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#17・終戦、そして……

~カレワラ




 ハイランド帝国とソプニカ諸侯連合との和平が成立した。マリオンの強気の交渉により、ハイランド軍の撤退に加え、ブリュスの返還に多額の賠償金を得ることになった。特に賠償金はカレワラの年間予算に匹敵する額であり、そのほとんどは戦場となったブリュスとエピードの復興と防御強化に使われるとのことだ。和平という形を取ったが、実質勝ち戦である。

 これにより、ブリュス勢はカレワラからブリュスに戻ることになった。カレワラの中央広場にはブリュス勢三百五十が集結しており、見送りが行われている。元は五百人ほどいたブリュス勢だが、そのうち百五十人は故郷の地を再び踏むことはなかった。

 これで、深雪の仕事も終わりになる。いつ戻るかわからないので、ジャージを着て、その上からコートを羽織っている。

「これでしばしの別れとなりますね。お世話になりました」

 名残惜しそうなラナ。ブリュスとカレワラは隣とはいえ、ブリュスの復興という新たな戦いが彼女を待っている。そうなれば気軽に離れる訳にはいかないのだろう。

 名残惜しそうなのはラナだけでなく、兵卒もだ。数ヶ月同じところに留まれば、世話になった人は一人や二人できるだろうから。

「ううん、ラナ達が頑張ってくれたから、こんなに早く戦争が終わったんだよ。お世話になったのはこっちのほう」

 ミカが微笑んで、ラナの手を握る。

「あ、ラナ姉だけずるい! 僕も僕も!!」

「ふふ、慌てなくても握ってあげるから。順番はちゃんと待ってね」

 キーラも名残惜しそうだ。何せ、彼女はミカを可愛がっていたし、深雪とも仲がよかった。暇なときはよくじゃれあっていたものだ。

「これからは、ひょっとしたら戦よりも大変なことが待ってるかもしれないね」

「そうだよー。大変だな、って思ってるなら、サビーネさんをちょうだい」

 突然の指名に驚くサビーネ。確かに彼女の実務処理能力は深雪から見てもずば抜けている。それに、彼女は誰よりも早く登庁し、誰よりも遅く帰っている。泊まりがけで仕事をしていることも少なくない。これから内政を重視しなければならないとなれば、そんな彼女が欲しくなるのも無理はないだろう。

「ダーメ。サビーネはカレワラになくてはならない人だからね」

 ミカが意地悪そうに舌を出した。方やサビーネといえば、ミカの言葉に感動したのか、なんともいえない表情をしている。人のことは言えないが、感動しやすい性格なのだろうか。

