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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
森の国のリネッタ
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閑話 安らぎの魔法陣 2

 テスターとロイスの間に色々あったもののその話は一旦横に置き、2人は当初の予定であった安らぎの魔法陣を確認することにした。


「魔法陣は、僕もまだ、見てないんだよね。」


 テスターがそう言いながら、堅牢(けんろう)そうな小さな鉄の箱をソファの間の低いテーブルに乗せる。

 その重そうな鉄の箱にはびっしりと魔法陣が刻まれ、中にあるものが高価なものだと無駄に主張していた。


「開けるね。」


 そう言って、鍵に向かって手のひらを向け、意識を集中させる。

 テスターの魔素を受けた箱の魔法陣が淡く輝き、ほどなくして、重そうな鉄の蓋が音もなく開いた。


 その中に綺麗に折りたたまれて入っていたのは、リネッタがロマリアに託した魔法陣の縫い付けられた布、そのものだった。

 それを見た瞬間、ロイスが僅かに顔を(しか)めた。


「……もうこんなに(もろ)く……まさか、ただ魔法陣を縫い付けただけの布……?」


 ロイスが呆れ気味にそう言うと、テスターは苦笑いをこぼした。


「いや、ちゃんと処理してあると思うよ。これは劣化したわけじゃなくて、最初からボロ布に縫い付けて作ってあるんだ。」

「……理解しがたいですが。」

「まあね、僕も最初はびっくりしたよ。」


 道具などに直接魔法陣を刻むと、その道具は魔素の毒に侵されて脆くなり、強度が落ちて最終的に使い物にならなくなってしまうといわれている。

 ロイスは布のボロ具合から、この安らぎの魔法陣が何の処理もなく縫い付けてあると思ったのだろう。


 壁に掘られている灯りの魔法陣でさえ、何も処理をしなければ十数年後には壁が朽ちてしまうのだ。その為、魔道具を作るためには、専用のインクや糸が必要になる。

 しかも、専用のインクや糸を使ったとしても、魔法陣が発動するたびに僅かながら魔素の毒に侵されてしまうので、武器や防具などの発動させることが多い魔法陣は定期的なインクの塗り直しなどをしなければならないのだ。もちろん灯りの魔法陣も、年に2度はインクを塗り直すことが推奨されている。


 そんな管理の大変なものを、こんな劣化した布に縫い付けて作るというのは、テスターでも首を傾げざるを得なかった。


「これをロマリアに託したステライトという魔術師にとっては、その価値しかないってことかもね。」

「魔法陣研究に携わっている全ての魔術師が、新たな魔法陣を創り出すのに人生を掛け、それでも時間が足りずに死んでいくというのに……。」

「まあ、これが手元にあるっていう幸運を精霊王に感謝しながら、とりあえず見てみようよ。」


 テスターは細心の注意をはらいつつ鉄の宝箱から布を取り出し、目の前に広げて――――2人は、言葉を失った。




 どれほど時間が経ったのか。


 先にショックから抜け出したのは、ロイスだった。


「これは、思っていたよりも、ずいぶん……」


 しかし、その言葉の先が続かない。


 どう言い表していいものか……それは、テスターやロイスの見慣れた魔法陣とはかけ離れた、いや、よく見ればそうではないのだが、とにかくその魔法陣は2人の城詰め魔術師の今まで(つちか)ってきた様々な知識を一変させるような代物(しろもの)であった。


 大きさは、灯りの魔法陣とほぼ同程度。

 かろうじて、基礎陣のひとつが使われていることだけ、分かる。


 しかし、そこに描かれている文字が、圧倒的に少ない。

 比較的文字数の少ない灯りの魔法陣とくらべても、5分の1程度しかないのだ。

 それはまるで、書きかけの魔法陣であった。

 100人の魔術師にこれを見せれば、全員が「これは未完成だ。」と断言するだろう。いや、例えそれが1000人になろうが10000人になろうが、これが完成された魔法陣とは考えないはずだ。


 それでいて、6級(クズ)の魔素クリスタルたった一つで、あの干し花(ポプリ)のような絶大な効果を付与しているという。


「……あり得ない。こんな魔法陣、あり得ていいはずがない。」


 テスターがつぶやきを漏らす。


「まさか、貴方の意見に同意する日がくるとは思ってもみませんでしたね……。」


 ロイスが珍しく、驚いたような表情で頷く。


「ああー、これは……僕は人選を間違ったかもしれない。」


 テスターが呻いて、「僕と君じゃなくて、カーディル様とオルカ様にすべきだったかも。」と続けると、ロイスも「たしかに、お父様には占術師長の席を誰かにお譲りいただいて、研究に専念していただいたほうが早く解明できたかもしれませんね。」と真面目くさった表情で答えた。


