#1・最後の晩酌
~日本・Y県S市
秋も終わりを迎えつつある、十一月半ば。
その女性は風呂から上がり、部屋着として使っている高校指定だった紺色のジャージを着た。身長はそこそこ、スタイルもまぁまぁ、髪は暗めの茶色をしたロングヘアで、顔の造りも中の上程度と、外見的な特徴は少ない。
S市の大学に通っている大学二年生、白雪深雪である。出身は隣のF県であるが、現在はここS市で一人暮らしをしている。
今日は金曜日。時刻はそろそろ十時。ガソリンスタンドのアルバイトも明日は休み。深雪は上機嫌で冷蔵庫から缶ビールを取り出して、コタツに潜る。テレビに繋いでいるDVD再生機能付きのゲーム機にレンタル店から借りてきた映画のDVDをセットし、再生開始。彼女の習慣である、映画占いだ。週末に全く知らない映画を借りて、それが面白ければ来週はいい一週間。そんなささやかな娯楽である。
予告編の間に缶ビールのプルを開けて、風呂上がりの喉にそそぎ込む。それはアルバイトで疲れた体に効果てきめんで。
「……ぷはーっ!! この瞬間のために一週間生きてるわぁ……」
なんて、おっさん臭いことを呟いてしまう。まぁ、自分が年頃の女性らしくないことは自覚しているのだが。
何せ、本棚に並ぶ雑誌は歴史モノ。それも戦史や戦術を取り扱った、中身の濃い雑誌である。隔月発行のため、近所の本屋で定期購読を申し込んでいるが、毎回店員から変な顔をされる。
それだけならまだしも、本棚に並ぶ文庫本はどれも歴史か軍事関係のものばかり。
そう。深雪は歴史オタクにして軍事オタクであった。その趣味のせいか、滅多なことでは女性扱いされない。大学進学当時は隠そうとしていたが、些細なことでボロが出てしまうので、今では隠す気はない。女性扱いされなかったのは腕白だった子供の頃からだし、もう慣れている。悟りを得たと言えば聞こえはいいが、諦めといったほうが的確だ。
映画の内容といえば、ゾンビから逃げるだけのB級、いや、Z級と言ったほうが的確な、ぶっちゃけた話、突っ込みどころ満載のクソ映画であった。酒のテンションのおかげで見れているようなものだ。素面では到底見られそうにない。これだと来週はあまりいいことがなさそうな気がする。
ふと、携帯電話の着信音がした。ハイレベルな演奏技術に加え、怪談調のおどろおどろしい歌詞。そしてそれを歌うのは綺麗な声をした女性ボーカルというギャップが売りのメタルバンドの曲である。非常にマニアックなバンドであり、かなり苦労して探し出した着信音だ。
携帯電話の画面をタッチして、相手を確認する。
『ちーちゃん 080‐○○○○‐××××』
深雪は一気に笑みを浮かべた。小学生の頃からの付き合いであり、今でも一番の親友と言い切れる、千代田千歳。高校まで一緒だったが、現在はF県内にある、レベルの高い大学に通っている。秀才のうえにおしとやかで頑張り屋さん。それに加えて容姿も整っており、非常に女性らしい人だ。昔から女性扱いされなかった深雪からすれば、千歳は同級生でありながら、憧れの女性だったのである。
千歳と話すのは久しぶりだ。ウキウキしながら電話に出る。
「もっしー!」
『あはは、元気そうだね、みゆ。久しぶり。今は大丈夫?』
「うん、大丈夫だよ。映画観てるけど、つまんなすぎて泣きそうだよ!」
『映画っていつものやつ?』
「そうそう。映画占い」
『じゃあ来週はいいことないかもね』
受話器越しに千歳がくすくすと笑ったのがわかった。大学入試の受験勉強の合間に息抜きとして始めた映画占い。高校在学中は千歳にも何回か話していた。
