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第一章 関係

 とある話だ。まぁ俺の実話だが。


 昨日、久しぶりにネットカフェにいる親父と顔を合わせた時だ。


「おぉ、久しぶりー!」

 実質中年のはずだが、顔にはシワが一つもなく、肌も若々しく、体全体のスタイルも今の俺よりも良い、元気抜群の父親だ。

 名前は与謝野真。噂によれば数十年前ぐらい前に黄金美区の不良グループやヤクザを徹底的に潰していったらしいのだが、とてもじゃないが俺には親父の馬鹿嘘話にしか聞こえない。

「何だぁ? 相談でもあるのか佳志ぃ?」

「いや……、暇だったから来ただけだよ」

 すると、口を大きく開いて馬鹿笑いをする。どんだけチャラくて適当な男だよ。そして何でその妻が案外誠実なんだよ。

「佳志、お前あの亜里沙って子と居候してんだって?」

 たまらずニヤニヤとする親父の顔を、俺は全力で殴りたい気分だ。

「まぁちょっと住ませてもらってるけど、別に大した事なく過ごしてるし」

「まぁそう隠すなって。お前が恋をしていることぐらい当の昔に知ってんだからよ」

「当たり前の様に肩ポンって叩くなよ! 全然外れてんぞお前!?」

「ははは! お前は素直になれば最高の美男子として生きられるという、今もなおあるチャンスを逃し続けている。というか、見て見ぬふりをしているだけだ。つまりだ佳志、素直になってみろ。亜里沙ちゃんもきっと喜ぶぞぉ!」

「親父さ、明らかにからかってるよね?」

 さすがにマジになって聞いても、親父の表情は一斎変化なし。ずっとこんな感じで明るい。まぁ、親父らしいからいいんだけどさ。


「それにしてもお前、いい加減禁煙しろよ」


 さっきまでギャハハと笑っていた親父が、嘘のように真面目顔で話し始めた。

「………え、何で?」

「未成年だから………つーのもあるが、亜里沙ちゃんと暮らすんなら、彼女に迷惑かける訳にもいかないだろ。副流煙の方が体に悪いって、お前だって分かってんだろ」

「……………」

 ………………父親っぽい説教しやがって……。


 少しだけ嬉しかった。あんなに責任感のない親父の口から協調性を重視する説教がくるなんて。

 タバコかぁ……。辞めるにも時間がかかるしなぁ……、つーかホントに亜里沙って俺が喫煙してること気にしてんのかなぁ……。



 ――そして、俺と親父は難なくネカフェで解散をして今に至るが、現在アパート。


「とりあえず聞こう。なぜお前は俺とコンビニへ行くのをそんなに拒むんだ?」


 二人でオカパー(お菓子パーティー)でもしようと俺は提案をしたのだが、亜里沙はその提案そのものだけは賛成するが、決して菓子を買いに行くことは断じて同意していない模様。

「アンタと行くと、カップルって勘違いされるから嫌だ」

「カップルって勘違いされてもどうでもいいだろ! どんだけ自意識過剰なんだよお前は! 俺はお前の好きな菓子とかそこらが分からないから一緒に行くぞって言ってんのにそれすらも拒否るとか訳わかんねぇよ!」

「ふん! デリカシーもないアンタと一緒に歩く権限なんて、アンタにはないのよ! さっさと買いに行ってこれば!? ていうか二人でオカパーとか全然嬉しくないんですけど!?」

 最悪だ。たかが菓子を買いに行くのにこうも面倒臭くなる事態が他にあるのだろうか?


「チッ……。なら適当にポテトとジャガポテらへん買いに行くわ」


 諦めをついた俺は、さっさと玄関から出た。

 コンビニはアパートを出てすぐ近くだ。そしてコンビニの前まで行くと、ふと怪しげな黒ずくめが先に入って行った。


 ………嫌な予感がする。

 男の後に続いて俺もコンビニに入った。お菓子コーナーに行き、レジを少し確認してみると、男が立っていた。



 ――タバコを買って帰るように……タバコを買って帰るように……!


