マウンズの十年禍 2
今日もトーラムとサーディスは魔獣討伐用にきっちりとした装備をしてきていた。
腰にはそれぞれ魔法陣が刻みこまれた2本の剣が差さっているし、解体用の肉厚の短剣も腰の後ろに留めている。
トーラムの腰に刺さっている一本は、トーラムの要望に合わせて少し幅広に造られたロングソードだ。
大きな仕事が入ったあと、かねてからサーディスが主都トリットリアの名工に剣を一本打ってもらいたいと言っていたので、ついでに一緒に打ってもらったものだった。
もう一本は、それ以前から使い込んでいる愛剣(2代目)である。
こちらは傭兵ランクがBに上がった際に使っていた剣がぼろぼろだったので、主都マウンズの武器店で買い直したごく普通のロングソードだった。魔法陣が彫り込んであるため高価なものではあるが一品物ではなく、折れても同じものを買えばすぐに手に馴染むだろうという安易な考えで買い、魔獣に蹴られた際に一回折れたのでこれは2本めである。
買い直したとき、もちろん同じ型の剣であってもすぐに手に馴染むはずもなく少し苦労はしたが、それでも慣れた長さと重さであり、トーラムはこれが折れても同じ型のものを買うだろうと考えていた。
トーラムの隣を歩くサーディスの腰に刺さっているのは、主都トリットリアの名工に打ってもらったロングソードと、根本から刃先にかけて緩やかに幅広くなっていくファルシオンという種類の剣である。
このファルシオンを買ったのは主都マウンズの武器店で、トーラムの愛用しているロングソードと同じ店で買った、これまた一品物ではないオーソドックスな型の片手剣である。
サーディスはさらにもう一本、クレイモアという背負うタイプの長く重い両手剣を持っていたが、今日は持ってきていなかった。
背負わなければならないほど長いその剣はそもそも攻撃をするための剣ではなく、魔人討伐や強力な魔獣の討伐などでしか使わない魔法陣の効果ありきのものである。
もちろん長く重い剣からの一撃は相応の殺傷能力も持ち合わせているが、あれを森の中で振り回しても周囲の木々に阻まれてまともに使えないので、よほどのことがない限りは宿で留守番していた。
2人が着込んでいるのは、揃ってよくあるタイプの鉄と革を合わせた軽鎧だ。
こちらにも一応魔法陣が刻まれてはいるが、鎧は消耗が激しいためにあまり高価なものではなく、誰の体にも合うように調節紐が付いている量産品である。
そんな2人の後ろに続く獣人4人は、4人ともが革鎧を着ていた。
肉弾戦が主な戦法である霊獣化を使う獣人の装備の基本は、皮革である。鉄板が入っているとしなやかな体の動きを阻害されてしまうし、体も重くなってしまうからだ。
代わりに霊獣化により体の耐久力をあげ、装備する革も魔獣のものを使うなどして防御力の底上げをしている。
魔獣の皮は高価なので武器防具と揃えようと思うとかなり厳しいが、主都マウンズでは魔獣討伐の仕事をする獣人は最低限、魔獣の革と鉄板を使用した手甲だけは装備していた。そうしなければ傭兵ギルドで魔獣の討伐依頼が受けられないからである。
この日の4人も、さすがに魔獣の革鎧までは用意できなかったようだが、武器だけは魔獣の革を使ったものを装備してきていた。
「あ、あの……」
前を歩くトーラムとサーディスに、犬耳の獣人セブルスがおずおずと声をかけた。
「えっと、その……今さら、なんですが、僕たちはどう戦えばいいですか?」
「んー?」
「色々と情報は仕入れてはきたんですけど、普通の魔獣なら殴ればどうにかなるイメージがあるんですが、相手が木だと打撃攻撃が効きにくいって聞いて。僕たち、擬態木とも戦ったことがないのでどうにも想像しづらくて。
