正体不明の傭兵パーティーのうわさ
「またか……」
主都マウンズからしばらく進んだ森の中、3人の男女が無残に殺された魔獣を囲って話している。
「これで何体目ですかね?」
「獣だけならなあ……だが、魔獣も、と考えると……」
「でもここ数ヶ月、新しく出来た高ランクの傭兵パーティーなんていませんし。」
「そうだな。」
「……ランクを隠した無名の傭兵パーティー?」
「そんなことをする意味が分かりません……素材を持っていった形跡もありませんし、何が目的なのか……。」
「そこなんですよねー。」
そう話す3人に囲まれて死んでいる魔獣は、体高が2メートルほどの大きな茶色い獅子だった。
その背には背骨に沿って、骨がせり出したような角が尾まで二列に生えており、尾の先にも槍の穂先のようなものがついていて、その獣が魔獣だということを主張している。
その死体は戦っている最中に切り落とされたのか前足が片方無く、下半身はどういった攻撃をされたのかひどく焼け焦げていた。
後足は2本とも切り傷がたくさんついているが、傷は浅く致命傷にはならないものばかりだ。
この魔獣の命を絶った攻撃は、腹部から背中を貫くように一撃で魔核を貫いた何かだろう。貫かれた周囲もひどく焼け焦げているので、炎系の何か細い魔法武器を使ったのかもしれない。
「うーん……何がしたいんですかね……」
その3人の中の、一番若そうな人の男が首をひねる。
最初にこういった死骸が見つかったのは、今からひと月半ほど前のことだった。
その日、森で薬草を摘んでいたランクの低い傭兵たちが、森の奥で爆発音のようなものを聞いた。
その場に居た傭兵たちは、はじめは他の傭兵が魔獣と戦っていると思った。
しかし、ギルドには魔獣討伐の仕事などは張り出されていなかったはずだとすぐに思い出し、傭兵ギルドに報告しに行った。
その日のうちに雇われた傭兵たちが数人で森を捜索し、見つけたのが2体の獣の死骸だった。
片方は、胸のあたりを何かでえぐられたような姿の、巨大な黒い熊。
もう片方は、こっぴどくボロボロにされた上に片方の首がない、二つ頭のトカゲの魔獣。
トカゲの口には何かの赤い血が、そして熊の口にはトカゲの青い血がべっとりついていたため、トカゲの方は熊に殺されたのだろうと予想されたが、問題は熊の死骸のほうだった。
とう考えても、熊の胸元にはトカゲにはつけられそうにない傷跡がついている。無防備な胸元で爆発が起これば、こんなえぐれ方をするかもしれない。死因は間違いなくそれだろう。
熊とトカゲの戦いに、獣か魔獣かはわからないが第三者の乱入があったのかもしれないとも考えられたが、熊さえ食われていないところを見ると、魔獣や獣である可能性は低いと考えられる。
森で回収されたその2体の死骸を見た傭兵ギルドの解体職員は、首をかしげるばかりだった。
それから数日後、謎の死骸が増えた。7匹程度の灰色狼の群れだった。
さらにそれからも、5日から10日くらいの間隔で獣の死骸が発見されるようになったのだ。
中には他の獣に食べられてしまったあとのものもあったが、皮や爪や牙など、売れそうな部位が持ち去られた形跡はない。魔獣は最初に見つかったトカゲと今回の獅子だけだが、今回の獅子の死骸の様子を見るに、これを倒した傭兵パーティーはこのサイズの魔獣ならば余裕で倒せるような力量があるのかもしれない。
死骸の共通点は“戦闘音が聞こえたかもしれない”という報告がたまにあることと、“素材が持ち去られていない”こと。
逆に死骸の死因は様々で、全身が真っ黒焦げになったもの、鋭利な刃物で体を切り刻まれたもの、何かしらの武器で心臓をひと突きにされたものなどだ。その攻撃の多彩さから、傭兵ギルドは、高ランクの傭兵が数人でパーティーを組んでこれらの獣を狩っていると当たりを付けていた。
しかし現在、それを楽々こなせるだろう高ランクパーティーは主都マウンズに滞在しているものの、その傭兵らが傭兵ギルドに隠れて魔獣や獣を狩る利点は一切ない。
傭兵ギルドの職員も、その噂を聞いた傭兵らも、主都マウンズの人々も、得体の知れない誰かに怯えるべきなのか感謝するべきなのかさえわからず、なんとも微妙な気持ちを抱いているのが現状だった。
それどころか、Bランク以上の傭兵は自分たちの仕事が減ってどちらかといえば迷惑していた。
「……ん?これは……やけに小さい足跡だな。」
と声を上げたのは、壮年の獣人の男だった。
ボサボサの焦げ茶の髪をかき分けるように側頭部のやや前方から生えているのは、赤錆色の角だ。それが後方へと丸まりながらこじんまりと伸びている。そのすぐ下にある耳は細く長く、一見して羊の角と耳のように見える。しかし彼は元はBランクの傭兵であり、実際は羊の皮を被った凄腕の狩人である。
「ほんとだ。小さいっすね?亜人……ですかね?」
一番若い人のギルド職員が、自らの足と比べるように足跡の横に立ち、不可解そうな顔をした。
「いや、亜人の足跡はもう少し変形している。これは、人か獣人の子供のようだが……」
「ええっ!?こんなところに子供ですかー?うーん……、……あっ!」
何かに気づいた様子で顔を上げる若い人の男。
周囲のギルド職員らもそれにつられるように何かに気づき……
「いや、まさかあ。」
「さすがにな。ここはもう森の中腹だ。1人で歩いて来れば、迷う可能性もある。保護者だってここまで入るのを許可していないはずだ。」
と、否定の言葉を続けた。
「でも、子供の足跡には違いないんですよね?最近、子供が行方不明になったという話は聞かないですけど。」
「街の子じゃないにしても、ちょっと街道から入りすぎてますよねえ。やっぱり子連れの傭兵とか?」
「他の傭兵さんたちの足跡で、何人連れとか分かんなくなっちゃってますねー。」
「子連れの線はないだろう、あの2人がこの件に関わっているとは思えん。」
「そうですねー。意気揚々と報告しに来て、素材も残さず持って帰りそうですよねー。」
「確かに。」
3人は顔を見合わせて、最近幼い少女を保護した2人の傭兵の顔を思い浮かべ、苦笑した。
「まあ、とにかく、コレも持って帰るか。」
「あんまり血が出てないのがありがたいっすね。」
言いながら、壮年の獣人と若い人の男はテキパキと魔獣の足をくくりはじめる。
残った人の女は、肩にかけていたかばんから紐の付いた長方形の布と小さな魔素クリスタルを取り出し、布にシワがつかないように腕に巻きつけて紐を結び、その魔法陣の上で魔素クリスタルを割った。
パキ、と魔素クリスタルが割れ、ぼんやりと魔法陣に光が灯る。
その瞬間、弱い風が魔法陣から周囲に広がるように流れていく、気がした。
「……うん、大丈夫そうです。行きましょう。」
「りょーかいっ。」
「おう。」
女の声に応え、男たちが宙吊りにした魔獣の死骸を太い棒にくくりつけたものを担ぐ。
重い頭側は壮年の獣人が持ち、比較的軽い後ろ側に人の若者がついた。
腕に魔法陣をくくりつけている人は、用心深く魔法陣に視線を向けながら、魔獣を担ぐ2人を先導するように、静かに歩き始めた。
体調不良のため、しばらく不定期更新とさせていただきます。
2ヶ月くらいで元の更新頻度に戻ると思います。
すみません(´・ω・`)




