トーラムとサーディスの一日 3
森の中を歩く。
空は雲一つない晴天で、さわさわと風が心地よく通り過ぎていく。
しかし街を出る前からランクC傭兵の4人が緊張の糸を張り詰めているので、トーラムとサーディスは始終苦笑いぎみだった。
「まだ街を出たばかりだし、そんな緊張しなくてもいいんだぞー?」
とトーラムが言っても、「はい!」と返事だけはいいものの4人の顔には緊張が張り付き、動きもどこかしらぎこちない。
4人のランクC傭兵は全員男で、20になったばかりのような若い獣人たちだった。
茶色い猫耳がアーク、黒髪で側頭部に灰色の短い角が生えているのがサイルズ、焦げ茶の垂れた長い犬耳がセブルス、赤茶のうさぎ耳がテイラーという名前で、獣人だけでパーティーを組んでいると聞いた。
今朝トーラムとサーディスが受付近くで見かけたあの4人の獣人たちである。
全員がある程度の霊獣化を使えるそうで、こういう仕事を繰り返し受けていけば早ければ20代半ばあたりでランクBに上がれるだろう、と、トーラムとサーディスはどこかしら微笑ましい気持ちでガッチガチに緊張している4人を眺めていた。
自分たちだってこういう時代があったし、ごくまれにだが未だに初めて魔獣と対峙した時のことを夢に見るのだ。トーラムとサーディスは苦笑いを浮かべつつも、4人を馬鹿にすることはなかった。
対してランクC傭兵の4人は主都マウンズに来てまだ3年ほどしか経っておらず、“便利屋”としてのトーラムとサーディスを顔と名前だけは知っていたものの、彼らがランクB傭兵だという“噂”は信じていなかった。だから今回、自分たちの先輩としてパーティーを組むことになって驚いていたのだ。
しかも、自分たちの護衛として、である。(失礼な話だが)こんな腑抜けた2人が果たして本当に魔獣相手に立ち回りなんてできるのだろうかと不安に思っていたし、未だにどこか“この人達についていっても大丈夫だろうか?”と疑問に思っていた。
「最初の被害者が見つかったのはまだだいぶ先だし、今から精神すり減らしてると持たないぞ。」
サーディスはそう言いながら、4人の不安の半分は自分たちであることも知らず大あくびをもらす。
「何も、初めて魔獣と戦うわけじゃないだろ?まあ最悪【擬態魔林】に気づかずに不意打ちされたとしても、俺らのどっちかが必ず助けてやるからさ。それが俺たちの仕事だしな。」
トーラムとサーディスの実力を疑っている4人の獣人には想像もつかないだろうが、2人は擬態木を何回も倒している。
擬態木は獲物を探して定期的に移動するといっても、基本的にはその周りには干からびた死体が落ちているし、周辺の木々や大地には戦った痕跡が多く残っているのだ。よっぽど気を抜いていない限り、ランクBの傭兵が擬態木を見逃すことはないのである。
それに、擬態木の場合だが、例えば相手が大柄な人ならば体液を全て吸いきるまでに最低でも10分ほどはかかる。
ネームド魔獣である【擬態魔林】がどれほど強力なのかはわからないが、それでも体液を吸い尽くすには数分はかかるだろうし、そもそも枝が刺さった時点ですぐに切り落せば刺し傷のみで済む話なのだ。
毒はないことのほうが多いとは聞いているが、一応、毒消しも準備済みである。
トーラムとサーディスの見せている余裕は、【擬態魔林】が“いるかもしれない”と知っている状態で森を歩いているということも大きかった。
いかに凄腕のランクA傭兵でも、ネームド魔獣の存在を知らない状態で不意打ちをくらえば厳しい戦いになる。しかし、擬態系魔獣の最大の武器は不意打ちであり、不意打ちにさえ気をつけていれば、その場から動かないという【擬態魔林】などは脅威ではない。
とはいえその2人の余裕ぶりは、獣人らにとっては不安要素でしかないのだが。
「あー。」
獣人たちのあまりの緊張具合に、ふと、ある可能性に思い当たったトーラムが声を上げた。
「もしかして、擬態木と戦ったことがないのか?」
「は、はい。」
「名前は聞いたことがありますが、見たことはありません。」
「俺も……」
「俺もです。」
4人は口々にそう言う。
「じゃあ簡単な説明をするから、聞いてくれな。」
サーディスはそう言って、歩きながら説明することにした。
今から戦うかもしれない相手について何も情報がないのは、たしかに問題だ。
姿形だけではなく、どういった攻撃を繰り出してくるのかも事前に知っておけば対応もだいぶ楽になる。
戦う相手の生態や討伐方法などを予め調べておくのは傭兵の基本なのだが、まあ、それは本人たちが必要性を感じなければならないものだし、ここで言っても仕方のないことなのでサーディスは特に何かつっこむこともなく話し始めた。
ちなみに大抵の獣や魔獣の討伐方法や生息域は、討伐の仕事を受けたときならばタダで聞くことができるし、それ以外でも傭兵ギルドで多少の金を払えば教えてもらえる。
「擬態木は、その名の通り木に擬態していて、近くを通る獣や人を見境なく襲う魔獣だ。不意打ちは怖いが周りには干からびた死体がごろごろ転がってるし戦闘痕も残ってるから、擬態系魔獣の中じゃあ比較的見つけやすい部類の魔獣だと言えるな。