それに僕たち、まだ僕たち4人だけのパーティーで魔獣と戦ったことがないんです。昨日4人で話してたんですが、魔獣の解体には魔法陣が発動した刃物が必要だし、そういうときは僕達だけの場合はどうすれば良いんだろうって、それもちょっと聞きたいです。」
「あー、なるほどなー。」
トーラムが頷く。
「俺たち6人と、もうかたっぽのバーナーのパーティーはな、基本的に人がメインで戦うことになってんだよ。もちろんお前らの経験のために、最初はがっつり戦ってもらうけどな。あ、これ、ギルドからこっそり言われただけだから秘密な。だからまあ今回は、やりたいようにやればいいよ。」
「僕たちの経験のために、ですか?」
「ああ。獣人と植物系の魔獣の相性は悪いんだ。小さめの擬態木ならいけるかもしんないけどなー。そこら辺のそこそこ太い木を霊獣化して殴ったら幹ごとへし折れて飛んでいくとかいうやつは別だけど――。」
「無理、ですね……。」
「それが普通だよな!で、例えば俺たちがいない場合、つまり獣人だけで木の魔獣と戦り合う場合は、……鉄爪、ってことになんのかな。」
「クロー……ああ、手甲に長い爪がついているあれですか。」
なるほど、と、獣人たちは頷き合い、すぐに、「でも、」と続ける。
「それ、爪の先まで霊獣化してるってこと?」
「む、難しいね。」
「体から離れたところまで強化かあ……厳しいかもなあ。」
「うーん。」
仲間うちで口々に意見を言い合っている。
サーディスに言わせれば、パーティーに人を入れたら済むことだとは思うのだが、たまに獣人だけでパーティーを組みたいという獣人もいるのだ。
他国から来た獣人に多いのだが、その場合、打撃だけで魔獣をどうにかするのは難しいので、鉄爪のような刃先がある武器にも霊獣化をかけられるような技術を持った獣人が必要になってくる。
まあ、マウンズの傭兵ギルドの場合は、ランクCが魔獣討伐を受ける時は必ずランクBの人と組ませるので、ランクCのうちに鉄爪ごと霊獣化出来るよう鍛えておけばなんとかなりそうではあった。
ぶっちゃけトーラムもサーディスも人なので、そこらへんの事情はよくわからないというのが本音である。
「で、今回お前たちがするのは、根や枝、たまに蔓とかも使うらしい【擬態魔林】の攻撃をうまく自分に刺さらないよう“捌く”練習だ。練習というか、ぶっつけ本番だけどな。
こないだの仕事のときも言ったが、刺さってもすぐに干からびて死ぬわけじゃあない。毒を持つやつもいるらしいからそこらへんの薬は持ってきたが、まあ、今までは即死するようなのは確認されてないから多少は刺されても大丈夫なはずだ。」
「俺らでも、うっかりすると擬態木に刺されたりするからなー。」
「ああ、そうだな。だが、俺らの鎧には鉄板も入ってるし魔法陣で強化されてるが、お前らの革鎧だと【擬態魔林】の攻撃が貫通する確率が高い。……いや、鎧が魔獣の革じゃないんだから確実に貫通すると考えたほうが良いだろうな。それでもそこらへんの、そうだな、こないだ出遭った魔獣とかに噛まれるより痛みも傷も何倍もマシなはずだ。枝くらいなら殴りゃちぎれるだろうし、太い根なら俺らだって切り落としてやるからパニックだけはやめてくれ。」
「頑張ります!」
4人は力強く頷いた。
先日、結果的に魔獣の中ではかなり弱い部類だった狼の魔獣相手に何もできなかった4人は、その夜遅くまで話し合い自分たちは気が緩んでいたのだと大いに反省した。
他の獣人たちよりもはやく霊獣化を覚え、意気揚々とこの主都マウンズに出てきてそれなりに仕事をこなし、4人は調子に乗っていたのである。