「あーまじかー、すっごいスカスカって聞いてたけど、これほどとは思わなかったなあ。

 ある意味、灯りの魔法陣と生成陣くらいしか知らなかったロマリアだからこそ、先入観なく受け入れられたんだろうね。僕、こんなのいきなり見せられても、怖くて絶対発動できないよ。」

「……そうですね。」


 2人ともにそれぞれ思うことがあるのか、視線を魔法陣から逸らす。



 魔法陣の発動に失敗するというのは、実際には、魔法陣を研究する者たちにとってはよくあることである。

 基本的に、魔法陣の発動に失敗すると、そもそも魔法陣は発動しないのだ。


 しかし、どう間違うとそうなるのか、中途半端に発動することもまれにある。

 その場合、突然発火したり、何か得体の知れないモノが生成されたり、魔法陣自体が燃え始めたり朽ちてしまったりと、予期せぬ事故が起こる。

 そして最悪の場合、周囲を巻き込んで死人が出ることもあるのだ。その例が、40年ほど前の、王都立魔法陣研究所の消失事件である。


 とはいえ、新たな魔法陣を創り出すことを人生の目標にしている彼ら研究者にとってそれは最も恐ろしい事であるものの、それと同時に、“発動しない”という失敗よりかは研究が進んでいるという指標にもなるので、研究者は未完成の魔法陣の発動実験をやめることはない。

 多くの犠牲の上に、新たな魔法陣は研究されているのである。そのことを2人もよく知っているのだ。



「それにしても、魔法陣を生み出すこともできるうえに魔術具作成の知識もあるなんて……こんな劣化した布に縫い付けることができるなんて……計り知れませんね……。」

「歴代の歴王すら、こんなものは作れないだろう。でも、この魔法陣を解明できれば、きっと、すごいことになるよ。」


 今から、この魔法陣を研究することが出来る。


 思わぬところからもたらされた人生をかけるべきだろう難題(幸運)に、体の奥底からじわじわと溢れてくる熱。半ば浮かされたように、2人はいつしか興奮と期待で笑みを浮かべていた。


 魔術師としてはまだ若く、新たな魔法陣を創り出す研究をしたことのない2人には、この魔法陣のどこから手を付けていいのかも分からない。しかし、目の前の魔法陣はすでに完成しており、発動したときの効果もわかっている。

 この魔法陣は、恵まれすぎた研究課題なのだ。


 ロマリアがこの魔法陣を使うのは、7日に1度、精霊の祝日の早朝だけ。

 つまりそれ以外の時間は研究し放題であり、しかも、テスターとロイス以外は研究することはおろか、見ることさえできない。


「少し、お父様とお話をしてきたいのですが。主に、秘書としての仕事の縮小をお願いしに。」


 そうロイスが言うと、


「僕も、ちょっとカーディル様と話をしたいかな。主に、今やってる城詰めの仕事を全部放棄したいって直談判しに。」


 とテスターが答える。


「全て放棄するのは、“城詰め”としていかがなものかと思いますが。」


 ロイスはそう言いつつ、懐から魔法陣の描いてある獣皮紙を取り出して発動させた。

 獣皮紙はロイスの魔素を受け、じわりと黒く染まっていく。


 これはロイスとカーディルが対で持ち歩いている、特殊な連絡用の魔法陣だった。

 ただし、ロイスは緊急連絡用(カーディルに客がいようが何をしていようがこれから執務室に突貫しますという一方的な連絡手段)として使ってはいるが、実際は狼煙(のろし)のように何かしらの合図として使われているものであり、合図以外には全く使えない上に一度使うとだめになる使い捨ての魔法陣である。


