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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
森の国のリネッタ
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シルビア 4

 その日トーラムとサーディスは、シルビアを連れて傭兵ギルドを訪れていた。

 ここ何日かはずっと森で薬草を摘んでいたのだが、前日薬草を納品した際、ギルド職員から今日はギルドに来るよう言われていたのだった。


 その日は前日の夜から弱い雨が降っていて、シルビアを宿から出すのにまず一苦労した。

 水が苦手だというシルビアは、雨でさえも嫌がるのだ。

 結局、トーラムがシルビアを外套でくるんで傭兵ギルドまで走るという、はたから見れば誘拐現場そのもののような光景が繰り広げられることになった。


 傭兵ギルドに入った3人は、ロビーに設置されているいくつかの丸テーブルのうちの入り口から一番遠い席に座り、待ち人を待つことにした。

 一番奥にしたのはもちろん、シルビアが他の傭兵に迷惑をかけないためである。


 きょろきょろと興味深げにあたりを見回すシルビア。

 何回か一緒に来ているのだが、傭兵ギルド独特の雰囲気にまだ慣れないのかもしれない。


 そんなシルビアをなだめつつ、トーラムとサーディスはなぜ呼ばれたのかわからず顔を見合わせて首を傾げていた。


 そして、それを遠巻きに他の傭兵がチラチラと眺めている。



 2人が気づいていないだけで、実はトーラムとサーディスは主都(しゅと)マウンズ周辺の街の傭兵たちに注目されている。


 それもそうで、2人はランクBにも関わらずランクCやDの傭兵が嫌がるために掲示板に残っている雑務や力仕事も自主的に受けるし、頼まれれば瓦礫の撤去でも護衛でも魔獣の討伐でも何でも受けてくれるのだ。

 ランクBだからと先輩風を吹かせることもないし、低いランクの傭兵にも優しい。面倒見がよく、仕事によってはランクCだけで構成されている少人数パーティーと一緒に討伐依頼を受けてくれたりもする。


 そんな2人が、今度は幼い子供を保護し、しかも最近不足している薬草、それも質の良いものを大量にギルドに納品しているというのだ。

 見えないところでギルドからの評判をじわじわと上げている2人を他の傭兵が気にしないわけがなかったし、ある傭兵など、上質な薬草の見分け方を直接聞いてくるほどだった。(しかし、その質問に対するシルビアの答えは「くサいのがいーヤツ。」という一言だけだった。)


 そんな視線にさらされながら……しかし、まったく気にせず――あるいは気付いてないのか――男2人は唐突に始まったシルビアの雨に対するよくわからない愚痴を聞いていた。


「あめノヒ、ネる、かぎル。」

「雨が続いたらどーすんだ?」

「ネる。」

「雨がもっと続いたらどーすんだ?」

「ネる。」

「飯は食うだろ?金なくなったらどーすんだ?」

「ネる。」

「……腹減らねーか?」

「ネる。あめオワる。タベル。げンキ。」

「さいですか。」


 まあ、シルビアだったらありえるかもしれない。

 なんとなく男2人は同じことを考え、視線を交差させて、軽く頷きあった。



 ふと、ギルドがざわめいた。


 トーラムとサーディスが、みんながみんな同じ方向を向いている傭兵たちの視線をたどると、ギルドの入り口に誰かが立っていた。

 その優男は傭兵たちの視線に動じることなく、どことなく“イケメンなオーラ(トーラム談)”を発しながら、何かを探すようにギルドのロビーを見回していた。


「んー、どっかで見たことあるな?」


 サーディスが囁く。


「そうだっけか?」


 トーラムは首を傾げる。


「あ、――」


 ギルドの受付に座っていた女性の職員が、その優男に声をかけようと腰を浮かせ……

 しかし、その受付嬢の声を遮って、シルビアの声がギルド内に響いた。


「あ!オリエットだー!!」


 ……オリエット。

 それは、シルビアの探していた傭兵の名前だった。


 しかし、ギルドの受付嬢は「えっ?」と言葉をつまらせ、周囲の傭兵の何人かも「は?」と首を傾げ、オリエットと呼ばれた本人すらも頭の上に疑問符を浮かべ目をぱちくりさせてシルビアの方を見ていた。


「これは……」


 違和感に、サーディスが気づく。

 そしてトーラムもすぐにそれに気がついた。

 2人はジト目をシルビアに向ける。


「シルビア、お前、もしかしなくても、名前間違って覚えてただろ!」

「あレー?」

「あレー?……じゃねえよ!」

「オリエット、じゃナいノカ?」

「あの反応、どう見ても(ちげ)ーだろ。」

「うン?こまッタ。なマエ、ワスれた。」

「困るのは俺らのほうだろ……」


 疲れたように肩を落としてサーディスが「見つからないはずだな……」とぼやいた。


 しかし今、マウンズの傭兵ギルド内で一番困っていたのは、誰でもない、リネッタを探しに来た優男のオリエット、ならぬエリオットだった。


 聞き覚えのある可愛らしい声に“オリエット”と呼ばれ視線を向ければ、そこにいたのはリネッタ――に瓜二つの別人だった。

 この少女がシルビアなのだろう。たしかに顔も声もリネッタそのものなのだが、髪の色が違うし、何よりもその雰囲気やら喋り方やらが全くの別人だった。

 しかし、オリエットというのはやはりエリオットのことで合っていたようで、彼女……シルビアは、エリオットを探していたようだった。


 そんな大混乱なエリオットの元に、傭兵ギルドの職員らしき女性が声をかけた。


「失礼ですが、エリオットさん、でよろしかったでしょうか?」

「え、ああ、はい。」


 ――やはり“バリュー・ワークス”のエリオットか。

 ――何でこんなところに?


 と、ロビー内で成り行きをうかがっていた傭兵達がささやく。

 そのささやきが聞こえたのか、トーラムが「ん?」と何かを思い出したように口を開いた。


「ん?バリュー・ワークスって言ったら……」

「シマネシアの有名どこだな。」


 サーディスが答える。


「え、本人?」

「だろうな。」

「シルビア、おま、なんて人の名前間違えてんだよ……」

「ンー?」


「あの。」


 いつの間に近寄ってきたのか、ヒソヒソと話す3人のテーブルのすぐ横に、エリオットが困ったような笑みを浮かべつつ立っていた。その後ろには、シルビアを担当しているいつもの女性職員が緊張した面持ちでこちらを見ている。


「お、おお。はい。」

「少し、シルビアについての話を聞かせてもらえませんか。」

「は、はい、わかりました。」


 “(トーラム曰く)有名人的なオーラ”に若干気圧されつつ、サーディスがそう答えた。


「ここでは、ちょっとはばかられることもあるので……」


 とエリオットが申し出たので、トーラム、サーディス、シルビア、そしてエリオットと女性職員は、傭兵ギルド内の個室へと場所を移動することにした。

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