「50万、今すぐ用意しろ」


 だあああああああ!! チクショウ! 不覚! 無念! 最悪!


 予想は見事に的中した。黒ずくめの男はコンビニ強盗だ。


 包丁を若い女性の店員に突き付け、脅す。コンビニの中には複数の客もいた。

「お前らも静かにしろ! うるせぇ奴は全部俺がぶっ殺す……! 早く五十万寄こせやぁ!」

 かなり乱暴な男だ。黒いニット帽、黒いネックウォーマー、黒いジャンバー、黒いズボン、黒い…………って!

 カラスかコイツは! 逆に不自然だよ! よく職質されずにコンビニまでたどり着けたなおい!?

 ふと、後ろに気配を感じた。………女だ。そして知り合いだ。そして………亜里沙だ。

「お前何してんだよ……」

 多分、俺の後をコソコソとついて来たんだろう。

 相当怯えているのか、泣くのをこらえてブルブルと俺のジャンバーを掴んでいる。もう最悪。

「申し訳ございません……、五十万円は手元に……」

「うっせぇんだよ! あんだろうがどうせ! 早く出せよコラァ!」

 女性の店員の方も多分、頭の中がメチャクチャだろうな。たかがアルバイトでこんな仕打ちがくるのだから、後のガールズトークが怒りの嵐になるのが目に見える……。

 もう一人、レジにいた店員がいるが、そいつは小太りの男だ。多分店長だと思う。電話を手にし、警察に電話をしているが、強盗犯の方はそれを抑える様な感じで怒鳴りつける。

「誰か動いて良いっつったコラァ!? ぶっ殺すぞテメェ!?」

 それにしても荒い男だ。もう中年だろうな。息も荒いし、どうせ会社辞めさせられて血迷ったんだろ。

 店員の方もあぁ見えて辛抱強いと思う。レジから金さえも出そうとしない。といか、レジを開こうとしない。

 他の客も怯えて、足がすくんでいる主婦もいる。この中で一番冷静になっているのが俺という事は間違いない。

 他に俺みたいに呆れ顔で強盗犯を可哀想な目で見て突っ立っている奴がどこにいるのだろうか?

 警察も早くはこないだろう。という事は今、対策をとれるのは俺、ただ一人。

 もうそろそろ動くしかない。


 亜里沙には「安心しろ」と励まし、俺はその強盗に近寄った。


「おい若造!? 誰が動いていいっつった……?」

 男は店員から俺にナイフの宛先が変わった。だが冷静にしなければ負ける。早くお菓子パーティーしたいしな……。

「…………うるせぇよクソジジイ。五十万とか知らねぇよ。早くその辺の飲み物とかパンとか買って帰ってクソして寝ろ」

「この野郎……テメェ殺すぞガキィ!」

「昼間っから強盗してんじゃねぇよジジイ!」

 俺の怒鳴り声で、さっきよりもコンビニの静けさが増した。ホント真昼間から強盗するバカどこにいるんだよ。

「ホントに………腹刺すぞクソがあああ!!」

 黒ずくめの男は少し涙声になり、ナイフを両手で震えながらコッチに向けた。

「そこにいる、テメェの女も一緒にぶった切って後悔させるぞおおお!」

 もはや発狂に近い声だ。冷静な対処もしていない。もはや白い目で見るしかない。

 しかし今の言葉で俺は、更に怒りが増した。いつ自分の手が男に出ても可笑しくない状態だ。

「俺の言ったこと聞いたかちゃんと? 昼間っから強盗してんじゃねぇよ。やるなら深夜にやれよ。人に迷惑かけてんじゃねぇよ。ムカつくんだよお前みたいに弱い癖に何かをクッソ無茶に要望する奴が! 俺はどうなっても構わんよ。だけどなぁ、俺の友達には手ェ出すな」

