トーラムとサーディスの一日 1
トーラムとサーディスはその日、いつもの宿屋でいつものように目を覚ました。
別に決まった時間に起きようとしているわけではないのだが、子供の頃からの習慣で2人は同じ時間帯に目が覚める。
トーラムとサーディスの生まれは某国の辺境の村落で、しかも2人は家が隣同士という幼馴染であった。
生まれた年も同じ、初恋の女の子も同じ、振られた日も同じ、里を出たのも2人で一緒といういわゆる腐れ縁というやつである。
そんな2人は、親しい傭兵らが陰で親しみ(?)を込めて“夫婦”と呼んでいることをもちろん知らないが――傭兵仲間やギルドの職員からも“便利屋”と呼ばれていることは知っていたし、たしかにその通りだと自覚もしていた。実質パーティー名となりつつあるほどに、浸透していることも。
トーラムとサーディスが受ける仕事は、2人がランクBの傭兵であるにも関わらずランクCあたりの傭兵がやるようなものが実に6割以上を占めている。
街中の力仕事であったり害獣退治であったり、どうにかするとランクDの傭兵がするような仕事も嫌な顔ひとつせず受ける。仕事のない日は散歩がてらに薬草だって摘む。
どの国の傭兵ギルドでもランクの高い傭兵がランクの低い仕事を多く受けることは好まれていないが、トーラムとサーディスのそれらの仕事は基本的に他のランクの低い傭兵たちの仕事を圧迫していなかった。
なぜかといえば簡単な話で、トーラムとサーディスが受ける仕事の多くが数日間傭兵ギルドの掲示板に貼りっぱなしになっているような残り物の仕事ばかりだからだ。
傭兵ギルドの仕事は割の良いものがまず先になくなり、それから順々に討伐系、採取系、労働系と減っていくが、どうしても最後まで残ってしまうようなものもある。
他と比べて報酬が少なかったりするとそれは顕著になり、しかもギルドには毎日のように新しい仕事が張り出されるので、依頼期間の7日間一度も手に取られることがない仕事もあるのだ。
トーラムとサーディスはBという高いランクながら、そういった残り物の仕事を好んで受けていた。
2人というごく少人数のパーティーでありソロでも動きやすいというのも理由だが、なにより多少報酬が少ない代わりに仕事の競合相手がほぼいない。その上、傭兵ギルドにとって残り物の仕事が減るというのは“ギルドとして仲介している仕事の消化率が上がる”ということなので、トーラムとサーディスは傭兵ギルドから感謝までされるのだ。
いつの間にかBランクまで上り詰めてしまっただけの向上心はあっても上昇志向の弱い2人にとって、この残り物の仕事というのは気負いなくできるちょうどいいものだった。
とはいえ、もちろんランクの低い仕事ばかり受けているわけではない。
彼らは腐ってもランクBであり、魔獣の討伐で人数が集まらないときなどはギルドから声がかかるし、難所の多いルートでの商隊の護衛などに商人から直接指名されて仕事を受けることもある。
結果的に戦うことはなかったが、傭兵ギルドに招集されて魔人討伐にも参加したことさえあるのだ。
それに残り物の仕事だけではちょっとした問題もあった。
それは、トーラムとサーディスが泊まっている傭兵ギルド直営の宿での宿代である。
傭兵ギルド直営の宿には、ランクAの傭兵が泊まることを想定した部屋も一応あるが、基本的にランク未からランクCあたりの傭兵が使うことを前提にした部屋割りと金額設定になっている。
つまり、ランクBの傭兵の場合は他の宿に泊まったほうが明らかに安くなっているのだ。事実、主都マウンズではギルド直営の宿に泊まるランクB以上の傭兵は、短ければ1泊、長くても7日ほどで宿を引き払う。
しかし2人は頑なにギルド直営の宿にこだわっていた。
