第三話
カーテンを閉め切った真っ暗な部屋。ディスプレイの光だけが部屋を照らしていた。
その光を一番に受けている金髪の男の姿はまるで幽鬼のようだ。
「ふ、ふふ……まさかサラシの下にこんなハレンチな双丘を隠してるとは……!!」
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる男はヘッドホンをしており、そこからわずかに漏れるBGMと音声、そしてマウスをテンポよくクリックする音が部屋を支配している。
画面の中では肌色が踊っていた。
「ククッ……長かった……まさかあの選択肢で『巨乳好き』を選ばなければフラグが立たないとはやってくれる……!しかしそれすらも乗り越えてやっと!やっと結ばれるッ!いやしかしサラシで抑えると言っても限界が……ハッ!まさかそのサラシには何らかの魔術式が刻まれているのではッ!これは上に検討すべき案件として……いや、今はこの至福の時を堪能しようではないかッ!」
男の興奮は最高潮に達し、心臓が高鳴っている。
だがヘッドホンをしているため、うるさいほどの足音がその部屋へと近づいていることに気付けない。
「よし、よしッ、よしッッ!」
声に合わせて二回指を鳴らし、最後に右の拳を左の掌に叩きつける。
快音。
マウスへと手を伸ばし、もう一クリック、の瞬間、
「おいコラクソ神父!クロスがいきなり消えたんだけど!」
「ノォォォォォォォォォーーッ!!」
盛大な音を立てドアは開かれ、一際心臓が撥ねた。同時にヘッドホンのプラグが抜け、大音量で流れ出す嬌声。
倒れ伏す神父服を着た男と、冷めた目でそれを見る紅いドレスを着た少女。
何ともいえない空気が流れていた。
「教会の中で吸血鬼モノのエロゲやってんじゃないわよ。恥を知りなさい恥を。しかもまた魔術まで使って部屋を暗くしてたし、何ソレこだわりなの?」
正座した神父に仁王立ちで説教する紅い少女。その少女は長い髪、瞳、ドレス、そのすべてが紅で構成されていた。ただ肌だけが白雪のようだ。
対して神父は肩まである金髪に丸眼鏡。一見優男にしか見えない。
「いや、魔女が教会にいるよりはマシじゃありません?」
うっさいわね、とばっさり切り捨てて神父へと汚物を見るような視線を向ける。正直視界に入れたくもないがそうも言っていられない。
「まぁいいわ。アンタが吸血鬼モノやろうが女装モノやろうがSMモノやろうが凌辱モノやろうが純愛モノやろうが寝取られモノやろうがあたしはどうだっていいの。明日の天気よりどうでもいいわ。そうじゃなくて、クロスよ。クロスに結んでいた【赤い糸】が何故か切れちゃったのよ」
「赤い糸、ですか?」
「そ、あたしのオリジナル。結んだ相手の居場所と状態を知る魔術。ステキでしょ?」
その言葉に神父はうわぁ、と可哀想なものを見る目で少女を見た。
「ははぁ、それで赤い糸、と。なるほど、少女趣味かつ悪趣味だ。クロスのこと悪趣味だとか言えませんよソレ」
「うっさい。三十分あたしと過ごしたいって頼まれたときの対価だったのよ。ま、まぁあたしならクロスとずっと過ごしても良いんだけど……じゃなくて!絶対に切れるはずのない糸が切れちゃったって言ってるのよ!」
魔女が魔術についてミスをするはずはない。起こり得るミスをすべて検証してから完成させたものが魔女の魔術である。
その彼女が言うならば絶対に切れるはずのない糸は確かに切れることはなく、どこまでも二人を繋ぐ理想の糸だったのだろう。それこそ地球の裏側までも。
「切れた先追ってもぐちゃぐちゃですぐには解らないし……うぅ……今日は一ヶ月ぶりにクロスに会える日だったのになぁ……なんでこうなっちゃうんだろ……」
その切れるはずの無い糸が切れた。これは、つまり
――まさしく縁を切られたってワケだ!
と思ったが更に面倒くさくなると困るので心の内に留めておく神父であった。
涙目になっている少女を見て、やれやれと正座を崩し立ち上がろうとする。が、足の痺れで立ち上がることは出来ず、逆に崩れ落ちることになった。
何やってんの、と絶対零度の視線。芋虫のような体勢だが、見上げる形で少女に視線を合わせる。出来るだけ真剣な顔をすることも忘れない。
「貴女は一体何者か、言ってみなさい」
初めて神父らしい口調で、諭すような声。
その声に少女は凛として応える。
我が誇りであり、罪であり、そして憎悪さえ持っているその名を。
「『魔女の鉄槌』、アリス・ウェストコットよ」
「そう、魔術の最高峰にして最先端。その称号である魔女の鉄槌を持つ貴女がやるべきことは何ですか?ここで嘆いていること?違う。貴女でなければ出来ないことがあるでしょう?」
流石は腐っても神父ということか、人を諭し、導くのには長けているらしい。地面を這っている姿を除けば。
「そう、よね。そう。あたしがやらなきゃいけないのは一刻も早くクロスの行方を知ること。こんな変態神父に泣き言聞かせてる場合じゃなかったわ。……魔術残滓での探査はもう試してみたし、何より糸が切れてしまっているのだから無意味ね。そう、あくまで切れてしまっただけなのよ。ほどけてしまったわけじゃない。と言うことはクロスの方に結び目は残っているはず……ならそこから……」
スイッチが入った、そう判断した神父は満足そうに頷く。
「さぁ!行きなさい!魔女!貴女がクロスを救うのです!」
と言っている間にも少女の姿は消えていた。
やれやれ、と仰向けに転がる。足の痺れはまだ収まらないがそんなことは些細な問題だ。
「魔女が術を仕損じるはずもなく、クロスも急に失踪するような人間では……あぁ、クロスはそういう奴だった」
空間距離さえ関係なくお互いを繋ぐ赤い糸。
それはアリスとクロスを繋ぐ絆と言っていいものだったのだろう。
さすが魔女の愛は重いな、と苦笑する。
心配はしていない。クロスならたとえどんな状況でも死ぬことはないだろうし、魔女ならば何日かかっても彼の行方を調べるだろう。
ならば友人として自分のやることは簡単だ。
それは、
「この作品の素晴らしさをクロスに伝える為すみずみまでコンプルィーットすること……!」
そうして神父はディスプレイと向き合うのであった。
第三話なのに閑話。
ちなみに二人はクロスの能力を知っています。
アリスとクロスって似てますよね、名前が。