報酬にはかなりそそられるが相性が悪いと思われる【擬態魔林】討伐への参加はどうしようか悩んでいたところ、前回の報酬を受け取るときに傭兵ギルドから打診があり、今回もトーラムとサーディスが保護者としてパーティーを組んでくれるとのことで、4人ともが【擬態魔林】の討伐に参加することになったのだった。
「よーし、そろそろだな。」
森の一部を隔離するように木に巻き付けてある赤と黄色の縄とその近くに立っている国の兵士らを見つけ、サーディスはファルシオンを、トーラムはロングソードを抜いた。
「ご苦労様です!」
と、兵士が声を上げる。
「おつかれさんでーす。」
「どもー。」
という気の抜けたサーディスとトーラムに続き、
「お疲れ様です!」
と獣人4人の揃った声が兵士に届いた。
赤と黄色の縄をくぐり、6人は進む。
獣人4人は緊張した面持ちで霊獣化を発動し、周囲の木々を注意深く観察していく。
ここで新たに見つけても彼らの報酬には加算されないが、見つけるに越したことはないのだ。一本でも見逃せば、メインで討伐に動いている傭兵全体の失態となるのだから。
しかし、獣人らは新たに【擬態魔林】を見つけることはなかった。
【擬態魔林】はごまんとある森の木の中のうち多くても15本程度しかなく、しかもそのうちの半分ほどはすでに発見済みなのだ。森をウロウロしているわけではなく目的地に向かってまっすぐ歩いているのだから、運が良くなければそうそうは見つからないだろう。
「あれだな。」
トーラムが足を止め、サーディスが頷く。
6人の視線の先には先日見つけた赤い紐がくくりつけられた【擬態魔林】らしき木が立っている。
「擬態木の“根”の攻撃範囲は、広くても地上に広がっている枝の先端から1メートルほど離れた辺りまでだ。だが、【擬態魔林】の攻撃範囲はさらに広いという話だからな、近づくときには足元に気をつけろよ。」
と、サーディスが振り返って獣人4人に念押しした。
そのあとは、2人で作戦会議である。
「あの木には蔓は巻き付いていないようだし、蔓の攻撃は考えなくてもよさそうだな。」
「実もなってないし、目潰しもなさそうだ。毒はどうだか……」
「まあ、毒つっても元々毒のある木に擬態してるときだけみたいだから大丈夫じゃないか?あれ、建材にする木だろ?」
「そうだな……じゃあ、擬態木のでかいやつって感じでいいか。」
「つか、動かない魔獣が相手ってなにげに俺たち初めてじゃないか?魔獣を目の前にしてこんなのんびり話すとか、なんか新鮮だな。」
「たしかにそうかもな。擬態木は……まあ、一応は移動するからな。」
「根だが、聞いた話によると一定人数以上でかたまってっと木のふりを続けるらしいし、このまま近づくのも手なんじゃないか?」
「いや、それじゃ根や枝を捌く練習にならないんじゃないか?」
「たしかに。」
「じゃあ、最初は少人数……4人だけで戦ってもいいんじゃないか?」
「あー、そうだな。」
「え、あの……」
トーラムとサーディスの話を黙って聞いていた獣人4人が、あからさまに慌て始める。
「ん?どうしたんだ?」
「ど、どうしたって、え、僕らだけで戦うんですか?」
「とどめを刺す必要はないし、無理だと思えば逃げれば済むことだろ。」
「相手は動かないんだから、相手の攻撃範囲外にさえ出ればそれ以上は物理的に追撃できないしな。」
「そ、そうなんですけど……」
獣人らは困惑した表情のまま、互いの顔を見ている。
「4人で行ってもいいし、2人ずつ行って残りの2人はサポートでもいい。なんなら試しに1人で行ってもいいぞ。」
「えー……。」
気楽に言う人2人。
これから戦いが始まるというのに、獣人たちの困惑は深まるばかりであった。




