シルビア 2
傭兵ギルドにシルビアを連れてきたのだが……
結果的に言って、シルビアからは大した情報を得ることはできなかった。
それどころか、余計に混乱を招く結果になったといってもいいほどだった。
「どこから来たの?」と聞けば、「デかいまち。」と言う。
「どうやって来たの?」と聞けば、「そらトんだ。」と言う。
「なぜ、川に落ちたの?」と聞くと、あからさまに機嫌を悪くしながら「ふぐぐ。」と呻く。これは答えにすらなっていない。
ギルドの事務職員とサーディスが苦労しつつ聞き取ったところ、もともとは主都マウンズと同じくらい大きな街にいたらしい。マウンズと同じような城があったということは、主都トリットリアか主都シマネシアだろう。
ただし両方とも馬で何日もかかる場所にあるので、マウンズ近くの森に来るまでにもうあと一つか二つ街があったはずだし、寄ったのではないだろうか。このあたりは、もしかしたら溺れた影響で記憶が曖昧なのかもしれない。
川に落ちたときの状況を聞くと、どうやら誰かに落とされたらしいということが分かった。
泳げないどころか水に入ることもあまり好きではないそうで、川に落とされた事がよっぱど悔しかったようだ。
シルビア曰く「ツギ、ない。」だそうだ。どうやら仕返しをしたいらしい。
着ていたあのワンピースのボロ具合からして一緒に旅をしていたであろう奴らにでも殺されかけたのかと2人は考えたのだが、よくよく聞いてみると、川べりでばったりと知り合いに出会い、話しているところを森から現れた“見知らぬ男”にいきなり矢を射掛けられたようだった。
それでよく生きていたものだと2人は感心したが、そうなってくるとその“知り合い”がどうなったのかが気になる所である。
いや、それ以前にそもそも魔人討伐をしている森の中をなぜシルビア一人で歩いていたのかや、そこでばったり出会った知り合いがそこで一体何をしていたのかなど分からない事しかないので、謎は山積み状態であった。
「これは……何といいますか、保護者を探すのは苦労しそうですね。」
「そもそもいるのか……?」
サーディスは、もしかしなくともシルビアは本当に一人で森をうろついていたのではないかと考え始めていた。たしかにシルビアは子供だが、なんというか……野生児なのである。
木登りが上手く、足も早い。狭い所や人混みでもするすると抜けて行く。ネズミやカエル、ヘビを見つけると、「ごはんダー!」と追いかけようとする。まるで野生の獣のようなのだ。
それだけ言うとスラムの子供にも見えるが、スラムの子供はもっとやせ細っているし、彼らのごはんはネズミやカエルではなく炊き出しである。それはもちろん、獣人の孤児も。
歴王であるオルカ王が獣人差別撤廃を宣言する前から、この連合王国では人も獣人にも分け隔てなく炊き出しをしている。
理由は簡単だ。
奴隷撤廃前はわからないが、この200年ほどでマウンズに所属している獣人の兵士や傭兵は増えに増えた。今では軍部に所属する半数が獣人である。
獣人は大切な労働力であり、いなくなると街の防犯面でもかなり厳しくなる。
つまり、マウンズに住む人の人々は、森から現れる凶暴な獣や魔獣を相手するのが手一杯であり、種族差別なんてしている余裕がなかったのだ。
獣人は他国の差別から逃れるためにマウンズに集まる。
森での戦闘は立体的な機動力の高い獣人が圧倒的に優位だ。そのため、マウンズは土地がら獣人を雇いたい。
そうして双方の利害が一致して、マウンズには獣人が集まる国になった。
今回の森での魔人討伐作戦も、獣人の傭兵が多いという理由で主都マウンズ近郊の森に決まったようだった。
元々王都で人口も多く街道もそこそこ人通りが多いマウンズの近くの森で魔人討伐なんてどうかとは思ったのだが、こっちに逃げてきてしまったものはしょうがないということなのだろう。
正直な話、軍部内でも傭兵内でも、報酬半額は痛いが戦闘行為が行われず森に被害がまったくなかったことにみんな一安心していた。
とはいえ、あの森で魔人討伐作戦があったことはどの街でも周知の事実であり、あそこら辺をうろついていたという“知り合い”は、今回の討伐作戦に参加していた傭兵だった可能性が高い。
「なあ、シルビア。お前さ、その知り合いの名前とか、覚えてないか?」
「シリあい?」
「まあ、何でもいいからさ、覚えてる名前とかないか?」
「ナまえ……。」
うーむむ、とシルビアが唸る。
「えっト、えっト……オ……エ?」
「エ?」
「エオ……?リ……エ???」
「ゆっくりでいいからな、ゆっくり思い出せ。」
「う、ウン。……え、お、り……え、り……お……ン―、あっ!」
「お?」
「オりえット!!」
「……オリエット?」
シルビアの(小さそうな)脳みそから絞り出されたのは、“オリエット”という――聞き覚えのない名前だった。
「聞いたことのない名前ですね?」
事務職員も首をひねる。
ということは、少なくとも、主都マウンズを拠点にしているランクB以上の傭兵には、そんな名前の奴はいないということだろう。
「そのオリエットさんは、人ですか?獣人ですか?」
そう聞いたのは、事務職員だった。
“オリエット”という名前は少なすぎる情報の中で、唯一マトモなヒントなのだ。しっかり聞き出さなければならない。
しかしシルビアは、「ヒマ……?」と首を傾げた。
って、そんなことも知らないのか……?
