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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
森の国のリネッタ
153/298

商人の嬉しい誤算

 4台の荷馬車が、可愛らしい声で紡がれる歌に合わせるよう、軽快に街道を進んでいる。

 天気もよく風も強くない穏やかな日である。


 荷馬車が進む街道の両側には直ぐ側まで深い森が迫っており、この街道が森を分断しながら敷かれたものだとわかる。それが次の休憩地どころか隣のトリットリア小国との国境付近まで続いているのだから、先人の苦労は大変なものだっただろう。


 このマウンズ王国全てを包み込んでいる森には魔獣の巣があり相応に魔獣も出るが、魔獣の巣は出発地であるマウンズ小国の主都(しゅと)マウンズに近く、主都(しゅと)マウンズから離れるほど魔獣の危険は低くなる。主都(しゅと)マウンズを経ってからすでに7日が経過している現在、魔獣の心配はほぼほぼなくなったといってもいいだろう。

 とはいえ、魔獣が出なくなる代わり(?)に盗賊が出るので、それも()(わる)しといったところか。魔獣の場合は人的被害が大きく、盗賊の場合は人的被害よりかは積み荷の被害のほうが大きいが、どちらも出ないに越したことはない。


 ――まあ、今回に限れば、盗賊には危機感を持ってはいないがな。


 ルーフレッドは心地よく耳をくすぐる歌に耳を澄ませながら、そんなことを考えていた。

 歌声の主は、リネッタという獣人(ビスタ)の少女だ。前から2番めの荷馬車の一番うしろに座り、ここ数日、様々な歌を歌ってくれている。

 彼女は、見た目は何の変哲もない……いや、そういえば混色(まぜいろ)だったか。まあ、それくらいしか特徴のない、ただの愛らしい少女だ。

 しかしその実態は、霊獣化(バーサーク)を使いこなすランクEの傭兵である。聞くところによると、骨角猪(ボーンボア)程度ならば余裕で狩るそうである。

 話によれば、生き物の気配に(さと)く、遠くにいる魔獣や盗賊の気配にも気づくらしい。それが本当ならば商隊にとってこれ以上ない護衛であることは間違いがないだろう。


 街を出発する前はランクFの傭兵であった彼女は、今回、私が指名で出した依頼を完璧以上にこなし、ランクをひとつ上げたそうだ。

 まあ、あれだけのものを納品すれば、誰もが納得するだろう。


「くく……。」


 と、我慢できずにこみ上げてきた笑いを、ルーフレッドは喉の奥で潰した。

 思い起こすのは、主都(しゅと)マウンズの傭兵ギルドでお披露目された、リネッタが狩ってきたという納品物の数々である。


__________



 その日、納品物を確認してほしいという傭兵ギルドに呼び出されたトリットリアの魔道具商人ルーフレッドは、隠しきれない興奮をどうにかこうにか顔には出さないよう押し止めるので手一杯になりつつ、ゆっくりと熱いお茶に口を付けていた。


「……さすがに、驚かれますよね……。」


 向かい合って座っている傭兵ギルドの職員はやや苦笑いを浮かべながらも、こちらがどう答えるか気になっているようで探るような視線でうかがっている。

 ルーフレッドの答えはすでに決まっていたが、ここで上ずった声で返事をしては格好がつかない。もう少し心を落ち着かせてから答えるために、もう一口お茶をすする。


 ――本来ならば、その少女(リネッタ)はいてもいなくてもよかった。


 確かに以前彼女から提供された赤羽鳥(レッドビーク)の干し肉は絶品ではあったが、ルーフレッドにとってそれは手が出せないものではなかったし、赤羽鳥(レッドビーク)を獲れる狩人は多くはないが全く居ないわけではない。


