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七人目の異世界探訪  作者: Thus
第一部:ヴィルガルド
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第六話


「まぁ待て、それが本当に宝珠なのかも解っておらん」


落ち着いたところで先ほどと同じ調子で告げるケイン。


「お主、冒険者登録してくれぬか?」


「冒険者登録、ですか?」


「うむ。登録するとカードが発行されるのじゃ。そこにはギルドが登録する情報の他に、自動的に登録されるスキル、そして神から与えられた称号が表示される。称号は何かを達成した時に神から直接与えられる物でな。神獣を倒すほどであれば神からすでに何らかの称号を得ているはずじゃ」


解析の魔術を用いれば良いのでは、と思うがマナが抜けきっている物体に解析は作用しないらしく、どうやら割れてしまった宝珠にはマナが全くと言っていいほど存在していないらしい。

つまりこの場では称号で判断するしか無い、ということだ。


決定事項のように言うギルドマスターに待ったをかけたのはゼストだった。


「ちょっと待てよ、じーさん。コイツは今まで登録せずにやってきてたんだぜ。こう言っちゃなんだがギルドから受けれる恩恵はデカい。デカすぎると言っても過言じゃねぇ。鑑定料から店の割引まで、な。そんな苦労をしながら今まで貫いてきた信念、それを無駄にする気かよ? だいたいなぁ!こいつは今10Gでさえ持ってねぇんだぞ!」


最後のひと言は余計だが、どうやらクロスの事を慮っているらしい。ただの不審者扱いだったというのにいつの間にそんな高評価を受けていたのだろうか。

そんな信念なんか一つもないクロスは少しだけ心苦しくなった。


「ぐぬ……よかろう!ワシの権限で義務はぜーんぶ免除しちゃるわ!こんなサービス滅多にしないんじゃからね!」


落ち着いたと思っていたがどうやらまだ混乱しているようだ。


ちなみに冒険者の義務とは、自分のランクと同じランクの依頼を最低月に一つは達成すること、そして街やギルドが有事の際には兵役の義務が発生する、ということである。前者はAランク以上の冒険者には免除され、後者はどのランクの冒険者も無視できない。


この場合の有事とは魔物の侵攻、盗賊などの犯罪者が街を襲った時などに限定され、基本的にギルドは中立の為、戦争の参加までは義務付けられてはいない。

簡単な義務であるため、冒険者になることにためらいを持つ者は少ない。

だが義務ではなく、前提条件としてギルドの決定には逆らえないというものがある。そのためただ魔物狩りとして生計を立てている者もいるのだ。


「全て、ということはギルドからの命令も無視しても構わない、ということですか?」


「む……出来る限り応えて欲しい所ではあるが、わしの権限で拒否権を与えておこうと思う。それでどうじゃ?」


人間領にあるギルド支部としても重要なカルディナ支部を任されるギルドマスターだからこそ出来ることである。その点ではクロスが最初に訪れていた街がカルディナであることは幸運だったのだろう。


「……だとさ。じーさんもここまで言ってんだ。正直俺もお前が本当に神獣を倒したのか知りてぇ。……どうかこの提案、受けてもらえねぇか?」


ゼストの言葉に考え込むフリ(・・)をする。


ゼストが言ったように、ランクが上がれば上がるほどギルドから受けられる恩恵は大きい。ギルドカードは身分証にもなり、大きな問題が無ければ魔族領への通行証にも成り得る。

