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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
森の国のリネッタ
131/298

リネッタと2人の保護者

 朝、ぱちりと目が覚めた。


 長い夢を見ていた気がする。

 その割に目覚めは良く、伸びをすれば体が軽く感じられた。


「戻った、んだ?」


 声に出してつぶやく。

 シルビアと同じようで違う自分の声を直接(・・)耳で聞くのも、随分(ずいぶん)久しぶりのような気がした。


 手でシーツを撫でる感覚、ずっと泊まっているこの狭い部屋のどこか落ち着く匂い、1階からかすかに漂ってくるパンの焼ける匂い。

 小さな窓の外へ視線を向けると、シルビアの中から見ていたときよりいくぶん(まぶ)しいような気がした。


「……シルビア?」

(ナニ?)


 問いかけると、シルビアはすぐに応えてくれた。


「なんで戻ったのかしら?」

(しらナイ。)

「まあ、そうよね……。」


 ぐう、と鳴くお腹を撫でながら、私は考える。


 ……体に魔素が満ちている。


 この半年間、シルビアは空気中からはもちろん食べることでも体を構成する魔素をせっせと補給していた。それがようやく終わった、ということなのだろうか。

 体を流れる魔素のめぐりはスムーズですこぶる調子がいい。もしかしたら、体内にあるシルビアの魔核やその他もろもろ(?)が完全に体に馴染んだのかもしれない。


 完全復活である。


「これから、どうしようかしら。」


 この半年、薬草を摘んだり獣や魔獣に魔法を試しうちして体の調子を確かめていたが、シルビアは私が使えるたいていの魔法を使いこなしていたし、特にこれといった問題はなかった。

 最近はなぜか森のいたるところに傭兵がいてあまり魔法の試しうちができず、そろそろ新しい魔法陣を求めて何かしら動き出したいところではあったのだ。


 まあその前に、私に戻ったからこそやらなければならないこともある。


 ベッドから降りると、鞄を探ってシルビアのギルドカードと自分のギルドカードを取り出した。


 傭兵ギルドのギルドカードが2つあることは問題ではないらしいが、使い続けるのはどちらか一方のほうが好ましいらしい。そして、ランク未のままでは身分証にしかならないので、最低でもどちらかをランクFにしたい。


 ランク未では仕事がなさすぎるのだ。

 目立つのはあまり好きではないのだが、ずっとコソコソいろいろやるよりもちゃんとしたランクの傭兵になって堂々といろいろなことをしたい。


 幸いにもシルビアのおかげで戦いの空気にも慣れてきた。私は、この街の近辺に出るような獣には立ちすくむことがなくなっていた。

 それはここ数ヶ月、ほぼゼロ距離で戦うシルビアの戦いを文字通り目の前で見てきた結果である。

 もちろんシルビアのような動きができるという意味ではない。ただビビらずに行動できる、というだけだ。


 できればこの街にいる間にランクをFか、もしくはEまで上げて知らない街に行きたい。

 この街の人々はシルビアにだいぶ慣れているし、ありがたいことに保護者もいるのだ。知らない街でこの年でランク未からFにあげようとすると、ただの幼い子供でしなかい見た目では断られる確率が高い。


 この年でもちゃんと薬草を摘めるというのはこの街の傭兵ギルドでは知ってもらえているし、私が戦えるということも多少は知られてしまってもいいのではないだろうか。


 ――私は、見た目は獣人(ビスタ)だ。


 そう、魔術師です!というのは受け入れられなくても、幼いながら霊獣化(バーサーク)が使える特殊な獣人(ビスタ)だとでも言えば、ランクFくらいにはしてくれるのではないだろうか?


