一方その頃
先週更新を忘れていたので、今日も一話更新します。
「裏から報告?」
そう訝しげに問い返したのは、シマネシア小国の傭兵ギルドを束ねるギルドマスター・フィリンスだった。
ここは、主都シマネシアにある傭兵ギルドの建物の中の一室で、フィリンス専用の客間だ。
この部屋に入れるのは、傭兵ギルドで働く職員のなかでもごく一部と高ランクの傭兵、あとは特殊な客だけである。
フィリンスの正面、テーブル越しに座っているこの男も、特殊な客の一人に数えられるだろう。
名前を、ギリトリアスという。
盗賊や違法組織などの――いわゆる国に認められない者たちのための組織である通称“裏ギルド”の職員で、本来ならば傭兵ギルドのギルドマスターであるフィリンスは関係を持つべきではない人物なのだが、ギリトリアスはフィリンスがギルドマスターになる前からの個人的な……いわゆる同郷の出であり、フィリンスは邪険にするどころかよく裏の話を聞き出しにギリトリアスに声をかけていた。
あごのラインまであるストレートの黒髪で、前髪が顔の左半分――大きな傷跡のある、眼帯をしている方の目――を隠している。ややタレ目ぎみの髪と同じく黒い目はまっすぐフィリンスをうつしているが、その瞳にはどこか当惑しているような色もうつしていた。
「お前は魔獣の目撃情報が欲しいんだろう?……うちの連中が魔獣に遭遇したらしいと報告が上がってきたんでな。」
「……いつの話だ?」
「2日前だ。」
「一昨日か……どこでだ。」
「アウラニの街からこの街に向かう街道沿いだ。」
「ふむ。一昨日、か。」
“バリュー・ワークス”のルーフレッドが魔獣の気配を感じたのも、アウラニの街からこの主都シマネシアに向かう途中の街道だったな、と、フィリンスは頷く。
「一致するな。で、被害は?」
「――ない。」
「ない?」
「ああ、ない。ないに等しい。」
フィリンスは怪訝そうに首を傾げ、ギリトリアスも眉を寄せて小さくうなった。
「なんだ?隠れてやり過ごしたのか?」
「いや、攻撃は受けたらしいんだが、そのあたりがどうにも要領を得ないんだ。俺もどうするか迷ったんだが、一応、報告だけはしておこうと思ってな。」
「はあ。」
「30人近くいたやつらが全員、突然現れた魔獣の攻撃を受けた、らしい。で、その攻撃で全員が行動不能になったそうだ。」
「全員?」
「ある者はいきなり恐慌状態に陥り近くにあった木に襲いかかった。ある者は抜け出せない迷路の幻に囚われその場でぐるぐると回り始め、ある者は体が痺れて動けなったところに無数の虫に襲われる幻を見、ある者はいきなり笑いながら土を掘り始めた、そうだ。しかし、それらはほどなくすると自然に治り、まあ、一部のやつらは精神的な……極度に虫を恐れるなどの精神的外傷を残したが、大半の奴らは半日もせずに立ち直ったそうだ。」
「なんだ、それは。」
「分からん。しかも、魔獣の攻撃は、街道を挟んで両側で同時に起きたらしい。……ここまで言えば分かるとは思うが、そいつらが魔獣に襲われている状態の時に、間にある街道を平然と馬車の一行が通って行ったそうだ。」
「馬車の一行……?」
ややうつむき加減に思案顔で話を聞いていたフィリンスは、はっと何かに気づいたようにギリトリアスに視線を向けた。
一方の、視線の先のギリトリアスは平然とした顔でフィリンスを見返している。
「な、ま、まさか――!」
フィリンスが何かを口走ろうとしたが、ギリトリアスの、すっと細められた視線がそれを止めた。
「お互いの立場の為にもそれ以上は言うな。俺は魔獣の情報を伝えに来ただけで、お前も魔獣の情報を聞いているだけだ。そうだろう?」
「そう、そうなんだが……そうか、いや……。」
さすがに狼狽を隠しきれず、フィリンスが口ごもった。
「結果的に被害が無かったのだから問題ないだろう。それよりも魔獣の事を考えろ。」
「あ……ああ、そうだな。」
ゆるゆると頭を振って、フィリンスは色々なものを飲み下し深い深い溜め息をついた。
「で、魔獣の姿は?」
「分からん。」
「あ?」
フィリンスは、ずる、といわんばかりに肩を落とす。
「ほぼ全員が狂気に囚われ前後不覚の者も多かった。かろうじて周囲を見る事のできる者も、街道を走る馬車には気づいたが、魔獣の姿は見えなかったそうだ。」
「そうか……。魔獣の姿は見てない、か。」
「ああ。……なあ、本当に、魔獣なのか?」
「どういうことだ?」
「誰もが魔獣の姿を見ていないということは、相手が魔獣ではないという可能性もあるだろう?複数の魔術師だという可能性はないのか?精神に異常をきたす魔法陣はいくつかあるし、広範囲に影響を及ぼす毒を使われた可能性もあるだろう?」
「Bランクのビスタの傭兵が2人、魔獣の気配を感じたと報告してきた。馬も怯えていたと商人からも証言があった。どんなに強い魔術師だろうが、さすがに魔獣のような気配を発することは難しいだろう?」
「……それもそうか。そうすると、街道をはさんで左右の森でそれぞれ襲われたということか。……魔獣は2匹以上いる可能性があるな。」
「確かにそうだな。……頭が痛い。魔人の問題が解決していないうちから正体不明の魔獣が、しかも複数の可能性があるのか。」
ぼすんとソファの背もたれに体を預け、フィリンスは盛大なため息を吐いた。
その数日後、シマネシア小国内で空を飛ぶ魔獣のようなものの目撃が相次ぎ、さらにフィリンスの心労はかさむことになるのだった。