その他宿屋での割引など冒険者ギルドが提携している店での特典などもあるのだ。


考えるまでもなく、この取引は得にしかならない。だが、一つの懸念が残る。ゼストはともかくギルドマスターであるケインがここまでする理由は何だろうか。

実力を知りたい、それはあるだろう。神獣を倒すと言うほどの人間だ。それが真実であればギルドは強力な駒を有する、ということにもなるだろう。

神獣を倒すほどの者がギルドにいる。それは対抗勢力にとっての抑止力にもなり得る。


それを考慮してなお、この世界で生きていくには必要なことだろう。クロスはそう判断した。


「……えぇ、いいですよ。私には得しかないようですし。ですが良いのですか?私が本当は神獣とやらを殺していないこともあり得ますよ?」


「その時はその時じゃ。そうなった時に考える」


実際にそのようなことになったらクロスを拘束し、素材について尋問するくらいはやるだろう。

クロスを拘束できるかは別として。


コレに記入してくれ、と渡された紙に書き込んでいく。


記入欄は少なく、名前、性別、年齢といった基本情報しか書き込まずに、出身地、職業などは空欄で提出した。

空欄はケインがうまく埋めてくれるだろうと思ってのことだった。


「次は血を一滴か、髪を一本貰えるかの?」


科学的に言えば遺伝情報の登録と言ったところだろう。こちら側(・・・・)で言うならば魔力情報の登録だ。

これによってギルドカードの正当な持ち主であると証明し、本人でなければ情報を表示することは出来なくなるらしい。


クロスが髪を一本切り取って渡すと、ケインはそれを奇妙な機材の中心にある水晶に取り込ませた。

タイプライターに似ているが中心の水晶が光り輝いており、紙の代わりに透明な板が差し込まれていた。


「これは魔導具じゃよ。これがなくてはギルドカード情報の変更は出来ん。ギルド秘中の秘じゃ」


興味深そうに見ていたクロスにそう言うと、タイプライターのごとくカタカタと打ち込んでいく。

ギルドマスターが雑事を行っているのはシュールな光景だったのだろう、その光景に受付嬢の姿を重ねたゼストは思わず吹き出した。


「笑うな!……しかし、わし直々に登録作業するのも久々じゃわい。……ほい、出来たぞ」


渡されたトランプ大の透明なカードに魔力を込める。そうすることで情報が浮き出てくるはずだった、のだが。

何故かバチバチと電気を纏いつつ文字がじわりと浮かび上がった。



名 - クロス・レヴィ

性 - 男

年齢 - 21

出身地 - カルディナ

職業 - 冒険者 < ランクF >

称号

『罪禍の胤-嫉妬(インヴィディア)-』

『魔女の恋慕』

『女神の加護』

『世界樹の思慕』

『神獣殺し』

『雷を司る者』



「お前21だったのか……ってそうじゃねぇよ!なんだよ女神とか世界樹とか……神獣殺しって本当にあるしよ……」


つまりこれで証明は出来た、と言うことなのだろう。ゼストもケインも難しい顔をしている。まさか本当に、といった表情だ。


「まさか雷神獣がグレース大森林へと縄張りを変えていたとは……街が襲われる可能性もゼロではなかったのじゃな……」


神獣が縄張りを変えることはそうそう無い。だが縄張りを変える際、その周辺の街は被害を受けることもあるため、神獣の所在は常に確認されている。

今回その情報がまだカルディナに届いていなかったということは本当に最近グレース大森林に移ってきており、まだ以前の縄張りから神獣がいなくなったことさえも確認されていないのだろう。


驚愕しているケインを横目で見つつ、何気なくギルドカードの裏面を見ると、そこはスキル、と書かれておりそれ以外は黒一色に染まっていた。


「これはバグですか?」


顔をしかめているケインに裏面を見せる。すると彼は呆けたようにぽかんとした後にいや、まさか、などとぶつぶつ言い始めた。


「……スキルを非表示に、と念じてみてくれんか?」


言われたとおりにすると裏面を覆っていた黒色がすぐに消え、スキルという文字以外が表示されなくなった。


「バカな……」


「おい、じーさん、どういうことだよ?」


項垂れていたゼストがケインの反応を訝しんで尋ねる。疲れ切った、という表情でギルドマスターは呟いた。


「……スキル欄を黒く埋めているのは全て文字じゃ。スキルを表す、な……」


スキル欄に表示されるのはある意味で才能と言える。

例えば魔術が使える者は『魔術適正』と表示され、更にそこに属性の適正も追加される。『魔術適正-火-』と言った風に。

つまりクロスが今までコピーしてきた膨大な能力たちはこの世界で言うスキルに属するモノだった、ということなのである。


つまりこの状態は、スキルがありすぎてギルドカードでは表示しきれずに重なって浮き出ており、そのため黒一色に染まっていた、ということだ。


だんだんと理解を示し始めたゼスト。


ギルドマスターと赤毛の兵士の二人はもう言葉も無いようだった。


「もうよい、充分に分かった。称号に『神獣殺し』もあるしお主の話を信じよう」


「それは重畳です。……所で、『雷を司る者』とは何でしょうか?」


ため息をつきながら言うケインにクロスは称号を表示していたときから疑問に思っていたことを問う。

未だカードは帯電している。魔力を込めただけでこうなる、ということはこの称号が関係しているのだろう。


「正直に言って、解らん。だから状況から予想するに……恐らく、お主が割った宝珠。そこには雷神獣のチカラそのものが封じられていたのじゃろう。割られたことによって行き場をなくしたそのチカラがお主に流れ込んだ……と言ったところかのう。その仮説が正しければグレンダリアの宝珠も、割れば神獣のチカラを手に入れられることになる。誰もやろうとは思わぬだろうがのう。……災害の力、下手すれば国が亡びるな」


