傭兵 リネッタ(10才)
「おめでとうございます、リネッタちゃん。色々と制約はありますが、晴れてランクF傭兵になれましたよ!」
笑顔でそう報告してくれたのは、ランク未傭兵を担当している傭兵ギルドの職員、ナタリアだ。
「ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げる。
3日前、森でしっかりと(シルビアの)実力を見せたのだ。
少しやり過ぎではないかとも思ったが、まあ、蹴るときは実際に見た某騎士団長を真似たので、霊獣化の一般的な使い方としては問題ないだろう。
敵の位置を見定めるのも、気配を消すのも、早く走るのも、攻撃時に爆発的な力を出すのも、自らの感覚を研ぎ澄ませ、なおかつ体を強化する霊獣化ならたぶんできるはずだ。たぶん。
「制約ってのは何だ?」
サーディスが首をひねる。
「それは、リネッタちゃんの担当になった僕から説明するっすよ。」
「ああ、コリンさん。」
「先日はリネッタがお世話になりました。」
コリンは、ランクF傭兵を担当しているギルド職員の一人で、森で私の試験をしてくれた、かるーい感じの人のおにーさんである。
トーラムとサーディスは口々にお礼を言って、頭を下げる。
「いやいや、僕はただ、見たものをそのまま報告しただけっすからね。まだリネッタちゃんの実力に懐疑的な職員もいますけど、そのうち認めざるを得なくなりますよ、リネッタちゃんの働き次第でね。」
「あ、でも、まだ10才なんだし、そんなバリバリ働かなくてもいいんですからね?」
コリンの言葉に、慌ててナタリアが付け加える。
「まあ、制約もあるし、まだ森で一人でする仕事ってそんなにないっすから、そんなバリバリもできないっすけどね。とりあえず、説明するね。」
「お願いします。」
コリンは懐からぺらりと獣皮紙を取り出し、それを見ながら話し始めた。
「まず、リネッタちゃんが一人で仕事を受ける場合は、必ず保護者のうちどちらかが仕事内容に目を通して、仕事を受けることに同意するってのを傭兵ギルドに直接報告すること。
……とは言っても、リネッタちゃんのギルドカードの保護者はティガロさんだったし、ランクFになった時点で保護者はいらなくなったんだけど、一応まだ10才だし、トーラムさんかサーディスさんが仕事内容を確認してあげて欲しいってことっすね。一緒に仕事を探しにくるのが一番楽っすよ。
討伐系の仕事はできれば保護者のどっちかが付き添ってほしいってのが本心ですけど、ギルド側はさすがに強制はできないっすから、そこらへんは任せます。もうランク未じゃないんで、特別扱いしすぎるってのはね。
まあ、全力で逃げる骨角猪に余裕で追いついて一撃で沈めるリネッタちゃんならよっぽどのことがない限り大丈夫だと思うっすけど。」
「骨角猪を一撃……?」
「ははは、本当に強かったんだなーリネッタ。」
サーディスが思わずつぶやき、トーラムも半笑いでそんなことを言う。
その反応に誰より驚いたのはナタリアだった。
「知らなかったんですか?」
「いや、実際に戦ってる所を見たことはなかったからな。」
「それで……だ、ダイジョブダローって……よく許可しましたね!?」
「まあ、シルビアがシルビアだったからなあ。」
「そうだよなあ。何つーか、シルビアがイノシシ蹴ってても、まあ、驚きはするけど、納得するっつーか。」
「……10才の、女の子ですよ?」
「シルビアはどっちかっつーと、10年生きた獣って感じだったけどな。そりゃ、人や獣人の10才は子どもだが、森で10年生き残ったっつったらなかなかの部類に入るだろ?」
「それはそうですけど……でも、リネッタちゃんはれっきとした女の子ですよ!」
ナタリアは憤慨しているが、トーラムが言ったことは概ね合っている。
シルビアは獣だ。獣は獣でも、千年以上生きていた魔獣だが。
「まあ、話をすすめましょ。」
とコリンが仕切り直し、ナタリアは納得がいかなそうな顔をしているものの、静かになった。
「次に、パーティーを組む場合だけど……リネッタちゃんは、誰かと一緒に戦ったことはあるっすか?」
「ないです。」
「誰かと一緒に戦うって、できるっすか?」
……パーティー、か。
シルビアはずっと1匹で生きてきた魔獣だ。
何かと協力して戦うことはできない……わけではないだろうが、自由なシルビアのことだ、相当なストレスになるのではないだろうか。
つまり、パーティーを組むならそれは私の出番ということになるが……残念ながら、私の詠唱魔法で霊獣化っぽいものはない。かろうじて、まあ、戦歌とか?
