誰かの隠れ家にて
「あのおじいちゃん捕まえるとか、やるじゃない。ちょっと見直しちゃった。あの変態、ただの変態じゃなかったのねえ。」
「……それ、褒めてねえよなァ?」
とある森の、誰も来ないような奥のほうにぽつんと佇む苔むした石造りの平屋の中で、2人の男女が話している。
「褒めてるわよ?一応。」
そう答えるのは、紺色の少しウエーブがかった髪を背中まで伸ばしている、容姿の整った女性だ。
グラマラスな体に非常によく似合う瞳の色と同じ紺色のホルターネックのAラインドレスを着こなし、しなのある姿は妖艶な雰囲気を纏っている。
しかし今、彼女が居るのは鬱蒼とした森の中の狭い石造りの小さな家の、薄暗い部屋の中だ。
彼女が足を組んで座っているソファは埃っぽくはないものの古めかしいボロで、部屋も壁は石がむき出しで飾り気もくそもない部屋なので、服も纏う雰囲気もまるで盗賊に攫われてここに監禁されているような、そんな違和感がある。
そんな女性の向かいで、窓枠に座って半眼になっているのは、燃えるような赤い髪に意志の強そうな黒い瞳の、火鬼猿と呼ばれる魔人だった。
イライラしているのか、「チっ」と舌打ちをし視線を窓の外に向ける。
「魔人化の試練に打ち勝ったんだから、そりゃただの変態だとは思ってなかったけど。まあ、たまにはいいじゃない?休ませてあげれば。隠匿はおじいちゃんなんだしさ。アンタにとってあのおじいちゃんが特別なのはわかるけど、アンタもそろそろ親離れるす時期なんじゃないの?あら、爺離れかしら。」
「黙れ、シーア。」
ギロリと火鬼猿が睨むが、睨まれた女性は、慣れたものだと面白そうに笑うだけだ。
「ま、アンタがあの国に殴り込みに行くんだったら協力しないでもないわよ?ちょうど今ね、ワタシ、その国にいるの。正妻がね、これまた嫉妬深くて面白いのよ。愛人が魔人だって知ったら、あの二人、どんな顔するかしら。」
「チッ……何でお前みてェな頭カラッポに騙されるかねェ?」
「うふ。それはね、相手の頭の中も空っぽだからよ。」
火鬼猿の嫌味にも全く動じず、シーアはぱちりとウインクをしてから、ゆっくりと足を組み直した。ドレスのスカートのスリットが深いためかなり際どいところまで足が見えるのだが、全く興味のない様子の火鬼猿はちらりとも視線を向けない。
「空っぽなヒトにはね、そこに適当に何かを詰めてあげるのよ。そしたら、相手が男だろうと女だろうと何歳だろうとイチコロよ。」
「ケッ、土でも詰めてろ。」
「詰められかけたことは何回かあるけどね?」
「ほんと、嫉妬ってこわあい。」とうそぶいて、シーアはまた魅力的な顔で笑った。
「で、どうするの?」
「……聖王国には手出しはしねェよ……めんどくせェ。」
ぼそりと火鬼猿はつぶやくように答えた。
「目的はジジイだったらしいからな。腹は立つし今すぐぶん殴ってやりたいが、俺とお前だけじゃァ心もとねえしなァ。」
「そうねえ。私が表立って動いても大した戦力にはならないものねえ。肝心のもう一人は東大陸だし。」
「俺らは何か目的があって組んでるわけじゃねェんだからそんなモンだろ。」
「でも、こういう時の“報復”は、するなら一緒がいいんじゃない?チームって感じがするし。」
「……報復ねえ。」
と、火鬼猿はしばし考える素振りを見せた。その姿に、シーアが目を丸くして驚く。
「アンタがちゃんと考えるコトってあるのね?」
「……。」
「いやでも、ホント。ホントよ?基本的にアンタって、おじいちゃんいないと猪突猛進っていうか、直感で動くじゃない。“腹が減ったな!よし、殴ろう!”みたいな。あ、ふふ、馬鹿にしてるわけじゃないのよ?だからそんな顔しないの。……でも、それがここ50年くらいかそこらで、だいぶ落ち着いたわねって思ったのよ。」
「アー。」
反論できないのか、火鬼猿が呻く。
実際、火鬼猿は、人から呼ばれている“血塗れの火鬼猿”や“殺戮の火鬼猿”というその名のとおり、怒りを買えば本人の命どころか、その周辺にまでひどい被害を及ぼすような、災害級の魔人だった。
