3-3 魔素クリスタル 1
ロマリアの自室は個室であった。仕事もこの部屋で行うから特別なのだという。
本来は、それぞれの妹や弟を含めた男女別の4~6人部屋で、それぞれのベッドを置くだけで部屋はいっぱいいっぱいになってしまうそうだ。
とはいえ、ロマリアの部屋には小さな小さなクローゼットとは名ばかりの木箱とベッド、あとは窓際のテーブルと椅子しかない。
その部屋の中央で、ロマリアは魔法陣の縫い付けられている古ぼけた分厚い獣皮を広げていた。魔法陣はロマリアの顔の倍くらいの大きさがある。思っていたよりも大きい。
「これはね、この孤児院にもともとあった、魔素クリスタル生成用の魔法陣なの。こういう獣の皮や布なんかに縫い付けられた魔法陣が、この孤児院の地下室にはいっぱいあるから、リネッタが見たら大興奮して倒れちゃうかもね。」
くすくすとロマリアが笑う。さきほどのどんよりした雰囲気はもうなくなっていた。
「まあ、大半はどんな効果の魔法陣なのか分からないんだけどね~。」
「そうなの?」
「リネッタはわからないかもしれないけど、ここ、孤児院だけど、孤児院ぽくないの。孤児院っていったら石造りで、もっと、なんていうか冷たい雰囲気なんだよ。私が小さい頃にいた孤児院も、そんな感じだったし。
でもここは、マニエ……この孤児院の院長の家族だった城詰めの魔術師さまの家だったらしくて、でも、その人がいなくなっちゃって?よく分かんないけど、誰もいなくなったお屋敷を改築して、マニエが孤児院を始めたみたい。私が来る前の話だけど、そのいなくなったマニエの家族の魔術師さまは、結構有名だったみたいだね。」
やっぱり。と、私は心の中でひとりごちた。
この建物は木造で、床には(踏み固められてぺちゃんこではあるが)絨毯が敷かれているし、屋根や窓の作りも飾りが付いていて、水は枯れているが噴水もある前庭もあり、なにより外からの見た目からして“孤児院”というよりかは“お屋敷”である。
壁には灯りの魔法陣が彫られ、暖炉やかまどにも魔法陣が彫られている。部屋によっては水を出す魔法陣も備え付けられているらしい。つまり、ほぼすべての原動力が魔法陣なのだ。
今は、ロマリアが生成した魔素クリスタルの中でも特に出来が悪く売れないものを使って、最低限の灯りとかまどの火だけはつけているらしいが、ロマリアが孤児院に来る前は魔素クリスタルなど用意できるわけがなく、子供達は自分用のろうそくを持ち歩き、危険な獣の出る森に入っては自分たちで薪を集めてきていたという話だった。
そして、私がなぜここに転移したかも、この孤児院がもともと魔術師の屋敷だったのならば、もしかしたら何かわかるかもしれない。
あの転移の魔法陣を遺跡の地下に彫った魔術師が、いなくなったというこの屋敷の持ち主ならば。
「マニエはここを孤児院にするときに、家財はほぼ全部売っちゃったみたいだけど、魔法陣だけはなんでか売らないんだよね~。売って欲しいっていう人は多いみたいなんだけど、どうしても嫌みたい。」
「ふうん。」
倉庫にあるという魔法陣か。……うん、すごく気になる。
しかし今は、ロマリアの魔素クリスタル生成を見てからだ。もし私でも生成できそうならば、仕事の話は解決するのではないだろうか。
例えば、ロマリアの魔素クリスタルに私の生成した魔素クリスタルをこっそり混ぜて、ロマリア製として売ってもらう、とかだ。
「まあ、そのおかげで、この仕事がもらえることになったんだけどね。えへへ。
ほんとはね、意思疎通の魔法陣も、魔素クリスタル生成の魔法陣も、勝手に使ったらいけないことになってるの。こういうのは、国にお金を出して借りないといけないものなんだよ。でも、この家にもともとあったし、マニエの知り合い?の城詰めの魔術師さまが色々して下さって、使っていいことになったみたい。」
テキパキと魔素クリスタル生成の準備をしながら、ロマリアははにかんだ。
見れば、魔法陣の横に小指の先ほどの小さな魔素クリスタル、そして、ジャリジャリと音のする麻袋が置かれていた。
「まずはね、この袋の中の小石を魔法陣に2つ置いて……。」
ロマリアは魔素クリスタルの生成を懇切丁寧に説明してくれた。
私はそれを、興味津々に聞きはじめたが、開始早々違和感を覚えることになった。
ロマリアの説明してくれた、魔素クリスタル生成の手順はこうだ。
1,魔法陣の上に、核となるもの(ここでは拾ってきた小石)を2つ置く。
2,5級の魔素クリスタルを1つ割って魔法陣を発動させる。
3,発動した魔法陣に向かって手をかざし、空気中の魔素を石に封じ込める。
4,魔素クリスタルが2個完成するので、そのうちの片方を次の魔素クリスタル生成に使用する。
個人差はあるが、大体、1個完成するのに1時間ほどかかるようだ。
連続して生成したりたくさん生成していると、魔素の“毒性”により体がだるくなってくるので注意が必要らしい。
それを聞いた私は、空いた口が塞がらない。
「あはは。やっぱりびっくりしてる。これでも、最初は1日1個しか作れなかったんだけど、毎日生成してたら、ゆっくりと魔素の毒にも慣れていって、1日5個は作れるようになったんだよ。
それにね、まだ魔術師さまには秘密なんだけど、これからは一気に3個生成出来るよう頑張ってみようかなって思ってるの。時間はかかるかもしれないけど……。
自分なりに色々やってみてるんだけど、こうやって両手を小石に向けて広げて、集まれ~集まれ~って念じるのが、一番成功率が高いんだよ!」
「なんていうか……すごいわね。」
「そうでしょ~!この生成を見た魔術師さまには毎回褒められるんだよ。上手だねって!」
ロマリアは上機嫌でいろいろと教えてくれるが、私の頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。




