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第一話 夜魔の森の少女

 深い森の中に、一人の女の子がいました。

 お屋敷の中で一人きり。

 他には誰もいません。

 誰も彼女に近付く事は出来ません。

 何故なら、彼女は病気だからです。


 夜魔の森は静まりかえっています。

 病気の少女は一人きり、誰もいない夜を過ごします。


『やあ、ステラ。調子はどうだい?』

 部屋の中に人が現れます。

 これは実体としてそこに居るのではなく、幻影としてそこに存在しているのです。

 白衣の男性は長い金髪を後ろで束ねて、穏やかな青い瞳でステラと呼ばれた少女を見ています。

 ステラと呼ばれた少女は機嫌が悪そうに白衣の男性を睨み付けました。

「別に、いつも通りよ、リゲル先生。身体はだるいし、そろそろ動くことも出来なくなるかもしれないわね」

 ステラはつっけんどんに答えました。

 彼女はこの先生が嫌いです。

 いつも自分を心配する振りをしているけれど、それでもこうやって映像を送ってくるだけで、自分の前には一度も現れてくれないのですから。

 きっと死ぬまで現れないでしょう。

 ステラの命はあと僅かです。

 それは自分が一番よく分かっています。

 お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、同じ病気で死にました。

 ステラ一人が取り残されてしまい、生き残っています。

 この病気に名前はありません。

 夜魔の森に住むステラの一族だけがかかってしまう病気で、他の人間は外の世界で元気に暮らしています。

 治療法は分かっていますが、それは不可能な治療でした。

 ステラの病気を治す為には、命懸けで秘薬を取ってこなければなりません。

 ステラの為にそこまでしてくれる人は、誰一人いませんでした。

 目の前に映像だけ存在しているリゲルも、そこまではしてくれません。

 だからこそステラには腹立たしいのです。

 心配なんてしていない癖に、どうせ死ぬのを待っている癖に、労る振りをする彼のことが大嫌いでした。

 他人の存在など感じなければいい、とステラは考えます。

 そうすれば孤独だと感じなくて済むからです。

 最初から一人きりで、これからもずっと独りきり。

 そう考えることが出来れば、楽になれると信じています。

 けれど、それはとても悲しいことです。

 辛くても、悲しくても、苦しくても、それは必要なのです。

『自分のことなんだから、そんなに投げやりになるのは良くないと思うよ、ステラ。いつかは治ると信じないと』

「ふん。知った風な事を言うじゃない。まともな治療も出来ないヤブ医者のくせに」

『おっと、これは手厳しい。確かに君の、いや、君達の病気は特殊すぎて、明確な治療法と言えば一つしかないのだけれど。それは流石に不可能だしねぇ』

 リゲルはステラの主治医ですが、いつも薬を用意してくれるだけで、ステラの診察もしてくれません。

 こうして会話を続けながら、ステラの状態を把握して、適応する薬を出してくれるだけなのです。

「それで? 今日も薬を届けてくれるの? 木偶人形の姿なんてあまり見たくはないのだけれど」

 ステラに近付けば、その病気が感染してしまいます。

 だから人間はステラに近付くことは出来ません。

 代わりに、決まった動きをプログラムされた人形がステラの薬を届けてくれるのです。

 命令されたことをこなすだけの、ただの人形です。

 人間の形を模していますが、全く人間には見えません。

 頭があって、手足があって、けれど顔がありません。

 ただ動いて、そして届けて、戻っていくだけです。

 ステラは人形が嫌いでした。

 自分はまともに動くことも出来ないのに、命の無い人形が苦もなく動いているのを見ると、とても腹立たしい気持ちになるからです。

 けれど人形が薬を届けてくれなければ、ステラはとっくに死んでいるでしょう。

 リゲルが用意してくれる薬は、ステラの病気を治してくれることはありませんが、その進行を緩めてくれているのです。

 それでも病気は徐々に進行していき、ステラの身体を苛んでいくのですが、それはもう仕方のないことでした。

『ふふふ。今日の人形はひと味違うよ。君のために用意した特別な人形だ』

 そしてリゲルの映像が得意気に笑います。

 その笑みを見ると、ステラは顔をしかめました。

 とても不愉快でした。

 自分が苦しいのに、楽しそうに笑われると腹が立ちます。

 心が狭いと自分でも思いますが、これは仕方ないことです。

 自分に余裕がなければ、他人に優しくすることも難しいのが人間という生き物なのですから。

「特別な人形って何よ。人形は人形でしょう? 所詮は命令されたことしかこなせない、心がある訳でもない、ただの木偶じゃないの」

『いやいや、そう馬鹿にしたものでもないんだよ。何せ今回の人形はその『心』があるからね』

「え?」

『今までの人形とは全く違うんだよ。限りなく人間に近くて、可愛らしい人形なんだ。ずっとステラの傍にいてくれるんだよ』

「は?」

『君は今後、自力で動くことも厳しくなるだろう? だから本格的な世話係が必要だと思ったんだ。僕は医者だけど、人形師でもある』

「それは知ってるけど、木偶人形なんかに世話をされたくないわ」

『まあまあ、そう言わずに少しぐらい試してみるといいよ。それにその人形がいないと、君は食事も摂れなくなってしまうよ。それは困るだろう? ステラはまだ死にたくない筈だ』

