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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
森の国のリネッタ
145/298

閑話 傭兵ギルド直営宿の料理番の話 1

 俺の名はテリアス。

 マウンズ小国の主都(しゅと)マウンズにある傭兵ギルドの直営宿に雇われている、しがない料理人である。


 ここで働く前は主都(しゅと)マウンズ近郊の小さな宿場町で、両親が営んでいた小さな食堂を手伝いながら料理を学んでいた。

 店は小さかったが、若いころに様々な店で修行した親父の腕は確かで常連も多く、はるばる遠方から食べに来る旅人も多かった。


 頑固一徹な親父が馬鹿な傭兵と揉めて利き手を痛め店をたたむことになった時は、名物の店がなくなると多くの町人が嘆いたものだ。

 俺が跡継ぎになることももちろん考えた。しかし、親父が許さなかった。親父に「俺に“一人前になった”と認められるまでは、この町で店を持つことは許さない。」とまで言い切られてしまったのだ。

 親父の食堂には俺の料理を気に入ってくれていた人もいたし、そこそこ自信のあった俺は後に引けなくなってしまった。


 俺は親父が店をたたむ日に街を出た。

 一刻も早く仕事を見つけなければ、料理を作る手が鈍ってしまうと考えたからだった。


 今思えば、俺は親父の口車にいいように乗せられてしまっていたのだろう。

 見送る親父はどこか満足そうであったし、お袋は「いってらっしゃい。」と微笑んでいた。


 向かったのは、主都(しゅと)マウンズ。

 マウンズ小国の中心地でありながら、広大な森の中央付近にあるという魔獣の巣と呼ばれる地帯に一番近い場所にあるという、狩人と傭兵の街だ。


 親父の手が元に戻らないとわかったとき、町人や傭兵ギルドは親父の手を壊した傭兵を責めようとしたが、親父とお袋はその傭兵をあっさりと許してしまった。

 親父はそのとき、「傭兵の仕事というものは、常に死と隣り合わせなのと同じことだ。こいつらは日々命がけでこの宿場町を守っている。くだらない口喧嘩に刃物を持ち出したのは浅はかだが、それでもこいつは宿場町を襲おうとした魔獣を討伐したこともあるこの町の恩人であり、それはつまり家内や息子の命の恩人でもある。」と言った。

 お袋はそれに対して小さく頷いて「そうね。」と同意した。お袋が何も言わないのに当事者ではない町人が傭兵に対して何か言えるはずもない。


 さらに親父からの要望もあり、傭兵ギルドからのお咎めも軽かったと聞いている。確かにその男は宿場町を拠点とするランクCの傭兵の中でも実力があり、抜けられると町の安全面での問題があった。

 主都(しゅと)マウンズやその他の大きな街ではあまりそういう状況にはならないのだが、小さな宿場町に居座る傭兵は少ない。他の町から出向してもらうにも金がかかる。まあ、そういうことだった。


 もちろん俺は納得なんてしていない。

 どんなに命がけで街を守っていようが、他人の人生を壊して許されるはずがない。


 俺は主都(しゅと)マウンズで働くにあたり、最初の仕事は傭兵ギルドの直営宿の料理番をやりたいと考えた。

 その宿は傭兵しか泊まることができない傭兵のための施設だ。そこでならじっくりと傭兵がどういうものなのかを見ることができるだろう。


 働き始める前の傭兵のイメージは“がさつで粗暴(そぼう)”、それだけだった。


 宿場町には女の傭兵もいたが、町娘とは比べ物にならないほど女っぽくなかった。仕事終わりに酒場でエールをあおる姿は、他の傭兵どもとさして変わらなかった。

 まあ、荒々しい男に混じって害獣を狩るのだから女っ気なんて出してられないというのは理解できる。


 主都(しゅと)マウンズに着いた俺はその足で傭兵ギルドへと向かい、料理人の仕事がないか聞いた。

 傭兵ギルド直営の宿や食堂などの店員は、全員が傭兵ギルドの職員だ。つまり、傭兵ギルド直営の宿で働くためにはまず傭兵ギルドの職員にならなければならない。


 一介の(しかも未熟な)料理人でしかない俺がはたして傭兵ギルドの職員になれるのかという不安があったが、俺はあっさりと料理の腕を見込まれギルド職員として採用され、無事に直営宿の料理人として雇われたのだった。拍子抜けである。

 後から話を聞いたのだが、傭兵ギルドの受付や宿や食堂で給仕として働きたい“安定収入を求める”女性は多いものの、料理人となると圧倒的に少ないのだそうだ。そのため、傭兵ギルドの直営宿と併設されている食堂の料理場には料理人と素人がよくて半々、どうにかすると3分の2が素人の時もあるらしかった。


