二話 出会い
三時間程で、その噂の村に着いた。途中道に迷ったりはしたが、道行く者が親切に教えてくれた。日が傾いて、薄ぼんやりとしたオレンジ色が広がっていく。木々の生い茂る山々に囲まれた美しい村だった。木々の隙間に電波塔が建っている。紅葉が夕陽に照らされ、より一層その赤みを際立たせていた。思わず息をのむほど美しい光景を前に、私は捕らわれてしまったようだった。自然の中では、私はいかに無力か。私という存在がいかにちっぽけなものかを諭すような、そんな厳しさがあった。そんな厳しさに魅入られてしまった。私は歩きだした。コトン。何かが落ちる音がした。振り返る。財布が落ちていた。現実が一気に戻ってきた。
私は本来の目的を思い出し、冬眠するという男を探した。村の規模はそれほど大きいものでは無かったため、思いの外早く見つかった。妙に髪のつやつやした、二十そこそこの男だった。男はスイと名乗った。
「学者の先生ですか。わざわざこんな遠い所まで、お疲れでしょう。」
引き戸が開き、小柄な女性が入ってきた。
「妻です。」
よく見るとなかなかに端正な顔立ちをしている。
「ハルと申します。」
年は三十といったところだろうか。
「ところで今日はいったいどんなご用件で?」
「ああそれなんですがね、なんでも、この村に冬眠する男がいると風の噂に聞きましてね。村の方々にお尋ねしたら、スイさんのことじゃないかって、それでお話を伺いに来たわけですよ。」
私はただの道楽のつもりだった。そのためにこんな遠出をしたが、酒の席でするネタにでもしようと思っていた。まるでそんなことを信じてはいなかった。ハルが口を開いた。
「それは、うちの夫に間違いありません。」