気ままな旅路と似合わない歌
ガタンゴトンガタンゴトン、と、森の中の街道を進む荷馬車が揺れる。
日向ぼっこするには最高なお日さまの元、3台連なるその荷馬車の真ん中の荷馬車の荷台の後ろに座り、私は足をプラプラさせながら気分良く歌っていた。
『♪ 戦え 戦うのだ戦士たちよ 戦場は目の前に 敵はすぐそこに
相容ることのできない隣人たちが 槍を掲げてお前を見ている
戦場を駆ける戦士たちよ 例え敵の刃に倒れても
お前の友が お前の同胞が 必ずその刃を折るだろう
信じるのだ 国を 信じるのだ 友を 信じるのだ 己を
前だけをみて進め 侵略者は目の前にあり ♪』
えらく好戦的な詩だが、平原の民の言葉で歌っているので周囲には理解できないので問題ない。
これは、私の元居た世界で実際に歌われている、戦士たちを鼓舞する戦いの歌だ。
私の元居た世界では、戦争に向かう道中、そして開戦直前に、それぞれの国の兵士たちが、その国に伝わる歌、“戦歌”を歌う風習がある。
兵士全員で母国の歌を歌うことで、自らを奮い立たせ、戦いに挑むのだ。
詠唱の言葉は言霊である、と、森の民たちは口を揃えて言う。
実際、戦歌を歌うのは魔法を使うことのできない一般兵だが、何千、何万もの兵士が声を合わせて歌うことで歌詞は言霊となり、詠唱としての力が宿る。
そう、戦歌は付与魔法だ。
しかも、直接触れる必要がなく、一般人でも使える特殊な付与魔法。
戦歌は国によって様々な旋律やリズムや歌詞があり、その付与も全く違う。私はその一般人が使える付与魔法と付与に興味があり、一時期調べに調べていたので、大体の国の戦歌を網羅していた。
私が今歌っているのは、魔法使いが圧倒的に少ないながらも列強国に名を連ね続けている、戦士の国の戦歌だ。
その国で生まれた子供たちは、もともと体内の魔素量が少ない上に、魔法抵抗も低い。
しかし、彼らは強い。他国の魔法使いを引き抜くこともせず、ただ盲目的に自らの肉体を鍛え抜いて、己の体だけで戦場を駆け回る。
そういう国に生まれた戦歌だから、やはり付与されるのは身体強化なのだが、その効果は実にシンプルだ。
体力を底上げし、打撃耐性を上げる。
それだけだ。驚くべきは、一番の弱点である魔法耐性には一切触れていないことだが、なぜか戦闘中の彼らは、睡眠の魔法などの異常状態魔法がかかりづらくなっている。
人づてに聞いた話だが、彼らにそういった質問をすると、「気合だ。」という言葉だけが返ってくるらしい。
そんな脳筋ですら数さえ集まれば使えるこの付与魔法を、魔法使いである私が使えないわけがない。
話は戻るが、戦歌は、魔法使いが使う付与魔法の劣化版である。
触れて発動する付与魔法と比べると、その効果はかなり劣る。
しかし、魔法使いが何万人もの兵士に付与魔法をかけてまわるなんて事ができるはずがないわけで、皆で歌うだけで付与魔法が発動する戦歌は、かなり便利だといえる。
私は今、少しアレンジして、戦歌の付与魔法を発動していた。
歌詞はそのままに、付与する相手を私の歌が聞こえる範囲内全ての人と馬に指定した。使用する魔素も私の体内の魔素ではなく、大気中にあふれている魔素だけ。
ここだけの話、歌うだけで軽い付与がつくかどうかの実験である。
理想としては歌わない、もしくは無詠唱のほうがいいのだろうが、戦歌の付与には旋律も大事な要素らしく、ただつぶやいただけでは発動しなかったし、無詠唱は言わずもがなだった。
歌詞を大幅に変えたり、この国の言葉で歌っても発動しない。正直なぜ発動しないのか全く理解できないが、まあ、なんにせよ付与魔法を発動させるには歌うしかないのだ。……聞いてる相手には歌詞は理解できないし、いいよね。
そんな私の脳筋の歌の効果は、意外にも、抜群だった。
実は、魔法抵抗が高いと、付与魔法の効果は落ちる。
しかし、この世界の人々の魔法抵抗は、なんというか、無いに等しいのだ。かければかけただけ、魔法の効果が出る。
長旅の途中に獣人を毛嫌いする人に何人も会って色々と試したが、ことごとく魔法抵抗を感じることはなかった。低い、ではない。無いのだ。同じように獣人にも魔法抵抗は無かった。
