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第七話 少女の涙、残された欠片


 ステラの家に戻ってきたアルファルドは、動いているのが不思議なぐらいボロボロでした。

 右腕は千切れかけ、左足は折れています。

 身体のあちこちがひび割れて、欠けて、いつ壊れても不思議ではない状態でした。

 あれから二日が経過しています。

 一日で戻りたかったのですが、狼に負わされたダメージは、アルファルドの身体を徹底的に破壊してくれました。

 動くことも困難な状態にまで痛めつけられ、それでもアルファルドはここまでたどり着きました。

 もうすぐ自分が壊れてしまうことを理解しています。

 それでも、たった一つの願いを叶える為に、アルファルドは足を動かします。

 二日も一人きりにしてしまった、大切な少女の為に。

「ステラ……」

「アルファルド!?」

 庭まで進んだアルファルドは、縁側で横になっていたステラのところまでたどり着きました。

 ステラはボロボロになったアルファルドに気付いて、慌てて起き上がろうとします。

 けれど死に近付いている身体は思うように動かず、のろのろとした動作になってしまいます。

「どうしたのよっ! あなた、ボロボロじゃないっ!」

 今にも死にそうな、自分よりも死に近そうな姿を見て、ステラは声を荒立てます。

 一体どうしてそんなことになっているのかを問い質そうとして、ハッとします。

「まさか……森の中に入ってきたの? 翡翠の欠片を探す為に……?」

「見つけて……きましたよ……」

 千切れかけた右腕を動かして、袋に入った翡翠の欠片を取り出します。

「あ……」

 欲しくて欲しくてたまらなかったもの、自分の命を繋いでくれる秘薬が、手のひらに載せられました。

 驚くほど小さく、そして綺麗な胚珠でした。

 そしてそれと同時に、アルファルドの右腕は完全に千切れてしまい、地面へと落ちてしまいました。

「アルファルド!!」

「だい、じょうぶ、です……。これで、ステラは、死なずに済みますよね……?」

「……そう、ね。ありがとう。本当に、ありがとう。アルファルド。でも、どうして? どうしてそんなになってまで、翡翠の欠片を取りに行ってくれたの? 私は、あなたにとても酷いことをしたのに。酷いことしか言わなかったのに……」

 ステラはぽろぽろと泣いてしまいます。

 アルファルドに申し訳なくて、今まで酷いことしか言わなかったことが辛くて、泣いてしまいます。

「泣かないで、ください。泣かれると、困ります……」

 アルファルドはそう言います。

 壊れそうな身体を繋ぎ止めて、言葉を届けます。

 本当の気持ちを。

 本当の願いを。

 ステラに届けます。

「僕は、ステラに、笑って欲しかったんです。僕には偽物の身体と、心しか、ないけれど、それでも、僕はステラに、笑って欲しかった。この気持ちが、たとえ、偽物だったとしても、それでも、僕にとっては、本物だから……」

 誰に否定されたとしても。

 一番大切な人に信じて貰えなかったとしても。

 自分だけは、それを本物だと信じています。

 その気持ちが本物だと信じたからこそ、アルファルドはボロボロになってまでステラを助けようとしたのですから。

「それだけ、なの……? たったそれだけの為に……?」

「そう、ですよ。僕には、本物だと証明出来るものが、何も無いから……。だから、行動で、証明するしか、なかったんです……」

「馬鹿っ! それで死んじゃったら何にもならないじゃないっ!」

「死ぬ訳じゃ、ないですよ。壊れる、だけです」

「っ!!」

 それは、ステラがアルファルドにぶつけた言葉であり、気持ちでした。

 アルファルドのことを、何一つ本物として認めようとしなかった、モノとしてしか扱わなかった、これはその報いなのです。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。酷いことを言って、酷いことをして、ごめんなさい。私、こんなつもりじゃなかった。アルファルドに死んで欲しいなんて、思ってなかったのに……」

 ぽろぽろと泣きながら、ステラはアルファルドに謝ります。

 何度も何度も謝ります。

 壊れていくアルファルドに何も出来ないことがとても悲しくなります。

 アルファルドは、その命を賭けてまで自分を助けてくれたのに。

 ステラはアルファルドに酷いことを言って、酷い仕打ちをしただけなのです。

 これではあまりに酷い結末でした。

 せめて何かをしてあげたい。

 最期に何か一つでも出来ることがあるのなら、なんでもしてあげたいと思いました。

「笑って、ください。ステラ。僕は、君の笑顔が、見たい」

「え?」

「僕は、ステラの為に、存在しています。だから、ステラが幸せにしているところを、見たかった。笑顔は、幸せの証でしょう? だから、笑って……」

「………………」

 ステラは無理に笑おうとしました。

 こんなに悲しいのに、笑う事なんて出来ないと思いましたが、それでも笑うことこそがアルファルドの最期の願いならば、とびきりの笑顔を見せなければならないと思いました。

 うまく笑えているかどうか、自信がありません。

 感謝の気持ちと、そして幸せな気持ちを精一杯込めました。

「どう、かな……? うまく、笑えてる?」

「はい。やっと、見られました」

 アルファルドは満足そうに言いました。

 声は平坦なままですが、確かに満たされていることが伝わってきました。

「そう。よかった」

 そしてようやく気付きました。

 アルファルドの心は、いつだってステラに伝わっていたのだと。

 ただ、ステラ自身がそれを認めようとしなかっただけなのです。

 身体が偽物で、心も偽物だと決めつけて、伝わっていた筈の想いから目を逸らし続けていただけなのです。

 アルファルドはこんなにも純粋な心で自分を想ってくれていたのだと知って、ステラは再び泣きそうになってしまいました。

 けれどそれは我慢します。

 アルファルドが望むのなら、いつまでだって笑顔で居るつもりです。

「これで、僕は、満足です。生きて、くださいね。ステラ。そして、幸せに、なってください。それが、僕の、願いです」

「約束するわ。絶対に、幸せになる。あなたに貰った命を、無駄にしたりなんかしない」

「よかった……」

 アルファルドはそのままステラに向かって倒れ込みました。

 そして身体がバラバラになってしまいます。

「アルファルド!!」

「………………」

 アルファルドは二度と動きませんでした。

 バラバラになった身体は、二度と元には戻りませんでした。

「う……うぅ……」

 両手で抱えていたのは、アルファルドの首だったものです。

 ひび割れて、壊れてしまった無表情な顔がそこにありました。

「あ……」

 けれど口元が割れたその顔は、笑っているように見えました。

 笑うことの出来なかった少年が、最期に笑ってくれたように思えたのです。

 それは偶然のひび割れだったのかもしれません。

 けれどステラはそれがアルファルドの最期の心だと信じることにしました。

 一度も心を認めて貰えなかった孤独な少年が、最期に示した心の証だと、信じることにしたのです。

「あなたの心、確かに伝わったわ。アルファルド……」

 涙と共に、ステラはその顔に笑いかけました。


 ステラは、ずっとずっと、その首を抱き締めていました。



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