5-1 王城内にて
「内部からだと?」
ディストニカ王国の王都ゼスターク。その中央にそびえる王城の、西棟の一角。占術師達の魔法研究所の奥にある専用の個室で、占術師と魔術師達を束ねる占術師長カーディルは、見事な白いあごひげを撫でながら唸った。
目の前の壁に貼り付けられた、巨大な一枚物の魔獣皮。それに事細かに描かれた王都の見取り図を睨む。
守護星壁が消えたのが4日前の朝、その日のうちに貴族街のある第二壁内まではどうにか応急処置的に不可視の防壁で覆うことができたが、守護星壁を復活させるにはまだもう少し時間がかかる。
しかも、国民に知られずに防壁を張らなければならなかったので、元からこの王都にあった王都壁の防御魔法陣を発動させるわけにもいかず、王都の防御は今、ひどく脆いものとなっていた。
「はい。調べたところ、場所は東区と北区の、第二壁内から第三壁内あたり、ですね。ただ、第三壁内には、スラムや国外の連中の立ち入りが自由ですから、場所をもう少し詳しく特定してみないことにはちょっと。」
黒いストレートの長い髪が美しい長身の女がそう言ってわざとらしくため息を吐く。
「そうか。お前はどう思う?」
「スラムには反乱分子になり得る獣人も多く居ますし、この機会に一掃できるかと思ったんですが、あれらは体力はありますが魔法陣関係には酷く疎いですから、今回は違うでしょうね。残念ながら。」
「では、王都内で魔人でも生まれたか、他国か、考えたくもないが協会の連中か。どうやったかは知らんが……頭が痛い。」
「魔人の可能性は低いのではないでしょうか。なりそこなって魔獣化してしまった者なら相応の被害が出ているでしょうし、意識が残っているならばさらに被害が拡大しているはずです。しかし、今のところ、目立った問題は起きていません。
一番あり得そうなのは、魔術師寄せ集め協会ではないですか?劣等感が集団行動の原動力みたいですし、他国と共謀して愉快犯みたいなことをしでかしてもおかしくはないと思います。……まあ、寄せ集めは何人集まろうが足し算にしかなりませんから、守護星壁を破壊するなんて出来ないと思うんですけど。何にしても、詳しい場所を特定してからですね。」
「そうか……。」
棘をふんだんに取り入れて放たれる言葉に、カーディルはわしわしと頭を掻いて、秘書であり遅くにできた末の娘である彼女に視線を向けた。
「ワシの前だけなら構わんが、他の連中の前でそんなふうに言ってくれるなよ?ロイス、お前は口が悪すぎる。獣人についてもだ。暦王のやつがああ言っているのだから、獣人というだけで反乱分子と決めつけてはならん。」
「分かっています、もちろん調べた上での発言です。事実、壁外のスラムには、鳴りを潜めてはいますがいつ行動を起こしてもおかしくない輩もいます。それに……。」
ロイスは一旦言葉を切って、じっとカーディルを見て貴やかに笑ってみせた。
「こうやって本音でお話しできるのはお父様だけです。お父様以外とは、暦王様も含め、正直、あいさつを交わす事すら億劫ですから、無駄なお話はいたしません。
それでは、情報が入り次第お知らせしますね。失礼します。」
いい笑顔できっぱりとそう言いきってきびすを返し、ロイスは返事を待たずに颯爽と部屋から出て行った。
ああ、どこをどう育て間違えたのか。
カーディルは、今日何度目かになるため息を静かに吐いたのだった。