「あー、えっと、お前みたいな耳とか尾っぽはあったか?」
「ナし!」
「じゃあ、武器とか持ってたか?剣とか、槍とか。」
「ブキ。……えっと、ケン?モった。」
どうやら人の知り合いらしい。剣を携えていたということは、やはり傭兵だろう。
“オリエット”という、ヒュマの傭兵。
他の街を拠点にしている傭兵だろう。
今回の作戦に参加していたのならば、ランクB以上の傭兵なのは確実なので、他の主都に連絡して探せばすぐに見つかるだろう。
シルビアに矢を射掛けた“見知らぬ男”のこともあるし、傭兵ギルドで情報を共有してもらうほうがいいかもしれない。
そう事務職員に提案すると、事務職員も「そうですね、シルビアを手に掛けようとした弓を持った男も傭兵かもしれませんので、それも含めて、聞いておきます。」と頷いた。
「これでお前の保護者が見つかるといいなあ。」
「ホゴにゃ?」
サーディスの言葉に、シルビアはただ何にも考えていなさそうな顔で首を傾げた。
「あ。」
と、サーディスが声を上げた。
「シルビアの傭兵登録、今、してもらってもいいか?」
「あ、ああ、そうですね。」
と、事務職員が頷く。
「いつまでもサーディスさんたちと同額の宿代扱いだと、大変ですもんね。ふふ。」
そうくすくすと笑われても、サーディスは気を悪くしないで苦笑いを浮かべるだけだった。
サーディスもトーラムも、そもそも未というランクがあることすら忘れていたのだ。思い出せなかった自分たちが悪い。
「実はもう作ってあるんですけどね、名前ももう刻印されています。はい、どうぞ。」
そう言って事務職員が差し出したのは、傭兵カードと呼ばれる小さなカードだ。
傭兵登録すれば誰にでももらうことの出来るある意味身分証明になるようなカードで、傭兵ランクと名前が記してあり、材質でランクがすぐに分かるようになっている。
ちなみにランクBであるサーディスとトーラムのカードの材質は銀だ。
ランクAになると、金のカードになる。
逆に、ランクCは銅で、その下のランクDは鉄だ。(聞いた話、銀の下が鉄だと分かり辛いから間に銅を挟んだらしい。)
そのさらに下、ランクE、F、そして未は薄い木の小さな板に獣皮紙が貼り付けてあるかなり雑な作りなので、用意するのも容易くその日のうちに受けとることができる。
この傭兵カードの発行は各街にある傭兵ギルドのどこでも発行することができ、名前を変えて複数枚所持している傭兵もたまにいる。
流れの傭兵に多く、そういうやつの中にはまれに犯罪者も混ざっていることもあるらしい。
傭兵ギルドもそれを考慮して仕事を斡旋しているし、流れの傭兵は雇わない依頼(特に商人の護衛など)も多い。
サーディスに言わせれば、一つの街を拠点にちまちま仕事をしてランクを着実に上げたほうが絶対に儲かるので、そういった傭兵カードの複数所持は無駄でしかない。
傭兵が複数のカードを持っているとばれると、それだけで犯罪歴があるのではないかと勘ぐられることも多々あるのだ。
ふと見ると、なぜかシルビアは渡された傭兵カードのにおいをくんくんとかいでいた。
「おい、食べ物じゃないからな?」
さすがに食べはしないだろうが……と考えつつも一応釘を刺すと、シルビアは首をかしげて、「ウん。」と言って、カードを肩掛け鞄にしま、おうとして、すぐにやめ、手に持ったカードをサーディスに見せた。
意味がわからずサーディスが首を傾げると、シルビアは「コレ、ある。モリ、あそぶ?」と続ける。
その目はキラキラと輝いていて――森に遊びに行きたいという欲求がありありと見て取れた。
「えーと。あー。ちゃんと、俺らから見える場所で遊ぶって言うんなら、まあ、連れて行ってやらんでもない、かな……?」
若干目をそらしながら、サーディスはそう言った。言ってしまった。シルビアの期待の重圧に、そう言わざるを得なかったといっても過言ではないかもしれない。
「森へ行くなら、じゃあ、そうですね、シルビアちゃん、お仕事しましょう。森で、薬草を摘むお仕事です。……森の浅い所なら大丈夫でしょうけど、サーディスさん、気をつけて下さいね?」
「ハいー!」
ギルド職員の言葉に、元気よく応えるシルビア。
「……お、おう。まあ、トーラムも連れて行くから大丈夫だろ。まあ、昼飯食ったらだな。」
「やたー!」
サーディスはすでに疲れたような声だったが、シルビアはやはりその声にも元気いっぱいで答えたのだった。




