リネッタの過去(捏造)
ところかわってここは、傭兵ギルドの二階にある個室。
傭兵ランク未を担当しているギルド職員の女性の隣にはトーラム、その向かいにサーディス、そしてサーディスの隣には私が、低いテーブルを挟んでソファに座っている。
「確認ですが、シルビアちゃんじゃなくて、リネッタちゃん、なんですね?」
「はい。」
ギルド職員の女性が、私の方をじっと見ながら聞く。
しばらく眺めて、ギルド職員はうんうんと頷いた。何か納得したらしい。
「本当に、雰囲気からして違いますね。それで、体の調子はいかがですか?混乱などはしていませんか?」
「大丈夫です。シルビアの記憶も、きちんとあります。」
「それはよかった。」
そう言って柔らかく微笑むと、続けて自己紹介が始まった。
「改めて、はじめまして。私は、貴方のようなランク未傭兵を担当している、ナタリアといいます。他にもランク未を担当している職員は何人かいますが、シルビアちゃんの担当が私でしたので、リネッタちゃんの担当も私になります。」
「リネッタといいます。今までお世話になりました。」
ナタリア。ナタリア、覚えられるだろうか。
私のこの記憶力の危うさは、たぶんシルビアの悪影響だろうなあ、と考えつつ、頭を下げる。
「それで、サーディスさん。今日はどういったお話ですか?」
「いや、リネッタが話があるとかなんとかで。」
「俺らも、詳しくはまだ聞いてないんだ。リネッタの目が覚めたのが、今朝の話だしな。」
「そうなんですか。……リネッタちゃん、お話っていうのは?」
3人の目が、私に向く。
さて、うまく説明できるか自信はないが、やれるだけやってみよう。
「実は私、霊獣化が使えます。」
「は?」と、声を上げたのはトーラムだった。しかし、私は言葉を止めない。
「ランク未ではまともな仕事ができないので、できれば見知ってくださっている人がいるこの街にいる間に、ランクをFに……できればEまであげたいと思っています。」
「ええと。」
面食らったように、ナタリアが言葉に詰まる。
「もちろん、すぐに信じるのは難しいと思いますが……」
「い、いやいやいや。その年で霊獣化って。リネッタ、本当に、霊獣化の意味、知ってんのか?」
「意味?……えっと、素手で、木を殴り倒すくらいならできるので、害獣駆除くらいなら、やれます。」
「素手で?」
「木を?」
トーラムとサーディスが唖然としながら言葉を漏らす。
「そもそも、シルビアが薬草を採っているときに獣をすぐに見つけられたのも、その力を使っていたからです。」
「……あ、ああ。たしかに、あれはおかしいとは思っていたが……いや、でもなあ。」
「上質な薬草を見つけられたのも、そのおかげですね。」
「あー。……思い当たるふししかないな……。」
「え、ええ?そうなんですか!?」
これはいける。
私は3人の反応を観察しながら、確信した。
ティガロ(もといフリスタ)に聞いた話だが、この世界では、霊獣化は獣人の使う身体強化技、という認識しかない。それは千年ほど前、当時の歴王アリダイルが、人と獣人の戦争の際に、霊獣化の秘術などが記されたものなどを徹底的に探し出して破壊し尽くしてしまったかららしい。
戦争が終わって以降は、全身獣のようになる霊獣化と、某騎士団長のように体の一部を意識して強化するような霊獣化以外にはどんなものがあるのか、後世に伝わっていないのだ。獣人でさえも霊獣化に関しては知らない事のほうが多いらしい。
さらに、霊獣化をどうやって覚えるのかもあやふやで、獣人の全員が全員霊獣化を使えるようになるわけでもない。
そのため、この力は、魔法陣の使えない獣人が編み出した特殊な何かしらの力、というひどく雑な扱いをされていた。
