一方その頃 3
エリオットは今、悩んでいた。
理由は今朝方、傭兵ギルドで聞いた情報。
“主都マウンズ近郊の森で白いワンピースを着た10歳前後の獣人の少女“シルビア”が保護された。その少女は、オリエットというランクBの傭兵を探している。”
それ以外の詳細はないが、名前は違うもののあの日以来宿に戻っていないリネッタを彷彿とさせる。
しかも傭兵ギルドの職員の話によればその“シルビア”という少女は命を狙われていて、森で倒れているところをマウンズの傭兵に保護された、と。
もしリネッタが命を狙われ、助けを求めるとしたら……連合王国に初めて来たというのだから、知り合いはまだエリオット以外にいないかもしれない。
しかし、命を狙われている以上、リネッタという名前が使えないとしたら?
リネッタならば偽名を使い、エリオットに助けを求めてもおかしくはない。
あとは、エリオットが気づくかどうかだろう。
しかし、エリオットは1人で動く傭兵ではない。
“バリュー・ワークス”というパーティーの、しかもパーティーリーダーだ。
さすがに知り合いの少女を探すために、しかも本人かもまだ確定ではないという状態で、主都マウンズに向かうわけにはいかなかった。
行けないのならば向こうから来てもらえばいいのだが、問題は、シルビアは本当にリネッタなのか、である。
本当にリネッタで、本当にエリオットに助けを求めているのならば、“バリュー・ワークス”を依頼主として傭兵を雇い、護衛してもらってもいいとまでエリオットは考えていた。
何かしらの事件に巻き込まれたのか、奴隷商にでもさらわれたのか、薬草を探して街から出たところを何かに襲われたのか。
傭兵ギルドの一部職員とエリオットのパーティーメンバーだけという狭い範囲では様々な憶測が飛び交ったものの、(もちろん仕事もこなしながらではあったが)この10日間、リネッタが見つかる気配はまったくといっていいほどなかった。
そこに突如もたらされた、リネッタかもしれない少女の、助けを求める声。
エリオットとしては、パーティーリーダーとしての仕事を放棄するわけにはいかない。
基本的に“バリュー・ワークス”の仕事は、魔獣の討伐や少人数のパーティーでは太刀打ちできない獣の大発生などの処理だ。
しかしそうそう討伐依頼があるわけでもなく、現在はソロやペアで小さな仕事をちょいちょい受けている。
ただし、魔獣の一件が収まるまではこの街からは出てほしくないというギルドマスター・フィリンスからの要望もある。
パーティーメンバーならまだしも、パーティーリーダーであるエリオットが勝手に街から出るわけにはいかない状況だった。
「行ってきたら?魔獣って言っても、あれから被害とかないしー。」
宿の一階に設えられた食堂の片隅で昼食を食べていたエリオットにそう声をかけてきたのは、エリオットのパーティーに所属しているランクBの傭兵、獣人のポナだった。エリオットのテーブルの向かいに座ると、近寄ってきたウエイトレスに「エリオットと同じものでいいよー。」と朗らかに答える。
「行ってみてリネッタちゃんじゃなかったらなかったでいいんじゃん?あの子の行方はあたしらも気になってるわけだし、いつまでもモヤモヤするのもヤだし。あと――そのシルビアって子がリネッタちゃんじゃなかったら、それでもうリネッタちゃん探すの諦めたら?あれくらいの年の子が10日間音信不通で、目撃情報も皆無っていうのはそういうことだとあたしは思うなー。」
「うーん……。」
「何にしても、行動は起こさないと、いつまで経っても何も始まらないよ?」
「……そうだな。ギルドマスターに話してみるよ。」
「それがいいよー。」
ぐい、と、手元にあった水を飲み干し、エリオットは立ち上がった。
行くと決めたのなら、早いほうがいいだろう。
「いってらっしゃーい。」
という脳天気なポナの声に背中を押されながら、エリオットは宿屋から外へ出た。
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「行方不明の少女ですか。話には聞いていましたが、マウンズにいたと?」
「まだ詳しいことはわからないのですが、年格好と性別、所持品、あと、オリエットという僕に似た名前のBランクの傭兵を探しているというのが気になりました。命を狙われているのなら偽名を名乗ってもおかしくはないかと。」
「……年端もいかない子どもが、偽名を使うと?」
「周りの大人がそうさせたのかもしれませんが……あの子なら、してもおかしくはないと思います。」
「ふむ。」
シマネシアの傭兵ギルドへと入ったエリオットは、さっそくギルドマスターと話していた。
傭兵ギルドのギルドマスターは、ほとんどギルドの建物から出ることはない。
それは、ギルドマスターの私室にある特殊な魔法陣にあるのだがそれはさておき、つまりは、いつ行っても来客に対応していないかぎりはいつでもギルドマスターと話すことができるということである。
先日魔獣の報告をした部屋でエリオットはギルドマスターと話をしていた。
エリオットの話に、ギルドマスターはどこかしら信用出来ないのか――相手は10歳の少女なので当然なのだが――首をひねりながら眉をひそめている。
「まあ、あれ以来魔獣の報告は受けていませんし、そろそろ警戒を解く時期だとは考えていましてね。そろそろ魔人討伐に出ていた傭兵たちも帰りつつありますし、もし魔獣が現れたとしても戦力的にはもう大丈夫でしょう。」
「ああ、終わったらしいですね。被害は全く無かったとか。」
「ドイルも魔獣も聖王国も、何を考えているのか、まったく……と、ああ、今のは聞かなかったことにしてくださいね。」
「……まあ、聖王国は確実にこの国の傭兵を敵にまわしたでしょうね……。」
苦笑いのギルドマスターの表情に、エリオットはそう答えた。
報酬半額の話はエリオットも聞いている。
傭兵らは魔人が向かってくると考えていただろうし、それなりの金額を使って準備をしていたはずだ。前金すら無かったのだから、魔人が全力で逃げたとしても最低限の報酬は支払うべきだ。
大体、メインで狩る予定だった魔人が逃げたスキに、別働隊の騎士団がもう一匹の魔人を討伐したというのだから、傭兵らは仕事はしたはずだ。何も、狩りをするだけが傭兵の仕事ではないのだから。
「コホン。それはさておきですね、あとしばらくは……20日ほどは最低限の警戒はしますが、これ以上、あなた方のパーティーをこの街に縛り付けておくわけにはいきませんしね。最低限の物流のみでは街の経済が滞ってしまうので、数日のうちに商人の行き来も制限の解除をするつもりでした。エリオットさんも、その少女に会いに行ってあげてください。今までこの街に滞在していただきありがとうございました。」
「……ありがとうございます。」
ふかぶかと頭を下げるエリオットに、フィリンスはただの獣人の少女になぜここまでするのだろうかと、ただただ困惑した顔をするのだった。
短いのに投稿が遅くなって申し訳ありません(´・ω・`)




