自重せず稼ぐ!
私は覚悟を決めた。
何の覚悟かと言えば、まあ、悪目立ちする覚悟、である。
“もうあと数日――5日ほどでこの街から旅立つことになるのだから、ちょっと目立つくらい稼いだっていいんじゃないかな?”とかそういう思考回路のもと、私は商人のおじさんから受けた仕事は自重しないことにしたのだ。
私は建物に入る前に、細くゆっくりと息を吐いた。
商人のおじさんから指名で仕事をもらってから、早5日。
私はここのところ毎日、森へとでかけている。朝から夕方までずっと森の中だ。
今日も、手元には狩ってきた獲物が入ったそこそこ大きな麻袋がふたつ。
両方とも商人のおじさんに納品するものだ。
私は夕暮れよりもいくぶん早く――一番込み合うよりも少し早めの時間帯に、ギルドの納品窓口のある建物の扉をくぐった。
薬草は摘んでいないので、まっすぐに解体窓口へと向かう。
「こんにちは。」
「あー…ああ、おかえり。」
今日は、いつもは解体場にいるという、たぬき耳の獣人のおじさんが窓口に座っていた。このおじさんは私がFランク試験のときに仕留めた骨角猪を解体してくれたひとだ(った気がする)。
たぬき耳のおじさんも他の解体窓口のひとから昨日までの私の話は聞いているようで、その顔には苦笑いが張り付いていた。まあ、獲物を持ち込み始めて3日目あたりから解体窓口に座っているひとには苦笑されっぱなしだし、現状、苦笑いされてもしょうがない状態なので、しょうがない。
「指名の仕事の納品ぶんです。」
そう言って、麻袋をカウンターにそっと置く。
「……そうか。」
やや困惑しながらも、たぬき耳のおじさんはふたつの麻袋を見下ろした。
この4日間ですでに大鍵尾リスを7匹、一角兎を6羽、偶然見つけた噛みつきもぐらが3匹と、肉は美味しくないものの黄色から新緑色にグラデーションのかかった飾り羽が特徴的な森林キジのオスを4羽納品している。
腐るものでなければあるだけ買い取ると言っていたので遠慮なく狩ってきたのだが、やはりこれだけ立て続けに納品する傭兵はあまりいないのだろう。あー、もしかしたら狩人ギルドなら在り得るかもしれないが、ここは傭兵ギルドである。
「買い取ってもらえなかったときは、ギルドで買い取りしてもらいたいです。」
「おうよ、ちと数が多いようだからちょいと預かって中で確認さしてもらうな。」
「お願いします。」
たぬき耳のおじさんがそう言って、奥の方へと麻袋を持って入っていった。
いつもみたいにここで並べられなくて助かった、と、私は少し肩の力を抜く。
麻袋の中には、逃足鶏がそれぞれ4羽ずつ、計8羽入っている。そう、8羽だ。
ちょっと(シルビアが)調子に乗りすぎた感もあるが、逃足鶏なら商人のおじさんに買い取ってもらえなくとも、たぶん傭兵ギルドが良い値で買い取ってくれるだろう。
本当は自分が食べるぶんも欲しかったのだが、焼くだけでは食べられないので諦めた。とても残念である。
と、予想はしていたが、すぐにたぬき耳のおじさんが血相を変えて帰ってきた。
「あ、あれ全部、お前さんが獲ったのか……!?」
「……はい、まあ……。」
実際に(シルビアが)追いかけてみて分かったが、逃足鶏は足が早くてそこらへんの猟犬ではまず追いつけない。シルビアでも追いつけなかったのだ。魔獣からさえ逃げ切れるというのは例え話でもなんでもなく、ただの真実であった。そのせいで煮込まないと食べられないくらい肉が硬いのだろう。……見た目はほわほわで可愛いんだけどなあ。
まあ、そんな一羽でも納品すれば騒ぎになる逃足鶏が複数羽いるのだ。たぬき耳のおじさんがそんな顔色になってしまうのはしょうがないと思う。
しかし、逃足鶏にしろ他の獲物にしろ、森を歩き回る以外にはこれっぽっちも苦労していない私は、周囲からの“貴重な獲物を狩ってきたという高い評価”に対して、なんとなく後ろめたい思いがあった。そんなモヤモヤを抱きつつ、私は頷く。
周囲から興味津々で探るような視線が集まっているのを感じ、私は少し体を縮こませた。不正をしているわけではないのに、なんだか責められているような気がする。まあ、この世界にとっては私の存在自体がある意味不正なのだけれども。
しかし、自重せずに儲けると決めたのは私なのだし、ここで目立つのは我慢するしかない。
本当はもっと堂々としていたい。そのために傭兵になったのだし。
次に落ち着ける街についたら、もうちょっと隠さずにいてもいいかもしれない。もう傭兵になってしまったのだし、霊獣化ですと言ってごまかせるものに関しては、よっぽど並外れたものでなければ隠す必要はないのだ。
いや、でも、変な人が近寄ってくるのは勘弁してもらいたいので、やっぱり目立つのはやめておこう、かな……。目立たないように、でも堂々と……って、10歳の傭兵っていう時点で難しい気がするけど。
