旅立ちの予感
“マウンズの十年禍”から半月ほど経ったある日、私はトーラムとサーディスに連れられて傭兵ギルドを訪れていた。
理由としては、掲示板に張り出された仕事を全く受けず薬草の納品と小動物の納品ばかりしている私を見かねた2人が、私でもできる掲示板の仕事がないか一緒に見に行こうと誘ってくれたのだ。
“仕事の仲介”が主な収入源となっている傭兵ギルドでは、薬草摘みよりも掲示板に張り出された仕事の方が報酬も良く、もらえるギルドポイントも高い。
早くランクEになりたいのなら掲示板の仕事を受けるのが一番効率がいいのはもちろん私も知っていたのだが、いかんせんランクFの仕事で私が受けられそうな仕事がないので、私は最近は掲示板を見ることすらしていなかった。
ランクF傭兵の仕事は主に街中での力仕事ばかりなのだ。
荷運びやら薪運びやら水くみやら大工手伝いやら……もちろん今の私の体なら多少の荷物なら担げるだろうが、力仕事に10才の少女が応募してきたら確実に傭兵ギルドに苦情が来るだろう。かろうじて草むしりくらいなら雇ってくれるかもしれないが、傭兵に頼みたくなるほど草がぼうぼうな土地なんてなかなか出るものではないので、相当運が良くなければそんな仕事に巡り合うことはできない。
そういうわけで今日も当然のように私が受けられるような仕事はなく、私の仕事探しを諦めたトーラムとサーディスは自分たちの仕事を探していたのだった。
そこに現れたのが傭兵ギルドの職員の女性である。
どうやら2人に紹介したい仕事があるとのことで、場所を個室に移動しての説明となった。本来ならば私は入れないのだが、今回はなぜか私も連れての移動である。
「これです、どうぞ。」
そう言って一枚の獣皮紙をトーラムに手渡すギルド職員。
それをざっと眺め、トーラムは眉間に少しだけしわをよせ、サーディスは小さく「トリットリアか。」とつぶやいた。
「隣の主都かー、遠いなあ。」
「ランクBとC向け?報酬に幅があるのは――」
「盗賊とか魔獣とか出たら変わるってことだろー?」
「依頼主にもよるんじゃないか?それ。仕入れがうまくいかなかったのはお前らのせいだって難癖つけられて、報酬から減額とかあったじゃないか。」
「あー、あった……。」
「依頼主は……ん?魔道具の有名どこか?いや、魔道具を運ぶにしては報酬少なすぎるか?」
「荷が魔道具になら桁が違うだろ。」
「そうだよな。」
魔道具とは、武器や防具などに魔法陣を彫り込んだ装備品の総称だ。変わったものとしては宝玉だったり、大盾に彫り込んであるものもあるらしい。
前々から思っていたのだが、この世界の魔道具――魔剣やら魔具やら――を私はまじまじと見たことがない。魔獣と戦うトーラムとサーディスの剣は魔剣なんだろうなあとは思っているが、興味本位でうっかり魔法陣を発動させかねない気がするので、2人に見せてもらうことは自重していた。
なので、魔道具を観察してみたい(できれば発動させてみたい)欲は、私の中で日に日に大きくなっている。もちろん、回復薬をつくる魔法陣についての興味も同じである。
今回は違うようだが、魔道具を運ぶ荷馬車の護衛……護衛中に中身を見せてもらえたりするのだろうか?……いや、さすがにないか。
「トリットリアは本拠地だし、もしかしたら納品の帰りってこともあるんじゃないのか?」
「あー、納品ついでの買い付けか。」
「――で、どこまで聞いて良いんだ?」
と、獣皮紙とにらめっこしていたサーディスが顔をあげ、ギルド職員に聞く。
「考えておられる商隊で合っていますよ。報酬については、まあ、魔道具店の商隊というだけで盗賊に襲われやすいので、襲われた時点で報酬の上乗せをすると聞いています。例え奪われたとしても、中身は魔道具ではなく、お二人の予想通りここマウンズで買い付けていただいた特産品ばかりですけどね。あ、そうそう、野宿のときの食事は相手もちっていうの、なかなかいいと思うんですけどどうです?」
「おっ、まじか。」
「確かに書いてあるな。……いい話なんだが……あー。いかんせん、遠い、な……。」
サーディスがうめく。それにトーラムも「そーなんだよなー。」と同意した。
「出発は10日後か。えらく先だな?」
「そうなんです。昨日の遅くにこの街についたばかりだそうで、その足で依頼しに来られたんですよ。声をかける傭兵は傭兵ギルドに一任されるということですので、とりあえず今お仕事のないお二人はどうかなと思いまして。」
「なるほどなー。」
「いいお話だと思うんですけど……ちょっとした繋がりも作れるいい機会でもあると思いますし。」
「そうなんだよなー。」
