第五話
三日後。クロスはやっと森から出ることが出来ていた。
やっとと言っても最短でこの日数だということがどれだけ広い森なのかを知ることが出来るだろう。
世界樹の加護のおかげで木々が道を塞がずに、獣道として出口を示していた。それを辿ることで無事に脱出することが出来たのだった。
森の中では簡単な浄化や火や水の魔術を用いて過ごしていた。食料は実っていた果実や狩った獣の肉である。
アリスに生活魔術を習っていて良かった、と安堵したクロスだった。
ただ、小さな火を出そうとしてキャンプファイヤーほどの炎になったり、飲み水を出そうとして大浴場が満たせるほどの水が出てきたりして困ったのだが。
トラブルはあったが無事に森を抜けられたことにホッとしていた。
森を抜けた先、草原の向こうには砦のように見える建物が見える。
砦は街を囲んでいる街壁と同化しており、その更に先には元の世界で言う、中世の雰囲気をした街並みを感じることが出来た。
テンプレですね、と以前神父から借りて読んだライトノベルを思い出す。
森側の門は人もまばらだ。とりあえず街に寄らなければどうにもならない。
そう思い門に近付くと警戒した四人ほどの鎧をまとった兵士に取り囲まれた。
「止まれ」
言われた通りに足を止め、そんなに怪しいだろうかと自身の格好を客観的に眺めてみる。
派手なスーツに、杖、そして何かの爪と牙らしきものを抱えた男。
――確かに、少し怪しいかもしれませんね。
今度は兵士の構えている武器、そして鎧を見てみるとかすかだが魔術が刻まれているのを知ることが出来た。
――科学技術の代わりに魔導技術が発達した世界、ですか。彼女が喜びそうですね。
そう思いつつも警戒を解くために口を開く。
「あぁ、すみません。四日間あの森で過ごして今さっき抜けてきたばかりなんですよ」
にこやかに話しかけるクロスに若干だが兵士の集団は警戒を緩めたようだった。
「あんた、そんな武器にも見える素材をむき出しで持ってたら警戒してくれって言ってるようなもんだぜ。変な服着ているようだし、冒険者か?」
一際良い装備をしている赤毛の兵士が剣を納めつつ問いかけてくる。
冒険者という職もあるのか、と今後どう行動すれば不信がられないか一瞬で考え、言葉にする。
「登録はしていませんが、冒険者のようなものですね。ただの旅人なのですが、旅費は魔物を倒してその素材で稼いでますので」
なるほど、と頷く兵士にこの言葉で間違っていなかったと確信した。
「確かにギルドに参加すると義務が発生するしな。それを嫌ってギルドにはただ素材を売りに行くだけって奴も今は少なくもねぇ。けど流石にソレをむき出しで持ち歩くのは不用心だぜ。マジックポーチ持ってねぇのか?」
マジックポーチ。文脈から判断すると荷物を入れておける物のようだ。
「いえ、実はお金が無くて買うことが出来ないのですよ」
「そっか、それなら仕方ねぇか。だが規則なんでな、一度その素材見せてもらえるか?」
確かに鋭すぎる爪と牙は武器を持っているようにも見える。
どうぞ、と赤毛の兵士に手渡す。
「まぁ、武器にしちゃ扱い難いわな。っと……何だこの感じ……おい、これ何か特別な素材なのか?」
持っている間爪と牙から不思議な感覚を受けた兵士はクロスへと返しつつもそう言った。
「んー、どうなんでしょう?私はこれを拾っただけなので解りかねます。ギルドに持って行けば少しはお金になるのではと思いまして」
「ふぅん……まぁあの森によく四日もいたな。ギルドに登録してないってことは身分証もないんだろ? じゃ、ギルドまで同行してもいいか?ここ最近勇者だ魔王だってキナ臭くなってきやがってな……監視と思ってくれて構わねぇ」
他の兵士を下がらせつつも真摯な態度でクロスへと視線を合わせる。
「えぇ、もちろん構いません。申し訳ありません、私の様な者の時間を取らせて」
「いや、これも仕事の内さ。それにアンタ、この街の事よく知らねぇだろ?さっきから物珍しげに街を見てたしな。……森に入るならこの街は必ず通るはずなんだけどな」
洞察力は鋭いながらもどうやらこの男、基本的にはお人よしらしい。
「俺はゼスト。この街の兵士たちの隊長やってる。よろしくな」
「私はクロスです。よろしくお願いします」
二人は握手を交わし、街へと足を踏み入れた。
