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インベーダー編

 おんぼろアパートの二階にある一室。そこが俺の住処だ。

 田舎から出てきて十年。大学の四年と卒業しての六年を同じ場所で暮らしている。感覚的には家というよりは巣である。入居時点でボロだったアパートは今や築四十年近くとなり、大家から「建て直したいから、早く出ていってよね」と何度もせっつかれている。大家め、俺が勉強を見て高校に合格させてやったというのに、その恩も忘れ、今やただの守銭奴と成り下がりおって。

 朝に出かける時にそのままにしてあった布団を蹴って半分に畳み、一つしかない座布団をメシエに差し出した。

 メシエがちょんちょん、と指で自分のドレスをつまむと足首まであったウェディングドレスの裾がしゅるしゅると膝丈まで短くなる。さすが宇宙技術。どうでもいいところまで便利だ。

「はー。ここが銀河さんのお家ですか」

 座布団に座ったメシエがきょろきょろと興味深そうに周囲を見回す。深夜のおんぼろアパートに、ウェディングドレスの宇宙人。なかなかに

 俺は冷蔵庫に発泡酒をしまうと、烏龍茶のペットボトルを取り出した。

 流しにそのままになっていたコップを洗ってから烏龍茶を注ぎ、メシエに出す。

「あ、ありがとうございます」

 メシエが烏龍茶をコクと、一口だけ飲んだ。続いてコクコクと飲み干す。

「ほー」

 メシエが小さく吐息をついた。

「どっこいせ、と」

 俺は二つに畳んだ布団の上に腰を下ろした。

 布団の脇にあった、エッチっぽい雑誌の表紙が目についたので、ひっくり返す。

「じー」

 メシエの視線が痛い。

「腹は空いてないか?」

「あ、えと……はい」

「んじゃ、弁当を分けるか」

 コンビニで買った弁当の蓋をあける。もわっと唐揚げの匂いがあがった。

「宇宙人ってアレルギーある? 食べられないものとか」

「あ、ないです。そういうのは、着陸前に全部、調整してありますから。病気とか、そういうのも含めて」

「おー。じゃあ風邪ひいて全滅とかもないんだ」

 侵略にきた火星人が全滅するようにはいかないようだ。

「はい。逆に私たちの病気が地球人にかかることもないです。宇宙連邦の標準処置です」

「文明的なんだな」

「文明人ですから」

 日本語を喋っているので、想像はついていたが、メシエ――というか、メシエたち宇宙人が地球のことについて無知ではないのは、だいたいわかった。

 そして無警戒でもない。

 なのに知りもしない男と結婚しようとする、このチグハグさ。

「こ、これ酸っぱいです~」

 梅干しには無警戒だったようだ。

 梅干しが酸っぱいということは、味覚は近いのだろう。梅干しで酔っ払うとか、コーヒーで酔っ払うとか、地球人と異なる副作用が出るわけでもないようだ。

「あー、梅干しは馴れてないとつらいよな。ほら、こっちにぺっ、して。ぺっ」

「ぺっ」

 梅干しの種をコップにはかせて、ティッシュでメシエの口元をぬぐってやる。

 最後にメシエはプリン、俺はつまみで買ってきたチーズを食べてごちそうさまをする。

「さて、メシエ」

 ばあちゃんの遺言で、面倒な話は空腹の時にはしないことにしている。

「はい」

 ちょっと足りないが、腹八分目くらいにはなった。メシエも同じだろう。

 なので、ここはストレートに聞くことにした。

「メシエはなぜ、結婚したいんだ?」

「……」

「誰でもいいから結婚したい、っていうからには、何か理由があるんだろ」

「はい」

「聞かせてくれ。協力できる理由なら、その、結婚も、うん、考えなくもないから」

「本当ですか?」

 ぱああっ、とメシエの顔が明るくなる。

 が、すぐに、すーっと暗くなる。

「で、でも、その……」

 メシエが口ごもる。

 俺の脳裏には、小説や漫画で読んできた様々な展開が次々と浮かんでは消えていく。

 十八禁の展開も浮かんできたので、それはできるだけ意識しないようにする。

 年齢制限なしでいくと……。

 もやもやもやもや。


・展開その1=======================

「実は私の星では、子供が産まれなくなったんです」

「あー、あるある。エルフみたいな。文明が発達しすぎて子供ができない系の」

「それで、子供をたくさん作れる地球人と結婚したかったんです」

「わかった、そういうことなら結婚しよう」

「そうですか! ありがとうございます!」

「たくさん子供を作ろうな」

「はい、たくさん産んでくださいね、銀河さん!」

「はい?」

「大丈夫です。宇宙技術で男の人でも子供をポンポコ産める体にすぐに改造できますから!」

「いやいや。俺は産む方じゃなくて産ませる方が――だいたい、メシエがどうやって俺に子供産ませる気だよ」