つまり、大昔に失われた霊獣化の本来の力です、とでも言っておけば、大抵は「なるほど(わからん)。」と納得(?)してくれるわけだ。
まあ、霊獣化は身体強化魔法の一種なんだけど。
と、私は心のなかだけでそう付け足す。
以前、ヨルモが3級の魔素クリスタルの魔素を全て吸収してしまったことがあった。
あのときはその後すぐに全て放出されてしまったが、霊獣化はその吸収した魔素を使って体を強化をするという、魔素を無限に吸収してしまう体質の獣人だからこそ使える魔法だ。つまり、コツを覚えればたぶん獣人なら誰でも出来る。
某騎士団長が豚頭の魔獣と戦っているときは、移動中で、しかも召喚獣の目からしか見ることができなかったので分からなかったが、一人旅の際、偶然、獣人の霊獣化を見る機会があった。
その獣人の傭兵は、意識はしていないだろうが周囲の魔素を体に取り込み、その魔素を使って身体強化の付与と同じような魔法を発動させていた。
本人すらもなぜ自分が霊獣化できるのか理解していなかったのには驚いたが、まあ、魔素は毒で、精霊王に愛されていない獣人には扱えないものというのが“常識”であるこの世界では、自分が空気中の魔素を吸収して魔法を使っているだなんて思いつきもしないのだろう。
獣人たちが魔素を利用して霊獣化していると知れば、空気中の魔素を取り込むのではなく、魔素クリスタルを割ることでもっと効率よく力を出せるようになるだろう。
……まあ、それを教える気はさらさらないのだが。
「私は物心付く前に育った集落を離れてしまったので、これは聞いた話なのですが……私が育ったのは、私も場所を知らないどこかの国の、森の奥深くにある、獣人の集落でした。」
と、私は話に真実味を持たせるべく、黙ったままの3人に向かって、私の物語を語り始める。
「私はその集落の近くに、捨てられていたそうです。やはり、こういう頭なので……。」
困ったように、言葉を濁す。
混色は珍しいが、珍しいからといって価値があるというわけではない。
どちらかといえば異端扱いで、差別される側なのだ。
だから、そのせいで捨てられたといっても、おかしくはない、はずだ。たぶん。
「その獣人の集落は、なんというか……とても閉鎖的で、人が近づくことはほぼない、どころか、存在も知られていないような、そんな集落だったようです。そこで私は、外から来た混色にも関わらず、集落のみなさんに育ててもらっていたらしいです。」
「じゃあ、両親はわからないのか。」
「はい。といっても、育ての親の顔も、もう覚えてないのですが。」
曖昧に首を傾げて、私は「小さいうちに、村から出てしまったので。」と続けた。
「その集落は、獣人にとって特別な場所につくられた集落のひとつで、集落の人たちは、ずっと昔からその集落に伝わる伝統を守り続けていました。その集落の人たちはみんな、子どもでも霊獣化が使えることが普通だったみたいです。」
「……獣人の伝統が守られている、か。大昔は、大抵の獣人は霊獣化が使えたっていうし、それで、戦争んときには歴王が直接前線に出向くまで戦況が動かなかったっていうんだから、おかしくはないな。」
へー。
サーディスの言葉に、私は心の中だけで相槌をうつ。
「私が4才のころ、村に一人の魔術師さまがいらっしゃいました。魔術師さまは人だったので、もちろん集落の人たちは警戒しましたが、魔術師さまは困っていた集落の人たちに知恵を与えてくださり、いろいろと助けて下さいました。魔術師さまは1年ほど集落にとどまり、何かの研究をした後……私を連れて、集落を出ました。」
「リネッタを連れて?」
「はい。当時のことはあまり覚えてないのですが、魔術師さまは私に宿る何かしらの力を見出した、とか何とか、言われてたと思います。それで私は、魔術師さまから霊獣化や魔法陣についての知識を教わりながら、魔術師さまについて5年ほど旅をしました。
