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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
森の国のリネッタ
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リネッタの一日 2

 案の定というかなんというか、傭兵ギルドの買い取り窓口で注目を浴びることになった。

 集まる視線に居心地の悪さを感じつつ、まずは薬草の納品に向かう。


逃足鶏(エスケープチキン)!まさか狩人ギルド以外で目にするとはねえ!」


 そう声を上げたのは、まあ、いつもの薬草買い取り窓口のおばちゃんである。

 珍しいらしいものを持っていくと、大抵こうやって大げさに驚いてみせるのだ。

 そういう反応にだいぶ慣れてきていた私は、落ち着いて頷いた。

 しかしおばちゃんはそのあと、いつもよりも小さな声で続ける。


「……肉はいつも通り、全部持って帰るつもりなのかい?」

「はい。森ですれ違った傭兵の方がとても美味しいと言っていたので楽しみです。」


 それにおばちゃんは、「本当に食べるのかい?売るなら高値で売れるんだよ?」と苦笑いしながら続けた。


逃足鶏(エスケープチキン)ってのは、まあ、聞いたかもしれないけどね、いわゆる高級食材ってやつなんだよ。赤羽鳥(レッドビーク)青鉤鳥(ブルーホックバード)に並ぶほど高値で売れるんだ。

 場所によっちゃ赤羽鳥(レッドビーク)よりも買取価額が高くなる。あんまり大きな声じゃ言えないけど、そうとういい金額で買い取れるよ。

 本当はこういう買取はしてないんだけど、モノがモノだからね、自分の食べる分だけ持って帰ってあとは買い取るとかも対応できるけど、どうするんだい?」

「うーん……」


 おばちゃんの言う“そうとういい金額”がどれほどのものなのか気にはなったが、結局私は「すみません、全部持って帰ります。」と言っておばちゃんの申し出を断った。


 赤羽鳥(レッドビーク)なら焼くだけでも充分美味しいので自分のぶんだけ持って帰ってもなんとかなるのだが、逃足鶏(エスケープチキン)のように煮込まなければならないとなると、料理なんてしたことのない私には処理できない。

 つまり泊まっている宿で調理してもらうことになるのだが、その場合、余った料理は他の傭兵に有料で振る舞うことが条件なのだ。逆に言えば、余らないほど少ない肉はわざわざ宿の厨房を使って料理してもらうことはできないということである。

 なかなか食べられないという折角の美味しいお肉をトーラムやサーディスにも食べてもらいたいという気持ちもあるし、ここはお金よりも食欲である。

 ぶっちゃけシルビアが本気を出せば、逃足鶏(エスケープチキン)の一羽や二羽などあっというまに狩れるだろうし。


「残念だねえ。まあ羽も買い取れるし、報酬はそれなりの金額になるけどね!

 逃足鶏(エスケープチキン)の羽根飾りは斥候職の装備に人気でね。ま、お貴族様の装飾品にも使われるけどね。

 内臓はどうするんだい?いつも通り綺麗な内臓なら新鮮だろうけど、狩人ギルドならまだしも、さすがにうちでは買い取りしていなくてね、持って帰れば宿でうまく調理してくれるかもしれないよ。」

「じゃあ、羽だけ買い取りでお願いします。」


 羽も売れるらしい。

 しかし、それよりも気になるのが、内臓である。


 内臓を食べられる獣は少ない。

 肉食の獣はもちろん、雑食でも食べているものによってはエグみがあったり食中(しょくあた)りをおこしたりするのだ。

 そもそも内臓を食べるという行為自体がすごいとは思うのだが、肉が絶品ならば食べてみたくなるのもわからなくもない。


「欲を言えば、宿の料理番なんかに調理してもらうより、ちょっといいとこで調理してもらいたいねえ。」


 おばちゃんがカラカラと笑いながら言った。


「狩人ギルドならそういうツテもあるんだろうけど、残念ながらここは傭兵ギルドだからねえ。そういうのには全く縁がないんだよ。」

「いえ、宿の人にはいつも料理してもらっているので、とてもありがたく思っています。」

「リネッタちゃんはいい子だねえ。」


 当たり障りのないことを言うだけで褒められるので、こういうとき、子どもの姿でよかったなあとしみじみ思う。

 

 それから薬草と逃足鶏(エスケープチキン)を別々の窓口で渡し、いつもの解体待ちの手持ち無沙汰な時間を過ごしていると、ふと、“マウンズの十年禍”という言葉が聞こえた。


 耳を澄ましてみれば、大半の傭兵がその話をしている。

 どうやら十数年に一度現れる木の魔獣らしい。


 ――――木の魔獣?