「……何か、問題があるんですか?」
ふと、私は何気なく聞いた。
トーラムもサーディスも、傭兵ギルドから打診される仕事はよっぽどのことがない限り断らないと聞いている。
しかも今回紹介されているのは、よくはわからないがたぶん2人のよく言う“割のいい仕事”のはずである。
しかし、私の言葉にトーラムとサーディス、そしてなぜかギルド職員までもが困った顔で私に視線を向けた。
「問題っつーか……」
トーラムが言いよどみ、「俺らが居ない間に何かあったら困るだろ、リネッタ。」とサーディスが続けた。
…………どうやら、もしかしなくても私のことを心配してくれているようである。
「俺らは、普段から他の傭兵に恨まれるようなことはしてないつもりだが、それでも思考回路ぶっ壊れてんじゃないかっつーようなやつもいることにはいるからな。」
「リネッタが捕まえてくる獲物関係で目をつけられてる可能性はなくもないだろ? まあ、そんなに心配はないと思うんだけどなー。」
次は私が困った顔をする番である。
そもそも私が傭兵ランクを取ったのは、傭兵として堂々と仕事をしたいのもあるが、保護者扱いであった2人の負担を無くすためでもあるのだ。それなのに未だに仕事を制限させてしまっていたなんて思ってもみなかった。
そろそろ、どういった形でもいいから今まで負担してもらっていたものも返さなければならないと考えていた矢先である。これはこの仕事を是が非でも受けてもらわなければならない。
そのためにはこの2人の保護下から完全に抜け出すことが必要で、つまりそれはそろそろこの主都マウンズからの旅立ちを考えなければならないということなのだろう。
「私もそろそろ旅の続きを始めたいと考えていたので……そうですね、これを機に旅を再開するのもいいかもしれません。」
「ん?でもまだランクFのままだろ?いいのか?」
「この町でも他の町でも、薬草摘みをしながら小動物を納品する以外の仕事はなさそうですし、それでも食べていくには不自由しないので、気長にいこうかと思いはじめていて。」
「なるほどなあ。」
「いいんじゃないか?まあ、ちょっと急のような気もするが。」
「ま、いつかは旅立つって聞いてたしな。」
トーラムとサーディスはうんうんと頷いた。
「ただ、ここらあたりは薬草の買取価格が高いが、他所では安かったり、そもそも薬草畑がある街じゃあ買い取りしてなかったりするから、そこは考えたほうがいいかもしんないけどな。」
「俺らは護衛の仕事で遠出するときは、ちょっと高めの香草をかさばらない程度に買って行って、高く売れそうなら売ったりもしてるぞ。ま、懐と鞄に余裕があればの話だが。」
「香草……そういえば、毎日食べてるのに、納品したことはなかったです。」
「ああ、傭兵ギルドは取り扱えないんですよ、あれは商人ギルドのほうの領分なので。逆に薬草は傭兵ギルドだけが買い取りしています。」
「ああ、そうなんですか。」
私の質問に答えてくれたのは、ギルド職員の女性だった。
ギルド同士でいがみ合わないために住み分けているということなのだろう。
まあ、薬草ですら草むしりのようにぶっちぶっちと引きちぎるような傭兵が摘んだ香草なんて、傷んで使い物になりそうもないし。
「たとえばここで香草を買ったとして、傭兵でも商人ギルドで買い取ってもらえるんですか?」
「少量で、質が保たれているのなら大抵の商人ギルドで買い取ってもらえると思いますよ。ただ知識がないと買い叩かれてしまったりもしますけど。」
「ああ、それはありそうです。」
なるほどなるほどと私は頷いて見せてから、私はトーラムとサーディスに向き直った。
「……と、いうわけなので、トーラムさんとサーディスさんは私に構わず、したい仕事をしてください。」
「そうか……まあ、別に俺らがいなくても、この街にいてもいいんだけどな?」
「はい。でも、元々旅の途中でしたし、いい頃合いだと思うんです。」
「リネッタちゃんがいなくなっちゃったら、またちょっと上質な薬草が不足ぎみになっちゃいますね。」
そう言うとギルドの職員は、ふふっ、と笑った。
そのとき、コンコンと個室の扉を軽く叩いてから、一人の若い人の男が部屋を覗いた。
「あの、依頼人さんが何か頼みたいことがあるとかで、窓口にいらっしゃってるんですが……」
「あ、今行きます。お仕事受けられるんでしたら、お二人も一緒にいかがですか?」
「ん?じゃあ行くか。」
「そうだな。」
トーラムとサーディスはそう言って立ち上がり、急ぎ足で部屋から出ていくギルド職員に続く。
私は一人で個室に残っているわけにもいかず、それとなく自然についていくことにした。