2人は幾つかの集落が集まってできた辺境の村落に生まれ、土地だけは広いがどちらかといえば枯れたような畑での農作業を手伝いながら育った。
田舎ほど多産とは言うものの、それは貧困やら疫病やら何やらで子どもが小さいうちに死んでしまうことが多いからだ。しかし、運良くなのか運悪くなのかトーラムの兄弟もサーディスの兄弟もみな健康にすくすくと育った。
枯れた土地にある村落で、余分な子どもを養うのは難しい。そういった子どもは町の大きな家に奉公に出されることがほとんどだ。
どうしようもないほど貧困が進んだ地には、どこから匂いを嗅ぎつけたのか奴隷商が子どもを買いに来ることも珍しくはなかった。
そんな田舎の子どもたちにとって、“傭兵”は憧れの職業である。
もちろん奉公に出された先で堅実に働けばその家が没落しない限り飢えることはないし、よっぽどでもないかぎり望めば貧しいながらも家庭を持つことはできる。
しかし、傭兵ギルドの派出所すらない村落の子どもたちは、たまに村に訪れる旅人に“自分で仕事を選び自由に生きる傭兵”の話をねだり、恐ろしい魔獣すら屠るというその姿に思いを馳せるのだ。
トーラムは兄が2人で姉が1人、サーディスは兄が3人で姉が1人いたため、なかなか奉公先が決まらなかった。
もちろん何のツテもアテもなく村を出ることを親は反対したのだが、何せ家はすでに兄や姉を食わせるので精一杯である。しかもその当時、トーラムの母は身ごもっていた。
結局トーラムとサーディスは成人になる前にこっそり村から抜け出すことに成功し、年齢を偽って傭兵ランクを得た。
家を継いだ長兄、そして奉公に出た次兄だって、傭兵の話は大好きだったし傭兵の道に進みたかったかもしれない。
姉たちだって隣村に嫁いで農業をしたり奉公に出たりせずに、街に出て自由に働きたかったかもしれない。
それを考えると、2人はどうしても田舎の子どもが考えるような傭兵っぽい傭兵として生きたかったのだ。家族に挨拶もせずに家を飛び出してきてしまったというほんの少しの後悔も、その思いに含まれていた。
とはいえ、まあ、もちろんそれだけではない。
なんといってもギルド直営宿のランクB専用の部屋は広く、快適なのだ。
二人部屋なので一人部屋よりもスペースは広いし、ベッドが二つあるほか、それぞれにテーブルと椅子、引き出しが二つついた小さな棚が設えられ、部屋の隅には鏡まである。頼めば無料でたらいにお湯を持ってきてもらえるので、気兼ねなく顔や足を洗うこともできる。
しかもランクB以上の部屋は7日に1度、頼まなくてもシーツ等を取り替えてくれるのだ。
これが他の安い宿になると10日経とうが20日経とうが自分で洗わなければシーツはきれいにならない。まあ、ギルド直営宿でもランクが低い場合は自分で洗うか料金を追加して洗ってもらうかしなければならないのだが。
そういった色々な便利さを考えても、ギルドの直営宿は高いがそのぶん過ごしやすかった。
あとは急なギルドからの呼び出しも直営宿ならではの連携ですぐに教えてもらえるし、行動も起こしやすいという利点もある。
そんな理由から、2人はこの街に拠点を置くと決めたランクEの頃からずっとこの宿に泊まっていた。
それは“住んでいる”といっても過言ではないくらい、長い期間である。
そんな過ごし慣れた宿で朝食を軽く食べていると、ギルドから呼び出しがあると伝言があった。
どうやら森の奥に魔獣が現れたらしい。
詳しい話は聞けなかったが、ランクCとBの傭兵のうちギルドに仕事を申請していない何人かが呼ばれているようだった。
2人は朝食を食べ終わるとすぐに部屋に戻り、これからでも森へと移動できるようそれぞれの武器を装備して軽鎧を着込んでギルドへと向かった。
トーラムとサーディスのお話を数話書き溜めたので、リネッタ視点に戻るまで火曜日あたりにも更新を挟んでいきます。