 どうすれば堂々と傭兵として旅ができるか、私はシルビアの中で悶々と考えていた。

 魔獣を狩るのは目立ちすぎるが、そこらへんの害獣を狩るくらいの、王都でヨルモがしていたような仕事だけでもなんとか受けられないか。


 そんな時、シルビアがトーラムに連れられて立ち寄っていたとある商店で私は懐かしい名前を目にした。



 【ディストニカ王国の王都で大人気】 安らぎの香りの干し花(ポプリ)



 商店の一角にそんな名前の商品があった。

 数種類の乾燥された花が可愛らしいリボンでまとめられている。

 ひとつ、銀貨1枚。結構いい値段だ。


 どう見ても私が作ったものではないし、そもそも王都から運ぼうとしても1日で崩れてしまうのでただの類似品だろう。

 しかし、あの国(ディストニカ)から国を一つまたいだこの連合王国にもその名前が伝わってきたのだとしたら、ロマリアがあの魔法陣を使って孤児院で何かしらを始めたのかもしれない。

 もしかしたら何者かに奪われてしまった可能性もあるが……いや、あの城詰めの魔術師だっているし、獣人騎士団は干し花(ポプリ)の常連なのだ。簡単に奪われることはないだろう、たぶん。

 あの、騎士団長の使っていた霊獣化(バーサーク)というのはすごかった。魔獣を素手で殴り飛ばすのは、あの大柄な獣人(ビスタ)といえどなかなか勇気がいるのではないだろうか。

 シルビアも素手で魔獣を殴りつけるが、身体強化の付与(エンハンスド)を使い、さらに殴る瞬間にも別の魔法を使っているので腕力ではない。


 しかしそこで、私はようやく霊獣化(バーサーク)を使えばなんとかなるのでは、と思いついたのだった。



 自分が“特殊”だと自称するのはちょっと恥ずかしいし目立ちたくない私としてはあまり好ましくはなかったが、そうでもしなければ傭兵ランクは上げてもらえそうにない。

 それに、霊獣化(バーサーク)が使えても弱い害獣を狩れるだけのたかだか10才前後の獣人(ビスタ)の少女なんて、物珍しいかもしれないがそこまで騒ぐほどのものではないだろう。


 そんな言い訳じみた理由をえんえんと考えていると扉がこんこんとノックされ、私は扉に視線を向けた。足音からしていつもの2人だろう。


「起きてるかー?」

「はい。」


 応えるとすぐにトーラムとサーディスが入ってきて、「うおっ!?」と声を上げた。


「おま、髪、どうしたんだ!?」

「髪?」


 そう言われ、自らの髪のひとふさを手にとると――


「あ。」


 私の髪の色が金に戻っていた。

 これも、シルビアが内に戻り私が出てきた影響だろうか。

 尾は相変わらずこげ茶なので元の混色(まぜいろ)に戻ったということだ。


「どうしたんだ?今日はえらくおとなしいな。」


 トーラムがすぐに違和感に気づき、サーディスも「風邪でもひいたのか?」と続ける。

 まあ、シルビアの場合は2人が来ると途端にニコニコして、テンションが高ぶると抱きついたりするのだ。そんなシルビアしか知らない2人からすれば、たしかに熱かなにかで大人しくなっているのかと心配するのも、まあ、わかる。