理由は、分からない。
しかし、魔法抵抗が低いとどんな魔法でもするりと一発でかかってしまって大変そうである。この世界の人々は、魔法陣の罠とかにかかったらその時点でお終い、ということだろうか?それとも、魔法抵抗を上げるアイテムとかがあるのだろうか?魔法抵抗がない、ということは、そういう概念自体が――
その時、ゴトン!と、馬車の車輪がはねた。
べち、とお尻がかたい木の床に打ち付けられ、私は歌うのをやめてうめく。
「おっと。ははは、大丈夫かい?この街道は整備はされてるほうなんだが、どうしても石はあるからね。」
そう声をかけてくれたのは、荷馬車の2台目と3台目の間でぽっくりぽっくりと馬に乗っている、名前は……エ……エリオット?たぶんエリオットだったと思う。
この商隊の護衛を任されているパーティーのリーダーで、人の魔剣士、らしい。パーティーメンバーの中には獣人もおり、私のことを獣人の子供、と嫌な顔は一切しない、いい人だ。
私がこの商隊に拾われたのは、2日前。
いつものように、夕暮れ時の街道を一人で歩いていた時だった。
ティガロと別れてから数ヶ月。ずっと一人で旅をしていた私は、昼前に立ち寄った大きな街で買い出しを終えると、いつものように街には泊まることなく街道に戻った。
ティガロはできるだけ宿に泊まるようにしていたが、私はできるだけ野宿するようにしていた。
それは、こんな小さな子供が一人旅をしている、というとどうしても怪しまれるからだ。それに大体の宿は代金先払いであり、小さな子供が宿に泊まれるほどのお金を持っていると知られると色々厄介事にまきこまれる。そういうのが面倒くさかった。
だから私は街に立ち寄っても買い出ししかしないし、悪天候でもないかぎり夕暮れでも構わず街道に戻る。門番に声をかけられても、だ。強く引き止めてくる門番もいるにはいるが、基本は気休め程度しかひきとめられることはない。
それは街の子供ではないということもあるし、たぶん獣人だというのもあるだろう。
私の耳は小さくない。フードを被っていても、頭の上のふたつのとんがりはちゃんと私が獣人だと主張しているのだ。
その日も私は門番に適当にあいさつしつつ、街道に戻った。夕方までにはまだまだ時間もあるし、お腹もいっぱいだし、雨も降りそうにないし、気分は良かった。
意気揚々と街道を歩く。
ここ数ヶ月の間に体力がついたのか、身体強化の付与をせずに半日歩いてもあまり疲れなくなった。もちろん歩きづめではない。水分補給という名の日向ぼっこ休憩は適宜している。
歴王のいる王都ナントカからは随分離れたが、このナントカ連合王国の気候も穏やかだった。今年は特に天候に恵まれているらしい、と、立ち寄った別の町で聞いた。
気候が安心でも、野宿で心配なのは獣やら盗賊やらだが、そういうのは全て召喚獣に警戒させていた。歩く時は数百メートルくらいを先行させるし、寝ている時は周囲に配置している。虫除けは防御膜の魔法でいいし、気候も悪くない。野宿とはいっても、実は結構快適なのだった。
周囲を警戒させているのは影妖精という小さな召喚獣だ。
見た目は、薄っすらと向こうが見えるくらい体が透けている、身長15センチほどの、黒い羽の生えた妖精。音もなく飛ぶので、森の中ではまず気づかれることはない。
よく見ればくるくるとカールする桃色やら水色やらの髪にとても可愛らしい顔をしているが、その本質は魔獣と変わらない。私の元居た世界では、妖精種の中でも特に影妖精は一匹でも見かければ即討伐が推奨されている。
背中には薄い膜のような羽が2対生えていて飛ぶ時はそれをぱたぱたと動かしているが、それで浮力を得ているわけではなく、彼女らは羽に魔法をかけて浮遊している。つまり、ドラゴンと同じ原理で浮いているのだ。
その為、彼女らの羽はドラゴンの翼同様、高値で取引される杖の媒介のひとつにもなっている。
その影妖精が今、街道の左右に2匹ずつ、計4匹が私の歩く道を先行していた。
今歩いている街道はなだらかな丘が続いているのでそんなに心配はしていないが、森や岩山などの間にある道は何かが潜んでいることも多い。そういう時は、獣の場合はそのまま影妖精の魔法で眠らせて放置して、盗賊の場合は隠匿のコートで素通りするようにしていた。
