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#11・それぞれの謀略

~カレワラ城内・謁見室




 先の勝利から数日後。カレワラ城は慌ただしく動いていた。それはここ謁見室も例外ではなく、深雪は部屋の掃除に勤しんでいた。普段から使われている場所ではないため、結構埃がたまっている。

 理由はこれから迎え入れる人にあった。

「……ミカ君、マリオンさんって、そんなに凄い人なの?」

「そうだね。まだ二十五歳なのに、中央でかなりの力を握ってる。こないだの和平交渉の流れを決めたのもマリオンだしね」

 中央で力を握っているということは、武勇ではなく政治手腕によるものだろう。重要拠点であるブリュスの名目上の領主というのも、それを後押ししているのかもしれない。それに、先日の和平交渉の流れも一人で覆したのだ。よほどの人物だろう。一流の政治家かつ、扇動家アジテーター。今までの話から、そんな印象を受けている。

「ふーん。だからこんなに掃除とかしてる訳?」

「僕は普段通りでいい、って言ったんだけどね。サビーネがそういうの気にするタイプだから」

「へぇ。確かに真面目な感じはするなぁ」

 手は休めずにミカと雑談を交わしていると、メイドが入ってきた。

「失礼します。マリオン様、見えられました」

「うん。通して。ミユキもそのへんでいいよ。それにしても、結構細かいんだね」

 ミカがくすくすと笑った。あまり頻繁に片付けはやらないが、やりだすととことんやってしまう。凝り性な部分があるのは否定しない。

「そう? じゃ、あたしはこの辺で……」

「待って。向こうが『女神様』に会いたい、って言ってるから。そのままのカッコでいいから、ここにいて」

「え」

 意外な展開だが、考えてみれば無理もない話だ。自分をこの世界に読んだのは中央政府。フィリップはそのことを「無駄金を使う」と批判していた―その後、いい買い物だったと言ってくれたが―。それで効果が現れているのだ。見てみたい、というのも無理もない話だろう。

「でもあたし、埃まみれだよ?」

「大丈夫だよ。埃まみれでも、ミユキはミユキだもん。そんなのでミユキをバカにするのは、ミユキのことをわかってない、ってことだから」

 ミカはにっこりと笑顔を浮かべて、深雪の体についた埃を払う。その仕草はなんだか可愛らしくて、さっきの言葉と併せて少しきゅんとする。とりあえず、恥ずかしさを隠すかのように笑顔を浮かべる深雪だった。

「失礼するぞ」

 女性の声。それに合わせてミカは机に戻る。深雪もミカの横に立った。そのタイミングで部屋の扉が開き、二人の女性が入ってくる。

「久しいのう。息災なようで何よりじゃ、ミカ」

「こちらこそ。元気そうだね、マリオン」

 マリオンと呼ばれた女性が部屋の中央まで足を進める。鮮やかなプラチナブロンドの髪と顔の造形は、確かに妹であるラナやキーラと通じている。ただ、髪は短く、化粧も美しいと言うよりは凛々しいといった感じだ。スレンダーな体型に、着ているのも男物の白い詰襟。胸元にはユーティライネン家の紋章だという桔梗の刺繍がしてあった。言うならば男装の麗人だ。宝塚にいそうだな、と思う深雪であった。

「それで、そちらのお方が女神様……かの?」

「あ、はい。一応そう呼ばれてます。白雪深雪です」

「ずいぶんと気さくな女神様じゃの。ラナから聞いていたとおりじゃ。わしはマリオン・ユーティライネン。ブリュス領主にして、中央で四参議よんさんぎをやっておる。こちらはファルクラム。わしの秘書じゃ」