 私は静かに立ち上がって2人に向かってぺこりとお辞儀をした。


「はじめまして、トーラムさん、サーディスさん。」

「……。」

「……。」

「もう知っていると思いますが、私はリネッタといいます。この髪色は……もともと、私は混色(まぜいろ)なので、これが本来の色です。」


 そこで、少しだけ沈黙が落ちた。

 いきなりすぎて思考が追いついていないのかもしれない。

 しかし、すぐにサーディスがはっとして「お、おう。」と答えた。


「そうか、目が、覚めたのか。」

「俺らの名前も、知ってるんだな。記憶はあるってことだな?」

「意識だけなら、数か月前に戻っていました。」

「そうなのか?」

「い、いつから……」

「シルビアがネズミをご飯だと言わなくなったあたりです。」

「……なるほど。」

「ああ、それで。……って、結構前だな!?」

「それで、」


 と言いかけた辺りで、ぐう、と私のお腹が主張した。


「……とりあえず朝飯、食いに行くか。」

「はい。」

「んじゃ、話は下でするか。」


 トーラムとサーディスが部屋から出ていく。

 私はかばんを肩に掛け、2人に続いた。


__________



「ほんとにそれで足りるのか!?」


 パンと日替わりスープだけを注文した私に、保護者2人が驚愕する。

 「本来はこれが普通なので……。」と私が答えても、「確かに普通なんだが、うーん。」と納得したようなしてないような返事しか返ってこない。


 それどころか注文を取りに来た店員すらも、「え?少なくない?」と驚いていた。

 髪の色が違うとか口調が違うとかおとなしいとか突っ込みどころは他にもあるはずなのだが、何よりもそれが一番気になるところだったらしい。


 しかし、私にはシルビアのように食事を体内で魔素に変換なんていう離れ業はできないので、こればかりはどうしようもない。

 喋り方もあの独特なカタコトを真似できるわけでもないし、しばらくの間、周囲がシルビアではない“私”に慣れるのを待つしかないだろう。


 独特な香りのするパンをひとくちかじる。

 ……シルビアの中で美味しそうだなあと眺めていたが、これは、なんというか、好き嫌いが分かれる味だ。


 この街のパンは、森で採れる香草を練り込んだ独特な風味のあるものが一般的らしい。パンの表面にはチラホラと練り込まれた香草が見える。

 しかもそれ以外のどの料理にも、――もちろん目の前のスープも含めて――豊富な種類の香草がふんだんに使われている。

 考えてみれば森で狩られた野生の獣肉が圧倒的に多いのだから、肉の臭みを取るためにそういうふうな味付けが一般的になったのだろう。


 まあ、魔獣の肉さえ生で食べるシルビアには“好き嫌い”という概念自体がなかったので、問題はなかったようだが。


「ごちそうさまでした。」


 そう言って、一息つく。


「確かにこれは、シルビアとは全然違うな。」

「すげえな、エリオットさんがシルビアを見て困るのもわかるな……。」


 どこか感動にも似た表情をしているトーラムとサーディスだったが、私が視線を向けるとなぜか姿勢を正した。


「食事が終わったら、お話したいことがあります。できれば傭兵ギルドの職員さんも一緒にお願いしたいのですが。」

「おう。じゃあ、これから行くか。」

「どうせ今日はシルビアを森に連れてく予定だったからな。」

「よろしくお願いします。」


 何故か緊張しながらも、保護者2人は立ち上がり近づいてきた店員に代金を払う。


 ――そのお金も、本来ならば私が払わなければならないものだ。


 シルビアが食べに食べた料理代、宿代、その他もろもろのお金。たしかにシルビアの摘んだ薬草である程度はまかなえていただろうが、そのぶん仕事をセーブしているだろうトーラムとサーディスの2人には結構な負担を強いてしまっている。

 この街を離れるにしても、この2人には何かしらお礼をしなければならない。


 ……お金を持っていないわけではない。


 旅の途中にいくらかは使ってしまったが、王都で自作した魔素クリスタルを売ったときに得たお金はまだたくさん残っているのだ。しかしそれをそのまま渡してはいさようなら、というのはあまりいただけないだろう。

 まあ、すぐに旅立つわけでもないし、ゆっくり考えていけばいいだろう。時間だけはたっぷり……そう、たっぷりあるのだから。



 この世界(ラフアルド)に来て、たぶん2年くらい経っている。

 見た目は育ち盛りの10才な私だが、身長は全くといっていいほど伸びていない。それどころか髪さえ伸びないのだ。

 おかげで切る手間は省けるが、きっとずっとこの街に居続けたら数年も経たずにその違和感が生まれるくらいには、それは異常なことだ。


 私の体は、年を取っていないか、もしくは年を取るのがひどく遅くなっていると考えられる。


 魔獣は幼体から成体までは成長するが、成体になった時点でそれは止まり、殺されたり病気や怪我で死ぬことはあっても老衰で死ぬことはない。

 私は半分ほどが魔獣化してしまっているので、そういう魔獣の(ことわり)みたいなものが私にも適応されてしまっているのだろう。

 以前、ティガロに切り渡した髪のひとふさぶんだけは元の長さに戻ったので、この世界に構成された時の私の姿が魔獣でいう“成体”ということになっているのかもしれない。


 とはいえ私の左胸にはきちんと鼓動を刻む心臓もあるので、完全に魔獣というわけではないのだ。寿命がどうなっているのかは、もう何十年か経ってみないとわからない。

 我ながら、よくわからない体になってしまったものである。


 まあ、さすがに全てを話せるわけもないし信じてすらもらえないだろうから、そこら辺はうまくごまかせるような大胆な設定を考えつつある程度の説明をするしかないだろう。


 私は頭の中で、これから話そうとしていることを整理していく。


 そう、また、ステライト先生の名前を借りて全部先生のせいにするのである。

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