10日ほど経った。
定期的に木の板に打ち付けられているお尻がそれなりに痛い以外は特に問題もなく、私が乗せてもらっている商隊は街道を順調に進んで、先日、無事にトリなんとか小国に入った。今はそのトリなんとか小国の主都トリなんたらに向かっているらしい。
『我ら遊牧の民
偉大なる自然と共に在る
受け入れよ 恵みも災いも等しきもの
その力は 平等に与えられる
我ら自由の民
土地を奪う者たちには武器を掲げ
荒れ狂う風雨のように駆ける
誇りを汚すものたちに 容赦はしない』
久しぶりに口ずさむ戦歌は、複数の遊牧民の一族が寄り集まって形成している国のものだ。
だだっ広い草原と少しの森を有するその国の国民は、一族ごとに数十から百人程度でまとまり、羊などの家畜と一緒に国土をぐるぐると移動しながら生活をしている。一族ごとに長を立てて代表とし、その長をまとめる大長が王に近い役割を担っている。
そんな彼らの戦歌の効果は、“馬の基礎体力向上”と“馬の物理防御の向上”、そして“道具の耐久度の向上”である。人に対しての効果は、ない。
なぜならば、彼らの国では国民が一丸となって他の国と戦争なんてことはしないからだ。
彼らには仲の良い、もしくは利害が一致している関係で強いつながりのある一族がある程度まとまってつくっている、いわゆる“派閥”がいくつかあり、派閥同士は酷く仲が悪いのだ。なので、周辺国に手なんか出していると、他の派閥に後ろを刺されるのである。
遊牧民といえど国という体をしていてなおかつそれを治める王的な役割を持った大長がいるのだから、国としての法もそれなりにある。
例えば、彼らの移動範囲だ。遊牧民といえど、それぞれの一族が好き勝手に移動していたら、まあ、他の一族とかち合って草原の取り合いになることは必至だろう。
しかしそういうルールをちゃんと守るほうが珍しいらしく、一族同士、派閥同士の諍いは日常茶飯事だそうだ。
で、遊牧民族同士の戦いには、馬が必須である。しかし、物々交換が主で金銭を使用することが少ない彼らにとって家畜は資産そのものでもあるので、できるだけ守りたい。
そこで、この戦歌である。
まあ歌う人数が少なければ少ないほど付与の効果も弱まるので、百人程度で歌っても、実際の効果はないよりはマシというか、気持ち的に歌うと士気が上がるよなとか、そういう程度である。
「今日はどういう歌詞なんだ?」
「えっと……自然はいろいろと平等に与えてくれるので、遊牧民は誇りを持って喜んでその土地を守るよ、という歌です。」
間違ってはいないだろう。
質問をしてきた――馬にまたがって荷馬車の横を進んでいる――トーラムは、その答えにやや首を傾げたが、「まあ、平等っちゃ平等……か。」と納得したようだった。
「喜んでるっつーわりには、結構荒々しい感じの旋律だったな。」
「そうですね。」
まあ、戦いの前に歌って心を奮い立たせるための“戦”の歌だし。
「この歌を歌うと、馬が元気になると言われています。」
「へえ、いろいろあるんだなー。」
トーラムは感心したように頷いたが、サーディスは「自然が平等という歌のどこに馬が……??」と首をひねっている。私はそっとサーディスから視線を外し、空を見上げた。
昨日の夜は遅くまで雨が降っていたので路面が濡れているが、今日はいい天気だ。
今、商隊が進んでいるこのトリなんとか小国は、マウンズ小国と違い雨が多いらしい。マウンズのように森に囲まれているわけではなく、国土には木々が鬱蒼と生い茂った山が点在していて、そこから流れ出す湧き水が国中に川をつくっているそうだ。マウンズに比べて雨が多いらしいので、(主にシルビアが)あまり長居はしたくないと思っている。
今も、荷馬車が進む街道の左側には岩山が広がっているが、右側はすぐ側に川が流れている。雨の影響で茶色く濁っていてそこそこ増水しているものの街道まであふれることはなく、一時は道を変更しようかという話になったものの、これなら大丈夫だろうと予定通りの道を進んでいた。
「平和だなー。」
トーラムがのほほんとそんなことをつぶやいた。
「そういうのは、仕事が終わってから言ってくれ。金もらってんだぞ。」
「でもよー、ここまで何にもないとなー。」
確かに、ここまでの10日間、この商隊は襲われていない。
一応、召喚獣を先行させているものの、本当に平和なのだ。魔獣も盗賊も、今まで全く見かけていない。
周囲は岩山なので見通しはそれなりに悪く、魔獣はいなくても獣くらいは――
(ヒまのニオい?)
「ん?」
と、ずっと黙っていたシルビアが突然話しかけてきたので、私は小さく首をかしげる。しかし私もすぐにそれに気がついて、「あー。」と声を漏らした。
「どうした?」
と、すぐに声をかけてきたのはサーディスだった。
私は召喚獣と交信して見えた景色を見つつ、見えたそのままを口にした。
「この先で誰かが盗賊らしき人たちに襲われているようです。」
「……は?」
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トーラム
正式なパーティー名ではないが、傭兵ギルドや傭兵らから“便利屋”と呼ばれいているランクB傭兵2人組のうちのひとり。サーディスとは同じ村の出身であり、その仲の良さから“便利屋”以外にもこっそりと“夫婦”と呼ばれていたりする。本人曰く、「なんか強い奴らが魔獣倒すのについてったら自分もいつの間にかランクBになっていた。実力ではない。」らしいが、ちゃんと実力もランクBである。よく頭がぼけており、シルビアと話が合うことも多い。
サーディス
“便利屋”の片割れ。どちらかといえば、こっちが“おかん”。やはり自分の力を謙遜しているが、ちゃんとBランク相当の実力はある。競争ごとがあまり好きではなく、傭兵ギルドで余った仕事ばかりしていたらなんか評判が良くなったのでラッキーだと考えている。低ランクの傭兵の育成も進んで受けるいい人。
シルビア(月の女神の神獣)
レフタルで森の民に神獣と崇められていた金色の魔獣。いろいろあって討伐されてしまい、その核はリネッタの杖の媒介になった。その後リネッタと杖が融合してしまい魔獣として受肉、それから覚醒を経て今に至る。好戦的ではないが、紫色の髪のあいつは絶許。人はおやつだったが、リネッタとの約束で食べないことにした。人は別にいいけど、魔獣が食べられないのは少し不満。水が苦手だが、触れないほどではない。お風呂は嫌い。
リネッタ
転移の影響で体の半分以上が魔獣と同じになってしまったが、いまのところは利点しかないので全然いいかなと思っている。むしろ魔獣の魔法が知れてひゃっほう嬉しい!くらいにしか考えていない。大昔に失われた霊獣化が使えるとか適当なことを言って、魔法やシルビアの戦闘力をごまかしている。ランクE傭兵になれたので晴れて害獣退治ができると思ったのもつかの間……三章へ続く。