「ファルクラムです。よろしくお願いします」

 マリオンの後ろにいる、ファルクラムと呼ばれた少女が頭を下げた。見たところ十五歳ほどで、褐色の肌に銀色の髪、それに青い瞳を持つ。どことなく色素の薄い感じのする人が多いソプニカ地方では珍しい感じの少女だ。ファルクラムと言われてMiG-29が即座に浮かんでしまうのは年頃の女性としてどうかと思うが、今更そんなことで悩んでも仕方ない。

「戦況は良い具合に進んでおるようじゃのう。さすが、ソプニカは精鋭揃いじゃな」

 ファルクラムがメモを取り出した。議事録なんて文化があるとは思えない。後で言質を取るためのことだろうか。

「フィリップやラナ達が頑張ってくれてるからね。こないだの戦いから、ハイランドもじっとしてるみたいだし」

「戦果は……」

 マリオンがちらりと後ろを見た。その仕草で、ファルクラムがすぐに手帳を開く。

「敵兵三千八百に、大量の物資を焼失させたと聞いています。こちらの損害はおおよそ千」

「うむ。さすがは『赤い虎』じゃな」

 マリオンが笑顔を浮かべる。が、その笑顔はすぐに暗いものとなった。

「じゃが、まだ足りぬ。開戦、いや、十五年前からの代償は、まだ支払われておらぬ。ハイランドにはまだまだ血を流してもらわねば、な」

 マリオンの声と表情には狂気が孕まれていた。どこか偏執的なものが。

「ミカ、カレワラには期待しておる。エピードもよく持ちこたえているようじゃが、どうもあちらは囮のようじゃ。敵は本気でかかってきておらぬ。やはり、ブリュスを奪い返さぬ他には、この戦を終わらせることはできぬ」

 マリオンの言うことは一理ある。だが、以前ラナから聞いていたことと併せ、深雪にはどうも私怨混じりに聞こえた。

「ブリュスを奪い返せるかどうかはわかんないけど、早く終わらせることができるようには頑張るよ。財政も苦しいみたいだし」

 平時からの蓄えがあるとはいえ、カレワラの財力はそう高くない。フィリップが軍事に専念できるよう、サビーネはほとんど一人でカレワラの財布を切り盛りしていた。なんだかんだで、ミカはカレワラの台所事情をよく把握している。幼いとはいえ、領主は領主なのだ。

「軍資金に関してなら心配はいらぬ。後方の者に出させるだけじゃ」

「それで素直に出してくれるの?」

「何、人を出すか、金を出すかじゃ。そなたらのみに苦しい思いはさせぬよ」

 マリオンの声が元に戻った。ハイランドに関しての話のみそうなるとすれば、彼女が抱いている憎しみは途方もない量なのだろう。

「ところでミユキ殿。そなた、女神様という割には、ずいぶんと埃をかぶっておるのじゃのう」

「あ、はい。さっきまで掃除してましたので」

「ふむ。女神様が雑用とはのう……」

「今のあたしは、あくまでミカ君の御伽衆の白雪深雪です。女神様は、またなんていうか、別なんです。演じてるだけ、というか……」

 深雪は昔から演技が上手いという長所があった。国語の時間の朗読なんかは結構熱を込めてやっていたし、中学生の頃に部活紹介で劇をやった時―剣道部だったが、ウケを狙ってのことだ―、演劇部からスカウトされかけたこともある。

 そんな訳で、深雪の中で「女神様」は別物として出来上がっていた。今ここで女神をやれと言われればやるが、普段はあくまで白雪深雪である。

「なんていうか、じっとしてられないタイプなんですよ、あたし。世話焼きというか、おせっかいというか……。今はミカ君の役に立ちたいな、って気持ちが大きくて」

「ふふ、ようできた娘じゃな。よかったのう、ミカ。これで嫁には困らぬぞ」

「はいっ!?」

 マリオンがくすくすと笑う後ろで、ファルクラムが頷いている。プライベートな話になると見たのか、メモを取る手は止まっていた。ミカはといえば、返事に困ったような、微妙な感じの笑顔を浮かべていた。