「私は宇宙技術で、すでに自分に交接腕を生やしてますから。受精卵もセット済みです!さあ、銀河さん。子作りしましょう!」

 にゅるにゅるにゅる。

「や~め~て~」

==========================妄想終了


「――はっ!」

「どうしました?」

「いやなんでもない」

 妄想が妙な方向に走ってしまった。

 だいたい、そこまで便利な宇宙技術があるなら、わざわざ人間の体を使って産むこともないだろう。

 もうちょっとまともな理由のはずだ。


・展開その2=======================

「実は私の星では、地球人が大人気でして」

「あー、あるある。未開の野蛮人の魅力みたいな」

「はい。特に酢でしめるとおいしいって」

「ちょっと待って」

「ですが、地球人を勝手に宇宙へ連れ出すのは原始文明保護条例に違反します。唯一の例外が、宇宙連邦加盟人と結婚して伴侶となった場合で」

「じゃあ、結婚したら俺は食われるのか」

「大丈夫です。宇宙技術で代わりに機械の体を用意しますから。こちらのゾル印の龕灯型ボディとかどうでしょう。手も足も目も多くて便利ですよ。さあ、銀河さん。このクリームを顔や腕に塗ってください」

 にゅるにゅるにゅる。

「注文の多い料理店かいっ!」

==========================妄想終了


「――はっ!」

「どうしました?」

「いやなんでもない」

 再び妄想が変な方向に走ってしまった。

 なぜか、とは考えるまでもない。

 メシエにとって「結婚できれば相手は誰でもいい」からだ。

 何かの目的を果たすために、結婚という手段を取る。だから、結婚相手は誰でもいい。

「はー」

「あ、あの。どうしました?」

「いや、自分のこれまでの婚活を少しばかり反省している」

「銀河さんも、婚活してたんですか」

「まあね。それでね。なんていうか失敗ばっかりだったんだ」

 今日もメールでふられたばかり。

「ダメだったんですか」

「うん。会ってね。食事とかして、その後も二回か三回、デートして……それで終わり。相手もこっちに悪い感情は抱いてないみたいなんだけど、それでも、フラれるんだ」

 なんとなく、理由がわかった気がした。

 俺は相手の女性を結婚という目的のための手段としか見ていなかった。

 俺個人に十分な魅力があればそれでも良かったのかもしれないが、魅力もない上に、それではフラれて当然であろう。これが昔なら、家や血筋を保つなどの理由が優先された結婚はおかしくなかったろうが、今の時代に、それではうまくいかない。

「それで、その……私が結婚したい、理由ですが……」

 メシエは言いよどむ。


「その女には言えないだろうよ。結婚したい理由なんか」

 声は窓の外から聞こえた。

「誰だ?」

 ぬるっ、と閉じたままの窓ガラスを抜けて透明な何かが入ってきた。

 輪郭部分だけ、度の強いレンズを通したように向こう側が歪んでいる。

 ――女?

 声は女。そして輪郭も女。胸部の曲線が大きなカーブを描いている。

「その女、メシエ・N・ジェネラルは地球を侵略するために結婚したいのさ。騙されるんじゃない。こいつはインベーダーだ」

 女の言葉に、俺は驚かない。

 想像した中にある理由としては、比較的、穏当な方である。

「現状だと、お前だって侵入者だろうが。名を名乗れ。そして姿を見せろ」

「ふん。度胸があるな。いいだろう」

 黒い服の女が、俺の部屋に現れた。輪郭から推測した通り、おっぱいがでかい。

「オレはコスモレオパルト二二七八。鈴谷食品重工製の戦闘ドロイドだ」

 微妙に聞き覚えのある企業名に思わず聞き返す。

「なんだその食品重工業って。食品会社なのか、重工業メーカーなのか、どっちなんだ」

「知らん」

「知らないって、おい」

「データが入っていないのだ。まだロールアウトしたばかりの新品だし」

 案外とポンコツである。おっぱいはでかいのに。

「ともかく、メシエよ。お前の婚活の野望はオレが阻止する」

「うー」

 メシエが立ち上がり、コスモレオパルト――面倒なので、レオと略す――と睨み合う。

 ちょっと意外なことに、メシエは気弱そうな顔立ちだが、気迫では負けていなかった。おっぱいのサイズはわずかに負けているが。

「私は絶対に結婚してみせます!」

 メシエが、自分の右腕の腕輪に手を当ててしばらく考えてから、小さく首を振った。続いて腰のポシェットから風呂敷のようなものを引っ張り出す。

「させるものか!」

 レオが右腕を天井に向けた。バチバチと放電して右腕が変形。アンテナのようなものが形成される。どうやら戦闘ドロイドというのは本当らしい。

 まずい。このままでは宇宙戦争が俺の部屋で始まってしまう。


次回:『スペース婚活:ハルマゲドン編』へつづく


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