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七人目の異世界探訪  作者: Thus
第一部:ヴィルガルド
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第八話


エルフの冒険者、ルナ・ウィンザーは必死に走っていた。

縺れそうな足。背後からは下卑た笑い声が聞こえてくる。


――何で、何でこうなるの……!?


人間領に来たときからある程度は覚悟していた。だが、ここまで(・・・・)される理由なんてルナ自身思い当らない。


ただ、“エルフ”だからと言う理由で、同じ冒険者の“人間”に襲われるだなんて。


ルナは弓と魔術を併用する冒険者。そもそもの体力に自信はない。だが攻撃しようにも恐怖は足を止めさせない。

攻撃が効かなかったら?足止めにさえならなかったら?

そうなった時、どうなるか。想像してしまう。


走りながら魔力で作った矢を番えようにも震える指ではうまく弦に合わさらない。

結果、ただ逃げ惑うことだけがルナに許されていた。


Bランクのちょっとした採集依頼のハズだった。グレース大森林に生える薬草。難易度は引き上げられているが、結局のところ少しだけ森に入って薬草を採集し、提出するだけの依頼だ。

そもそもグレース大森林自体深くまで入らなければBランクでも問題はなく、ましてや前衛の猫の獣人であるリーヤはつい最近ランクアップしたばかりだがAランクだ。

魔物に遭遇することはあるかもしれないが、ちょっとやそっとのことでは失敗なんてしそうもない依頼。


突然五人組に囲まれ、情欲や恨みなどの暗い感情を宿した瞳を向けれれなければ。


リーヤとの連携で何とか包囲網を突破して森の中へ逃げ込んだものの、分断され追い込まれている現状だ。


――いやっ……いやぁっ……!


いくら進んでも景色の変わらない森。恐怖を煽る背後からの声。体力的にも精神的にも限界だった。


恐怖と焦りが重なり、樹の根に足を引っかけ、転倒してしまった。


「いやぁ……わたしたちが何したって言うんですかぁっ……」


ゆっくりと、更に恐怖を煽るように近付いてくる二人の冒険者。ルナとの距離は元々さほど離れてはいなかったらしく、ルナが力尽きて立ち止まる場面を待っていたのだろう。


一人はいやらしい笑みを、もう一人は残忍な笑みを浮かべていた。


「ククッ。何したかって?何もしてねぇよ。コイツがエルフに恨みがあるらしくてな。復讐したいって言うからそんじゃまぁついでにいっちょエルフを味わってみるかって思ってな。ちょうど俺らのパーティには獣人に恋人殺されたって奴もいたしな」