 料理人の仕事は主に仕込みと、注文されてから作る各種一品料理。

 素人の仕事は仕込み終わった料理を盛り付けたり、皮むきなどの下ごしらえという住み分けをすることによってなんとか毎日を回している状態であった。


 料理人にはそれぞれ得意料理というものが存在していて、それが毎日の一品料理のメニューとなる。料理人が変わると一品料理も変わるという、ほかの食堂ではあまり考えられないシステムだ。

 しかし、これは料理人の負担をできるだけ減らし、なおかつたまに変わる一品料理で客を飽きさせないという配慮でもあるらしかった。

 まあ、客とはいっても、この傭兵ギルド直営宿で出すのは完全に傭兵を想定した料理ばかりだし、客も傭兵ばかりなのだが。


 ここは傭兵でなければ泊まれない宿であり、ランク未という未成年以外は、がさつで粗暴(そぼう)な傭兵たちが常にたむろしている食堂なのだ。主都(しゅと)で暮らしている傭兵ではない人々がこの食堂で食事をすることは非常に稀であった。


 そんな傭兵ギルドの直営宿で、料理人としての俺の仕事は主にパンとスープの仕込みである。


 パンは香草をたっぷり練り込んで、毎朝売り切れるのか不安になるくらい山ほど焼く。

 このパンは日持ちのする堅パンほどではないが噛みごたえがあり腹持ちもいいので、昼食用にもパンを買う傭兵も多いし、2~3日は持つので遠出にまとめて買って行くこともある。そのため、大抵は夜の営業が終わる頃には売り切れる。

 7日に1度の精霊の祝日にはナッツも入れるのだがこれがまた人気で、いつもの倍は焼く。少し高くつくが、燻製肉のサンドイッチも人気である。


 そんな香草パンに合わせるスープは、これまた香草をたっぷり使い味を濃くした具沢山のスープを前日の夜のうちに仕込み、早朝にパンの生地を練りながら煮込む。

 傭兵たちは力仕事がメインであり朝からがっつり食べるので肉を山ほど入れるのだが、朝は肉無しを頼む傭兵も多いので、それとは別にあっさりしたスープも一定の量を用意して対応していた。


 ただし夜になる前に鍋の半分が空くので、料理人は一品料理を作っていない間はずっとスープの仕込みやら煮込みだ。素人組は傭兵の来ない空き時間は延々と皮むきや食材を切ったりする下ごしらえであった。

 この下ごしらえの仕事は意外に人気があるらしく、特に若い料理人見習いを抱える料理店から“修行”という名目で次々と打診があるそうで、料理人と違って素人には事欠かないとのことだった。


 そして、基本的に傭兵らが注文するのは朝も夜もこのパンとスープのセットのみである。

 もちろん普通の食堂のようにメインとなるような一品料理は料理人の数だけ種類があるし、ギルド直営宿の名物である“満腹おまかせコース”などもあるが、大きな仕事を始める前の景気づけやそれが終わった夜などの特別な日以外でそれを頼まれることは少なかった。


 夕食には、ランクEになれば小さなサラダが、ランクCになればさらに作り置きの小鉢もつくが、当然のごとくそのぶん高くなるので断って食事代を安く抑える傭兵ばかりであった。

 ランクBになるとさらに高くなる代わりに一品料理もつくのだが、そもそもランクB傭兵になると明らかに割高になるこの宿に泊まるメリットはほぼないので、頼まれること自体が稀だった。

 聞いた話によると物好きなランクB傭兵が2人でずっと泊まっているらしいが、俺は見たことがなかった。それもそのはずで、その2人組はランクC傭兵と同じようにパンとスープ、あとはサラダくらいしか注文していなかったからだった。

 ランクBにもかかわらず食費を浮かせるために食事量を減らすのなら、他の安い宿に泊まってたらふく()やあいいのにと首をひねるばかりだ。


 そして、この宿に泊まっている傭兵は必ずこの食堂で食べなければならないというわけではないので、更に食費を抑えるためにもっと安いパンだけを他の店で買って食べる者もいる。いくらギルドの直営食堂が安いとはいえ、ほぼ具のないスープや香草がまばらにしか入っていないパンよりは高いのである。

 特に、そろそろ宿を変える次期に差し掛かっているランクCの傭兵の半分以上が朝か夜だけ直営の宿で食べて、それ以外は全て外で済ましていた。


 なぜかといえば、この宿に泊まっているいないに関わらず、ランクC傭兵の大半がいつも金欠だからである。


 ギルドの直営宿で働き始めてから知ったのだが、質の高い傭兵が揃うというこの主都(しゅと)マウンズでさえ、ランクCになっても魔獣退治の仕事を受けない傭兵は意外とかなり多い。

