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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
森の国のリネッタ
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シルビア 3

 トーラムとサーディスは、どこかのギルドマスターと同じような顔で困惑していた。

 原因は、まあ、シルビアである。


 シルビアのギルドカードを作った日以来、トーラムとサーディス、そしてシルビアは毎日森へと出かけていた。


 一度森に遊びに行って以降、シルビアが毎朝トーラムとサーディスの相部屋に入り込んでは森へ行こうとせがむのである。

 うっかり寝過ごすと寝ている上に飛び乗ってくるのだ。10才の少女とはいえ、羽のように軽いわけではない。当たりどころによっては朝から悶絶するはめになる。


 といっても、毎日森へ行って薬草を探しつつ散歩するということ自体は、トーラムとサーディスにとっては特に苦ではなかった。


 前々から、獣や魔獣を相手に戦うのももちろんだが、薬草を採ったり街中で力仕事をすることこそ傭兵の基本だと2人は考えていた。

 特に薬草は、森にはたくさん生えているものの、他の小国と比べてマウンズの森には人を襲う獣が多い。ランク未やスラムの子どもでは薬草の採取に危険を伴うのだ。

 さらにランクF傭兵は近寄りすらしない森の奥になると亜人の集落もあり、ランクDやEあたりの傭兵でも普通に命を落とす獣も増えるし、最悪の場合魔獣にも襲われる。


 そのため、薬草摘みの仕事の適正ランクはEからDあたりに設定してあるのだが、そのランクあたりになってくると、比較的ランクが上がりやすい狩りの仕事ばかりして薬草摘みなんていう地味な仕事をすることはあまりない。

 そして、森の恵みを中心に発展した(に依存している)ために最小限の畑しかないマウンズ小国には、薬草畑もない。つまり、薬草は常に不足気味なのである。


 そういうわけで、主都(しゅと)マウンズ周辺の街々では、薬草は他の土地よりもいい価格で買い取ってもらえるのだが――今は魔人(ドイル)討伐で回復薬が買い占められ、傭兵ではない一般の街の出入りが制限されていたこともあり中級ポーションより上は売り切れになっている店も少なくない。

 つまりは、今現在、薬草はいつもよりもいい値段で買い取ってもらえるということだ。

 その売った薬草は回復薬になって他の傭兵の役にも立つので、傭兵内の評判も稼げる。一石二鳥だ。


 もちろん普通の薬草は量がなければあまり儲けにはならないが、マウンズの森には森の栄養をたっぷりと吸って育った上質な薬草が生える。それをある程度見つけることができれば、Cランクになると傭兵ギルドの評価ポイントは入らないが、報酬は今ならランクDの傭兵が街の中で半日肉体労働をするくらいの稼ぎになる。

 トーラムやサーディスに言わせれば、なぜランクDあたりの傭兵が休日の散歩がてらとかにこの仕事をしないのか疑問しかなかった。1日の自由時間を何に使うかは勝手だが、多少の危険は伴うものの多少なりとも収入があるということが大事なのだ。


 もちろん、薬草摘みというのは、要人や高額商品を運ぶ商隊の護衛、そして魔獣を討伐するようなランクBの傭兵がするような仕事ではない。

 しかし、この2人のランクB傭兵は、薬草摘みの仕事は傭兵ギルドや傭兵内のみならず、マウンズ小国の軍部や商人ギルドにも“受け”がいいと知っていた。つまりは打算も働いているのだった。


 問題はその上質な薬草をどれだけ見つけられるのかなのだが……


「アッター!」


 薬草が生い茂る中からぴょこんと立ち上がって、どこか自慢げに、嬉しそうに声を上げるシルビア。

 その手には、上質な薬草が数束握られている。

 サーディスとトーラムはそれに「すげーな!」「さすがシルビアだな!」とどこか諦めたような顔で(はや)し立てる。

 そんな2人に対してシルビアはにこにこと満足げに「えへー!」と無い胸を張り、ふたたび薬草の茂みに身を沈めた。


 ――そう。

 困惑の原因は、シルビアが上質な薬草を見つけすぎる(・・・・・・)ことだった。


 薬草は、森の日向に、他の雑草が生えないような密度で群生している。

 そのわさっと生えている薬草の中にたまに生えているのが上質な薬草で、大抵は普通の薬草ごと一気に摘んで、あとで上質なものがないか仕分けをするものだ。

 上質な薬草は、仕分けした時にたくさんあればラッキー、少なければまあそんなもんかと気にしない、そんな運の要素がかなり強い。


 しかしシルビアは1回上質な薬草の匂いを嗅いだだけで、わっさわっさ生えている薬草の中から上質なものだけ(・・)を的確に摘み取ってくるようになった。


 薬草と上質な薬草。

 ぱっと見は何も変わらないように見えるが、よく見れば葉の厚みが違ったり、匂いも普通の薬草より上質なもののほうが強い。

 あとは少し葉が多少てかっていたりするのだが、薬草採りを専門にしている傭兵ですら上質な薬草だけをこうもホイホイと見つけられはしないだろう。

 誰だって、シルビアのそれを見れば困惑するしかないはずだ。


 他にも、シルビアの異常さは森に入るようになってからますます増えた。


 まず第一に、シルビアは森を歩くことに異常に慣れている。

 自分の家の庭のように森をスイスイと歩く。木の根に足を取られて(つまづ)くこともない。


 第二に、森の中でのシルビアの方向感覚だ。

 トーラムもサーディスも主都(しゅと)マウンズで何年も仕事をし何千回と森に出入りしている。それでもたまに街の方向がわからなくなり、方向を示す魔法陣に頼ることがある。