「この街はグレース大森林からたまに出てくる魔物に対抗するために造られた街でな。元々は小さな街だったんだがだんだん人が増えて今じゃ立派な街ってワケだ。まぁ森そのものが魔族領との国境になってるからな。それを警戒してるってのもあるがあの大森林を越えられたことは今まで無い。……同時にこっちからも攻めることは出来ないんだが」
この世界は縦に長いひし形をした大陸が中心となっている。その周辺にも複数の島国が浮かんでいるが、ちょうど中央辺りから人間領と魔族領に分かれている。
人間領としてはそれぞれ四つの国が治めており、魔族との戦争が激しいのは魔族領に一番近い、人間領としては北にあるルガール教国。それを囲うように、東にグレース大森林を魔族領との国境としているハルモニア王国、南に魔導帝国グレンダリア、西にエレスト共和国となっている。
現在クロスがいるのはハルモニア王国のグレース大森林に一番近い街、カルディナである。
「もちろんグレース大森林があるからこの街の冒険者ギルドでの依頼ランクはそれに応じて高くなる。少なくともBランク以上の冒険者が集まるのさ」
説明を聞きながら情報を集めていく。どうやらBランク以上が強者という認識らしい。
爪と牙をそのまま持っているため、住人にぎょっとした顔をされるが隣にゼストがいるのを見ると安心し、会釈をしてくる。
「街の人に慕われているのですね」
「あぁ、一応この街を守る兵士の隊長だからな。辺鄙な所にある街だから実力あってもちょっと素行の悪い奴らが飛ばされてくんだよ。で、森から出てくる魔物も強さはまちまち、一ヶ月に一匹くらいしか出てこねぇからぶっちゃけ暇。で、そうなるとやりたい放題しようとしちまう。そいつらを更生してるうちに、な」
ふん、と鼻を鳴らしながら言うゼスト。
「つまり、街の人気者ってことですね」
クロスの言葉に嫌そうにやめろ、と呟くと立ち止まった。
「ここが冒険者ギルドだ」
指されたのは西部劇に出てきそうな二階建ての大きな建物だった。
看板には盾とその上で交差した剣と槍。これが冒険者ギルドの象徴らしい。
両開きの扉を押して進むゼストに続く。中は想像通り広く、半分は酒場、半分は受付のみとなっておりその仕切りとして中央に依頼が貼られた掲示板が置かれていた。
酒場にいる者たちはちらりと視線を向けてきただけですぐに会話へと戻っていく。
「意外と広いですね。それに冒険者の数も多い」
「まぁ大森林だけじゃなくともこの周辺は良い依頼が多いんだよ。それで冒険者も集まるし、それだけギルドとしても重視してる支部ってことだ」
なるほど、と頷いて五つあるう受付のうち、一番短い列へと並ぶ。
前にいるのは屈強な重戦士といった風貌の男。ポーチから何倍もの大きさの素材を取り出していた。
――あれがマジックポーチですか。空間魔術が施されているようですね……本当に魔導文明の栄えた世界のようだ。
ちらりと別の列を眺めてみると皆同じようなポーチやバッグを持っていた。冒険者としては必需品、ということなのだろう。
「お次の方どうぞー」
受付嬢の声に導かれて前に進む。素材をむき出して持っていることに少し驚いた様子だったがよくあることなのかすぐに笑顔に戻った。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「この素材の鑑定と、可能ならば売却をお願いしたいのですが」
「かしこまりました。ギルドカードはお持ちでしょうか?」
「いえ、持っていません」
「でしたら鑑定に10Gと、正規の売却値から一割引かせていただきますがよろしいでしょうか?」
少しの間考え込む。
つまりこれらは冒険者登録していれば免除される、ということなのだろう。
別に冒険者登録しても構わないのだが、今は隣にゼストがいる。
今まで登録せずに旅をしてきていてここでいきなり冒険者登録するというのも不審に思われるかもしれない。
だが、そもそも鑑定に必要な10Gを払う金も無い。
「素材を売却したお金から鑑定料を支払うことは出来ますか?」
「はい、可能です。もし買取価格が10Gに満たなかった場合ギルドから労働が科せられますのでご了承ください。では、こちらに素材をお願いします」
そう言って受付嬢が置いた底は浅いが大きな籠に牙と爪を一つずつ乗せた。籠も大きいがそれを上回る長さである。
「では、鑑定いたします。汝、我が前に真実の姿を現せ……【解析】」