「……、……?」
ギルドの依頼受付窓口にいたのは、どこかで見たことのあるような恰幅のいい、人の良さそうなおじさんだった。
「いやあどうもどうも、昨日はありがとうございました。」
人懐っこそうな笑顔を浮かべながらギルド職員に頭を下げる依頼人らしいおじさん。
「いえ、それでお話というのは……」
「ああ、それが――おや?」
と、おじさんの視線がギルド職員の後ろのトーラムとサーディスに流れ、それから私で止まる。
「あ、紹介が遅れました、このお二人は、今回護衛の仕事を受けてくださるトーラムさんとサーディスさんです。」
「これはこれは、よろしくお願いいたします。」
ふかぶかと頭を下げるおじさんにトーラムとサーディスはぎょっとして、「いやいやいやいや、こちらこそよろしくお願いします。」と慌てて頭を下げた。
「それはそうと……君は確か、リネッタちゃん、だったね?」
「えっ……」
どこかで見た顔だと思ったら、知り合いだったらしい。
しかしどこで見たのかさっぱり思い出せないので、私は目をぱちぱちと瞬かせた。
「ああ、無理もない、もう半年……いや、一年近く経っているからね。
ほら、以前、アウロラの街から主都シマネシアまで商隊でご一緒した者ですよ。エリオットさんのパーティーが護衛してくださっていて……」
「あ、ああ。」
なんとなくぼんやりとふわっと思い出したような気がして、私は声をもらした。
エリオットは覚えている。後から聞いた話だが、なんか有名どこらしい何とかとかいう傭兵パーティーのリーダーで、シルビアが名前を間違えて覚えていたちょっとキラキラした人である。
それでこの人は確か……そう、一人で夕暮れどきの街道を歩いているときに声をかけてくれたおじさんだ。よし、思い出した。
「あのときはありがとうございました。」
一応、こちらもお礼を言っておく。
「いえいえ、こちらこそ美味しい干し肉をありがとうございました。
……と、そうでした、それなんですが……」
と、商人のおじさんは視線を私からギルド職員へと向けた。
「実はですな、商人ギルドに特産品を買い付けに行った際、ごく最近、逃足鶏の納品があったらしいと聞きまして。早速狩人ギルドに行ってみたのですが、なんと傭兵ギルドからの納品だとか。
もしや、例の“御用達パーティー《美食家》”がギルドに立ち寄っているのではないかと思い、来てみたというわけです。」
「あ、ああー……」
そうギルド職員が気まずげに明後日の方を向き、トーラムとサーディスも視線をそらす。
それを見た商人のおじさんは、「これは……個室に移動したほうがいいですかな?」と目を細めた。
「そうですね、お願いします。」
ギルド職員はそう言ってから依頼窓口に何言か声をかけ、それから私とトーラムとサーディス、そして商人のおじさんをさっきまで私たちが使っていた部屋に案内した。
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「早速ですが、ルーフレッドさん。逃足鶏を納品したのは美食家ではありません。それから、傭兵ギルドとしては逃足鶏を納品した傭兵さんとの間を取り持つことはできますが、納品した傭兵が許可しないかぎりここで傭兵の名前を明かすことはできません。」
「なるほど……」
ルーフレッドはふむふむと頷いてから、
「では、とりあえずでいいので聞いてみていただけませんか?もし納品していただけるというなら、報酬にかなり色を付けましょう。護衛に加わっていただければさらにありがたい。」
「分かりました。」
「そうですな、状態にもよりますが、一羽につき金貨8枚前後で、数は問いません。もちろん一羽から買い取ります。解体は本人か傭兵ギルドさんにお願いしたい。ああ、状態の良し悪しはそちらで判断してもらって結構ですよ、そのほうが公平ですからね。持ち帰る時には干し肉にするので、内臓の傷の有無は問わないということにしておきましょうか。」
一羽につき金貨8枚……?ちょっとした衝撃である。
傭兵ギルド側に手数料を取られたとしても、じゅうぶんすぎる報酬……というか、逃足鶏って本当に高級食材だったんだなあ……と、私は今さらそんなことを考えていた。
逃足鶏をもう一度食べたいという思いはあったのだが、よく調理をお願いしていた料理人がやめてしまい頼みづらくなってしまったので、私が納品した逃足鶏は後にも先にもあの一羽だけだった。
それに、あんまりにも珍しい獲物すぎて悪目立ちしている気もしていた。すでに一部の傭兵たちの中で私のうわさは広まっているようで、先日も「狩人の嬢ちゃん!」と知らない傭兵から声をかけられたばかりである。