嫌らしい笑みを浮かべた方、無精ひげを生やした中年の冒険者が応えた。


「そんな……そんなのっ、わたしたち全然関係ないじゃないっ」


必死に後ずさるルナの言葉が逆鱗に触れたのか暗い笑みを浮かべていた男が怒りの形相で一気に近づき、美しいブロンドの髪を掴みあげた。


「い…痛いっ」


「煩い黙れよ亜人如きが人様の言葉喋ってんじゃねぇ!!関係ない、だと?関係あんだよお前がエルフってだけでなぁ!!」


髪を掴んでいる手とは逆の手が腰の剣へと掛かる。

エルフの少女は恐怖に涙を流し、息を呑んだ。

だが、もう一人の男がその凶行を止める。


「おいおい、殺るのは俺が楽しんだ後って契約だろ?ちゃんと守ってくれよ」


そう無精ひげの男が告げると、憎悪が込められた眼差しを向け、少女を突き飛ばした。


「さぁて、エルフはどんな味がするのかねぇ?」


下がる男とは逆に近付いた無精ひげの男が舌なめずりをしながら手が伸ばす。


「いや……いやぁ……誰か、誰か……助けて…」


涙を流しながら助けを求める声。ここは既にグレース大森林の中で、人も滅多に来ない場所である。

届くはずの無いその願いに、


「えぇ、構いませんよ」


応える声があった。











話は少し遡る。


森に入ったクロスがまず耳にしたのは女性の悲鳴と楽しそうな男の声。

迷わず声の聞こえる方へと疾走する。

そこには背を血に染めながらも三人の男と相対する少女の姿。その少女には猫の耳と尻尾が付いており、獣人であることを示していた。

瞬時に冒険者ギルドでエルフの少女と二人組であったことを思い出す。


三人の男たちは少女を囲む輪を段々と縮めていく。


「Aランクと言えどもBランク三人に囲まれちゃおしまいだなぁ?」


血の付いた剣を掲げながら三人のリーダー格らしき男が言う。

三人の顔にも見覚えがある。二人組を追うように出て言った五人組の内三人。


――やはり、ギルドと言えども一枚岩ではありませんね。


こうなる(・・・・)、と予想できなかったわけではないが、このように大胆な行動に出るとも思っていなかった。


見通しが甘かった、と苦笑しつつ出来るだけ音を立てて四人の前に姿を現す。


「女性に手を上げるのは感心しませんね」


軽い足取りで接近する青年に誰もが反応を遅らせた。


「おい、兄ちゃん。コレは俺らの問題だ。手を出すんじゃねぇ」


いち早く気を取り直したリーダー格の男がクロスに剣を向け、威嚇する。


「いえいえ。女性を取り囲み、傷付ける……どう見てもアナタ方が悪者ですよ。まるで盗賊のようだ」


剣を引いて立ち去れ、と柔和な笑みを一変させ、有り得ないほどの威圧感を発する青年に、この場の誰もが、助けに安堵していた少女でさえ身を震わせた。


一方、クロスもクロスで冷静ではいられない。

長い年月を生きてきた彼は人の行う全ての悪行を目の当たりにしてきたと言っても過言ではない。

悪を理解し、正義を理解し、それらを認める彼の行動原理とはつまり、彼自身が気に入るか。それだけである。

完全なる自己中心的活動。自己満足によって形成された彼の“正義感”が胸の内でささやくのだ。

――コレは気に入らない、許せない、何よりくだらない、と。


そんな青年に対し、三人の男が取った行動は単純だ。

恐慌にも似た、突撃。


「オォォォォッ!」


恐怖を振り払うように声を上げ、青年へと向かって三本の剣が振り下ろされ、突き出され、一文字に振るわれた。

こんな状態でも連携には目を見張るものがある。逃げ場をなくしつつの攻撃、これを回避しようとして少女は一撃を受けたのだろう。


だが、クロスには届かない。

何の手品も無い、ただ一定の範囲に魔力を放出しただけ。それだけで放出された魔力は雷撃となり三人の男たちをあっさりと気絶させた。


――使い方を間違っている気もしますが、これはこれでアリでしょう。


「今の、魔術……?でも陣も詠唱も無かった……精霊術……?」


「背中の傷、見せてもらえますか」


倒れ伏した三人は無視して、呆然と座り込んだ少女に声を掛けると怯えを混ぜた視線を向けてきた。

仕方のないことだろう、彼女に傷を負わせた者と同じ“人間”なのだ。警戒するのは当然のことと言える。だが、今は時間がない。


戸惑う少女を気にせず、背を診る。傷はそこまで深くはないようだった。


「少し痛みますよ」


手のひらを傷に当てると少女は痛みに顔をしかめた。


「ッ……何を……?」


意識を切り替え魔術の行使を行う。体内に飼っている(・・・・・)術式を回転させ、発動する。

簡単な治癒しか出来ないが、今回はこれで事足りる。

暖かな光が手を覆い、傷を受けた少女の背へじんわりと伝わっていく。


傷はすぐに塞がり、痕も無くなった。