 ミカの表情を見て、ちょっとだけ悲しい気分になる。

 って、それが普通じゃないか。自分みたいな残念な女、よほどの物好きじゃないと拾わないだろうし。それに、ミカはまだ十歳だ。そんなことを考えるような年齢でもないだろう。

 変なことを聞くから、返答に困っているだけなんだろうな。

 ミカの表情をそう解釈した深雪だった。

「別に、ミユキがいいんなら、いいけどさ」

「はいっ!?」

 ミカの回答は予想を裏切るものだった。心底驚く深雪に、相変わらずくすくすと笑っているマリオン。当のミカはといえば、拗ねたような、どこかつっけんどんな表情だ。

「もう、こんな話してる場合じゃないでしょ。時間は大丈夫なの?」

「ふふ、すまぬすまぬ。……ファル」

 マリオンの声で、ファルクラムは紙を一枚取り出した。マリオンはそれにペンを走らせる。

「軍資金と兵糧の供出は約束する。これが証書じゃ」

 その紙をミカに渡す。内容は後方から軍資金を供出させることを保証するものだった。

「何もなければ、これを証拠として訴えてもらっても構わぬ。さすれば、わしはしかるべき罰を受けるじゃろう」

「……うん。そんなことがないよう、期待してるよ」

「安心せい。わしは約束は違わぬ。ブリュス奪回のほう、よろしく頼むぞ」

「精一杯努力するよ。マリオンこそ……うん。頑張ってね」

 和平、という言葉を出さなかったのは、ブリュスに対してただならぬ執着を見せるマリオンへの配慮だろう。

 ブリュスの奪還は難しい状況だ。だが、資金と兵糧を供出してくれるというのなら、それなりの姿勢は見せねばなるまい。相手が有力者であるマリオンということもあり、それなりの誠意は見せる必要があるだろう。