「知らねぇよテメェらの事情なんか! オラ店員! 早く五十万渡せっつってんだろうが聞こえねぇのかぁ!?」

「早く帰れっつってんのが聞こえねぇのかおい!? いい加減にしろよ卑怯者が! おい、誰に脅された!? 誰にこんな事しろって言われた!? 五十万奪って誰に渡すんだテメェ!? お前さっき外にある真っ黒くてデカい車から出たよなぁ!? アレテメェの車か? 思いっきり後ろの席から出たよな!? 誰の命令だっつってんだよお前!?」

 遂に怒りを抑えきれず、俺はナイフの持ってる男の胸ぐらを容赦なく掴み揺らしまくった。

 すると、男は涙を抑えきれずナイフをその場で落とし、足がすくんだ。


 一件落着と思いきや、次は複数のスーツを着た男たちがやってきた。

「おいお前ぇ~、これ見てると失敗に落ちりそうだなぁ~? これで借金も払えずに終わったらお前の体バラバラになっちゃうよぉ~?」

 どう見てもこの男たちはヤクザだ。スキンヘッドで頬にナイフの傷がついた男もいれば、全身紫色のスーツを着たパンチパーマの男もいる。

 それにしても、主犯が現場に来てどうする。次はコイツらが強盗でもすんのか? もう抑えられない。ムカつく。次々とキリのない説教をするのは無理だ。

「おっと、そこの青年。俺らに対抗しようってか? チャカは持っとらんが……お前みたいな弱い人間が立ち向かえる相手じゃないよな俺らは?」

「テメェらか……コイツを動かしたのは……!」

「動いたのはコイツ自身だろ? 俺らはただ、借金をかかえてる無職の男に提案をちょっと耳に吹き込んだだけだ」

「ふん……自分が真犯人ですって言ってるのも同然じゃねぇか今の……」

 大して喧嘩も強くない俺だが、弱みを握るコイツらを見たらアドレナリンが半端なくなってきた。とりあえず警察が来る前に片付けておこう。

 俺は入口付近になっているヤクザに近づいた。

「おぉ!? やるってか小僧!?」

 そいつらも構え始めた。青年1人に大して、大物が来たかのような構えをされるとちょっと恥ずかしいわ……。

 それにしても3,4人はいるな。こんな狭い中で勝てるのか……? 段々不安になってきた。


 すると、ヤクザたちの横から、またもや初めて見る男がヤクザに前蹴りをかましてきた。

 髪は無造作にパーマがかかっており、首まで伸びている。目は鋭く、言っちゃ悪いが殺人犯みたいな顔つきをしている。年齢は俺とそう変わらない感じだが……。

「テメェ! やんのか!? コイツの仲間かおい!?」

「……………そこ、邪魔なんだよ。出れねぇじゃねぇか」

 コイツも多分、俺と同じ気持ちだろう……。余裕のかまし方が尋常じゃない。不愛想な表情だが、相当喧嘩慣れしている負のオーラが分かる……。

 男は立ち向かうヤクザに対抗した。顔を殴り、ハイキックが鼻に直撃し、残りの1人の髪を掴んでガラスに思いっきりぶつけてガラスがバリンと容赦なく割れた。


 しかしその男はかなり容赦がなかった。相当切れていたのか、鼻周りが血だらけで倒れているチンピラにもなお、何度も殴り続ける。

「ちょっ……! それぐらいで良いだろ!? こいつら全員のびて……」

 男の肩を揺さぶるとコッチを振り向いた。

「甘いよ……。お前は」

 何とも冷酷無情だ。決して正義のある人間じゃない。


 男は何事もなかったかのようにその場から立ち去った。まるで「喧嘩がしたかったからコンビニに来た」という感じだな……。

 振り向くと、震え怯えていて座り込んでいた例の強盗犯がまだいた。

「………ヤクザに脅されてたのか、お前」

「うっ………もうダメだ…殺される……後々殺されるんだよ俺は……! もう……ダメだ…」

 もはや人生をあきらめかけていた。

「何があった? ギャンブルにでもはまって金を借りたのか?」

「そんなんじゃない……。娘の……娘の手術代が……足りなくて……いくらでも貸してくれるっていう銀行があったから……借りたけど……その三日後に返せってアイツらに脅されて……」

