エリオットの友人(?)
盗賊をうまーく(?)やり過ごした私は、次の休憩……はなぜかなかったので夜になってしまったが、こっそりと4匹の影妖精と、新たに魔女の梟を2羽召喚して、無事、インビジブルの召喚を解除することができた。
見えない召喚獣というとインビジブルしか思いつかないのだが、こうも動物に影響を及ぼすとなるとちょっと考えものである。
何がだめだったんだろうか。
エリオットは、馬が怯えている理由として、狼の気配とか何とか言っていたが、魔法抵抗を上げることで怯えがなくなったということは気配とかそういうあやふやなものではないはずだ。
つまり、インビジブル自体が、存在しているだけで何かしら異常化魔法を発生させているということで、これは魔法抵抗が存在しないかもしれないこの世界だからこその問題だろう。
私の元居た世界では、元から備わる魔法抵抗によって気づかれることすらなく、文献にすら載っていなかったのだから。
次からはそういうことも踏まえて召喚を考えなければならないようだ。ああ、ちょっと面倒くさい。
そんなこんなで、あと1日もすれば次の街に到着する、というところまで商隊は進んでいたが、あの一件からは盗賊が出ることもなく、獣が出ることもない平和な旅だった。
私は馬車に揺られながら、歴王の国から出てもう随分経ったし、そろそろどこかの街に落ち着いて、魔法陣や魔人の情報収集をしてもいいかな、と考えていた。
私の傭兵ランクは仕事を受けることができないので未のままだが、このナントカ連合王国は、土地によっては歴王の国には劣るもののそれでも治安がいいほうらしく、ランク未でも受けることのできる仕事があるのだ、と、エリオットのパーティーメンバーが言っていた。誰だったっけ、名前は忘れたけど。
しかも優秀な獣人の傭兵も多く、傭兵ギルドにも獣人に寛容な人が多いとのことだった。エリオットのパーティーにも、9人中獣人が3人も在籍しているのだ。しかも、みんな魔獣を素手で殴り飛ばすらしい。ティガロが言っていた霊獣化とかいうアレだろう。
どこかの騎士団長が豚と戦っていたのを思い出し、無い記憶力を振り絞って思いだしたギルフォードという名前を出すと、とたんに獣人の女性からキャーという声が上がった。どうやらあの騎士団長は、獣人の傭兵の中では有名、というか、特別な存在らしい。
でもあのおっさん、休みの日にはよく干し花を買いに来させられてたよ?聞けば騎士団に所属する女性たちの干し花を買いに来ていたらしい。見事に尻にひかれてると思う。
それはそうと、次の街は主都シマネシアと呼ばれている大きな街だ。
このナントカ連合王国は小さな3つの国が寄せ集まって大きな国の体をなしているので、王は3人いるものの王都は一つしかない。各小国の王(小王と呼ばれている)はその王都で、それぞれの治める小国の大まかな舵取りをしているらしい。
その連合王国に在籍している3つの小国の中の1つ、シマネシア小国の中心地で旧シマネシア王国の王都だった街が、主都シマネシアだ。
街の中央にはこじんまりとした城があり、現在そこではシマネシア小国を守護する軍部が置かれていて、シマネシアの平和を守っているそうだ。
商隊がその主都シマネシアに到着したのは、お昼前。
私は主都シマネシアに入ってすぐのところで、エリオットとともに商隊と別れた。
もしこの街にしばらく留まることになるのなら、まず探さなければならないのは宿だ。そして宿は、この連合王国では、その傭兵に合ったランクのものを傭兵ギルドで紹介してもらえるらしい。
ランク未に紹介する宿がはたしてあるのかという疑問はあったが、エリオットも商人と別れて傭兵ギルドへ向かうとのことだったので、私はそのままエリオットにひっついて行くことにした。
エリオットのパーティーメンバーは先に宿に戻って、荷物の整理やらなんやらをするらしい。
ぞろぞろとメンバーを引き連れて傭兵ギルドに行っても実際手続きするのはリーダーだけらしいので、エリオットは毎回こうやって一人でギルドに顔を出すのだと言っていた。
エリオットが傭兵ギルドの重そうな両開きの扉を開けると、ガランガランと鈍い鐘の音が響く。
「ん?」
傭兵ギルドに入ってすぐにエリオットが立ち止まった。
エリオットの後ろからギルドの中を見ると、やや広めのエントランスに傭兵らしき人や獣人が十数人いて、全員がエリオットに視線を向けていた。
傭兵ギルド内をくるりと見回すと、エントランスの奥にロビーがあり、カウンターも複数あって他の街の傭兵ギルドよりも大きい事がわかる。主都だからだろう。
そのカウンターの中から一人の女性が進み出てきた。ギルドの職員だろうか、白いシャツに黒いベスト、細身の黒いズボンをはいていて、他の傭兵とは違い、武器の代わりにペンと木製のボードを持っていた。
「お待ちしておりました、エリオットさん。ギルドマスターがお待ちです。」
「ああ。」
静かにエリオットが頷くと、ギルド職員の視線がエリオットの後ろから傭兵ギルド内を覗いていた私に向く。
「後ろの方は……お知合いですか?」
「ああ――」
エリオットは頷き、言葉を続ける。
「この子は、僕の友人です。」
「え……?」
ざわり、とあたりがざわめく。
うんまあ、10才の少女に対して、友人の子供と言うならまだしも、友人というのはふさわしくないだろう。そういう趣味の人かと思われるんじゃないだろうか。
かくいう私も、友人発言には驚いていた。私とエリオットはいつ友人になったのだろうか?
エリオットは振り返ってしゃがむと、そんなことを考えている私とわざわざ同じ目線の高さになって向き合った。
「リネッタちゃん。君が泊まる宿はここの受け付けでちゃんと紹介してもらえるからね。何か困ったことがあったら、ここの窓口に届けてくれたら僕に繋いでくれるから。僕は、いや、“バリュー・ワークス”はしばらくこの街に留まるから、その間はいつでも頼ってね。」
「え、っと。はい、ありがとうございます。」
私は素直にぺこりと頭を下げた。
頼ることはまずないだろうけれど、知り合いのいない街でいきなり生きていくよりは、こういう人の良さそうな大人が近くにいるほうが何かとやりやすいだろう。傭兵ギルドの職員が顔を覚えているくらいなのだから、多少は名の通った人なのかもしれない。戦うところをまじまじと見たことがないから実際は分からないけれど。
「じゃあ、またね。」
そういって爽やかな笑顔を残して、エリオットさんはギルドの職員に連れられて、ロビーの奥の階段を上がっていった。
私は宿を紹介してもらうべく、ちょっとだけ視線を集めながら、獣人の女性が座るカウンターへと向かった。