 ふと、朝に出遭った魔獣を思い出して、私は一人で眉をひそめた。


 話の内容から、どうやら近々討伐隊が編成されるようだ。

 しかし、じっくり聞き耳を立てても“木の魔獣”の話であり、本体とも呼べる小さい魔獣の話はでてこない。

 木の魔獣には、【擬態魔林(ミミックウッズ)】という名前がついているようだった。擬態木(ミミックツリー)のネームド魔獣のような扱いらしい。


 というか【擬態魔林(ミミックウッズ)】が10年前後の間隔をあけて現れているということは、あの小さな魔獣は木を掌握するのにまるまる10年もかかっているということだろうか?

 びっくりするほど効率が悪い気がするのは私だけだろうか。それとも、魔獣にとってはそうでもない、のだろうか。何かしら、10年掛けるだけの価値があるとか……?


 “マウンズの十年禍”とやらは数百年前から続いているらしい。

 つまり、大昔から親と呼ばれる魔獣は存在していて、ずっと子飼いの魔獣を使って成長し続けているということだ。

 この世界(ラフアルド)に転移する前は寿命が長くても100年もなかった私にとって、10年はとてつもなく長く感じられる。しかし……数百年生きている魔獣にとっての10年は長くも何ともないのかもしれない。

 たしかに、私の元居た世界(レフタル)では森の民がそんな感じだった。平原の民にとっての10年と森の民の10年の長さの間隔が違うように、長生き(?)するほど、時間の感覚は短くなっていくのかもしれないと、私はぼんやりしながら思った。


 とはいえ、“マウンズの十年禍”と大層な呼ばれ方をしているが、木の魔獣の討伐はランクCの傭兵でも受けられるとのことだった。私は参加できないが、トーラムとサーディスは参加するかもしれない。


 ……本当なら、傭兵ギルドに木の魔獣ともいえる小さな魔獣の話をしたほうがいいのかもしれない。

 しかし全てを話したところで、今まで何百年も見つかっていない逃げ足の早い小さな魔獣を、空間把握の魔法のないこの世界(ラフアルド)の人々がどうやって見つけだし倒すのか、正直なところ疑問だ。

 しかも今森にいる小さい魔獣を全て倒せたとしても、そいつらは定期的に生まれているので意味がない。そして問題の親の魔獣は人が踏み入れない魔獣の巣にいるので手出しができないので、どう頑張っても根本的な解決には至れないのだ。


 それなら、小さな魔獣が木を掌握するのに10年かかることを考えれば人への被害は少ないとも言えるし、対処方法もこの数百年で確立されていそうだし、今のまま10年に一回現れる木の魔獣だけを倒しつつ“共存”のような状態を保つのがベストだろう。


 買い取り窓口のおにーさんの「本当に売らないのか?」という視線を笑顔で黙殺しつつ、私は逃足鶏(エスケープチキン)の肉を受け取って、隣の棟にある報酬窓口で再び驚かれながらも薬草と逃足鶏(エスケープチキン)の羽根のお金を受け取り、私はさっさと宿に帰ることにした。


 帰り際に報酬窓口のおねーさんが、「森の奥に“マウンズの十年禍”という魔獣が出たので、討伐されるまでしばらく立入禁止の区域がありますよ。気をつけてくださいね。」と教えてくれた。


 なるほど、木の魔獣は動けないのだから、近寄らなければ危険ではないという考えなのだろう。

 木の魔獣を生み出す小さな魔獣も、それ本体は人を襲うことはない(と思う)ので、確かにやり方としてはいいかもしれない。


 余計なことは言わないのが吉だ。


 私は、今はこの絶品のお肉のことだけを考えればいい。

 三大珍味鳥の一つだというこの鳥は、噛みつきもぐら(バイトモール)よりもきっと美味しいはずである。

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