「ふむ……」

 こいつはこいつで、色々抱え込んでたんだな。しかし俺は同情する態度など全くなかった。

 またもや胸ぐらを掴み、ちょっと怖い顔で男に睨んだ。

「たくさんの人に迷惑かけたんだ。さっさと自首して頭冷やして来い」

 全く情けない話だ。確かに無職で五十万はちょっとキツイと思うけどな……。


 そろそろ警察が来る時だ。サイレン音が徐々に近づいてくる。

「そうだぞオッサン。その娘さんとやらの手術費はこの俺が仕入れてやっから、アンタはそれなりの報いを受けていってらだ」

 聞き覚えのある声が、雑誌コーナーの方から聞こえた。


 荒田広行。親父とほぼ同年齢で、職業は警察だ。親父と同じ感じで、中年なのにチャラくて若々しい。なぜこのような男が警視庁長官に任命されたのか……それは未だに迷宮不明だ。

「久しぶりだな、ニコラスさんよ!」

「誰がニコラスだよ。つーかアンタもココにいたんならちょっとは止めにこいよ!」

「いやー、まさかお前がココに来るとは思わなくてね、三年ぶりだったからどこまで成長したかこの目で見てみたかったんだよ! 亜里沙ちゃんはそこにいるよね?」

 あ、すっかり忘れてた。


 亜里沙は長官の視界から入らないようにお菓子コーナーでしゃがんで隠れていたが、とっくの昔にばれていたようだ。


 事件は一件落着し、それぞれの警察は強盗犯を確保し、のびていたヤクザたちも一緒にパトカーに入れさせられた。

 ガラスが割ってあった原因は何故か俺という疑いもかけられたが、さきほどの髪の長い男がやったと言っても全く信用されず、長官から事情を話してもらって何とか脱出できた。



 後、俺と亜里沙は事情徴収が混雑のコンビニの目の前にあるアパートに戻った。何となく後味が悪い。

「オカパー……するか」

 実に静かな沈黙の末に言った俺の言葉が、まさか言葉の乱闘になるとは、知る由もなかった。まぁいつもの事だけど。

「アンタさ、何これ? 一口チョコ二つって何よ!」

 そう言われた俺も、今初めて気づいた。強盗の件もあってテンパり過ぎて二つしか買ってなかった。

「あー……、うん。2人分って事でええがや」

「いやいやいやいや! 普通ポテトチップスやハイチュウたっぷりばらまいて盛り上がるようなモンでしょ!? 一口チョコ二つで何盛り上がろうとしてんのよ!」

「うるせーよ! 一口チョコなめんなよ! 一口っつってるけどなぁ、俺は幼い頃は十回噛み砕いてやっと呑み込めたからなぁ! 一口チョコなめんなよ!」

「知らないわよ! どんだけ口の中狭いのよアンタ!? 気も狭いけどね!」

「お互い様だろ気の小ささは! どっちかが気が大きくねぇとこうならねぇんだよタコ!」

「普通男が気が長くならないといけないでしょ!? 何私になすりつけてんのよ!?」

「あーあー! 面倒くせぇ! はよ食おうぜチクショウ!」

「あーそうですか! ホント面倒ですよアンタは!」

 そしてお互い、納得がいかないのかどうか分からないままモグモグと食べた。多分この家庭をはたから見たら実に面白いカップルだと思われることは間違いない。それかドン引き。



 ふと、アパートの窓の向こうから大きい笑い声が聞こえた。


 二人の男だ…。


 何か凄くうるさかったので急いで玄関から出て下へ行った。


「おい! うるせぇよお前ら!」

アパートの前にいた2人の内、1人は見覚えのある男だ。


 ………さっきコンビニで乱闘を起こした髪の長い男だ……。


 そしてもう1人は、金髪で右目を完全に隠したアシメヘアーで、全身白の格好をした陽気な男だ。

 多分、2人とも俺と同じ年齢だと思う。

「誰だお前?」

 金髪で陽気な男が俺にガンを付けてきた。

「ここのアパートの一市民だよ。うるせぇからはよどっか行けよ!」

 金髪が「なんだと?」と俺の胸ぐらを掴むと、後ろにいる長髪男が前に出てきた。

「おい神谷、止めろよ。そいつは…………」

 長髪男が止めようと胸ぐらを掴んでいた手を払ったが、なぜか嫌な予感がした。………………コイツ……まさか……!