「霊獣化で敵を素早く発見したり味方を強化することはできますが、私は力加減とかがあまり得意ではないので、協力して一緒に戦うというのはちょっと難しいです。」
「霊獣化で味方を強化?」
「相手は人でも獣人でも、荷車をひく馬とかにも効果はあります。まあ、獣人の言葉で歌うだけなんですけど……。」
「歌う?そんな霊獣化聞いたこともないっすけど――うん、まあ、それは置いといて、討伐対象を発見するのが楽になるのはなかなかいいっすけど、戦力にならないってのはちょっと厳しいかもしれないっすねー。ま、仕事内容によるっすけどね。」
「元々パーティーを組むつもりはなかったですし、人数制限がある仕事しかない場合は薬草を納品する仕事をすればいいだけですから。」
「ああ、そういえば、上質な薬草を見つけるのが得意なランク未がいるって聞いてたけど、リネッタちゃんのことだったらしいっすね?」
「はい。なので、ランクFなら、最低限、自分の宿代やご飯台は稼げると思います。」
「なるほど。あ、一応言っておくと、パーティーを組む場合も保護者の同意が必要っすよ。わかってるとは思うんすけど、トーラムさんとサーディスさんは、メンバーの顔ぶれもちゃんと確認してくださいね?
さすがに仕事先でのいざこざは、事後報告されるギルドでは防ぐことは出来ませんから、そうなりそうな相手だったらちゃんと保護者であるお二人が断ってくださいよ。」
「ん?ああ。そうだな。」
「気をつけよう。」
まあ、10才の女の子を、採取の仕事ならまだしも、討伐系のパーティーに入れようなんて酔狂な傭兵はいないだろう。
しかし、私は、もし討伐系のパーティーに誘われたら、最後衛としてなら入ってもいいかなとは思っていた。
間近で他人の戦闘シーンを見れるのだ。私自身が戦うことはあまりないが、それでも全く戦い方を知らないよりかはマシなような気がする。シルビアの戦い方は、なんというか、全く参考にならないのだ。
いや、まあ、実際、シルビア以外の戦いかたを見ても、目がついていかないとかその辺の理由で全く無意味かもしれないが。
それに、採取以外での戦わない仕事だってあるだろう。
例えば、エリオットが受けていたような護衛の仕事なら、戦力にはならなくても、戦歌で人や動物の疲れを癒やすことができるし、何より、敵の接近を誰より早く知らせることが出来る。
護衛の仕事というのは積荷や人を守ってなんぼの仕事なのだから、パーティーに一人いれば喜ばれるのではないだろうか。時間があれば、野営の前にそこらへんの美味しそうな鳥とか獲ってくれば喜ばれるだろうし。
「じゃあ、これ、リネッタちゃんのギルドカード。シルビアちゃんのほうは、抹消しなくてよかったんすよね?」
「あ、はい。」
私はコリンに頷いた。
「いきなり知らない土地で、私くらいの子がいきなりランクFとかEのギルドカードを出したら、たぶん不審がられると思うので。」
「うんうん。でも、知ってるとは思うんすけど、ランク未のギルドカードっていうのは、15才未満の……つまり子どもで、なおかつ、ランクF以上のギルドカードを別に所持していない人に対してのみ、効力があるものっすから。あ、例外としては、大怪我したけど復帰する予定の高ランク傭兵に、一時的に支給されたりもするっすけどね。