もともと集落で暮らしているときに霊獣化の基礎はできていたので、旅の途中に霊獣化はできるようになりました。
……ですが、魔術師さまの予定が変わり、私はしばらく一人で旅をしなければならなくなりました。霊獣化が使えたおかげで、この年でも、盗賊に襲われることもなく旅ができていましたが――遠くから毒矢で、というのは、さすがに避けようがなかったです。」
次は防ぐけど。と、心のなかで言葉を追加する。
シルビアも、私の中で「ツブす!!!」と意気込んでいる。
「なるほどなあ。ちなみに、その魔術師さまの名前ってのは?」
「ヴァレーズ・サニティ・ステライトさまです。といっても、あまり名乗らない方なので、名前を知っている人なんてまずいないとは思うのですが……。」
「リネッタが小さいのにこんなにしっかりしてんのは、その魔術師さまのおかげってことか。」
「はい。」
よし、ほぼ完璧だ。これで、私は自分の生まれがどこなのかもわからないし、両親もわからないし、そもそもどこの誰なのかもわからない。それに、ステライト先生はこの世界には存在しないのだから、探しても見つからない。
私は、難しい顔をする3人の大人の顔を順々に見つつ、なかなかの作り話の出来に満足していた。ああ、いや、一人、大事な名前を忘れていた。
「あ、そういえば、私が一人旅の途中、とても良くしていただいた方がいらっしゃいました。私の……リネッタという名前で登録しているランク未のギルドカードの保護者にもなってくださっている方なのですが、ひとつ前の国で別れてしまったので、今はどこにいるのかわかりません。」
これで、私の名前のギルドカードを出すこともできる。
さすがに、シルビアと呼ばれてすぐに自分だと気づく自信はないのだ。私は、私のギルドカードのランクをあげようと考えていた。
「ティガロさんにいつまでも保護者をお願いするわけにもいかないですし……たしか、ランクがFになれば、保護者は必要なくなるんですよね?」
「え、ええ。そうですね。」
「じゃあ、私の名義のギルドカードで、ランクを上げたいと思っているのですが……。」
「それは、うーん。私だけの判断では難しいので、ちょっと時間をもらってもいいですか?」
「はい。お願いします。」
ずっと黙って話を聞いていたナタリアが静かに立ち上がり、それからサーディスとトーラムを代わる代わるを見た。
「どちらかお一人でいいので、一緒についてきてもらってもいいですか?その、リネッタちゃんがシルビアちゃんだった時?に、どういう感じだったのか、たぶん一番わかっているのは、保護者であるお二人でしょうから。」
「おう、じゃあ俺が行くか。」
と立ち上がったのは、私の隣りに座っているサーディスだった。
トーラムは、「じゃあ、俺はちょっとリネッタに聞いとくな。」と頷く。
そうしてナタリアとサーディスが部屋から出ていってすぐ、トーラムは、「ちょっと聞いてもいいか?」と、どこか真剣な眼差しでこちらを見た。
「何か……」
「シルビアは……どうなったんだ……?」
「いますよ。」
なんとなく呼ばれた気がしたのか、シルビアは(ン?ごはんのジかん?)と答えた。
「トーラムさんが何か聞きたいことがあるって。」
(ンー?)
「え?……ん?今、シルビアと話してるのか?」
「あ、はい。シルビアが表に出ている時も、こうやって話してました。」
「そうなのか……?」
トーラムは首のうしろをがりがりかきつつ、複雑そうな表情で私をまじまじと見ている。
「いやな、てっきり、リネッタの目が覚めたら、シルビアが消えるんじゃないかってな、心配してたんだよ。」
消える……?