「そいつは……、俺の獲物なんだからよぉ!」

 長髪男が咄嗟に目が見開き、左手で俺の顔面をめがけて殴ってきた。

 ………嘘だ。……獲物って……何だよ!?

 長髪男の拳は光の様に速く、俺も油断していた末に鼻に拳が直撃した。


 ガッ!


 あまりに勢いが強かったのか、よろけるどころか倒れてしまった。


 ――早くこの状況を何とかしないと……!

「お前………黄金美区最強の男、KINGの君主だろ?」

 長髪男が倒れている俺に胸ぐらを掴み、既に殴る構えをしていた。

 要約意識を取り戻した俺は、掴んでいる男の腕をつかんだ。

「はぁ? KING……? 君主……? 最強の男……? 何言ってんのかさっぱりわかんねぇよ!」

「ふん………しらばっくれてんのも今の内だ……。お前がここの伝説を作った強者って事は既に分かってる。今からここでタイマン張ろうか……?」

 正直、この男の言ってる事がさっぱり分からない。俺は大して喧嘩は強くないし、伝説を作った記憶もない。そもそもキングって何だよ。チームか?

 いきなりタイマン張ろうとか言われても……こんな奴と張り合うなんて嫌だ……。


「佳志!」

 アパートの階段から亜里沙の声が聞こえた。……助けにきてくれたのか?


 亜里沙は古武術という武術を完璧に取得しており、ある意味俺よりも喧嘩が強い。逆に言えば俺が喧嘩が弱い。

 あー……助けに来てくれたのか……。と、感動していられるのも一瞬の間だけだった。

「夕食、一緒に作るわよ」

 顔を少し赤くし、横に「ふん」と振り向いて腕を組み、まるでツンデレキャラを演じているかのような演出は別に嫌いじゃない。

 しかし、コイツの天然っぷりは尋常じゃない。俺が今、知らぬ男に馬乗りをされて今にもタコ殴りにされそうな絶対絶命の危機にあっている状況を、彼女はまだ把握してないのだから!

「夕食を一緒に作る前にまず俺を助けてくれ! 変なのに殺されそうなんだよ! はよ!」

「………はぁ?」

 今気づいたのか、亜里沙は「あ…」と、掌で口を隠した。多分本当に気付いてなかったんだ。

「……俺はお前とタイマン張りたいんだよ。さっさと起きろ……」

 長髪男は胸ぐらを掴んでいた手を離し、手で「立て」と合図した。

 鼻から出ている血を手で吹き、さすがに俺も怒れてきた。


 そういえば、後ろに下がっている金髪の男は……神谷こうや、だとか言ってたな。

「おい、そこの金髪! お前神谷って言ってたな。こいつ何とかできんのかよ?」

「俺は長柄ながらのツレだし、コイツの協力をしていて、与謝野佳志の首を取るんだよ」

 ………ちょっと待て。与謝野佳志……って……。俺の名前って……与謝野佳志だよな……?


 うわああああああああ! もうあかんわ! さっきも亜里沙が俺に佳志って呼んじゃったし言い逃れできねぇ!


 この長髪男は長柄……っていうのか。

「与謝野……、お前はマジで許さねぇよ。ココで白黒つけろ」

 つーか何でコイツらが俺の名前を知ってんだよ! こんな奴ら俺は見たことも聞いたこともないぞ!? いいから早くネタ晴らししてくれよ! ドッキリなんだろコレ!?

