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#14・大切なひと

~カレワラ城・城主室




 城主室の中には、いつもの指揮官が揃っていた。飛び込んできた情報が情報なだけに、皆が緊張した面持ちを浮かべている。

「……みんなも聞いたと思うけど、ハイランド軍が動き出したよ。数は一万。ここで決着をつけようとしてるみたい、だね」

 ミカが喋り出す。今日はやけに饒舌だが、声の端には緊張が混じっているようだ。

「どう対処しますか? 先日と同じ戦術が通用するとは思えませんが……」

「うん。……だからこそ、僕達もここで決着をつけようと思う」

 ミカの発言で、場がどよめく。驚いているのはラナ。目を輝かせているのはキーラ。アドルフは渋い表情だ。

「相手も焦ってる。それに、エピードの戦況も膠着してる。ここで大きな勝利を挙げれば、この戦争の流れはこっちに傾くと思う。そうなれば、マリオン達にがんばってもらって、いい形でこの戦争を終わらせることができるかもしれない」

 前半は先程フィリップが言っていたことの受け売りだ。だが、後半の戦争の流れについては、フィリップは何も言っていない。どうやらミカが自分で考え、導き出した答えのようだ。皆が集まるまでの間、彼はフィリップにどういう理由で戦うのかを聞いていたから。

「マリオンもブリュスの人を煽ってるみたいだから、ハイランド軍に大きなダメージを与えれば、ブリュスの人も動き出すと思う。そうなれば、ハイランドは帰るところがなくなっちゃう。帰るところがなくなれば、戦争は続けられないよね。……これが、ここで決戦を選んだ理由」

 ミカの言葉に、その場にいた全員が驚きの表情を浮かべる。それはフィリップも同様で、彼の入れ知恵ではないようだ。無論、深雪も例外ではなかった。

 フィリップの決断への理由付け、ということでここまで考えたのだろうか。入手した情報を自分なりに分析して、皆が納得のいく説明をできるように。だとすれば、部下の意見を聞き入れ、自分の持つ知識と情報と組み合わせ、皆に納得のいくよう説明する。それは良い上司の行為に他ならない。

「……わかりました。そういう考えがあるのなら、私達も反対はしません。確かに戦が長引けば長引くほど、じり貧になるのはこちらですから」

「それで、どんなふうに戦うの?」

 キーラの声は弾んでいる。彼女は最近の戦況を「ホントに不景気なんだからー」とぼやいていただけに、今回の決戦策に感じるものは大きいようだ。

「それは、フィリップが説明したほうがわかりやすいと思う。フィリップ、お願い」

「あぁ。決戦を挑むといっても、こちらの兵力が劣勢であるのには変わりない。先日と同様、地形を利用しなければならん」

 フィリップの説明が始まる。そこで手持ちぶさたになったのか、それとも緊張の糸が解けたのか、ミカがこちらに笑みを浮かべてきた。よくやった、と褒賞の意味を込め、親指を立てて返事。すると、ミカの笑顔がもう一度弾けた。

「まず、先日と同様に部隊を三つに分ける。中央は俺、右翼はラナ、左翼はアドルフとキーラ。戦術そのものは単純だ。俺がわざと敗走し、敵の追撃を誘う。敵を誘い込んだところで、両翼から攻撃を仕掛ける。敵が浮き足立ったところで、俺も攻撃に転じ、包囲を成立させ、殲滅する。以上だ」

 フィリップが言っているのは、紛れもない「釣り野伏せ」だ。これについては深雪は特に口出しをしていない。フィリップが独自に思いついたものだ。洋の東西を問わず、常套戦術なのだろう。ただ、少数で大軍を相手に、最も難易度の高い戦闘行動である「勢いを得た大軍を前にしての、統率を保ったままでの退却」を行わなければならないため、非常に難易度の高い戦術ではあるのだが。

「ミユキ殿の世界では『ツリノブセ』と呼ばれている戦術だそうだ。我々もこの呼称を使わせてもらおう」

「あの、フィリップ殿」

「ふむ」

「やろうとしていることはわかりました。確かに上手くいけば効果は高いと思います。ですが、予定通りに敵を釣れなかった場合は……?」

 ラナの声と表情は不安そうだ。彼女の性格ならば、この博打性の強い戦術に難色を覚えるのも無理はないだろう。

「そのときはお前達が敵側面に回り込み、強襲という形で攻撃を仕掛けて欲しい。こちらが上手くいかないと判断したときは、躊躇せずに動いてくれ。そうしなければ、各個撃破されるのが関の山だ」

「……なるほど。戦機を逃してはならないということですな」

「タイミングが狂ったら台無しだもんね。うーん、難しいなぁ」

「何、お前達の力量なら間違いなくできるさ。ここにはソプニカ最精鋭が集まっているんだからな」

 フィリップが笑い、不安そうな表情を浮かべているラナとキーラの肩を叩く。「赤い虎」との異名を持つほどの武人であるフィリップから褒められるのは自信になるようで、二人の表情、いや、緊張は少し緩んだようだ。