それが、仲間の魔人が囚われたにもかかわらず、激昂どころか今後どうするかを悩むのだから、異常といえば異常なのだろう。
「そういや解体屋にも同じようなことを言われたなァ。」
「そりゃそうでしょ、アンタが最後に暴れたとき、あの変態も同じトコにいたんだから。」
「あン?そんなことあったかァ?」
「あったのよ。私もいたし……そうねえ、あれから、アンタとおじいちゃん、変わっちゃったのよねえ。良いのか悪いのかは、ワタシには分かんないけどね。」
視線を漂わせながら、シーアが何かを思い出すように、ため息を吐いた。
「何年も馬鹿やってた息子が急にいい子になって働き始めた親の気持ちって、こんな感じなのかしら。」
「ぶん殴るぞテメェ。そもそも俺のが年上だろーが。」
「あら、そうだったかしら。」
シーアはそう言って、くすくすと上品に笑った。
「何にしても、おじいちゃんのことだから大丈夫だとは思うけれど、私もちょっと気をつけてみるわね。最近、聖王国が何かきな臭いとは思ってたけど、まさか中枢に解体屋が潜り込んでるとは思わなかったわ。……聖王国の上層部は、もしかしたら魔人だって分かってて取り入れてる可能性もあるわね。それに、解体屋がいるってことは――」
「間違いなく、あっちの奴らも入りこんでるだろーなァ。気ィ付けンのはお前だぞ、シーア。」
そんな忠告に、「あら。」とシーアがそっと口元に手を当てて、驚いたような顔で火鬼猿に視線を向けた。
「心配してくるの?ア・リ・ガ・ト♪」
「馬鹿にしてんな?そーだよなァ?よし、殴るぞ?」
「あはははは、それは遠慮しておくわ。まあ、ワタシ、愛人っていっても、夜会に出てるわけでもなければ城に出入りしているわけでもないし、解体屋に居場所がバレてるってことは無いとは思うのよね。別に私、権力とかそういうのには興味はないし。それに、私をダシにしても、貴方もみんなも釣れはしないって、あっちの人たちも知ってるでしょうしね。」
「そうだといいんだがな?」
「まあ、何か企んでるのは確かね。……危なくなったらすぐに逃げられるよう、ちょっと荷造りでもしておこうかしら。」
冗談めかしたように、シーアは「家宝ってどこにしまってあったかしら。」と続けた。
「ああでも、そうなったら、また顔、変えなくちゃいけないのね。はーあ、今度はどの顔にしようかしら。」
「……相変わらず便利な刻印だな。つか、元の顔覚えてんのかァ?」
「あら、もちろん。十年単位くらいで何種類かをローテーションで使ってるのよ?ほら、それくらいの年月で、人の好みって変わるでしょう?人の好みっていうか……世間の好みかしら?」
「俺に言われても知らねェな。」
「あら、そうだったわね。ああ、もちろん。貴方好みの顔も、ローテーションの中にあるのよ?」
「……忘れたな。」
「あら、じゃあ、次はその顔にしようかしら。」
「やめろ。」
「あら、そう?」
火鬼猿がげっそりとした顔で「しっしっ」と手をふったので、シーアは「つまんないわねえ。」と苦笑を漏らした。
「これから、貴方はどうするの?」
「俺は、テキトーに動く。あのよぼよぼジジイが逃げるか開放されるかしたら、そのうちまた戻ってくるが、それまではこの頭を隠すのもめんどくせェしな。」
「そうねえ。……私はじゃあ、まあ、適当にいつも通り過ごすことにするわ。何かあったら、ココに逃げてくるから、そのときはよろしくね?」
「俺がいるかは知らねェけどな。」
肩をすくめる火鬼猿に、シーアはぱちりとウインクしてみせた。
火鬼猿はいつもつれないことばかりを口にするが、意外にも、そういう面倒はしっかり見てくれるのだと、シーアは知っている。
「じゃあ、ワタシは帰るわね。いつまでも外出してると、他のオトコと会ってるなんて正妻に嫌味を言われちゃうワ。」
うふ、と笑って、シーアは一つしか無い扉から外へと出ていった。
火鬼猿は黙ってその後姿を見送り、それから、誰にともなく「さて、どうすっかなァ。」とつぶやいた。