と、私は首を傾げて疑問符を浮かべたが、しばらくして、なるほど、と思った。そして、話を付け足すために口を開く。
「よくわからないのですが、シルビアは最初から私の中にいたようです。ずっと眠っていたのが、私が死にかけたというきっかけがあって、目が覚めた……んだと思います。だから、消えたりはないと思います。」
「最初からいた……?」
「そのあたりは私にもわからないです。……もしかしたら、魔術師さまは知っていたかもしれませんが……。」
また、ステライト先生のせいにする。しかし、これが一番丸く収まるのだ。
私は何も知らない子ども、そう、知っていなくても許される子どもなのだ。
「なるほどなあ、その、ヴァレーズっていう魔術師様は、すごい魔術師なのかもしれないな。」
トーラムはその説明で納得してくれたようだった。
それからは、ナタリアとサーディスが帰ってくるまで、たわいない話をしながら時間を潰した。
シルビアだったときになぜあんなにご飯を食べていたのかは、謎のままということにした。
それからしばらくして、部屋に戻ってきたのはサーディスだけだった。
「いやー、ぜんっぜん信じてもらえなかったな!」
部屋に入るなり、サーディスは清々しいほどにこやかにそう言い放つ。
「だめじゃねーか!」
トーラムのツッコミにも、サーディスは肩をすくめるだけだ。
「仕方ないだろ、だって、10才だぞ? 女の子だぞ? 俺が何を言おうが、森にいるシルビアを知らないやつは信じないだろ。」
「まあそうだろうが……」
「霊獣化に関しても、本当に使えるのか怪しいって意見が大部分を占めてたな。」
「まあなあ。」
「特におっさん連中が、霊獣化できたとしてもそれで戦えるかは別の話だとかなんとか言い始める始末で、まーぁ手に負えねえわ。」
そんなことだろうとは思っていたので、私はサーディスのほうを向いて、口を開いた。
「実際、狩ってくれば、分かってもらえるんでしょうか?」
「え?」
「お二人がついてくるとなると手伝ったとか言われると思うので、私一人で何かしらを狩ってきます。そしたら信じてもらえますよね?私、一人旅中に、何回か傭兵ギルドで肉を買い取ってもらってるんです。小牙豚くらいなら余裕で狩れます。」
「マウンズで小牙豚は見たことねえなあ……同じようなタイプだと骨角猪だが、あいつは小牙豚の3~5倍はあるぞ?」
「何の問題もありません。シルビアも森で遊んでるときに見つけて、殴り倒してましたから。」
骨角猪どころか、熊とか魔獣狩ってたけどね。
「殴り倒すってお前……つか、シルビアは、そんな危ないことしてたのか!?」
(カタイ、まずイ。)
「何にせよ、骨角猪でも大丈夫です。ただ、問題があるとすれば、狩ったそれを一人で運べないことですね。重いので。」
(おまケニ、クさい。)
「それじゃあ、僕が付いていくっすよー!」
と、突然、第三者の声が会話にはいりこんできた。
見れば、開きっぱなしの扉の向こうに、若い人の男が立っている。
「えっと……」
「僕はコリン。ランクF傭兵を担当してる傭兵ギルドの職員だよっ。」
人懐っこい笑みを浮かべてそう言うと、コリンは部屋に入り、立ちっぱなしのサーディスの横をすり抜けて、そのままトーラムの隣、つまり私の斜め前に座った。
「リネッタちゃんだよね?その狩り、僕がついていってもいいっすか?」
前のめりになって聞いてくる。
「いい、ですけど……」
「トーラムさんとサーディスさんは、それでいいっすか?」
「お?おう。」
「まあ、ギルド職員が見てる前で討伐すりゃあ、さすがに信じてもらえるだろうからな。」
「うんうん、よかった、じゃあ、リネッタちゃんよろしく!これまでに薬草をたくさん納品してくれてるから、実力さえ分かれば、すぐにでもFになれるからねー。」
「は、はい。」
初対面なのにやけに馴れ馴れしいコリンにやや引き気味になりながら、私は頷いた。
……私がランクFに上がるためのテスト、ということなのだろうか?
話が決まればあとは早いもので、日にちは、コリンの予定の空いている明後日、ということになった。
私の思った以上に、順調に事が進んでいる。
しかし、困ったことになってしまった。
私はシルビアのように素手で獣を殴りとばしたりはできない。
人が見ている前で、どう霊獣化っぽく倒せばいいのだろうか。
明後日までには、それを考えなければならない。