詠唱を聞く限りただの鑑定の魔術ではないらしい。クロスが異世界で初めて聞いた魔術は元の世界のものとそこまで系統が違うわけでもなさそうだった。
「……え?……雷、神獣……?」
目をこすり何度も素材を確認する受付嬢。
「……どうかしましたか?」
目をこすることに何か魔術的な意味はあるのだろうか、と思いつつの問いかけに受付嬢は答えず
「しょ、少々お待ちください!」
そう言って奥に引っ込んでいってしまった。
「……どうしたんでしょうか?」
「……さぁな」
二人は困惑の表情で顔を見合わせるのだった。
慌てた様子で戻ってきた受付嬢に案内されたのはギルドのさらに奥。応接室とでもいうべき場所だった。
左隣には同行者のゼスト、テーブルを挟んだ正面のソファにはギルドマスターであり、ケインと名乗った老人が座っている。
「さて、早速じゃが聞かせてもらう。お主、この素材はどこで手に入れた?」
テーブルの上には先ほど鑑定に出した牙と爪。
「どこで、といわれましても。森の中で、ですね」
とぼけたようなクロスの声にこめかみを震わせるケイン。彼を諌めたのはゼストだった。
「おいじーさん。何ピリピリしてんだよ。こいつが森から出てきたのは俺がこの目で確認してる。それよりあんたが出てくるほど大層なモンなのかよ、コレ」
どうやら二人は知り合いのようだった。ゼストの言葉には遠慮の欠片もない。
どうやら怒りは静まったらしくため息をつきつつもケインは説明しようと口を開く。
「鑑定……いや、解析の結果じゃが、その結果がマズいのじゃよ。雷神獣。この言葉を聞いたことは?」
「雷神獣って言ったら災害の一つじゃねぇかよ。そんなの子供だって知ってるぜ。それがどうし……いや、まさかだろ?」
「そのまさかじゃ。解析の結果、雷神獣の鋭牙、雷神獣の爪刃と出ておる」
絶句するゼストと何の事だか解らずに曖昧な笑みを浮かべるクロス。
この世界で神獣はどうしようもない災害であり、神と同一視される。かつて神獣を捕え、手駒にしようとした国は一夜で滅んだという言い伝えすらもある。
「ってことは何だ。コレは国宝級のモンってことか?」
「バカモン、それ以上じゃ」
沈黙。この場の誰もが声を発しようとはしない。
その沈黙を破ったのまた問題を持ち込んだ張本人だった。
「そんなに凄いものなのですか?」
腰が微妙に引けているゼストにクロスは問う。
「凄いってモンじゃねぇよ。神獣ってのは今まで一匹しか討伐されたことがねぇんだ。それこそお伽噺になるくらい昔でまだ神獣が生まれて間もない頃だったってハナシだ。その神獣から得た宝珠はグレンダリアの国宝で、国の象徴とまで言われてる。だけどそっから神獣に手を出そうなんて間抜けは一人もいねぇ。その恐怖が災害として刻まれてるからさ。……その神獣の一部となりゃあどれだけの値が付くか……クロス、お前本当に拾ったのかよ?」
宝珠、と聞いて眉を動かすクロス。心なしか汗が額に浮いている。
「えぇ、まぁ。森の拓けた場所で殺されそうになりましたので返り討ちにしまして。そうしたら大樹さんが死体の処理をしてくださいましたので、残っていた物を拾いました」
淡々と事実だけを述べると老人と赤毛の兵士は口をあんぐりと開けて固まった。
「……は?」
「……え、拓けた場所?大樹?それってもしかして世界樹じゃね?」
理解不能を示す男たちの悲鳴が辺りに響き渡った。
だが、防音の魔術がしっかりと漏れ出ないように防いでくれていた。
「まぁ待て。まだ本当に討伐したのか確認していない」
クロスの説明で納得できないのか、ひとしきり叫んで落ち着いたのかケインがソファに深く腰掛けて言った。
「もし本当に討伐したならもっとちゃんとした証があるはずじゃ。グレンダリアの宝珠のようにな」
きた、とクロスは身構える。
いや、どうせなら誠実にあるがままを話してしまうことにしよう。そう思って姿勢を正す。
「確かに宝珠は持っています。しかし……」
懐に手をやりながら応える。そう、確かに宝珠は持っている。
だが、
「実は森の中にいるときに落として割ってしまいまして」
差し出した手の上にあるのは真っ二つに割れて既に輝きなどどこにもない、ただの水晶のようにも見えるモノ。
これこそが森の中であった一番のトラブルだ。
はは、と笑うクロスと思考停止するその他二人。
二度目の男たちの悲鳴が上がった。