ファーストコンタクト編
UFOから降りてきて、彼女は言った。
「私と結婚してください」
「は?」
深夜のコンビニエンスストアの駐車場。
弁当とつまみとプリンと発泡酒を買って店を出た俺の目の前に、彼女は現れた。
寄り添うようにふよふよと浮かぶUFO。アダムスキー型だ。そしてそこから降りてきたのは、夜の住宅街にはこれ以上ないというほど似つかわしくない、夜目にも白く輝くウェディングドレスだった。右腕に、なぜか無骨な、鈍い金色の腕輪をしている。
戸惑う俺に、彼女はずい、と一歩踏み込んできた。ちょっと小柄で、ふんわりとしたいい匂いのする髪、くりくり目玉の童顔。そしておっぱいはでかい。
おっぱいはでかい。
「結婚したいんですよね? 今、そう言ってましたよね?」
「いや、その……」
彼女の言葉は事実だ。
俺は結婚したい。
心の底から結婚したい。
結婚して幸せになりたい。
「言ってましたよね?」
「はい」
コンビニエンスストアを出る時に、確かに俺はそう言った。
独り言だが。
ため息も混じっていたが。
涙なんかも浮かべていたかもしれないが。
「では、結婚してください」
「は――いや待って」
「今、はいって言いましたね。結婚しましょう」
「だから待って。ていうか、なんで俺!」
「あなたが結婚したがっていたからです」
「じゃあ、他に結婚したいっていう人間が他にいたら、そいつと結婚するのか?」
「はい」
即答である。まったくためらいがない。表情は真剣そのもの。
そう――俺が、彼女のことが本当に気になったのは、たぶん、この時だ。
気になった、というか。心配になった。
このまま俺が無視して立ち去れば、彼女はいったいどうなるのだろう?
あまり良い未来というのは、想像できなかった。
十八禁な未来は、四つくらいすぐに思いついた。
「えーと……」
かといって、ここで結婚しよう、などと口にするのもまずい。
デッドエンドな未来が、こちらも三つくらいすぐに思いついた。
人間、三十年近く生きてくると、いろいろ経験するのである。
美人局とか。結婚詐欺とか。実は男だったとか。
ぴんぽろぴろりろりん。
俺が悩んでると、コンビニエンスストアの扉が開いて、ほうきとちりとりを持った店員が現れ、これみよがしに店の前の清掃を始めた。
じろっ。ふよふよと店の正面に浮かぶUFOを、コンビニ店員が中腰でにらむ。
そのまま、こっちには顔を向けずに口を開いた。
「さっせーん。コレ、他のお客様の迷惑になるんで、動かしてもらっていっすかー」
コレ、というのはUFOだ。
「あ、はい。すみません」
彼女はぺこり、と頭を下げて腰のポシェットからリモコンを取り出して、スイッチをポチポチと押した。
ひゅわーん。UFOが空高く上昇し、消えていった。
「おー」
「ありやっとっやしたー」
俺が感心して見送っていると、コンビニ店員がぺこっと頭を下げて店内に戻った。
「あ」
UFOが見えなくなった後、彼女が間の抜けた声をあげ、わたわたと、空に向かって手を伸ばした。続いて、リモコンのスイッチをポチポチ押す。
「あああああ」
「どうした?」
「命令を間違って、帰っちゃいました」
「帰ったって? UFO?」
「あああああ」
ぴょーん、ぴょーん。彼女はその場にジャンプするが、もちろん何も起きない。
おっぱいは揺れたが。
おっぱいは揺れたが。
「呼べないのか? というか、乗ってたキミをほっといて帰っちゃっていいのか」
少し上で待ってるのかと思った。
「あの子は、まだ子供だから……あまり強いシグナルを出すと、保護惑星条例の違反になっちゃいますし」
驚愕の真実。UFOは生き物だった。
そしてあまり驚愕でもない真実。どうやら地球は保護惑星か何からしい。
「えーと、その、さ」
「はい?」
「行くところがないんだったら俺の家にこないか?」
俺の言葉に、彼女がぱっ、と顔を輝かせた。
「結婚してくれるんですか?」
「違う。そうじゃなくて、このままだとキミが心配なんで」
「私が? ――ありがとうございます。あなたはいい人なんですね」
彼女はにっこりと笑った。
ここで言い訳をさせてもらう。
俺は単純に『いい人』ではない。下心はむろんある。あった。おっぱいもでかいし。
けれど、この時点でひとまず下心は軌道エレベーターに乗せ、時速千キロメートルで棚にあげることにした。どうにもこの無警戒な宇宙人の女の子が心配になったからだ。
放っておくと、本当にまずい。胸もでかいし。
「えーと、俺の名前は一星銀河。キミの名前は?」
「あ、はい。メシエ・N・ジェネラルです」
「よろしく、メシエ」
「はい、銀河さん」
そして俺はメシエと並んでアパートへと向かった。
「ところで、結婚は」「その話は後で」「はい」
===another view
メシエと銀河が立ち去ってしばらくの後。
コンビニの駐車場に、青白い放電が走った。
ぶつん、とコンビニの照明が消える。「うぇーっ?」中から店員の驚いた声。
放電は数秒間続き、消えた。暗闇が周囲を覆う。
たゆん。暗闇の中で黒い影が動く。
「時間遡行、完了」
黒い影が立ち上がる。肌にぴったりと吸い付く、黒い装束をまとった女だ。
装束の表面がしゅうしゅうと湯気をあげる。
「さて、今はいつだ」
女は停電したままのコンビニの店内に目を向けた。その瞳が青白く輝く。
女の視線が向いているのは、新聞を置いたコーナーだ。
「二〇××年……まずい。ほとんど時間がない。くっ、これが歴史の修正力か」
続いて女は夜空を見上げた。
「まだトカゲどもの艦隊は到着していないな。ならば間に合う」
女は拳を握りしめた。
「メシエ・N・ジェネラル。お前の婚活を成功させはしないぞ。地球がトカゲどもに占領される未来は、この私が変える! ――へくちっ」
女は可愛らしいクシャミをした。
身にまとった黒装束が、メッシュ状に薄れて、下の白い肌がのぞいていた。
「時間遡行中にティンダロスの猟犬に追い回されたせいで鎧装の消耗が激しいな。だが、出発前にエネルギーもナノマテリアルも満載しているから、オプションパーツ含めていくらでも鎧装を交換できるぞ。ふふふふ」
女は夜の闇の中へと消えた。
「ど~れ~に~し~よ~う~か~な~ ――へくち」
可愛らしいクシャミを残して。
===another view end
次回:『スペース婚活:インベーダー編』へつづく