しかし、もうこの街から出るのなら多少目立っても問題ないだろう。
聞けばこのルーフレッドは、魔道具店を営んでいるらしい。
赤羽鳥の干し肉も喜んで食べていたし、あわよくば魔道具を色々とみせてもらえるようになるかもしれない。
「あの……」
私は機を見て、ギルド職員とルーフレッドの会話に口を挟んだ。
「護衛の仕事はランクCからと聞きましたが、例えばランクFの傭兵でも、逃足鶏を納品したら雇ってもらえる可能性はありますか?」
その言葉に、きょとんとするギルド職員とルーフレッド。
しかしルーフレッドはすぐに笑顔で「もちろん。」と言葉を返した。
「ただし、本人が狩ってきた逃足鶏なら、の話だがね。まあ、ランクFだと護衛として雇うには少し心もとないし、元々お願いしている護衛の人数にさらに追加で雇うことになるだろう。報酬も他の護衛と同じにはできないだろうね、護衛として使えるのなら話は変わってくるだろうが――。」
「……指名の場合って、ギルドポイント、加算されますか?」
と、今度はギルド職員の方を向いて聞く私。
「されますけど……」
ギルド職員は困惑気味にそう頷く。
トーラムとサーディスはどこか達観した顔でそれを眺めているだけだ。
「……もしや、逃足鶏を納品した傭兵というのは、リネッタちゃんの知り合いかい?それなら話が早く――」
「いえ、私です。」
ルーフレッドの言葉に、私は先にそう答えた。
「え?」
「私が逃足鶏を納品したという傭兵です。ランクはFです。」
「……?」
「はい、たしかに以前、逃足鶏を納品したのはリネッタちゃんで間違いありません。」
それとなくルーフレッドに視線を向けられたギルド職員が答える。
「リネッタちゃんは普段から一角兎や大鍵尾リスなどの狩人でも無傷で仕留めるのが難しい獲物をいい状態で納品していますし、ここだけの話、ベテラン狩人顔負けのハンティング技術の持ち主なんです。」
「それがなぜランクF……いや、年齢的なものか。」
ルーフレッドが何かを考える仕草をしながらそうつぶやいた。
それから私に視線を向けて「もしや以前の干し肉も?」と聞くので、「自分で狩ったものです。捌くのは難しいので、近くの街で処理だけはお願いしています。」と正直に答えた。
私は不器用ではないが、器用というわけでもない。
羽を毟るだけならできるし、内臓だってあの匂いやら何やらを我慢して抜こうと思えば抜けるだろう。しかし私に無造作に毟られた飾り羽はボロボロになって売り物にはならないだろうし、内臓は抜くときに綺麗に抜けず肉がまずくなってしまうかもしれない。
そういうのを回避する上でも、そういうことはその道のプロに任せたほうがいいのである。
「なるほど、わかりました。では、リネッタちゃんに指名で納品依頼を出しましょう。」
ルーフレッドは、私が思っていたよりもあっさりとそう言った。
「もちろん、護衛として……いや、リネッタちゃんの場合は吟遊詩人として雇うというのもまた面白いかもしれないね。もう一度あの歌を聞きたいと思っていたところなんだよ。」
「吟遊詩人……」
歌を仕事にしている人たちと同列に扱われるのは申し訳ないのでやめてもらいたいとは思ったが、すぐに護衛よりは楽ができそうだと思った私は「お任せします。」と頷いた。
ぶっちゃけ隣の主都までの移動手段が確保できた上に、歌うだけでお金がもらえるというのだから、完璧である。
「では、逃足鶏は何羽獲ってきましょうか。」
「リネッタちゃんが無理しない程度でいいんだよ。」
張り切る私に、やや苦笑気味のルーフレッド。
まあ、そもそも捕まえるのが大変だと聞いているし、名前は覚えていないがこないだ河原で出会った傭兵のおっさんが“ランクBでも入るのを躊躇うくらい森の奥に棲息している”と言っていたので、たしかに“普通の”狩人や傭兵には危険なのだろう。
ルーフレッドは、何よりも私を心配してくれているようだった。
「では、逃足鶏以外に何か欲しいものがあれば狩ってきますよ。」
「ふむ……それなら、逃足鶏以外にも買い取れそうなものは買い取ってあげよう。買い取れないものもあるだろうが……先程、よく納品していると言っていた一角兎の角や大鍵尾リスの尾などはいくらあっても困らないからね。」
「分かりました。」
私はゆっくりと頷いた。
その後少し雑談を挟み、私を雇うかどうかは逃足鶏を納品したあとで話そうということになってその日は解散となった。
ちなみにトーラムとサーディスはずっと空気のままで、結局護衛のほうの仕事の詳細は、護衛の仕事を受ける傭兵が全員決まってからとなったのだった。