武器は枝と根だが、まず地中から伸ばした根で足を狙ってくることが多い。足をやられて動けなくなったところを、枝を伸ばして捕獲するわけだな。だから【擬態魔林】に対しても、一番気をつけなければならないのはたぶん足元だろう。
擬態木の根や枝には針と管がついていてそこから体液を吸うんだが、刺された瞬間に干からびるほど体液を吸われるわけじゃないから、刺されてもパニックにならず冷静に根や枝を切り落せば、多少切り落とすのが遅くなっても死ぬことはまずない。」
「俺らの知ってる獣人の中には霊獣化してたら枝が刺さらなかったっつーやつもいたが、さすがにアレはおかしい部類だから自分の霊獣化を過信せずに、枝や根は出来るだけ切り落とすかはたきおとすか避けるかしろよ。」
そう、のほほんとサーディスが言葉を続ける。
トーラムは「ああ、あいつなー……。」とどこか遠い目をしたが、「いや、でも霊獣化で魔獣やら獣やらの気配を感知したり、自分の気配を消したりできるっていうんだから、まあ、今思えば霊獣化の一つと考えればおかしくはないのかもな。」と頷いた。
トーラムとサーディスの霊獣化への考えは、つい最近とある獣人の少女によってかなり改めさせられたばかりだった。
「霊獣化で気配を消す、ですか?」
垂れた長い犬耳のセブルスが、トーラムの言葉を聞き取っていたのかそう言って首を傾げた。
「あ、ああ。つい最近、とある獣人に聞いたんだよ。」
「とある獣人……」
「その獣人は霊獣化にすげえ詳しいっつーか、まあ、使いこなしてるっつーか、な。ちょっとギルドのほうから口止めされてっから詳しくは話せないが、とにかくその獣人が言うに、霊獣化にはいろんな使いみちがあるらしいぞ。」
「そうなんですね……?」
歯切れの悪いサーディスの言葉に、獣人4人は顔を見合わせている。
まあ、普通の獣人ならそういう反応をするのが正しいだろう。
トーラムとサーディスは4人を眺めながら、2人同時に「ん?」と何かを思い出した。
「あいつ、今日、朝早かったよな?」
「今日はちょっと遠出するって言ってたな。」
「どうしたんですか?」
どうやら4人の獣人の中でのリーダー格はセブルスらしく、セブルスが怪訝な顔をしながら2人を見ていた。
「いや、今日、知り合いがな、森の奥に入るって言ってたんだよ。」
「そうなんですか、それは心配ですね……。」
「心配?……あー、いや、うん、そんなんじゃないんだけどな。まあ、大丈夫だろうし。」
「まあ、襲われたとしても、逃げるだけならなんとかなりそうではあるな。」
「???」
4人の頭の上には疑問符ばかりが浮かんでいた。
トーラムとサーディスも、心配するべきなのかどうなのか悩むというよくわからない複雑な心持ちである。500メートル先の獣に気づくあの少女に不意打ち?いや、矢が避けられなかったのだから不意打ちはできなくもない、のか??
「……。」
「……。」
2人は顔を見合わせ、最終的に「マ、ダイジョブダロー。」といつものように思考を止めた。
シルビアではないのだし、リネッタもこの森の危険性はじゅうにぶんに理解しているはずだ。森には魔獣が出ることも知っているし、トーラムとサーディスはリネッタが傭兵ランクを取得するにあたって、森に出やすい害獣や魔獣の話を聞かせたこともあった。その中には擬態系魔獣の話もあった。
その後は特に盛り上がる会話もなく、6人は早めの昼食に干し肉と香草と野菜の挟まったパンを歩きながら食べ、まもなく現場、といったあたりでいきなり目の前に広がった大惨事に言葉を失った。
ある木は根本あたりでへし折れて倒され、別の木は縦に割かれている。
どうやったのか根こそぎ掘り起こされたのだろう穴だけがあり、木そのものが見当たらないというよくわからない状態の場所もいくつかある。
地面はボコボコと掘り返されており、周辺の茂みや薬草などがめちゃくちゃに土をかぶっていた。
「なんだよ、これ。」
赤茶のうさぎ耳のテイラーが、ぽつりと漏らす。
「戦闘痕には違いないだろうが……“誰か”が【擬態魔林】と戦ったにしては荒れすぎてんな。必要のない木も倒されてんのは――【擬態魔林】を強制的に判別したのか?……いや、それにしてもこれはちょっとやり過ぎのような気もするが。」
「土が掘り返されてんのは擬態木が根を動かした時のものに似てるが……えらく太い根を動かさないとこうまではならんだろうし、何なんだろうな。【擬態魔林】が複数いたっつー可能性もあるか。」
「まあ、ちょっと手分けして見回ってみるか。」
「そうだな。」
黙りこくってしまった獣人らをよそに、ささっと周囲を見渡してトーラムとサーディスが意見を言い合う。
「よし、俺らはここら辺りを少し見てみるから、4人は周辺に【擬態魔林】がいないか、探してみてくれ。」
「【擬態魔林】と別の魔獣が戦った可能性が高い。最悪、全速力で逃げてもらうから、そのつもりでいてくれよ。」
トーラムとサーディスは振り返って4人に言うが、獣人らは血の気が引いた顔で直立しているばかりだった。
魔獣が出たわけでもないのに大丈夫かよ、と、さすがに驚いたのかサーディスが小さくため息をついた。
「セブルス、アーク、サイルズ、テイラー。」
トーラムが4人の名前を呼ぶ。
はた、と気がついたように、4人は不安の揺らめく瞳を2人に向けた。