 亜里沙は特に怯えることもなければ涙目になることもなく、ボーっとその光景を見ていただけだ。もちろん止める気もなさそうだ。

 何かこの状況見てたら、俺も吹っ切れてきた。

「……良いだろう。ココで決着しようか。でも条件がある!」

「あ? 何だ?」

「白が出ようが、黒が出ようが、これが終わったら二度と俺に絡むな!」

「ふざけやがって……」

 長柄は横に唾をペッと吐いた。

「殺すぞテメェ!!」

 急に眉間のしわを寄せ、目をバッチリ見開きながら右手で俺の顔面をめがけてきた。もう油断はしていない! 何とか行けるかもしれん!


 長柄のパンチを左に避け、俺はそのまま前に出てヘッドロックをしかけた。

 全力で締め付け、相手が喋れないくらい口をふさいだ。

「俺もこう見えて普通に平和主義だからよ……! お前らみたいに日常的に喧嘩しまくる不良とは縁がないと願ってたんだよ…! でも正当防衛ってことで俺はお前をしばかなきゃいけないのなら……やむを得ん!」

 そして挙げ句に足を崩して、顔面をぶん殴る!


 ……と、言いたいところだけど、さすがにこの男に大した恨みもないので、寸止めで留めておいた。


 後、長柄は床に這いつくばって、神谷は驚異に唖然としていた。


 亜里沙はため息をして呆れ顔になっていた。一体こいつは俺のどこに感心を抱いているのかさっぱり分からない。


 理想の展開をほんわかと想像してみた。


 ――長柄が喧嘩を売って来た時には、そこに「佳志!」と、叫んでくれた女の子がいた。それはとても心配していた様子で、もう泣きそうなのかどうか分からない状態にまで達した。

 そして俺は、「この戦いが終わったら……俺は生きてお前とまた、幸せな日常を送ろう……」と格好いいのか痛いセリフなのよく分からない事を言って長柄に「うおおお!」と立ち向かい、長期戦の末に俺が何とか勝ち、倒れそうになる俺に急いで駆け付ける彼女は俺をギュッと抱きしめ、「もうこんな喧嘩……二度としないで!」と、懐に涙を注ぎ、ボロボロの状態の俺も一緒に抱きしめて、「もう、絶対に離さない……」と、感動的な展開を俺は薄々と期待していた。


 ………が!


 何だコレ? 現実は小説よりも奇なりってこの事か? 仮に亜里沙が赤の他人だとしてもあんなに他人事だと思ってつまらなげな表情しねぇだろ普通!


 しかも何だよクソ! 俺無傷だし、そもそもまさか2秒で決着が着くとは知る由もなかったよ!