SSランクの冒険者であれば一人で国の軍隊とも互角に戦えるほどであるが、クロスはそれを遥かに超えている、と言いたいのだろう。


「わしの権限でランクもAまで上げてやる。それ以上は他ギルドマスターの承認が幾つか必要じゃから無理じゃ」


本当に疲れた、とソファに背を預けるケイン。


「神獣の素材も、正直値が付けられぬほどじゃ。神獣は古くから懸賞金が掛かっておったでな……その報酬はあるが、どうする?」


神獣殺しを公表するのか、否か。公表してしまえばクロスはこれからこの世界での平穏は得られることはないだろう。その決断を迫っているのだと理解した。

それは同時に、ギルドとしてはクロスを抱え込み切れないだろうと判断してのことだった。


「出来れば公表するのはやめていただきたいですね、ひっそりと暮らしていきたいので。……ですが、牙だけでも売れませんか?」


煩わしいことに巻き込まれるのは本意ではない。ギルドとしても公表すれば世界を混乱させるだけだと考えているのだろう。

その密かな提案に乗りつつも、しかし先立つ物は必要である。


「ギルドからは出せぬな……。わし個人が買い取るということでも構わないかの?」


ぎらり、とケインの目が輝いた気がした。公表しないと決めたのならばギルドから金を出すわけにもいかないのは当然だ。そしてケインも神獣の素材は欲しいのだろう。


職権乱用にも思えるがこれもギルドマスターとしての役得か。

強かですね、と苦笑してクロスは頷いた。


「そうか!売ってくれるか!!わし個人で出せるのは……最大で一千五百万Gじゃ」


街の出店を見ていたところ、1Gおよそ百円だった。つまり単純計算で十五億円ほどになる。


また叫び声をあげたゼストと対照的にクロスは平然としていた。それほどあれば当面お金に困ることはないだろう、と。


「ではその値段でお売りしましょう」


「そうか!!」


いきなり元気になったケインに面喰いつつも頷く。

確かにケインが出せる最大の金額だろうが、国に対すれば更にその数倍でも売れるだろう。だが国に売るつもりは毛頭なかったし、中立のギルドであり、ケインならば悪用することも無いだろうとクロスは判断した。


「そうそう、残った素材の入れ物を買いたいのですが。……この服に合うような」


冒険者が使うマジックポーチは今の服装には合わないだろう。もしかしたらもっといいものが売っているかもしれない。


「ふむ、そうじゃな。では先に五十万G渡しておこう。残りはギルドカードの口座に入れておく。ギルドの正面が魔導具屋じゃ。紹介状も書いておく。十万Gあれば最高級の装飾品型のアイテムボックスが買えるじゃろう」


袋型ではないものはアイテムボックスというらしい。確かに指輪型なのに名称がマジックポーチでは格好がつかない。

そしてギルドは銀行も兼ねているらしく、登録は口座の開設でもあったらしい。


上機嫌に渡された小さな麻袋には五枚の白金貨。


「白金貨……初めて見たぜ……」


一緒に覗きこんでいたゼストが目を虚ろにしながらそう言った。


1G銅貨一枚、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚。そして金貨十枚で白金貨一枚である。

日本円にすれば銀貨一枚一万円、金貨一枚百万円、白金貨一枚で一千万円。


この事から基本的にこの世界では銅貨と銀貨で取引がなされていることが解るだろう。


入金が完了したAランクギルドカードと紹介状、そして残った素材である爪を小脇に抱えたクロスと、ふらふらとした足取りのゼストは退室したのだった。











一人きりになった応接室。ため息をつきながら老人はソファに深く腰掛けた。

厳密に言えば一人きりではないのだが、この短時間で色々なことがあり疲れ切ってしまった。

机に置かれた一本の牙。神獣の一部であるその素材を見てまたため息をつくものの、目は輝いていた。


「ため息ばかり。それでは幸せが逃げてしまいますわよ、おじい様」


ゆらり、と空間が歪み、滲み出るようにして老人の背後に一人の女性が現れた。


「エリシア」


孫娘の名を呼び、振り返る。

ギルドを任せられるギルドマスターは強者だが、さすがに護衛も付けずにこの用な場を設けることはない。


ただの町娘のような恰好をしたこの女性こそが護衛であり、孫娘でもあるSランク冒険者のエリシアなのである。

恐ろしく存在が希薄で、意識しなければそこにいることすら気づけない。

もし彼女が暗殺者ならば自分はすぐに殺されてしまうのだろう。だが、だからこそこの場にいてもらったのだ。


「おじい様があんなに驚くところ初めて見ましたわ。(わたくし)、この街に来て初めて良かったと思えました」


くすくすと笑う声に、うるさいぞ、と眉根を寄せた。


「……で、どう思う?」


「どう思うも何も、あのお方、最初から気付いていらっしゃいましたよ。思わず手を振ったら笑顔を返されてしまいました」


驚きは、ない。神獣を殺せるくらいだ、それくらいはやるだろう。


「ですけど、あの称号。おじい様は触れませんでしたけれど。『罪禍の胤-嫉妬-』……でしたか。アレは此度召喚された三人の勇者の物と似ていますわね」


人間領を騒がす新しい三人の勇者。聞けば魔族領にも三人の魔王となるべき者が召喚されたらしい。魔王の情報は秘匿されており、今得られているのは勇者の情報だけ。


今、この世界は混乱している。様々な思惑が絡み合い、ギルドも無関係ではいられない。どう行動すべきか、ギルドはそれを未だ決めかねている段階なのだ。


「おじい様。私がここを離れることになっても構いませんわね?」


唐突な宣言に否定の言葉が出そうになるのを堪える。一度決めたことは覆そうとしない頑固な性格は知っている。言っても無駄だろう。


一体誰に似たのか、とため息。


「好きにしろ」


その言葉にエリシアは花のような笑みを浮かべ、応接室から気配を消した。



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