「………………」

 見透かしたような言い方をされて、ムッとしてしまいました。

 確かにまだ死にたくはありませんが、それでも他人に見透かされるのは腹立たしいのです。

『君は寂しいんだろう? 残念ながら人間は君に近付くことは出来ない。けれど人形なら君の傍にいられるんだ。それもただの人形じゃない。人間と同じ心を持った人形だ。きっと仲良く出来ると思うよ、ステラ』

「人形となんか、誰が仲良くするものですか」

『まあまあ、意地を張ったところで、ステラに世話係が必要なことは確かなんだから、受け入れてくれるよね』

「仕方ないから今日は受け入れてあげるわ。仲良く出来るかどうかは保証しないけど」

 意地を張ったところで、そろそろ世話係が必要なのは実感しています。

 寂しさが紛らわせるとは思いませんが、世話用の木偶人形だと思えば受け入れることも出来ます。

『大丈夫。きっと仲良く出来るよ。今日の午後からそっちに向かわせるから、よろしくね。薬もあの子に持たせるから』

「はいはい。よろしくね」

『……君はいつも投げやりなんだね』

「悪い? 投げやりにならないとやってられないわよ、いろいろ」

『でも、死にたくないんだろう?』

「………………」

 希望なんてどこにもありません。

 未来は真っ黒く塗りつぶされています。

 だから人生に投げやりになるのは当たり前です。

 けれど、それでも死にたくないと思ってしまうのです。

 どうしてなのか、それはステラにも分かりません。

 希望がないのなら、死んでも何も変わらないのに。

 どうして、こんなにも生きていたいと願ってしまうのでしょう。

『それは恥じるようなことじゃないよ。命ある限り生きていたいって思うのは、生き物として当たり前の感情だからね。俺も、君も、他の人間もだ。そのことで悩む必要なんて無いんだよ」

「………………」

 それは普通に生きられる人間だから言える台詞なのだ、とは言い返せませんでした。

 ステラは辛そうに目を伏せて、そしてそっぽ向いてしまいます。

 これ以上、リゲルとは話したくない、という意思表示です。

 リゲルはやれやれと肩を竦めながらも、ステラの希望通りに姿を消しました。

 ステラと仲良くしたいと思っているのですが、自分が彼女に近づけない以上、それは難しいと分かっています。

 だからこそ、ステラの為に特別な人形を作ったのですが、もしかしたらそれは彼女を余計に苦しめるだけかもしれません。

 けれど、もしも叶うのならば、その人形こそがステラの希望になってくれればいい、と願っていました。


     ♪


 夜魔の森から離れた場所にある診療所で、リゲルは自らの作品である人形の少年に語りかけました。

「君の仕事は分かっているね?」

「はい。マイスター・リゲル。ステラお嬢様のお世話と話し相手ですよね?」

 人形の少年は頷きます。

 白い髪は光に透けるように美しく、灰色の瞳は儚げな雰囲気を強調しています。

 見た目は美しい少年です。

 今までの人形とは違い、人間に見える作品でした。

 少年の心臓と呼ぶ場所には、心の宿る石が入っています。

 この心は、生まれたばかりのまっさらな魂です。

 人形師・リゲルが己の魂を注いで作った人形には、その願い通り、本当の魂が宿ったのです。

 それは世界に散らばる大気に存在していた、様々な心の欠片でした。

 それが一つの宝石を目印に集まって、そして少年の心になったのです。

 心になりたいという欠片の願いと、心が宿って欲しいというリゲルの祈りが、一つの奇跡を起こしたのです。

「そうだ。君は人間ではなく人形だけど、だからこそステラの傍にいられる。彼女の病気に蝕まれることなく、その孤独を癒やしてあげられるかもしれない」

「はい。そう出来るように頑張りますね」

 少年は張り切って頷きます。

 自分が生まれてきたのは、その少女の為だと知っているのです。

 少年は人形師・リゲルがステラという少女の為を想って作った人形です。

 ですから自分の存在理由を知っている少年は、ステラの為に生きようと決めています。

 まだ出会ったこともない少女ですが、このマイスターがそれほどまでに幸せを願っている少女ならば、きっと素敵な女の子だと考えたのです。

「ああ。是非とも頑張ってくれ。きっとあの子は君に対して酷いことを言うかもしれない。けれど本心だとは思わないで欲しい」

「はい。そうします」

 まっさらな心を持つ少年は、素直に頷きました。

 傷つくことを知らない、傷つけられた事のない、無垢な返事でした。


 そして、病気の少女と人形の少年は出会います。



アルファポリス絵本・児童書大賞に参加してます。

気に入ったら投票してくれると嬉しいのであります。

ぽちっとな~(*^▽^*)

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