「あ、納品は今日のぶんで最後になります。」
「お、お、お、おう。報酬は、依頼人に確認してからになるがいいか?」
「はい。お願いします。」
ぺこりと頭を下げて、その場を離れる。
すれ違う傭兵たちの視線が私を追っている、気がする。
街を出る前に、面倒事に巻き込まれたりしないといいんだけどなあ。
私は建物から外に出つつ、2日前に遭遇した狩人ギルドの職員のことを思い出す。
狩人ギルドとは、狩りやそれに携わる仕事で生計を立てている狩人が所属するギルドだ。
仕事を紹介するのが主な業務である傭兵ギルドとは違い、狩人ギルドは互助組合に近いと以前サーディスが話していた(ような気がする)。
その狩人ギルドの職員だという男が、狩人にならないかと誘ってきたのだ。
もう10日もしないうちに街を出るし戻ってくるつもりもないと知って諦めてはくれたが、狩りの技術は誰に習ったのか教えろだの何だのと、とても面倒くさかった。
そのときは「霊獣化で頑張ってます。」としか言いようがなかったので、それで押し通して、お帰りいただいた。狩人として生計をたてている者のなかにはもちろん獣人もいるが、傭兵のように獲物と戦うわけではなく、罠や猟犬を使って人と同じように狩りを行っているそうだ。つまり、霊獣化が使えない者も多い、と、そこで聞いた。
まあ、できるだけ獲物を傷つけないように狩らなければならない狩人と、そんなものは討伐してから状態を見ればいいという傭兵では戦いかたが違ってくるのはしょうがないことだろう。
それ以外でも、街の中で声をかけられることはないものの、たまに森の中であとをついてくる誰かの気配にも気づいている。もともと“気配”みたいなぼんやりとした感覚には疎かったのだが、そういうのに多少なりとも気づくようになったのはシルビアの影響だろう。
相手が誰であれ余裕で撒けるし、例え立ちはだかってきたとしても魔法抵抗のない相手なら睡眠の魔法か気絶の魔法の一撃で終わるのでほぼ気にはしていないが、ついてくるということは何かしら意図があるのだろうし、ちょっと怖い。
自分で言うのもなんだが、見た目が“か弱そう”な10才くらいの少女なのにも関わらずソロで高額の獲物ばかりを狩ってくるし、見た感じ(というか実際にも)お金に困っていなさそうだから、多少は変なことを考える輩が湧くのはしょうがないかなとは思うけれども。
そんなわけで、できるだけ面倒くさいことにならないよう目立たないよう振る舞ってきたつもりだったのだが、この街にいるのがあと5日というなら話は別なのだ。多少目立っても街を離れれば自然と私に対しての記憶も薄れるだろう。
私は、そのうち支払われるだろう報酬にウキウキしながら、宿への道を急いだ。
これから5日間は休息やら旅の準備やらをまったりとする予定だ。この街には一般人として普通に暮らしている獣人の住人もいるので、獣人の子供である私でも、どこの店に入っても顔をしかめられたりはしないし買い物も問題なくできるのでありがたい。
今のところお金には困っていないので、干し肉はいいものを買おうと思っている。
本当は赤羽鳥を捕まえたいところなのだが、残念なことにあの美味しい鳥はこの辺りには生息していないのだ。本当に残念である。
そもそもこのマウンズの森の獣は癖が強かったり肉が硬かったりで、焼いたらすぐ食べれる・干すだけで美味い、といった鳥獣がいない。そのおかげでマウンズ独特のハーブたっぷり料理が生まれて、特色になって、それを食べに他国から人が来るのだから、マウンズにとっては良いことなんだろうけど。
そういえば歴王のいたあの王都には乾燥させた果物がたくさんあったが、この街にもそういう甘味が少なからずある。
そこら辺りに生えているベリーや果実を乾燥させたもので、さすがに果実園で丁寧に育てられているという王都の果物ほど甘くはないが、手頃な甘味であるそれらはどの商店にも置いてあるし、結構売れている。
自然に生えていただけなので味もそれなりでしかないが、生育に人手がかからないし、すぐ側の森で採取できるぶん王都の乾燥果物よりも遥かに安く、子供のお小遣い程度で買えるので私も買って行こうと思っていた。
中にはかなり酸っぱいものが混ざっていることもあるが、そういう当たり外れも含めて私は好きだ。
宿に入るとトーラムとサーディスが食堂で仕事の話していたので、混ぜてもらう。
そうそう、この5日間のうちに、お世話になったこの2人へのお礼もどうにか用意しておかなければならないだろう。何を用意するかはまっっっったく考えていないが、まあ、なんとかなるだろう。どうしても何も用意できなければ、最悪お金をそのまま渡すという手もあるし。
私は2人の今日の仕事の話などを聞きつつ、渡すものは何がいいかなあと考えながら夕食どきを待つことにした。