「こちらも使える兵力全てを投入する。中央には二千五百、両翼に千二百ずつだ。すぐに準備、出陣するぞ。カレワラ、いや、ソプニカの興廃はこの一戦にかかっている。諸君等の健闘を期待する」

 フィリップの号令で、その場にいた全員が敬礼をする。その後、準備のために城主室から出ていった。残ったのは深雪とミカ。

「お疲れさま。さっきは良かったよ」

 労いの意味も込めて、ミカに声をかける。すると彼ははにかんで、深雪の隣に座った。そして、いつもの上目遣い。何度やられてもこれには慣れない。まったく、美少年の上目遣いは反則だと何度言えば。

「そうかな? ……えへへ、深雪に褒めてもらえるなんて、なんだか嬉しいな」

「ホント、ミカ君がしっかりしてるとあたしの出る幕がなくなっちゃうよ。嬉しいことだけどね」

 嬉しそうにしているミカの頭を撫でてやると、ミカは少し寂しそうな表情を浮かべた。何か地雷でも踏んでしまったのか。ひょっとしたら、今日のミカが饒舌な理由がわかるのかもしれない。

「……ねぇ、ミカ君。ミカ君が色々張り切って物事に当たってくれるのは、あたしにとっては凄く嬉しいことなの。あたしが教えてきたことをちゃんと活かしてくれてる、ってことだから。……今日のミカ君は、昨日までのミカ君とは全然違う。その理由、教えてくれない?」

 深雪の問いかけに、ミカは一瞬躊躇するも、深雪の顔を見上げ、笑顔を浮かべた。その笑顔は普段の笑顔ではなく、決意が孕まれている。深雪はそう感じた。

「……僕がしっかりしなきゃ、深雪が安心して帰れないから」

「……ミカ君……」

 ミカの言葉ははっきりしていて、淀みがなかった。

「昨日、あの後、僕はずっと考えてたんだ。深雪がここに残ったら、深雪の家族や、友達。そんな深雪を好きな人はどう思うのかな、って。僕も深雪が好きだから、よくわかるんだ。いきなり深雪がいなくなっちゃって、そして、帰ってこなかったら、僕はとっても、とっても悲しい気持ちになる。それは、深雪の家族も、友達も、きっと、同じ、気持ちだと思う」

 考えていた時点では覚悟していても、言葉にすると悲しくなるのか、ミカの声に震えが混じると共に、彼は目を擦った。そして、少しの沈黙の後、精一杯であろう笑顔を浮かべる。

「僕がずっとメソメソしてたら、深雪は、安心できない、でしょ? だから、僕は、しっかりした……ちゃんとした領主にならなきゃ。そうしないと、深雪が、僕に、教えてくれたことが、無駄になっちゃうしね。だから、さっきは、フィリップじゃなくて、僕が仕切ったの。……さっき、深雪に褒めてもらって、僕は、凄く嬉しかったんだよ」

 ミカが元々抱いていた責任感と、領主としてのうっすらとした自覚。そして才覚。それらはこの戦争で大きく成長したようだ。それに自分が少しでも関係していることに、深雪はえもいえぬ感覚を覚えた。それはどこか嬉しくて、それでいて少し寂しかった。巣立ちというのはこんな感じなのだろうか。深雪は少し考えた。

「深雪がいなくなっても、深雪から教えてもらったことや、深雪と一緒にいた、思い出が、あるから。……だから、寂しくなんか、ない。そう、思うように、したんだ」

 ミカは声を震わせながらも、笑みは絶やそうとしない。こちらを不安にさせないように、ということだろうか。そんな彼のいじらしい姿を見ていると、あのときの感情が再びやってきて。

「……ばか。そんなこと、言わないでよ……」

 ミカをそっと抱き締めた。ほんの少しの間の後、ミカの手が深雪の背中に回される。彼の呼吸と体温が感じられる。そんな距離。

「あたしだって、泣いちゃうじゃん……」

 ミカがこんなに頑張っているんだ。遙かに年上の自分が「ミカと別れるのが寂しい」とだけ思っているようじゃ、情けないったらない。

「残りの時間、いろんなことを、ビシビシ教えてあげるから。覚悟してなさいよね……!」

 自分の声が震えていることに今更気付いたが、そんなことはどうでもよかった。




~カレワラ城・兵舎




 キーラは自分に振り分けられた部隊の隊長に説明を済ませると、自分の準備をするべく自室へと向かっていた。

 二人の姉に比べると、自分の評価は明らかに劣っている。それは自覚している。そして、姉と自分は出来が違うから仕方ない。それを努力をしないことへの言い訳としていた。

 だが、深雪の存在が、その意識を変えつつあった。

 彼女はただの学生と称していて、実際に戦場には立っていない。しかし、あれだけの知識を蓄えたのなら、それはやはり努力の賜物なのだろう。努力は馬鹿にできない。そして、自分は二人の姉と同様、ユーティライネンの血を引くのだ。姉にできて自分にできないはずがない。体の弱いマリオンと、色々と背負い込みすぎるラナ。頑丈な体と脳天気な性格を持つ自分が、彼女らの助けになるような存在にならねばならない。

 そんな決意を抱きながら、ラナの部屋の前を通る。扉が少し開いていたので、せっかくだから挨拶しておこう。そんなことを考えながら部屋の中を覗いてみると、そこにはラナの他にアドルフがいた。

 この状況で聞き耳を立てるのはいけないことでしょうか?