 そもそもルーフレッドには頼んだ仕事が達成されるだろうという考えは全くなかったのだ。

 そう、仕事を頼んだのは、ほんの気まぐれだった。

 見覚えのある顔を偶然見つけ声をかけたら、あちらから話を振ってきたので面白がって了承した。ただそれだけだ。


 それがどうだ、この成果は。


 ルーフレッドは自分のほんの少しの気まぐれに、これほど感謝したことはなかったかもしれない。

 あのとき……そう、少女が一人で夕暮れの街道を歩いていたあのときにちょっと気になって声をかけたのは運命だったのだろうかと考えてしまうほどである。

 情けは人のためならず、とはまさに今日のような事をいうのだろう。


 ルーフレッドの目の前に置かれているのは、王に献上するための素晴らしい装飾品を作るべく、一等級の狩人が細心の注意を払って(とら)えてきたような毛皮や飾り羽。

 さらには、ルーフレッドどころか王侯貴族ですらなかなか手に入れられない逃足鶏(エスケープチキン)の肉や、他国で珍味として人気のあるマウンズの野生肉が保存の魔法陣の上にこれでもかと積まれている。

 聞けば逃足鶏(エスケープチキン)の肉だけで8羽ぶんもあるらしい。思わず笑いそうになりむせてしまったが、むしろ耐えたほうだとルーフレッドは自分を褒めた。


「もちろん全て買い取りますよ。逃足鶏(エスケープチキン)の肉は最初にお話した価格で、その他は傭兵ギルドさん側の言い値で買い取りましょう。素人の私から見ても、毛皮も肉も素晴らしいと分かります。これらを全て10才の少女が獲ってきたなんて言っても、兄は信じないでしょうね。」

「それが普通だと思います……。リネッタちゃんの保護者のお二人くらいですよ、“すげーなー”なんてのほほんと対応できるのは。」

「はっはっは、リネッタちゃんもですが、リネッタちゃんと親交の深いそのお2人も商隊に加わってくださるのは心強いですな。傭兵ギルドさんには感謝しかありませんよ。そのお2人を紹介してくださったから、リネッタちゃんと再会できて、こんないい取引ができたのですから――」


 “商人ギルドや狩人ギルドとも取引はしましたが、まさか傭兵ギルドで仕入れたものが一番いいとは思いもしませんでしたよ。”と続けようとしたルーフレッドは、すんでのところで口を閉じた。

 なぜならば、今回これほどの逸品(いっぴん)を手に入れられたのはリネッタという少女のおかげであり、これらはマウンズの傭兵ギルドで恒久的(こうきゅうてき)に手に入るものではないからだ。

 それに、今、室内にはルーフレッドと目の前に座っているギルド職員だけしかいないが、この会話がうっかり商人ギルドや狩人ギルドに漏れればどう考えても反感を生むだろう。それは商人として一番に避けなければならない失態である。


 とはいえ、実際問題、目の前に並んでいるリネッタからの納品物は飛び込みで取引をした主都(しゅと)マウンズのそれぞれのギルドでは手に入らないような珠玉の逸品(しゅぎょくのいっぴん)ばかりだ。

 それを考えれば傭兵ギルドで仕入れたものを一番の高級品扱いで荷馬車に積むことになるだろうし、その情報を必ずどこからか手に入れるだろう他のギルドから多少の反感を買うのはどうしても避けられないだろうが。


 そんな事を考えていた矢先に傭兵ギルドから出されたそれぞれの品の買取価格は、ルーフレッドにとって今日2番めに衝撃的なものであった。


「や、安すぎ、ません、か……?」


 利益を一番に考えなれけばならない商人であるところのルーフレッドから漏れたのは、そんな言葉である。


「買取価格としては、高めだと聞いていますが……」


 と、ギルド職員は首をかしげる。


 同じ等級のものを狩人ギルドで買おうとすれば、値切ったとしても最低でもその1,5倍……いや、2倍は払わなければならないだろう。商人ギルドであれば、平気な顔で3倍から5倍の値段をふっかけてくる。

 ギルドとは本来そういうところであり、ルーフレッドもそんなものだと考えていた。


「ギルドのあり方の違い……か……?」

「え?」

「差し支えなければ、この取引でのギルドの取り分を聞いても?」

「一律で、報酬額の1割と決まっています。」

「い……1割……?」

「これは全ての依頼で一律なんですよ。街中の力仕事でも、こういった納品の仕事でも、もちろん魔獣討伐の仕事でも、傭兵ギルドの取り分は固定です。まあ、これはマウンズ小国の傭兵ギルドの決まりで、他の国では違ったりするんですけどね。」

