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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
森の国のリネッタ
120/298

シルビア 6

「で、シルビアちゃん。」

「ウン。」


 さっきまで話していた個室からトーラムとサーディス、それからギルドの職員が出ていき、3人がけのソファがローテーブルを挟んで向かい合う部屋は、エリオットには若干広く感じられた。

 シルビアは、「エリオットさんを困らせるんじゃないぞ。」とトーラムが置いていった干し肉の山を大事そうに膝の上に並べ、そのうちの一枚を愛おしそうに噛んでいる。


 その姿は、どう見てもリネッタには見えない。しかし、そういえばリネッタは美味しい干し肉の作り方を知っていたし、一人旅の道中は干し肉を齧りながら歩いていたとも言っていた、か。


「シルビアちゃん。単刀直入に聞くけど、リネッタっていう君によく似た子を知らないかい?」

「ネてル。」

「……寝てる?」

「ウン。」

「どうして?」

「ヤ、ささった。ドク、ついてた。」

「矢、毒……。」


 ピリ、と、エリオットの背筋に嫌な感覚が走る。

 しかしシルビアはそれまでの調子と全く変わらない声で、こともなげに続ける。


「リネッタおきル、ジカン、かかル。」

「……川に落ちた時に弓に狙われたって聞いたけど、その場にリネッタもいた、ということ?」

「ウン。」

「リネッタは、毒の矢に刺された?それで……一緒に川に落ちたと?」

「ウン。」

「それを、さっきの2人には――。」


 いや、言ってないだろうな。

 エリオットはそう思って、聞くのをやめた。


 もし聞いていたのならば探しに行っているだろうし、その話をさっき出さなかったのはおかしいだろう。

 つまり、あの2人は何も知らないということだ。


 リネッタは毒の矢に撃たれ、シルビアとともに川に落ちた。

 シルビアは寝ていると言ったが、シルビアが拾われてからもう十何日も経っている。

 つまりリネッタは――


 そうか、それは、街をいくら探しても見つからないわけだ。


 エリオットは静かに目を閉じ、それからゆっくりと開けた。

 心の準備をしていなかったわけではないし、傭兵という仕事の隣には常に死が佇んでいる。

 しかし、何の罪もない幼い少女が殺されるというのは、いくらエリオットとはいえ、心にくるものがあった。


 いや、今ここで落ち込んでいてもどうしようもない。

 エリオットは次いで気になっていた質問を口に出した。


「そうだ、シルビアちゃん。」

「むぐ?」

「僕の名前……エリオットっていうんだけど、なんで僕の名前を出したの?」

「?」

「オリエットって、僕のことだよね?」

「ウン。」

「その名前は、どこで覚えたのかな?なんで僕を探していたの?」

「ウン?」


 シルビアは、干し肉を口の中でもぐもぐしながら首を傾げてしまった。


「じゃあ、えっと……川に落ちる前、リネッタとはどこで会ったんだい?」

「んー。むカシ。」

「昔?あ……もしかして、リネッタとは、双子の姉妹、なのかな?」


 考えてもみなかったことだったが、これだけ似ているのだから、双子という可能性もある。

 リネッタとシルビア。顔は同じだが、性格は全くちがう。双子ならありえる話だ。

 もしかしたら、リネッタはシルビアを探して一人旅をしていたのかもしれない。


 しかし、そんなエリオットの考えをよそに、シルビアは「ンー?」と、また首を傾げた。


「シルビアちゃんとリネッタは、どんな関係なのかな?お母さんが一緒?」

「チガう。」


 そう答え、困ったような顔をするシルビア。

 覚えていない、わけではないようなのだが……何か、言えないような問題があるのだろうか。

 もしくは、シルビアではうまく言葉にできないのかもしれない。


「シルビア、ずっト、ねテタ。でも、リネッタ、ねた。シルビア、おキタ。」


 散々悩んだシルビアから出てきたのは、そんな言葉だった。


「リネッタが寝たっていうのは……」

「ドク、ヤ、ささった。チカラ、からっポ。おきる、ジカン、かかる。」


 リネッタの力が空っぽ……?


「……毒の矢を受けたリネッタは、眠って?」

「シルビア、オきた。」

「……じゃあ、リネッタが起きたら?」

「シルビア、ネル。」


 これは、もしや。

 エリオットは、ふわりと浮かんだ考えをここで言うべきか、否か、迷った。


 実際、シルビアがそう思っているだけで、本当はリネッタとシルビアは別人なのかもしれない。精神的にも肉体的にもショックを受けて“そういうこと”にしてしまっているという可能性もある。

 しかし、シルビアの幼稚な舌っ足らずの話し方は、どこかわざとらしい部分もある。


 ――人は精神的なダメージを負うと、精神年齢がひどく低下することがあり、シルビアの話し方は、それに似ている気もする。


「つまり、リネッタは今――君の“体の中”で、眠っているっていうこと?」


 エリオットは、静かに聞いた。


「ウン。」


 シルビアは相変わらず、干し肉をかじりながら、こともなげに答えた。


「……そうか。じゃあ、リネッタが目を覚ませば、君は眠って、僕はリネッタと話すことが出来るようになるんだね?」

「ウン。」

「……そう、か。」


 シルビアが嘘をついているようには、見えなかった。


「わかった。話してくれてありがとう、シルビア。」

「ウン。」


 色々な疑問はある。


 例えば、主都(しゅと)シマネシアにいたはずのリネッタが、どうやって2日やそこらで主都(しゅと)マウンズ近郊まで来たのか。

 毒の矢に刺されたリネッタが、どうやってその毒を消し去ったのか。

 空っぽになったチカラとは一体何なのか。


 ――そして、シルビアという存在。

 リネッタはいつ目覚めるのか。

 ……そもそも、本当にリネッタはシルビアの中で寝ているのか。


 しかし、今は。

 それらは全て、横に置いておこう。


 エリオットは尽きることのない疑問に、無理やりふたをした。

 これらは、きっと、“シルビア”に聞いても解決はしないだろう。

 今は、悩んでもしょうがない。

 リネッタが目覚めた時、直接聞けばいいのだ。


 何年かかるかは分からないが、リネッタの目が覚めるまでは、彼女はシルビアとして、生きるのだから。

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