第三話 人形の心、人間の苦悩
それから、アルファルドはステラのお世話をしてくれました。
食事の世話から着替えまで、全てアルファルドがやってくれます。
「着替えは、ちょっと恥ずかしい」
「ご心配なく。僕は人形ですから、ステラの着替えを見ても何も思うところはありません」
「……それはそれでムカつく」
「その、すみません」
それでも、着替えを手伝ってくれるのはとても助かります。
動くことが億劫になっているステラは、二日に一度しか着替えをしませんでした。
けれど、一日一回着替えをさせてもらえると、気分が良くなります。
着替えさせてもらうのはやっぱり恥ずかしいのですが、相手は人間ではなく人形であると自分に言い聞かせて、何とか納得することにしました。
「はい、出来ましたよ、ステラ」
「……どうも」
着替えが完了すると、ステラも疲れたように椅子に座りました。
身体がとても重く感じます。
日に日に自由が利かなくなる身体は、着実に終わりへと近付いていることが分かります。
それを実感する事はとても怖いのです。
けれどこんな苦しい日々ももうすぐ終わると思うと、少しだけほっとした気持ちにもなります。
ステラはアルファルドと一緒に過ごすようになってから、余計にそれを考えるようになりました。
傍に居てくれて、世話をしてくれて、心配してくれる。
自分を慮ってくれる存在を、ステラはずっと求めていました。
けれど、アルファルドは違うのです。
彼は人間ではなく、人形です。
その身体も心も、偽物で作り物なのです。
それなのに、その存在に癒やされそうになっている自分が嫌でした。
そんな紛い物で満足してしまいそうになる自分を腹立たしいと思ってしまいます。
「ステラ。食事の用意が出来ましたよ」
「分かったわ」
食事の準備もアルファルドがしてくれます。
先日までは木偶人形が冷えた食事を届けてくれていましたが、今はアルファルドが温かい食事を作ってくれます。
どうやら料理も教え込まれているようです。
世話係としては完璧な仕事ぶりです。
「温かいわね」
「出来立てですから」
アルファルドはステラの前に食事を並べます。
温かい食事は、それだけでステラをほんわかした気持ちにしてくれます。
いつも一人きりで、冷えた食事を食べていたステラにとって、自分の為に作って貰えた温かい食事を、誰かと一緒に食べる事が出来るのは嬉しいことでした。
そして嬉しいと想う気持ちが腹立たしくもあります。
アルファルドは一緒に食べることが出来ません。
彼は人形ですから、食事を摂ることが出来ないのです。
どれだけ人間に似ていても、決して人間ではあり得ないということを思い知らされてしまうのです。
嬉しい気持ちが湧き上がりかける度に、哀しい気持ちに苛まれてしまいます。
嬉しさと哀しさを、同時に感じてしまうのです。
ステラにとって、それはとても辛い事でした。
「疲れたからもう眠るわ。アルファルドも戻っていいわよ」
一緒に居るのが辛くなって、ステラは冷たく言います。
後は眠るだけなので、アルファルドの仕事は終わりです。
ですが、アルファルドは首を横に振りました。
「眠るまでは傍に居ますよ」
「別に、必要無いわよ」
「僕、邪魔ですか?」
「邪魔よ」
「そうですか……」
邪魔、と言われてアルファルドは落ち込んでしまいます。
自分がステラに受け入れてもらえないことは知っています。
何が悪いのかは分かりませんが、とにかくステラは自分のことが気に入らないようです。
けれどアルファルドは無表情です。
辛くて哀しい気持ちになっていますが、それが表情に出ることはありません。
人形である彼は決められた表情、つまり無表情以外の表情を作ることが出来ないのです。
表情筋が存在しないので、笑いたくても笑えません。
涙腺が存在しないので、泣きたくても泣けません。
偶然にも心を得ることが出来たアルファルドですが、その心を表す為の身体を得ることは出来ませんでした。
気持ちが伝わらず、気持ちを伝えられない。
それはアルファルドにとってとても辛いことでした。
誰にも気付いてもらえない、孤独な気持ちでした。
そしてアルファルドという名前の自分には、それがお似合いだと思ってしまったのです。
「分かりました。今日はこれで失礼しますね、ステラ。明日、また来ます」
「よろしく」
来るな、とは言いませんでした。
彼はとても役に立ってくれています。
ステラがどれだけアルファルドを疎んじていても、今の自分には彼が必要でした。
一人きりではもう生きることすら困難な彼女は、こんな人形に頼らないと生きていくことが出来ないのです。
二人は別れて、そしてアルファルドはとぼとぼとリゲルの家に戻りました。
昏い森の中をとぼとぼと歩く少年の背中は、とても小さくて儚いものでした。