「痛くない……えっ!治ってる!?」


手を放すとぺたぺたと自分の背を確かめるように触っている。その様子にもう大丈夫だと判断したクロスは立ち上がる。


「あっ、ありがとう!」


礼にいえいえ、と返す。治癒と同時に並列作動させた探査魔術、その結果が既にクロスへと届いていた。


「もう一人の方を助けに行ってきます。まだ治癒したばかりで動き辛いでしょうからあなたはここにいてください」


男たちもすぐに目を覚ますことはないだろう。

制止の声を上げかけた少女だったがクロスは既に走り出した後。

獣人の眼でも追いきれない早さに少女は言葉をなくすのだった。











そしてエルフの少女が助けを求める場面へと繋がっていく。


まずクロスはエルフの少女へと手を伸ばそうとしている男を蹴り飛ばした。

勢いよく樹に叩き付けられる男の体。気絶したのかその男はぐったりとして動かなくなった。


目を見張るもう一人の男と、涙を流しながらもぽかんとした表情を浮かべるエルフの少女。


「大丈夫ですか?」


乱入者である細目の青年に掛けられた言葉にはっとして少女は自らの体を隠すようにして掻き抱いた。

軽装鎧と組み合わされた彼女の服は土に汚れてはいるが、破られてはいない。肉体的には無事だと判断する。だが、下卑た視線にさらされていた体を少しでも隠していたい気持ちも理解出来た。

アイテムボックスから体を隠せるサイズの毛布を取り出して少女に掛ける。


「あ……ありがとうございます……」


「いえいえ、お気になさらず」


どうやら足首を捻挫してしまっているようだが治療は後だ。剣を向け、殺気を放ってくる男に相対する。


「貴様……俺の復讐の邪魔をするのか?」


「復讐?」


ちらりと背後のエルフの少女を見てみるがとても復讐されるべき人には見えない。


「何故、復讐を?」


問うと、過去の記憶が呼び覚まされたのか更に表情を憎悪に歪めた。


「俺の両親はエルフに殺された……生きたまま炎に焼かれて!平和な村だった!親父も母親もあんなに惨く殺されるべき人じゃなかった!なのに……なのにッ!……夢に見るのさ、俺たちの仇を討ってくれってなぁ!」


魔族領と戦争が続いているのは知っている。彼の故郷は魔族領に近い村だったのだろう。

戦争だから仕方ない、で済まされない想いがそこにはある。


「なるほど。貴方の事情は理解しました。ですが」


区切ってエルフの少女に目を向けると、びくりと体を震わせた。安心させるように微笑んで、続ける。


「例えば貴方の村を、両親を殺した人物。それが同族の人間だった場合、貴方は人間そのものを恨みますか?」


「は?」


予想外の言葉だったのか男は疑問の声を上げる。


「恨まないでしょう。いえ、もしかしたら人間そのものを恨む人間もいるかもしれませんが、それは置いておきましょう。私は思うのですよ。もし恨む対象が同族だったならば、戦争だったなら、種族ではなく個人、または国を恨むはずだ。ですが……仇を、草の根を分けてでも、探し出し、殺す。それが正当(・・)な復讐ではありませんか?」


だから、と。


「たかだか種族が違うだけで、間違えないでいただきたい。貴方のソレ(・・)は」


ただの子供の八つ当たりだ。


クロスはそう言いきって見せた。

説得のつもりはない。ただ淡々と自分の意見を述べただけ。詭弁だとも思う。だが、復讐とはそうであるべきだ。そうでなくてはならない。


その言葉に男は……Aランク冒険者『エルフ殺し』オセ・ルドイドは顔を俯かせた。


「いくつもの戦争を越えてきた。エルフを殺しまくった。仇討ちだとほざく(エルフ)も返り討ちにしてきた。そんな俺が今更そんな言葉で止められると思うか?」


再び上げた顔、その目は既に狂気に染まっていた。


「復讐に呑まれましたか」


つまらなさそうに声を上げる。こうなった人間はもう止まれないと身を以て知っていた。

ここでこの男を放置すれば生きている限りエルフを害し続けるだろう。そんなことは女神の願いに反するし、何より、気に入らない。


「では、私が殺し(止め)ましょう」


そう言ってクロスは仕込み杖から刃を抜いた。









数多の戦場を掛け、エルフのみを執拗に殺し続けた復讐鬼『エルフ殺し』オセ・ルドイド。

彼は徹底的にエルフを殺すことに長けていた。エルフは魔術を扱う者が多く、武器も弓が主であり接近戦にはそこまで強くはない。

だがそれを補って余りある魔力量、使役する魔術の威力がずば抜けている。

ならば何故彼が多くのエルフを殺害する事が出来たのか。


彼の持つスキル『魔術耐性』。そして魔術攻撃を軽減する鎧。武器であるロングソードは魔力を散らす特性を持つ業物。加えて彼自身の豊富な魔術の知識がそれを可能にしていた。


