シルビア 6
「で、シルビアちゃん。」
「ウン。」
さっきまで話していた個室からトーラムとサーディス、それからギルドの職員が出ていき、3人がけのソファがローテーブルを挟んで向かい合う部屋は、エリオットには若干広く感じられた。
シルビアは、「エリオットさんを困らせるんじゃないぞ。」とトーラムが置いていった干し肉の山を大事そうに膝の上に並べ、そのうちの一枚を愛おしそうに噛んでいる。
その姿は、どう見てもリネッタには見えない。しかし、そういえばリネッタは美味しい干し肉の作り方を知っていたし、一人旅の道中は干し肉を齧りながら歩いていたとも言っていた、か。
「シルビアちゃん。単刀直入に聞くけど、リネッタっていう君によく似た子を知らないかい?」
「ネてル。」
「……寝てる?」
「ウン。」
「どうして?」
「ヤ、ささった。ドク、ついてた。」
「矢、毒……。」
ピリ、と、エリオットの背筋に嫌な感覚が走る。
しかしシルビアはそれまでの調子と全く変わらない声で、こともなげに続ける。
「リネッタおきル、ジカン、かかル。」
「……川に落ちた時に弓に狙われたって聞いたけど、その場にリネッタもいた、ということ?」
「ウン。」
「リネッタは、毒の矢に刺された?それで……一緒に川に落ちたと?」
「ウン。」
「それを、さっきの2人には――。」
いや、言ってないだろうな。
エリオットはそう思って、聞くのをやめた。
もし聞いていたのならば探しに行っているだろうし、その話をさっき出さなかったのはおかしいだろう。
つまり、あの2人は何も知らないということだ。
リネッタは毒の矢に撃たれ、シルビアとともに川に落ちた。
シルビアは寝ていると言ったが、シルビアが拾われてからもう十何日も経っている。
つまりリネッタは――
そうか、それは、街をいくら探しても見つからないわけだ。
エリオットは静かに目を閉じ、それからゆっくりと開けた。
心の準備をしていなかったわけではないし、傭兵という仕事の隣には常に死が佇んでいる。
しかし、何の罪もない幼い少女が殺されるというのは、いくらエリオットとはいえ、心にくるものがあった。
いや、今ここで落ち込んでいてもどうしようもない。
エリオットは次いで気になっていた質問を口に出した。
「そうだ、シルビアちゃん。」
「むぐ?」
「僕の名前……エリオットっていうんだけど、なんで僕の名前を出したの?」
「?」
「オリエットって、僕のことだよね?」
「ウン。」
「その名前は、どこで覚えたのかな?なんで僕を探していたの?」
「ウン?」
シルビアは、干し肉を口の中でもぐもぐしながら首を傾げてしまった。
「じゃあ、えっと……川に落ちる前、リネッタとはどこで会ったんだい?」
「んー。むカシ。」
「昔?あ……もしかして、リネッタとは、双子の姉妹、なのかな?」
考えてもみなかったことだったが、これだけ似ているのだから、双子という可能性もある。
リネッタとシルビア。顔は同じだが、性格は全くちがう。双子ならありえる話だ。
もしかしたら、リネッタはシルビアを探して一人旅をしていたのかもしれない。
しかし、そんなエリオットの考えをよそに、シルビアは「ンー?」と、また首を傾げた。
「シルビアちゃんとリネッタは、どんな関係なのかな?お母さんが一緒?」
「チガう。」
そう答え、困ったような顔をするシルビア。
覚えていない、わけではないようなのだが……何か、言えないような問題があるのだろうか。
もしくは、シルビアではうまく言葉にできないのかもしれない。
「シルビア、ずっト、ねテタ。でも、リネッタ、ねた。シルビア、おキタ。」
散々悩んだシルビアから出てきたのは、そんな言葉だった。
「リネッタが寝たっていうのは……」
「ドク、ヤ、ささった。チカラ、からっポ。おきる、ジカン、かかる。」
リネッタの力が空っぽ……?
「……毒の矢を受けたリネッタは、眠って?」
「シルビア、オきた。」
「……じゃあ、リネッタが起きたら?」
「シルビア、ネル。」
これは、もしや。
エリオットは、ふわりと浮かんだ考えをここで言うべきか、否か、迷った。
実際、シルビアがそう思っているだけで、本当はリネッタとシルビアは別人なのかもしれない。精神的にも肉体的にもショックを受けて“そういうこと”にしてしまっているという可能性もある。
しかし、シルビアの幼稚な舌っ足らずの話し方は、どこかわざとらしい部分もある。
――人は精神的なダメージを負うと、精神年齢がひどく低下することがあり、シルビアの話し方は、それに似ている気もする。
「つまり、リネッタは今――君の“体の中”で、眠っているっていうこと?」
エリオットは、静かに聞いた。
「ウン。」
シルビアは相変わらず、干し肉をかじりながら、こともなげに答えた。
「……そうか。じゃあ、リネッタが目を覚ませば、君は眠って、僕はリネッタと話すことが出来るようになるんだね?」
「ウン。」
「……そう、か。」
シルビアが嘘をついているようには、見えなかった。
「わかった。話してくれてありがとう、シルビア。」
「ウン。」
色々な疑問はある。
例えば、主都シマネシアにいたはずのリネッタが、どうやって2日やそこらで主都マウンズ近郊まで来たのか。
毒の矢に刺されたリネッタが、どうやってその毒を消し去ったのか。
空っぽになったチカラとは一体何なのか。
――そして、シルビアという存在。
リネッタはいつ目覚めるのか。
……そもそも、本当にリネッタはシルビアの中で寝ているのか。
しかし、今は。
それらは全て、横に置いておこう。
エリオットは尽きることのない疑問に、無理やりふたをした。
これらは、きっと、“シルビア”に聞いても解決はしないだろう。
今は、悩んでもしょうがない。
リネッタが目覚めた時、直接聞けばいいのだ。
何年かかるかは分からないが、リネッタの目が覚めるまでは、彼女はシルビアとして、生きるのだから。