「そうなんですか、恥ずかしながら知りませんでした。」

「取り分、というか傭兵ギルドでは“紹介手数料”という呼び方をしているんですが、依頼人さんにはこういったお話は基本的にしませんしね。あ、傭兵さんたちが普段見ている掲示板の仕事一覧の報酬額は、手数料を引いた金額が書かれているんですよ。」

「そうなのですか。なるほど、紹介“手数料”という扱いなのですね。」


 などと口では納得をしつつも、それでも安すぎるとルーフレッドは思った。

 しかし、正規の手段で良いものを安く仕入れられるというのは商人としては非常に魅力的であり、しかも傭兵ギルド側もこの価格で納得しているのだから、これ以上食い下がる必要はない。

 ルーフレッドは提示された金額に対し、満面の笑みで了承したのだった。


__________



 トリットリアに帰って成果を報告した時の兄の驚く顔が今から楽しみである。

 荷馬車に揺られながら、ルーフレッドは定期的にこみ上げてくる笑いに肩を震わせるのだった。

__________


ルーフレッド・トイルーフ

 主都(しゅと)トリットリアに本店を置く有名魔道具店の主ブラウン・トイルーフの弟であり、優秀な右腕でもある。ブラウン・トイルーフは大商人アージャルの後継者と噂されるほど商才があるらしい。ルーフレッドはいつもニコニコしていて腰も低く穏やかなため、ムスッとした顔の兄の代わりに交渉の場に立つことも多いので、ルーフレッドこそアージャルの後継者だという人もいる。行動派で、商隊を率いてアトラドフ連合王国をぐるっと一周したりもする。


エリオット

 アトラドフ連合王国で名の通っている傭兵パーティー“バリュー・ワークス”のパーティーリーダー。キラキラ爽やかイケメンなランクB傭兵。面倒見がよく、パーティーメンバーからはもちろん傭兵ギルドや、拠点にしている街の住民からの信頼も厚い。


ポナ

 “バリュー・ワークス”のパーティーメンバーで、ランクB傭兵の獣人(ビスタ)。パーティーにはもうひとり、ラビアナというランクB傭兵で獣人(ビスタ)の女性がいる。


フィリンス

 主都(しゅと)シマネシアの傭兵ギルドのギルドマスター。ギルドマスターにしては少し若いものの、しっかりと役目を果たしている。裏ギルドとの繋がりがあるのではとまことしやかに囁かれている。(ばっちり繋がりがある。)


ギリトリアス

 裏ギルドの職員。フィリンスとは同郷であり、仲がいい。よく裏の情報を流してくれる。


火鬼猿(かえん)

 有名な魔人(ドイル)のひとり。あばれんぼうさんだった頃にいろいろやらかして、たくさん凶悪な通称がついたが、本人は全部気に入らない様子。昔とうって変わり最近はめんどくさがりになった。。刻印(スキル)は肉体変化・強化系のようだ。隠匿(じじい)とは特別な関係らしい。


隠匿(じじい)

 戦いを好まないイケじじ魔人(ドイル)。ピっと伸びた背筋は有能な執事を思わせる。仲間内や魔人(ドイル)たちの中でも名前を呼ばれることがまずなく、基本的にじじいやら刻印(スキル)名である隠匿(いんとく)やらの愛称(?)で呼ばれている。刻印(スキル)は隠れることに特化したもののようだ。火鬼猿(かえん)とは人に言えない関係(?)で繋がっているらしい。


解体屋(ヴェスティ)

 強力な毒の刻印(スキル)を持つ魔人(ドイル)。純粋な戦闘力は低いが、それを補って余りあるほど毒が強力なため、接近戦はまず無理だと考えたほうがいいだろう。(かせ)と性癖が一致しているらしい。


シーア

 姿を変えることができるらしい魔人(ドイル)火鬼猿(かえん)隠匿(じじい)と仲がいいようだ。

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