「ん……。」
先行していた影妖精が何かを見つけたようだ。
視線を交信させると、幌付きの馬車が3台、丘の下で街道沿いの草原に停められていた。
少し前に私の横を通り過ぎていった、馬車の一団だろう。
停められている馬車の周囲をわらわらと人が行き交っているので、今夜はあそこで野宿するのだろうか。
危なさそうな人たちではないし、そのまま通り過ぎようと私はてくてくと丘を降りていった。
しかし一団の隣を通り過ぎようとした時、「お嬢さん、お嬢さん。」と声をかけられ、私は振り返った。
見れば、人の良さそうな顔の、少しふくよかなおっさんだった。身なりがよく、武器は持っていない。
「お嬢さん、もう暗くなりますよ。」
「お気になさらないで下さい、慣れていますから。声をかけていただきありがとうございます。」
気遣ってくれるおっさんに、いつものようにそう言って先に進もうとする。丁寧な言葉づかいももう慣れたものだ。私の言葉遣いは、王都にいた頃には気にしなくても問題なかったが、さすがに一人旅だと問題しかなかった。ここもティガロに手伝ってもらいながら、練習したのだ。
しかし私の言葉を聞いたおっさんは少し驚いたような顔をしたものの、すぐに破顔して「まあまあ。」と言葉を続けた。
「このあたりはまだ静かなものですが、この先には森もある。夜になれば森から獣も出てきます。今日は私たちと同じところでお休みなさい。」
うーん。
私は少し悩んだ。
別に、盗賊や獣なんて影妖精の敵ではない。
しかし、特に断る理由もなかった。
「うちの商隊には女性もおりますし、護衛で雇った獣人の方もいらっしゃいますから、大丈夫ですよ。」
「そうですか……。すみません、ではお言葉に甘えさせてもらいます。」
「ははは、随分できたお嬢さんだ。私の名前は、ルーフレッド。このアトラドフ連合王国で、しがない商人をさせてもらっております。」
腰が低いのは商人だからだろうか。ただし、雰囲気はとても堂々としていて、語気からは自信が垣間見える。
やり手の商人!っていう感じだ。それなのに嫌な感じがしないのが好感が持てた。
そんなこんなで一晩その商隊と一緒にいた結果、なぜか次の街まで馬車の後ろに乗せてもらえることになったのだった。
作り置きしていた赤羽鳥の干し肉が好評だったからかもしれない。自分でなんとか血抜きをして、あとは街で捌いてもらって道すがら天日でじっくり干した赤羽鳥の肉は、干してあるのにもかかわらずジューシーで、特に商隊に雇われていた傭兵たちに好評だった。
「もう歌わないのかい?」
ぼんやりと一昨日の事を思い出していると、エリオットが再び声をかけてきた。
「歌詞はわからないけれど、あの旋律を聞くとね、元気になる気がするんだよ。」
「ありがとうございます。……私の故郷に、昔から伝わっている歌なんです。」
嘘は言ってない。
大きく見れば、私の元居た世界は私の故郷である。
その時、先行させていた影妖精が、森に潜む人影に気づいた。
4匹の影妖精それぞれに指示し、その周囲をくまなく調べさせる。
「……。」
影妖精からの報告に、私は思わず息を呑む。
この先、約2キロの地点。ちょうど森の一番鬱蒼とした地点に盗賊らしき集団がいたのだ。
それも、30人以上。
弓を持った奴もいる。なんだその人数は。
この商隊を狙って待ち構えてますよ、と言わんばかりの大所帯である。
もしこのまま何もせずに進めば、間違いなくこの商隊は襲われるし、人数差を考えると荷物を奪われる確率もかなり高いだろう。たぶん死人も出る。
うーん。これはちょっと、対処しないとどうしようもない、か。
本当は何かあっても傭兵に任せようと思っていたのだ。面倒くさいし。
しかし、影妖精4匹程度では、ちょっと対処が難しい人数と範囲だった。
ああでも対処するには、誰もいない場所に行かなければならない。
私が押し黙ってしまったのを不思議そうに見ていたエリオットに、私は勇気を出して、言った。
「あ、あの……お、おと……おといれに行きたいです!!」