 はぁ……喧嘩とか……何ヶ月ぶりだろうなー……。もう半年は経ってるはずだ……。

「ふん……。まぁまた日を改めてくる……」

 そのまま長柄は立ち去った。

 神谷はむっと睨みつけ、

「覚えとけよ。俺は知らんけど、長柄の噂話は町中でも響いてる。事情徴収でもするんだな!」

 と言って長柄と一緒にその場を立ち去った。


 はぁ……疲れるわ。


「ほら、早く夕ご飯作るわよ!」

「お前なー……何でそんな平気でいられるんだよ…!」

「だってアンタが喧嘩するなんて日常的でしょ?」

「俺は平和主義者なんだよ! もう喧嘩したくないんだっての!」

「何でよ? アンタどうせ強いんだから減るモノなんてないでしょ?」

 減るモノ……と聞き、少し考えた。


 ………減るモノなんてない……? いや……違う…。減るモノはちゃんとある……。

「亜里沙」

 アパートの階段を上る途中、俺は足をその場で留めた。

「……何よ? 急にマジな顔になっちゃって……」

「減るモノって、ない訳じゃないよな。俺が喧嘩をしまくったところで」

「…はぁ? アンタがちょっと怪我する程度で終わるじゃない」

 違う。

「……………………俺は、自分の拳のせいで失った、大切な人もいる。少しイラついただけで、野蛮な行動に出た末が、人の命を奪いそうになったんだ」

 俺は、改めて自分の拳を見つめる。

 すると亜里沙は、さっきの様に「あっ…」と、事情を思い出したようだ。

「…………ごめん。適当な事言っちゃって……」

 初めて彼女が俺に謝ったことに、俺も少し嬉しかった。


「でも、佳志のお姉さんは現に生きてる訳だし、あの人もアンタを恨んでる訳でもない。あれは佳志のせいじゃないわよ」

 階段の下でうつむいてた俺に、ポンと頭を撫でてくれた。

「あぁ……、励ましてくれてありがとな。でも俺が今言いたいことは、現在の事と、これからの事なんだ」

「何?」

「しょうもない理由で人を傷つけたりするのは、もう辞めたんだ。この拳を使うのは、大切な人を救うためだけにある。俺はそれを肝に銘じているんだ」

 何か、いやに恥ずかしい事を俺は言ってるんじゃないかと段々自分でも思えてきた。でも今になって取り消す訳にはいかない……。

「それってどういう……」


 ――お前を守るためなら俺は自分の身を捨ててでも死守するつもりだ――


「………後は自分で考えてくれ……」

「……………」


 危ない。今、口を「お」から始めてたらプロポーズでもするとこだった。

「佳志……。アンタ牢屋から出てから本当に成長したんだね。最初はちょっと心配だったけれど、それでも私はアンタの改善を三年間待ってた」

「……お前、俺が一歩手遅れてたら、どうなってたか……。俺も想像したかねぇよ……」

 読者には何を話しているのかさっぱり分からないと思うが、俺が大体の説明をしよう。


 十六歳の反抗期ヤサグレ、高校一年生だった俺はある過ちを犯したせいで、計3年間の懲役がかかった。そして一年後には一時保護観察の釈放が別の組織から許可が下り、一ヶ月間の間、俺はある野暮用をかかえた。