「確かにサビーネはやれんな。サビーネがいたら、ますますキーラが仕事しなくなるだろうし」

「うー、ひどい言い草だ……」

「……否定できないでしょう、キーラ?」

 ラナとフィリップの二人がかりの突っ込みに、キーラは苦笑した。どうやら図星らしい。

「キー坊が二人分ぐらいの仕事したら十分じゃない?」

「いえ、二人じゃ足りませんね」

「もう、ラナ姉!!」

 キーラが唇を尖らせる。そのとき、昼の鐘が鳴った。

「ラナ殿、そろそろ……」

「ええ、そうですね。……それでは、ミカ殿、フィリップ殿。お世話になりました。……敬礼ッ!」

 ラナが背筋を伸ばし、敬礼をする。それにつられて、キーラとアドルフ以下のブリュス勢も敬礼をした。

「こちらこそ。幸運を祈るよ、ラナ」

 ミカも敬礼を返す。フィリップとサビーネがそれに続いた。深雪も敬礼する。これでラナ達とお別れとは、なんだか寂しい。

 そう。おそらくは、今生の別れ。

「ミユキさん、ありがとうございました。これから演説する機会があれば、真似させていただきますね」

 帰り支度を始めたブリュス勢を後目に、ラナが深雪の手を握る。

「あはは、使用料取るよ?」

「……ミカ殿に渡せばいいですか?」

「冗談、冗談。好きに使ってください! あ、なんなら女神様化粧セットも……」

「それはご遠慮させていただきます」

 ラナがくすくすと笑った。ラナの「女神様」も見てみたい気がする。彼女なら映えそうだが。

「……ミユキさん。またお会いできたら……いえ。やめましょう。もうミユキさんの手を煩わせないでいいよう、頑張りますね」

「うんうん。大丈夫、僕達がいれば、もうミユキの出番はないよ!」

 キーラが笑う。その声は自信満々、といった雰囲気だ。

 これから彼女達を待っているのは、ひょっとしたら戦よりも大変な戦いかもしれない、復興と再建。手を貸せるものなら、貸してあげたい。

 だが、それは叶わぬことだ。この世界に残るのは、ハイランドとの戦いが終わるまでだから。今更それを変えることはできない。それは、自分にもミカにもよくないことだろう。

「それじゃ、またね!! 落ち着いたら遊びに来るから!!」

 キーラが手を振って、馬にまたがった。




「……行っちゃったね」

 深雪達は城壁の上で最後の見送りをしていた。

 ブリュス勢は雪化粧したラガド街道の奥へ消えていった。つい先日まで戦場であり、敵味方問わずに多くの血を吸った細い道。これからは血を吸うことはないだろう。少なくとも、和平が続く限りは。

「彼らがいなくなったら、ずいぶんと寂しくなりますね」

「あぁ、静かになるな」

 キーラをはじめとするブリュス勢は陽気な者が多く、カレワラはしばらく賑やかなものとなっていた。

 そして、戦がもたらす慌ただしさ。それも終わった。城内を駆け回っていた文官も、今ではゆっくりした歩調に戻っている。

 祭りの後に似た、どことなく寂しい静けさ。この例えは深雪が部外者だからこそ言えるのかもしれない。

「ミユキ殿はどうする?」

「……はい。一応、戻ることになってます」

「……そうか。本当に世話になったな。貴女がいなければ、この戦争はもっと悲惨なものとなっていただろう」

 フィリップが労うかのように深雪の肩を握る。その感情は言葉だけではなく、表情にも含まれていた。思わず照れてしまう。

「ミユキさんはいつまでこちらに?」

「うーん、そこははっきりしてないんですよ。急にいなくなっちゃうかも……」

「……そうですか。では、言えるうちにお礼を」

 サビーネが深々と頭を下げた。やはり、年上の彼女から頭を下げられるのは気まずいものだ。他人からかしこまって感謝の意を表されるのは慣れていない。

「あ、だからいいですって! こういうの苦手なんですよ!!」

「……ふふ、そういうところが深雪らしいね」

 ミカがくすくすと笑った。それで、サビーネも頭を上げる。

「それに、お礼を言うのはあたしの方です。こんな素人で若造の意見を聞いてくれて。なんだかその、凄く嬉しかったんです。自分の意見を聞いてくれて、なおかつそれを使ってくれたってことが」

 自分の力を認めてくれたような気がして。そこまで言うのはなんだか自意識過剰に思えて恥ずかしかった。

「いや。……今だから言うが、貴女が武芸に長けただけの人だったのなら、俺は貴女に頼ることはなかった。どれだけ武芸に長けていようと、一つの武が戦局を変えられるとは思わない。それに、個々の能力に頼るだけでは、その人がいなくなったら元に戻ってしまう。組織全体の力を劇的に伸ばすには、何かを変えなくてはならんからな」

 フィリップが言ったのは、セシリアに先日言われたことだ。セシリアだけでなく、現場の人間からそう言われるのは嬉しかった。フィリップがこんな意識を持っているのなら、自分の出る幕はもうないだろう。