 しかしシルビアは1回通った道なき道でさえすぐに覚え、森で迷うということが一切ない。


 そして最後。それは、シルビアの危機察知能力の高さだった。

 先日も、シルビアに呼ばれたと思ったら――


 と、薬草を摘むシルビアを眺めつつ半ばぼーっと日向ぼっこしていた2人のところに、シルビアが手に上質な薬草を何束も抱えて近づいてきた。

 もう今日納品するぶんの普通の(・・・)薬草は採ってあるので、あとはもうシルビアが飽きるまで上質な薬草を摘むだけになっていたのだ。けしてシルビアだけ働かせて、2人がサボっていたわけではない。


「とーラむ。」

「ん?」

「サーです。」

「どうした?」


 シルビアがにこにこしながら森の奥へと指をさした。


「ごはん。あれ、タべたい。」

「ごはん?」


 トーラムが指をさした先に視線を向けるが、何も見えない。

 サーディスも目を凝らしたが、やはり何も見えなかった。


「あっチ、でカイの。オナカイッパイなる!」

「でかいの?」

「お腹いっぱい……お前が?」


 ――シルビアが満腹になる。


 字面(じづら)だけ見れば問題なさそうな気がするが、シルビアの食欲を知っている2人には、それが不穏な響きにしか聞こえない。

 しかし、未だに森の奥には何も見えない。耳を澄ませても、鳥のさえずりや虫の羽音くらいしか聞こえない。つまり鳥でさえその何かに気づいていない。


 “でかいの”が、シルビアの見間違いならいいのだが……


 シルビアの言葉を聞いたサーディスは一瞬悩んだが、すぐに薬草の入った袋をまとめはじめた。トーラムは自らの装備を確認しつつ、油断なく立ち上がる。

 2人に、さっきまでのぼんやりとした空気はもうない。


 ――以前、森のなかでシルビアが「ごはんダー!」と嬉しそうに指を指したのは、まさにシルビアを襲わんと忍び寄ってくる最中(さなか)大巻き蛇(ストラングルパイソン)だった。


 大巻き蛇(ストラングルパイソン)は、その名の通り太くて長い蛇だ。森の奥から出てくることはあまりないが、大きいと20メートルにもなる。

 牙と尾の先に麻痺毒を持っており、その毒で麻痺させた獲物を丸呑みにする。毒を避けても巻き付かれれば最後、全身の骨をバッキバキに折られやっぱり丸呑みにされる。

 通常はマウンズの森の奥のほうでごくたまに遭遇する程度の頻度だが、たまたま森の浅い所まで出てきた大巻き蛇(ストラングルパイソン)に薬草やら何やらの仕事をしにきたランクの低い傭兵が犠牲になることもある。巨体の割に静かに素早く動く、気の抜けない相手だ。


 シルビアが見つけた大巻き蛇(ストラングルパイソン)は10メートルほどの小型のものだったが、あの時はただの“ごはん”だった。

 つまり“オナカイッパイ”になるごはんは、人1人を余裕で丸呑みにする大蛇よりも大きいということ……かもしれない。


 大巻き蛇(ストラングルパイソン)を見つけたときは逃げることも考えたが、その時は街のごく近い場所だったので、放置して他に犠牲者がでると後味が悪いとトーラムが1人で対処した。

 大巻き蛇(ストラングルパイソン)は、サイズにもよるが、例えば15メートルほどの成体なら、ランクCになったばかりの傭兵が3、4人くらいのパーティーで挑む相手だ。

 まあ、腐ってもランクBのトーラムならば10メートルほどの大巻き蛇(ストラングルパイソン)程度、一人でも充分戦える相手である。その時はあっという間に首をはねて、戦いはすぐに終わった。


「シルビア。腹いっぱいになりたいなら、街でもいいだろ?焼いた肉が食いたいなら、今日は屋台に寄って帰るか?お前、夜しか食わないから、あんま屋台の飯、食ったことないだろ。」


 本当に大きな獣がいたとしても、それが魔獣でなければトーラムとサーディスの2人なら余裕で対処できる。しかし、シルビアがいるとなると2人で獣に集中、とはいかなくなってしまうだろう。

 まあ、何が出たとしても、シルビアなら木に登るなりなんなりして安全な場所に逃げそうな気もするが。


「ヤたイ!?タベーる!!」


 屋台というキーワードが良かったのかシルビアがすごい勢いで帰る気なってくれたので、今日は特に問題なく帰れそうだと、トーラムもサーディスもほっと胸をなでおろした。

 大きい獣については、まあ、前回と違って現在地がそう街から近すぎるというわけでもないので、そのままにしても大丈夫だろう。


 トーラムとサーディスは、周囲に気を配りつつ、シルビアを連れて早足でその場を去ったのだった。




 ……その後、薬草を売ったお金の倍の額が肉へと変わることを、2人はまだ知らない。

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