完璧な対魔術の剣士。それがオセ・ルドイドの正体だ。


それほどの彼が今回Bランクパーティを引き連れていた理由。それはAランクの獣人の少女がいたからである。

同じランクでしかも獣人。純粋な剣士としての戦いになるといくら彼でも一対二では敗北を喫する可能性が有り得た。

故にエサ(・・)に掛かりそうなBランクパーティを雇い、わざわざ分断させたのだ。

自分はエルフすら殺せればそれで良い、と。


だが突然現れた細目の青年。それがただ一つの誤算だった。曲がりなりにも一流と称されるAランク。同族の剣士ならば引けは取らない、そのはずだった。


「クソォッ!炎壁、成せ!【炎壁(ファイアウォール)】!」


可能な限り縮めた詠唱。炎の壁で視界を隠し、三段突きを放つ。

だがそれすらも笑顔で防いで見せた。刃を合わせ、遊ばれているのだと気付く。


――どうすれば良い?どうすれば勝てるッ!?


焦りに惑う瞳に、不安気に青年を見るエルフの姿が映る。


――あぁ、こう(・・)すれは良い。









対して、クロスは遊んでいるわけではなく、戸惑いを感じていた。体が軽く、今まで以上に速く動ける気さえしてくる。もしかしたら、これも『雷を司る者』が関係しているのか。


だが、今はそんなことを考えている場合ではない。連発される炎弾を回避しながらどう終わらせるべきかを思考する。

そこで、ぶつぶつと詠唱する男の魔力が今まで以上に高まるのを感じた。

決めにきた、と悟る。次にすべてを掛ける気でいるのだろう。


そして展開されるのは先ほどと同じ炎の壁。隠されるのはクロスの視界だけではない。ならば、と前に出る。

そのまま炎の壁を越え、炎に纏わりつかれながらも放つは神速の突き。


驚愕の表情を浮かべながらも炎の槍を形成しようとしている男の心臓へと、狙い違わず刃を突き立てた。


「グゥゥッ!」


獣染みた声を上げて苦悶に歪められる表情。

確実に心臓を刺し貫いたため、死は免れないだろう。

しかし、


「……そう来ましたか」


刃は魔術によって発生した鎖で男の体へと縫い付けられていた。拘束魔術によって刃の動きが止められているのだ。


魔力が最大限に込められた【炎槍(ファイアランス)】。その矛先はエルフの少女に向いている。

男の目的は、たとえ命を落としてでも一人でも多くエルフを殺すことだった。


最期までエルフを殺すことに執着した男に感嘆の念すら抱く。

この男はここまでして、自分の命さえ投げ捨ててでも己の感情を貫こうとしているのだ、と。


それは、クロスがエルフ殺しを少しだけ気に入った瞬間だった。


あぁ羨ましい妬ましい。こんなにも“自分”を持っているなんて。素晴らしい、これだから“ヒト”を愛しいと思うのだ。

だからこそ(・・・・・)、思い通りにさせてやるものか。


拘束魔術を解くのは簡単だが数秒は掛かる。

炎槍は既に男の手を離れ、エルフの少女へと。

迷っている暇はない。柄から手を離し、防御魔術を展開しつつ少女の盾になる。

第五層から成る障壁術式は槍の速度と威力を落としながらも、全て砕かれる。

故に残っている()は、クロスの体そのもの。


鋭い音と共に、クロスの腹部を炎槍が貫いていた。


「ぁ……あぁ……いや…いやぁぁぁぁぁっ!」


エルフの少女の叫び声が、森に響き渡る――




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