4-1 ヨルモのひとりごと
「ヨルモ。私の杖を知らない?」
孤児院の中の小さな食堂。夕食の時間も終わり、なんとなくぼーっとテーブルに突っ伏していた俺に、ロマリアに連れられてやってきたリネッタは、開口一番にそう言って小首をかしげた。耳はこちらに向けられてぴんと立ち、尻尾は僅かに揺れている。
「杖って……じいちゃんばあちゃんが使ってる、あの杖か?」
リネッタはふるふると首を振る。
「……違うわ。私の肘から手までの……いえ、もう少し長いくらいの短い木で出来た杖で、先は幅が広くなっていてリボンでぐるぐるまきにしてあるの。ちょっと、重くてバランスは悪い、かな?」
俺は、言われた通りのものを想像し、眉をひそめる。なんというか、殴られたら痛そうな形だ。
「鈍器か何かか?」
「杖って言ってるでしょう。」
違ったらしい。
俺はリネッタを発見した当時の事を思い出しながら、そこにリネッタ以外のものが置いてあったか記憶を探ってみたが、特に思い当たるフシはない。
「わかんねーな。お前が寝こけてたあの地下室は倉庫にも使ってなかったし、そもそもあそこの部屋には何も置いてねーはずだから、お前以外に何か落ちてたら気づくだろ。」
「そう。」
珍しく落ち込んだような表情である。さっきまでは揺れていた尻尾が、力なくだらんと落ちてしまった。耳もぺたんとしょげている。慌てたようにロマリアがリネッタの頭を撫でて慰め始めた。
それを見てうっかり「大事なもんだったのか?」と聞いてしまったのだが、リネッタが心底残念そうに「私の一番大切な友達なのよ……。」というので、思わず半眼になってしまった。
しかし、心底残念なのは友達がいねえお前だよ。とはさすがに本人には言えない。
「まあ、どっかで見かけたら拾っといてやるよ。」
「そう、ありがとう。」
当たり障りのないようなそんな言葉をかけると、リネッタは意外にも律儀にお礼をし、くるりと踵を返して次はマニエのところに行こうとロマリアに話しながら歩いて行ってしまった。
「さて、と。」
それを見送ったあと、それでも一応確認しておいてやろうと、ろうそくを手に、俺は地下室に続く階段に向かう。寝るまではもう少し時間があり、暇だったのである。
この孤児院の地下室には、以前この屋敷に住んでいたとかいう城詰め魔術師の、よくわからない遺産がたくさん保管してある。しかし、布や皮に縫い付けられたそれらは、かさばるものではないので一部屋にまとめられていて、それ以外の地下室は食料の一時的な保管庫などに使っていた。
その中でも、リネッタの倒れていた部屋は、少し特殊な部屋だった。
リネッタが倒れていた部屋の扉の鍵を、ポケットに入れたままうっかりマニエに返却していなかった鍵で開け、俺は静かに中に入る。
この部屋には、もともと何も置いていなかったそうだ。
2日前、俺が地下からの物音に気づいてマニエに出してもらったこの地下室の鍵は、ここ十年ほど使っていなかったので、探すのに苦労したとマニエが言っていた。
なんでも、その魔術師がここに住んでいた際、この部屋にだけは何も置いてはならないし、誰も入ってはならないとメイドや執事に口をすっぱくして言っていたそうだ。
マニエは、当時の執事にそれを聞いて、その約束を律儀に守っていたらしい。
俺は首をかしげながら、どこかしら圧迫感のあるその空間をぐるっと歩いてみた。
改めて見ると、かなり狭い。
壁から壁へ歩いても、俺の足で6~7歩程度である。奥行きは更に狭く、5歩もあれば壁につく。しかも天井も他の部屋より低く作ってある。
一体、なんのための部屋だったのだろうか。もしかしたら、隠し通路か何かがあるのかもしれないが、部屋の床につもる埃を見ても、リネッタがどこからか入ってきた形跡はない。魔術的な力でここにいきなり現れたのだとしか考えられなかった。
「まあ、どーでもいーか。」
俺はそう独りごちる。
そう。色々考えを巡らせてはみたが、正直な話、リネッタが何者かなど俺にとってはどうでもいいことだ。
ばあちゃんも言っていた。リネッタがどうやってここに侵入したかは分からないが、分からないなら分からないままでいいのだと。
この孤児院にいる子供たちは、俺も含めてなにかしらの事情を抱えて、他の孤児院から移ってきている。だから、ばあちゃんも俺も孤児院に居る他の子供達も、リネッタに対して無理に根掘り葉掘り聞いたりはしない。
「杖?もねーし、戻るか。」
俺は最後にぐるっと部屋を見回して、外に出た。そして、鍵をかける。この部屋は、また年単位で封印されることになるだろう。
「そろそろ寝るかー。」
俺は、大あくびをしながら地下を後にした。
――ああ、今度は忘れすにマニエに鍵を返さなければならない。あの拳骨は意外にも、ものすごく痛いのだ。
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