「そうだよー。あ、でも、ちーちゃんと話せたから、来週はいい一週間になるかも!」
『はいはい。じゃ、たくさんお喋りするために、用件は早めに伝えとくね』
「はーい、お願い」
『みゆはお正月に帰ってくるの?』
「うん、帰るよ。なんたって、ちーちゃんに会いたいからね!」
『あはは、私も会いたいよ。よかった、帰ってくるんだ』
帰省したときはいつも千歳と遊んでいる。小中高と同じ学校のうえ、中高では部活も一緒だった関係上、共通の友人ばかりであり、必然的に一緒にいる時間が増えてしまうのだ。
「うん。二十九日までバイトあるから、三十日の朝方から帰るつもり。成人式までそっちにいたいなぁ」
『どうやって帰るの? やっぱりバイク?』
深雪は普通車免許よりも先に自動二輪免許を取得しており、現在の足は先輩より譲り受けた二百五十cc単気筒。スペックの低い下駄バイクなので、高速道路を走るのは恐ろしいが、下道をトコトコと走るだけでも非常に楽しい。夏休みの帰省はバイクであり、千歳を後ろに乗せて小旅行を楽しんだものだ。
「うーん、一応バイクって考えてるけどね。寒くなかったらいいけど。それで、正月って何があるの?」
『うん。三日に辛木中の剣道部の同窓会やるの。あと、五日に辛木小六の二の同窓会も』
「へぇー! 同窓会!!」
『剣道部のほうは何人か連絡取れなかったけど、六の二のほうは六割ぐらい返事来てるって。来島先生も来てくれるし、さっちゃんとかエド君とかも来れるみたい』
「あれ、エド君ってイギリスに留学してなかったっけ?」
『わざわざ帰国してくれるんだって。きっと英語ペラペラだよ』
エド君こと、エドワードこと、角田洋一。同級生の中では一番の秀才で、今ではイギリスに留学している。顔立ちも気立てもよく、一番人気の男子だった。
「キサ君も懐かしいなぁー。まだ霞さんと続いてるの?」
『うん。今は同棲してるんだって。相変わらずラブラブみたい。羨ましいなぁ』
さっちゃんこと、キサ君こと、如月皐月。千歳の初恋の相手だったが、先約があったので、見事に玉砕。その時に付き合っていた女性との関係は今でも続いているらしい。
「確かに羨ましいなぁ。あ、でもちーちゃんにはあたしがいるから!」
『あはは、みゆが相手なら、遠距離恋愛になっちゃうよ』
二人はしばらくの間、思い出話に花を咲かせる。高校を卒業して二年も経てば、友人が置かれている状況は変わってくる。県外に就職して、なかなか帰ってこない者。大学に入って急にキャラが変わった者。ニート生活を送っている者。そして音信不通の者。千歳はそういう情報をたくさん持っていて、深雪が気になっていたことは次々と晴れていった。
どれぐらい話しただろうか。映画はとうの昔に終わり、深雪の晩酌も缶ビールが一本空いて、テーブル上にある麦焼酎のお湯割りはこれで二杯目だ。日付も変わって、短針も倒れ始めていた。
「ふあぁ……。ちょっと眠くなってきちゃった」
疲れと酔いが混じってきて、瞼が重い。それは千歳も同じようだ。
『うん、私も眠いなぁ……』
「じゃ、そろそろ寝よっか。また今度ね」
『うん、おやすみ』
「おやすみ」
深雪は電話を切ると、あくびをしながらベッドに潜り込み、電気を消した。
睡魔はすぐにやってきた。
千代田千歳です。
みゆとは小学校からの親友で、部活も一緒でした。
一緒に自主練したり、買い物したり、キャンプに行ったり。
……なんか昔のこと考えてると、ちょっとしんみりしてきちゃった。早く会いたいなぁ。
……って、忘れてた。
次回 「目覚めた先は」 お楽しみに!
同窓会、楽しみだなぁ。