 いいや、それは仕方ないことだよ。

 キーラはそんな自問自答を済ませると、扉に張りついた。

「姫将軍、いよいよ……ですな」

「えぇ……。ミカ殿の言うとおりに事が進めば、これでブリュスを奪い返せるかもしれません」

 えぇー。二人っきりなのにこんな堅苦しい話とか。

 全く色気のない会話内容に顔をしかめるキーラであった。

「今回もアドルフとは別々ですね。やはり、少々不安が残ります」

「いえ、姫将軍なら全く問題はありません。貴女の実力は拙者が保証しますよ」

「そうでしょうか? ……そうですね。それに、これがアドルフと思えば、不安はなくなるかもしれません」

 ラナが首飾りに手をかけた。なんでもアドルフにプレゼントされたものらしい。無骨な彼が選んだとは思えない、なかなか趣味のいい物だったが、選んだのは深雪だと聞いて納得した。

 というか、なんだかいい雰囲気になってきたんじゃないですか?

 キーラはワクワクを隠そうともせず、部屋の中を覗き見る。

「そ、そうですか。……あ、あの、姫将軍。いえ、ラナ様」

「は、はいっ」

 アドルフが突然名前を呼んだことに驚くラナ。こういう仕草は妹である自分から見ても可愛らしいと思う。

「拙者は、その……」

 次に来る言葉はわかりきっている。この二人の仲の良さを考えれば、躊躇するまでもない。何を迷っているんだ。

「な、な、何でしょう?」

 ほら、ラナ姉も顔を真っ赤にしてる。これは待ち受けてるんだってば。期待してるんだって。

 その次には気まずげな沈黙が覆う。言わんこっちゃない。

「……いえ、この続きは、この戦が終わって、ということで……」

 なんだそれ。

 思わずずっこけるキーラだった。そして、それで扉が完全に開いてしまう。

「キーラ!?」

「キーラ殿!?」

 二人の視線が刺さる。痛い、痛いってば。

「……い、いや、何してるのかなー、って思ってさ。それよりアドルフ!」

 追求をかわすべく、強引に話を逸らす。

「は、はいっ」

「この戦が終わったら、なんてのは、死ぬ人が言うセリフだよっ!」

 前に深雪から聞いたことだ。まさか自分も言うはめになるとは。

「この戦争が終わったら結婚するんだ、とか、絶対言っちゃダメだからね!」

 そうやって釘を刺しつつ、少しずつ後退。

「それじゃ、お邪魔しましたー!!」

 廊下に出たところで、一気に逃げ出すキーラであった。なんだかやらかした気がするが、まぁ二人の緊張を解いたということで良しとしよう。

 しかし、自分にもあんな相手が欲しいものだ。少しため息をつくキーラだった。




~フィリップの部屋




 フィリップには変わった習慣があった。

 出陣の前は、部屋の窓を閉め切り、薄暗い空間を作る。そして、ララに膝枕をしてもらい、目を瞑る。

 その間、ララは特に何もしない。たまにフィリップの額を触るぐらいだ。何か喋る訳でもない。奇妙な沈黙が場を覆う。

 自分の姿を客観的に見てみれば、変な光景だと思う。だが、これが不思議と落ち着くのだ。

 ララは頭の何かが抜けてるとしか思えない。だが、いや、だからこそ、彼女は嘘をつかない。

 フィリップはそんな彼女を愛していた。側にいてくれるだけで落ち着く。そんな存在は他にない。

 ひょっとしたら、髪と同じように真っ白な彼女の心に、自分の行動を写しているのかもしれない。そして、彼女に肯定してもらっているのかもしれない。彼女は嘘をつかないし、何かを否定することもない。

 とどのつまり、そうやって自らを正当化しているに過ぎない。

 だが、ララの真っ赤な瞳は、どんな言葉よりも安心感を与えてくれる。それは自分が彼女を愛しているからだろうか。

 ララの細い指がゆっくりとフィリップの頬をなぞる。食器よりも重いものを持ったことがないかもしれない彼女の手は非常に柔らかい。幾多の血にまみれたフィリップの手とは大違いだ。

「……フィリップ」

 ララが口を開いた。

「すき」

 額に唇の感触がした。


「フィリップ様、失礼します」

 兵士の声で、心地の良い沈黙は終わった。

「兵のほう、集結いたしました」

 フィリップはその声で目を開け、起き上がる。ララが名残惜しそうにこちらを見つめていた。

「わかった。すぐに行く」

 愛用の剣を手に取り、ララの髪を撫でる。

「……じゃあ、行ってくる」

「うん」

「勝てると思うか?」

「うん」

 ララが無邪気な、それでいて何よりも安心できる笑顔を浮かべた。

次回、いよいよ決戦。



―――

お久しぶりです。

自分の筆の遅さが嫌になります(もはや口癖


この作品もあと少しなので、もう少しお付き合いください。

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