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七人目の異世界探訪  作者: Thus
第二部:ハルモニア王国
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三人目の勇者:犬吠埼惣右介


神妙不可思議な術で領土を拡大し続けるブリタニア、魔法かと見紛うほどの科学技術で世界を蹂躙するラスィーイスカヤ。その二つの大国は競い合うように、いがみ合う様に争い続け、遂に双方が支配していない土地は、極東の小さな島国のみであった。

双方とも取るに足らぬとしていた極々小さな島国。歴史上、正式に国交が開かれた記録も無く、住んでいるのは原始人くらいだろう――そう判断した双国はどちらも、このちっぽけな国のことなど障害とさえ考えておらず、如何にしてその後に待つであろう大国同士の全面戦争に備えるかを案じていた。


西からはラスィーイスカヤ、東からはブリタニア。ほぼ同時に仕掛けられた、ただの消化試合と思われていた戦争はしかし、ちっぽけな島国に五十年もの停滞を強いられていた。


ブリタニアは忘れていた。元々は我らの国も小さく、外敵に怯える鼠の皮を被っていたがその実、虎視眈々と世界統一の機会を狙う獅子だったではないか、と。

ラスィーイスカヤは過信していた。我らが兵器は全てを圧倒する。対抗する勢力、超常の力を操るブリタニアさえもいずれ屈服させてみせる。その為の前座だ、と。


双方の期待は裏切られ、過剰とも思える戦力は"人"の前に敗れた。


その島国の名は、神倭国(しんのわのくに)。地を駆け天を翔け、一振りの刀以て幾千もの朝敵を圧倒せしめる侍たちの国である。


神倭国大元帥、犬吠埼(いぬぼうさき)惣右介(そうすけ)の居場所は常に戦場だった。帝から賜った神刀……銘を天叢雲剣と云う……それを持つということは神倭国最強を示すと同時に、ラスィーイスカヤ、ブリタニアとの戦いの歴史をその身に刻んでいた。帝の為に、御国の為になどと掲げて戦い抜いてきたワケではない。ただ、己こそが最強だと天下に知らしめたい。それだけを想い、生まれてから七十年間を過ごしてきた。

故に、現在までの大国との争い五十年、全てをその肌で感じてきた。五十年。長い戦いであるが、まだまだ終わりを見せることは無い。

状況は未だ変化しないというのに、歳だけは無駄に取っていく。だが、刃の冴えは衰えず、鋭さを増していた。

若くして荒々しい動の極みに至り、歳月を経て水面の様な静の極地へ。年を取ることも悪くは無いと思ったこともあったが、戦場が若手に委ねられつつある現状においては、老い、という自然の摂理に対して腹立たしく思うのだ。老いさえなければ今もまだ、己は戦場にいられた。

そもそも侍に必要なのは、刀と、その身一つのみ。それさえあれば魔術と呼ばれる現象をも切断し、高速で空を飛ぶ戦闘機などという蠅さえも細切れにしてみせる。


地上であろうが天空であろうが侍にとって関係なく、須らく足場とし、刀とは、伸縮自在千変万化。

少数ながらも他国を圧倒する所以は、そこにある。侍一人一人が、一騎当千ならぬ、一騎当万に値するのだ。


「よぉ、聞こえるかよ。ひよっこ共」


天叢雲剣には、全ての刀の持ち主に対し、語り掛ける能力がある。

簡単に言ってしまえば通信機。帝が侍に勅命を発する為の機能であるとも言われている。

帝より直に天叢雲剣を賜った大元帥、軍部の頂点たる男の声に戦場に立つ全ての侍が耳を傾ける。

そりゃああんたからしたら皆ひよっこだわな、という皮肉の声が幾つか返ってくるが、無視する。


「お前らの前には、きっと目障りな物がぶんぶん飛び回ったり、海を泳いでいたりするんだろうなぁ」


最近、ラスィーイスカヤとブリタニアはある一定条件下で手を組んだ、との情報は入ってきていた。つまり、共通の敵である、神倭国を倒すまでの事実上の休戦。

遅すぎるとも思わなくもないが、これでめでたく世界の敵と認定されたのである。


「羨ましい」


言葉に濃縮された戦意と歴史に、若い侍たちは息を呑み、未だ戦場に立っている、少しでも大元帥を知っている歴戦の将たちは苦笑する。


心は燻り続ける薪のようだ。老いだけではない。大元帥という立場すらも足枷となる。昔ならば、そんなもの歯牙にもかけず戦場を暴れまわっていただろう。敵兵に恐怖を与え続けただろう。

だが、それも今は出来ないのだ。強敵が現れない、というのもある。過去に思いを馳せると、それは最高の敵たちとの邂逅だ。

幾人もの侍を空中戦で屠って見せた凄腕の戦闘機乗り。侍に匹敵するほどの戦力を見せた自動人形。多彩な術で戦場を翻弄させた小さな妖精。海水を操り一つの島を水没させた魔術師。

悉く、強者であった。


それが今や技術やら強化やら、外面ばかり気にして中身が伴っていない。言うなれば、玩具を与えてもらった子供が好き勝手しているだけ。正しく児戯である。

強者とはそうではない。強者とは、他者とは一線を画す"個"を持った存在である。大量生産の武器を手にしていたとしても、使い古された術であってもなお、己に引けを取らない者たちであるはずだ。尊敬させてくれる存在であるはずだ。そうでなくてはならない。


「己からお前らに言うことは一つだ。老骨の喧しい説教だが、短いから寝ずに聞けや。――生き残っても、死んでも、悔いは残すな」


有難く受け取れ、そう締めると一方的に通信を遮断する。にも関わらず、そこら中から了解の意が伝わってくる。鼻で笑うが、己が小さな笑みを浮かべている事に気付いていた。

足枷であっても、どこかその立場を誇る己がいることも確かだ。


「羨ましい」


もう一度呟き、寝転がる。畳のイグサの匂いが芳しい。

どこか己好みの戦場が、転がっていないのか。

そう、思わずにはいられない。


――なら、行ってみるか? 別の世界に。


どこかから、そんな声が聞こえた。




彼こそが、ハルモニア王国に召喚され、ヴィルガルド史上"三人目の勇者"になるのは、クロスがヴィルガルドを訪れる一ヶ月前のこととなる。



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