「さ、連絡はしましたし、行きましょう。」

「……え?え、今すぐ?約束としてないのにいきなり!?」

「貴方だって、お父様の執務室にいきなり入ってきて、王都巨壁の使用許可を求めたことがあるでしょう?」

「や、う、うん、あれは、うん、まあ、それはそうだけど……あのときは、少しの時間でも惜しかったし……」

「大丈夫ですよ、お父様は今ちょうど、お茶の時間のはずですから。」

「お、お茶の時間……?」

「ええ。お父様は甘いものがお好きで、お昼下がりはいつもお茶の時間をとっていらっしゃるのです。」

「カーディル様が……ティータイム……???」

「ほら、早く。」


 ロイスに急かされ、テスターが魔法陣を再び鉄の箱に入れて魔法陣で鍵をかけ、重い腰をあげる。


「持っていくのですか?」

「カーディル様にもこの魔法陣を一回見てもらえば、許可が降りやすいと思うんだ。」

あの少女(ロマリア)との約束は、2人だけだったのでは?」

「さすがに言うだけじゃ信じてもらえないよ。こんな魔法陣()、僕だって実物見ないと絶対信じない。」

「……まあ、貴方が言うのであれば、別に構いませんが。」


 す、と所作美しく立ち上がり、ロイスが前に垂れた髪を後ろへとかきあげて流す。

 その仕草に再びテスターはわずかに見とれてから、バツの悪そうに視線を外した。


 ロイスと、結婚するかもしれない。

 いや、ロイスの情報網はあなどれない。たぶん、本当にそうなる。


 テスターには、自らが結婚して家庭を築くなんて全く想像がつかない。

 しかし、フォアローゼス家に魔術師の血を入れるための相手としてロイスは完璧で申し分ないし、テスターが拒否するなんてことはまずできないだろう。

 もし2人の間に産まれる子どもに才能がなくとも、テスターのように隔世で生まれることもあるのだ。血は入れるに越したことはない。


 いや、魔術師の血を抜きに考えても、ロイスには充分な価値がある。


 彼女は、控えめに言ってもかなり……美しい。

 艶のある長い黒髪、少しきつめではあるが切れ長の目、整った顔立ち、相応に膨らんだ胸と臀部(でんぶ)、すらりと伸びた手足、どれをとっても完璧だ。

 そして、城詰めの魔術師や占術師をまとめ上げる占術師長の秘書の仕事と城詰めの魔術師の仕事を両立してやっている。つまり、仕事もできる。


 魔術の才能がある上に、美しく仕事のできる女性、しかも現占術師長の娘。

 それは、極度のファザコン(驚 愕 の 事 実)を差し引いたとしても、魔術師なら誰もが手に入れたいと思うだろう極上の物件(結婚相手)であった。いや、魔術師でなくとも、相手の決まっていない貴族の男どもだって放っておかないだろう。

 まあ、ロイスにそういった浮ついた話がでてこないのは、ロイスの父親であり歴王の相談役であるカーディル占術師長その人が、ロイスに群がってくるハエ()を直接叩き落としているからに他ならないのだが。

 なぜ他の男が叩き落され自分が選ばれたのか、テスターには全くわからなかった。


 背筋をピンと張り颯爽(さっそう)と歩くロイスの後ろに付いていきながら、テスターはそんなことを考えている自分に何ともいえない気分になっていた。

 恋愛感情は全くないし、それは父親以外はロバだと断言するロイスも同じだろう。


 テスターが安らぎの魔法陣の研究の相方にロイスを選んだのは、貴族である彼女の家がフォアローゼス家と敵対しておらず、将来占術師になるだろうといわれている優秀な魔術師であり、占術師長であるカーディルに恩が売れるだろうという打算の結果であった。

 もちろん彼女以外にも数人の目星をつけていたが、やはり、カーディルと少しでも太いパイプを作れるというのが大きかった。同じく城詰めの魔術師や占術師である彼女(ロイス)の兄や姉という選択肢もあるにはあったが、“城詰め”にはいくつかの派閥があり、そのどこにも属していないテスターにとって彼らはなかなか手の出しづらい相手であった。


 ――ロイスは、どういう思いで、魔法陣研究の申し出を受けたのだろうか。


 たぶんこの国で2番目に偉いであろう占術師長(カーディル)の執務室の扉を申し訳程度にノックした直後に何のためらいもなく開け放ったロイスに言葉を失いつつも、テスターは覚悟を決め、ロイスに続いて紅茶とスコーンの甘い香り漂うカーディルの執務室に入っていった。

閑話はこれで一旦お終いで、次からはリネッタのお話に戻ります。




☆ スカスカの魔法陣についてですが、寄せ書きをイメージしていただけると分かりやすいかもしれません。(中央に送られる人の名前が書いてあって、その周りに放射状にコメントを書くあれです。)


ラフアルドの魔法陣は、色紙に5人がそれぞれ5、6回ずつコメントを書いている寄せ書きです。

文字数が多くぱっと見は華やかですが、書いたのは5人だけです。


リネッタの魔法陣は、色紙に5人がそれぞれ一言だけコメントを書いている寄せ書きです。

白いところが多くて寂しい色紙ですが、人数はラフアルドのものと同じです。


そんな感じです!

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