 魔獣の巣が近い主都(しゅと)マウンズではただの害獣退治でも命がけであり、ランクB傭兵でも魔獣と戦って大怪我をしたり死んでしまう者も少なくはないのだ。


 魔獣退治をしない傭兵を罵る者もいるが、傭兵は言わば便利屋であり、国に雇われている兵士とは立場が違う。

 傭兵が害獣や魔獣と戦うことは義務ではない。仕事を選ぶ権利がある代わりに収入が安定せず、怪我をしたり死んだりしても、国に属している兵士に与えられるような生活補償や遺族補償だって満足に受けることができないのだ。

 害獣退治や街中の力仕事だけでも贅沢をしなければ少しずつ貯蓄できるのだから、それは当人が考えて決めることだと、マウンズで働き始めた俺は考えはじめていた。


 それに魔獣と戦うためには、(ヒュマ)ならば魔法陣の刻まれた高価な武器が、獣人(ビスタ)ならば魔獣を殴るに耐えうる装備が必須になってくる。魔獣討伐の報酬はでかいが、その分出費もでかいのだ。討伐に失敗すれば違約金やらなんやらもかかってくるので、迂闊に手を出せないというのもある。


 だからランクCになった傭兵の半分くらいはそもそも魔獣討伐の仕事には手を出さないと、他のギルド職員が言っていた。

 残りの半分も、装備を整えて魔獣と戦うぞと意気込んで宿から出て行ったのに夜に真っ青な顔をして戻ってきて、それ以降、魔獣討伐の仕事を一切受けないということがざらであった。


 ランクCの傭兵の中で魔獣討伐の仕事を受けるのは、たぶんランクC傭兵の中でも4分の1くらいだろうと俺は睨んでいた。

 なぜならば、ランクCに比べてランクB傭兵が少なすぎるからである。

 ランクB傭兵になるには、絶対に一定数以上の魔獣を倒さなければならない。ランクC傭兵のうちランクBにまで上がる傭兵は、実質ランクC傭兵の一割ほどで、それはつまりそれだけ魔獣討伐に参加していないランクC傭兵が多いということだろう。もちろん、ランクCの時点で大怪我をしたり死んだりした者もかなりの数いるのだろうが。


 まあ、魔獣の巣が近いとはいえ毎日魔獣が出るわけではない。

 魔獣討伐の仕事自体が常に出されている害獣退治の仕事よりも圧倒的に少ないので、大抵は街に何人か滞在しているランクB傭兵が対処して、ランクCにまで仕事が回ってくることが少ないということもあるだろう。

 それでも傭兵ギルドはランクC傭兵の魔獣討伐の経験を積ませるべく、意欲のあるランクC傭兵にはランクB傭兵と組ませて魔獣討伐の仕事を斡旋しているようだった。


 この傭兵ギルドで働きながら、俺はいろんな傭兵を見てきた。


 空き時間に普通に話していた傭兵が朝仕事に出て夜になっても戻らず、数日後に部屋が引き払われて初めてその傭兵が死んだことを知ったこともあった。

 傭兵は、本当に命がけの仕事である。大怪我をして傭兵を引退せざるを得なくなっても、命があるだけでかなり運がよかったと笑う傭兵たちを見て、俺の傭兵へのイメージは変わりつつあった。


 彼らはがさつで粗暴(そぼう)だ。

 害獣退治しかしない傭兵だって山ほどいるが、それでも彼らは常に命がけで仕事をしている。

 それはもちろん彼らが食べていくため、稼ぐためである。


 しかしそれと同時に、その傭兵たちのおかげでこの街の中は安全なのだ。

 魔獣騒ぎもいち早くギルドが傭兵を集め対処することによって、一般人が死ぬことはそれほど多くはない。


 それに、思ったほど傭兵は暴力的ではなかった。

 俺が生まれた宿場町の傭兵たちもたしかに見た目は怖いし口も悪いし酒癖も女癖も悪かったが、そういえば親父の店で問題を起こしたあの傭兵だって、十数年あの町で傭兵として働いていたが大きな問題を起こしたのはあれが初めてだということだった。とはいえ、やったことは到底許せないのは確かで、俺はまだ許していないのだが。


 ――傭兵は犯罪者ではない。


 当たり前の話なのだが、しかし、傭兵を深く知らず雇うこともない一般人にとっては区別がつかないというのが実のところだ。

 そしてその一般人の中には若かった俺も含まれている。当然だ。親父の店に食べに来ては、酒を浴びるように飲み大声で笑ったり怒鳴ったりするのだから悪い印象しか持てない。

 しかしそれは、命がけの場から安心できる場所へと戻ったときの気の緩みのようなものなのだろうと今は思える。


 毎日が目の回る忙しさのわりに料理が上達しないような職場だが、ここで働けてよかったと俺は心からそう思った。

 想像や第一印象にとらわれずに傭兵を見ることができたし、何より、親父の気持ちが少しわかった気がしたからだ。


 しかし、そういうふうに心が一段落した辺りで、まるで待ち構えていたように俺に新たな難問がふりかかってきた。

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