「何、心配はいらんさ。ミカもこの数ヶ月で立派になった。もう一度貴女の力を必要とする時が来るのは、我々が無能と証明するようなものだからな」

「……うん。そうだよ。深雪はいろんなものを残してくれたんだから」

 そこまで言って、ミカがフィリップとサビーネに目配せをする。

「では、俺達はここらで」

「あとは若い方々で……」

 ミカが何をしたいか察したのか、二人はくすくすと笑って、城の方へと戻っていった。城壁の上にいるのは深雪とミカの二人だけ。

「……えっと、どうかした?」

 そして、ミカがどんなことをしたいかなんて、いくら残念な自分とはいえ察することができる。

「……えっと」

 ほら見てみろ。ミカは顔を真っ赤にしてるじゃないか。

 でも、察することができてもドキドキする。あぁもう、本当に慣れないんだから。

「深雪に、これ、渡したくて……」

 ミカが懐から小さな箱を取り出す。少し予想外。受け取ってみると、箱は軽い。

「……開けていい?」

 ミカは頷きで返答した。そっと箱を開ける。

 中には小さな銀色の指輪が入っていた。

「深雪は僕達のことを忘れちゃうのかもしれない。……だけど、深雪がここにいた証をなんとかして残したい、って思って……。大きさわからなかったから、入らないかもしれないけど……」

 確かに指輪は小さく、小指ならなんとか入るかも、といった感じだ。

 セシリアがこれを残してくれるかはわからないし、戻った後の自分がこれを持ち続けているかもわからない。

 だけど、これはミカと一緒にいた証になる。その可能性があるだけで十分だ。

「……ありがとう。ずっと持ち歩くね」

 そっと指輪を握る。なんだかとても嬉しくて、それでいて寂しかった。うまく言葉が出てこない。

 沈黙が場を覆う。それは、曇ってきた空と併せて、とても重苦しいものだった。卒業の時に感じた学友との別れとは違う。そのときは「まぁまたいつか会えるだろう」との思いがあった。だが、今回はそれがない。再び会いたくもあり、会わずに済んで欲しいとの思いもあり。

『お話、終わったかしら?』

 セシリアが現れる。いつもとは違い、ちょっと申し訳なさそうな声のトーンだ。

「二人ともごめんね。私の勝手に付き合わせちゃって」

 珍しくなんだか殊勝である。さすがに悪いと思っているのだろうか。

「だけどね、ミカ……」

「……わかってる。深雪の大事な人は向こうの世界にもいるし、元々深雪は向こうの世界の人なんだから」

 ミカは気丈に振る舞っているものの、その瞳は潤んでいる。無理もない話だ。自分だって泣きそうなんだから。

「よろしい。ミカが立派な領主になることが、みゆみゆへの最高の恩返しなんだからね」

「……ちょっと、あたしが言いたかったこと、言わないでよ」

 苦笑混じりにセシリアをはたく。

 そうだ。どうせ別れるのなら、笑って別れよう。

「それじゃあ、そろそろ送るけど……いい?」

「……忘れないよ」

 ミカの瞳から涙がこぼれた。思わずもらい泣きしそうになるが、そこはこらえる。

「深雪のこと、僕はずっと、ずっと忘れないッ!! 深雪のこと、大好きだからッ!!」

 前言撤回。こんなの絶対無理だ。泣いちゃうってば。

 だけど、ちゃんと笑顔で別れよう。泣きながら笑顔を作る。

「あたしも、ミカ君のこと……」

 この数ヶ月のことが走馬燈のように頭をよぎる。


 目覚めたときの驚き。

 女神様になった気恥ずかしさ。

 真面目なラナと、いい加減なキーラ。

 自分の力を認めてくれたフィリップ。

 ミカに教えたたくさんのこと。

 そして、彼の決意。


 これらを忘れてしまうというのか。悲しい。だけど、仕方ない。

 いや――

「忘れても、忘れないから!」

 ミカからはちゃんと証をもらったじゃないか。コートを脱いで、ミカに渡す。

 そして、精一杯の笑顔で手を振った。




~日本・Y県S市




 随分と長い時間寝ていた気がして跳ね起きた。枕元の目覚まし時計を見てみれば、午前九時。

 なんだ、たいしたことないじゃないか。それに今日はバイトも大学も休みだ。跳ね起きて損した。

 テーブルの上には昨日の晩酌のゴミがそのままだ。気が付いたときに片付けないと、また面倒臭くなる。

 缶ビールの空き缶を手に取ったとき、見慣れない、小さな指輪が目に入った。

 こんなの買った覚えはない。つけてみようとしても、小指で精一杯だ。

 買った覚えのない、小さな指輪。なんだか気味が悪い。

 だけど、それを握っていると、不思議と暖かい気持ちになった。大切なもののような気がしてくる。

 深雪は指輪をそっと化粧セットと一緒に置いた。

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