で、ランクF以上のギルドカードを所持しているのにも関わらず、ランク未のギルドカードを使ってギルド直営の宿に泊まったり食事したりしたのがバレると傭兵登録は抹消されて、最悪その国の傭兵ギルドに登録できなくなるっすよ。もし、ランク未のギルドカードを提示したのなら、傭兵ギルドの直営店は使わないことを徹底するように、気をつけるっすよ。
あ、もちろん後からランクのあるギルドカードを提示して、そのランクの金額を払うなら問題ないっすけどね。傭兵のギルドカードの複数所持はあんまりおすすめできないっすけど、まあ、絶対にしちゃいけないってわけでもないっすから。」
「分かりました。」
ふーん……なるほど。
ランクによって割引されたり割高になったりするギルド直営の宿や食堂では、当たり前の話だが、ランク未の傭兵よりもランクFの傭兵の宿代や食事代のほうが高めに設定されている。
宿代でいえば、ランク未は素泊まりで一泊銅貨5枚だがランクFは銅貨8枚だ。
食堂ではランク未が銅貨3枚、ランクFは銅貨5枚でパンとスープの基本セットが食べられる。まあ、ランクが低いうちは食堂を使わず、外でもっと安く売っているパンなどを買って済ませるのが普通なのだが。
成人したばかりのランクF傭兵が、別の町でランク未で登録して宿代や食事代を浮かせる、なんてことは結構ありそうな話である。
「あ、あと、通例として、ランクが上がりたての傭兵は、7日間だけは、ギルド直営店での宿代と食事代を前のランクの料金で払うことができるっすから、そんな仕事に焦る必要はないっすよ。まあ、保護者がランクBのお二人なんで、そこらへんは心配してないっすけどね。
怪我とかしたら、またギルドに声かけてください。そこらへんの保証も、まあ、ちょっとだけだけど、あるっすよ。」
コリンはそう言っているし、トーラムとサーディスも「任せろ。」と言ってはいるが、私がトーラムとサーディスに頼ることはもうないだろう。
「頑張って稼ぎます。」
そう言って、そっと鞄を撫でる。
金貨、銀貨、銅貨、石貨がそれぞれ布袋に分けられてじゃらじゃらと入っているが、容量の魔法をかけられた鞄はうんともすんとも言わず、静かに肩からぶら下がっている。
何をしなくても、ランクFの傭兵が何ヶ月感も泊まれるだろうお金は、もう持っているのだ。
しかし、何も仕事をしていないのにいきなり宿代を払ったら不審がられるので、とりあえず明日にでも仕事を探しにいくとしよう。
まあ、害獣駆除の仕事関連は基本的にランクDかEらへんで、ランクFなら多人数パーティーがほぼ必須だったはずなので、ランクFの私が森に出てできる仕事は薬草摘みくらいしかないだろうが。ランクF傭兵の仕事は、街中での力仕事がほとんどなのだ。
その後もトーラムとサーディスはギルド職員らと何か話していたが、しばらくして、仕事の終わった2人は帰っていった。
「んじゃあ、リネッタの傭兵デビューに、今日はちょっと奮発して別の飯屋に行くか。風の魔術師亭とかどうだ?」
「お、いいな。あ、もちろん俺らのおごりだからな!さすがにシルビアほど食われたら財布がやばいが……リネッタくらいなら余裕でいけるぞ。」
「ありがとうございます。……明日からは、自分で払うので。」
「俺、10才の頃ってったら、まだ何も考えず農作業の手伝いサボって遊んでたんだがなあ。」
「どうやって育てたらこんな子どもになるんだか。」
「……私にも分かりません。」
苦笑いをこぼして、私は困った顔をした。
当然だ。
私はもう30才を過ぎているわけなので、そもそもこんな10才は実在していないのである。