 そこで出会ったのが亜里沙だ。もちろん、馬鹿そうな髪型で会った時は初対面であろうが酷く言われた記憶がある……。

 そしてその一ヶ月の末に、またもや俺の過去に犯した罪を自分と亜里沙が発覚した。「心の消失」といい、いわゆる解離性同一性障害だ。

 その時の人格の事を俺はあまり覚えていないが、自分の犯した罪があまりにも耐えきれなくなり、挙げ句に少年院に送り込まれたということだ。

 そして、俺の罪は計八つ。印象的なのは大麻取締法違反、結婚詐欺(一時的な駆け落ち)、そして殺人未遂罪。

 本当なら無期懲役、あるいは十年以上の懲役がかかってた。しかし俺にはコネがおり、荒田長官、そして俺の親父がその罪を最大限まで考慮してくれた。

 ゆえに俺は三年で刑務所を出た訳なのだが、そこにいたのは、線路にめがけて歩き、飛び出す直前の亜里沙の姿が見え、俺は咄嗟に全力を尽くして止めた。


「ちょっと悔しいけど、アンタは……私の命の恩人よ……」

 彼女の口から、予想もしてなかった言葉が出た。

 何か戸惑ってきた。凄く改まったからかな……。

「私の命は………アナタの物……」

 急に俺もドキッとした。


 え、は!? 何この想定外のシチュエーション!? コイツの命が俺の物……? え? ちょっと待て、考える時間をくれ。


 ――それってもしかして……え? いや……まさかな………。


 まさかこれって……好――


「バーカ! 何マジになっちゃってんのよ! 冗談だってば! アンタって本当はすっごく面白い奴なんだね! もう可愛いってレベル! ぷぷっ……!」

 コイツの嘲笑いは俺の全ての期待を刀一本でバッサリと切りさばいた。


 俺は今、とんでもなくポカンとした顔になっている。何か騙された……っつーか裏切られた気分だ。怒る気にもならんくなってきた。

 今までのドキドキと体中に響く心臓の鼓動によって分かる緊張を、全部返せと言いたい。


「ほら、早く夕飯作るわよ!」

「……あ、あぁ」

 コイツは嫌にご機嫌の模様だが、俺は違う。

 でも、俺の表情は段々苦笑になってきた。そう、この日常を楽しみたいんだ。

 いきなり話し方を変えたり、色々と気を使うのは考えてみたら面倒臭い。この、何も気を使わずノビノビと相手と話せるこの時間がいいんだ。



 この時間が――ずっと続けば――幸せなのに――。






 何だろうか、すぐ目の前にいるのは亜里沙だというのに、何故か離れていく感じがしてたまらない。

 俺の、「嫌な予感」はいつも完璧に的中する。

 だが、それは予兆や前兆があるから何となく分かるようで、今の「嫌な予感」は、どこにも予兆がないはずなのに、その感覚がとても強く感じる。



 ――離れていく――彼女が―離れて―――ゆく―


 亜里沙が――どこかへ――行ってしまう――感じが―――



「亜里沙!」

 玄関のドアを開ける亜里沙に、思わず名前を叫んでしまった。

「………何よ?」

 一体俺は何でこんなに焦っているのだろうか。何で今叫んだのか。手が、震えている。

「俺らって、どういう関係なんだ?」

「どういう関係って……、アンタは私の住んでるアパートに居候してるだけで、普通の友達……って感じじゃないの?」

「本当に、その関係なのか……?」

「何が言いたいわけ?」

 俺もよく分からない。だが伝えたいことがあるってことは間違いない。

「友達……か。まぁ俺はそれでもいいけど、1つだけ願いがあるんだけど…」

「何よ…?」

 唾をゴクンと飲んだ。

「ずっと、この生活が続いてほしい。居候がダメなら、俺が住むところを考える。だから………その……」

 恥ずかしながらも人差し指で頬をポリポリとかいた。相手の目を逸らして。

「私はアンタの事、別に嫌いじゃないよ。アンタは私の事をどう思ってんの?」

「………好き……なんじゃね?」

 今度は逆に俺が赤面し始め、穴があったら入りたい状態になるほどにクソ恥ずかしかった。何で俺今告白したんだろ、凄いタイミングだな。

 亜里沙が開けたドアを再び閉め、俺に近づいた。


 ドカ!


「いって!」

 腹に強烈なチョップがかかった。

「バッカじゃないの!? 何モジモジしてんのよアンタ!? とっくにバレバレなのよアンタの心境なんか! まさかアンタ、私がいつかどっかに行ってしまうだとか思ってる訳? 被害妄想も大概にしなさいよ!」

 ニャハハハと笑いながら、そう説教された。


 そして、コイツはエスパーなのか? 人の心読み通したぞコイツ今?


「…だよな……、深く考えすぎた」

「アンタはね、独りで深く考え過ぎなのよ。真面なことを独りで抱え込んでるくせに、何で口喧嘩の時は何も考えずに言える訳? 呂律まわり過ぎだからほとんど口が勝手にしゃべってるようなモンでしょ?」

「あ……あぁ、言われてみればそんな感じだな」

 純粋な笑顔をうかべ、亜里沙は胸に手をあて、自信満々な表情をした。

「この仁神亜里沙様に、何でも相談しなさい! とことん乗ってあげるからさ!」

 実に素直な表情だ。


 目の前にいるのは正に、悩んでる人を癒してくれる天使だ。


        *



 ――彼女は、与謝野佳志の心境を要約とらえた。普段はツンツンしてひねくれているけれども、本当は素直で優しい女の子なのだ。

 佳志も、普段は他人にひねくれた態度をつけるけれども、本当は強くて優しい男の子なのだ。

 ――互いの気持ちが、今分かりあえたのだ。


 ――――佳志は、彼女への気持ちが考えるごとに増していった。だから「離れたくない」という気持ちが生まれたんだ。

 彼女自身は、元々佳志に好意を持っているから、自分の気持ちを伝えるタイミングを今発揮したんだ。

 二人の縁が、いつまでも続きますように。


    BY ニコラス


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