「ラナ達には会った?」

「いいや、まだじゃ」

「じゃ、兵舎にいると思うから、案内させるよ。僕も後で行く」

「では、そうしようか」

「うん。じゃあ、外の衛兵に案内してもらって」

「うむ。では、失礼する」

 マリオンとファルクラムは会釈をし、部屋から出ていった。深雪とミカはほっと一息つく。

「ふぅ~、マリオンさん、行ったね」

「うん。疲れたなぁ……」

 よほど疲れたのか、机に突っ伏すミカ。そして、顔を伏せたまま話を切り出した。

「……ミユキ、さっきの話だけど」

「さっきの話?」

 さっきの話と言われても、色々あって、どれがどれだか。

「お嫁さんの話」

「……あぁ。マリオンさんも変なこと言うよね! 急に何言い出すかと思ったらさ!」

 思い出すとちょっと恥ずかしくて、変な口調になってしまった深雪だった。

「……僕は、本気だから」

「…………え?」

 ミカはこちらを見ないまま呟くと、後に言葉を続けなかった。意味深な沈黙。

 というか、これは告白ととっていいものだろうか。告白なんかされたこともないので、どんな感じなのかよくわからない。

「父上と母上がいなくなって、僕が本音を言えるの、ミユキだけなんだもん……」

 ミカの声は弱々しい。これはあれだろう。好きというよりも、側にいてほしい、そんな意味でマリオンの問いに答えたのだろう。とりあえず、今はそういうことにしておこう。

「……話ならいくらでも聴くし、話し相手にもなってあげるから……ね? 大丈夫。今はミカ君の側にいるから」

 とりあえず、ミカを励ますかのように背中を撫でる。すると、彼は頭を上げて、こちらに笑顔を浮かべてきた。

「……ミユキさえよかったら、いつまでもここにいていいからね?」

 なんだか言葉が詰まる。この戦争が終わったら、深雪は元の世界に帰るのだ。少なくとも、今はそのつもりである。

 だけど、自分がいなくなると、ミカはどうなるのだろう。そこが一番の気がかりである。自分のような本音を話せる者がいなくなったら、誰を頼るのだろう。

「って、マリオンが待ってるね。行かなきゃ」

「そうだね。待たせちゃ悪いよ。……あたしはどうすればいい?」

「んー、のんびりしてて。お掃除、疲れたでしょ?」

 ミカははにかんで、椅子から立ち上がる。そして、部屋の出口へと向かっていった。

「……あ、そうだ」

 ミカは扉の前で足を止めると、こちらに振り返ってきた。

「さっきのこと、みんなにはナイショでね」

 そしてウィンクを浮かべるとともに、人差し指を唇に当てて少し艶っぽく笑うのだった。

 その表情は反則だよ。

 深雪は照れながらも、ミカに返事するかのように人差し指を唇に当てた。




~ブリュス城・領主室




 夜。

 コリアノフは習慣である晩酌をしながら、エピードを攻めているモルドフから届いた手紙を読んでいた。

 もう歳ということもあり、最近は体調が優れない。元々病を患っていたし、ソプニカの寒さは堪えるものがある。医者から「酒は控えるように」と言われているが、こればかりはやめられない。

「……やれやれ。『寒国さむぐにの狂犬』ともあろう者がな」

 手紙を読み終えたコリアノフは苦笑する。

 手紙の内容は、エピードの守りは堅く、どうにも攻めあぐねている、というものだった。モルドフの性格からすれば、どう考えても演技だろう。

 何せ、彼は「攻撃こそ勝利に繋がる」と固く言い張る将である。ここぞというときに、兵の損害を恐れぬ猛攻を加えることが、彼のあだ名である「寒国の狂犬」の由来だ。ただ、彼は兵卒に下士官といった実際に戦っている者に優しく、彼のために命を捨てても構わない、という者も多い。戦局を見逃さない戦略眼と兵からの人望が、彼をただの猪武者ではく名将としている所以だ。

 それ故に、モルドフは攻城戦を得意とする。いくらエピードが堅城とはいえ、彼が落とせないということはないはずだ。

「全く、演技するならもう少し上手くやれば良いものを……」

 コリアノフは苦笑して、蜂蜜酒を飲む。若い頃からの愛飲品で、そう高い酒ではない。そのため、たまに「身分にそぐわない」と言われるが、これが一番しっくり来るのだ。

 コリアノフとモルドフには、密命が下っていた。

 現在のハイランド政府は、武官と文官が激しい対立を繰り広げていた。このソプニカ遠征は、文官側の提案によるものである。軍は「準備期間が足りず、また秋にソプニカに遠征するのは無謀である」と主張したが、文官贔屓の皇帝の決断によって決行されたという経緯がある。元々彼は即位の際に文官に支持されたという過去があり、軍とは距離を置いていた。

 そんな文治派ともいえる皇帝と違い、皇太子は若い頃を軍で過ごしたことがあり、武官側の人間である。彼は督戦官の存在がハイランド軍の行動を阻害していると考えており、中央集権が成り、皇帝が絶大な権力を持つ現状にはそぐわないと主張している。だが、皇帝はその意見に耳を貸さなかった。

 ならば、実例を作り、自分が皇帝となった際に廃止する他にない。

 皇太子はそう考え、自分の側近であるモルドフとコリアノフに密命を下していた。

 褒められる内容ではないし、誇れることでもない。それに、自分の配下にも申し訳ない。すでにミレーニンも命を落としている。

 コリアノフは激しくせき込む。口元から離した掌には、赤いものが付着していた。

 だが、どうせ長くない命なのだ。いくら悪人と罵られようと、ハイランドのために捧げるとしよう。

 コリアノフはそう呟くと、モルドフからの手紙を蝋燭にかざした。

キーラ・ユーティライネンらよ。


あのさぁー、最近僕の出番少なすぎじゃない?

ラナ姉が目立ちすぎなんらよー。

あたしに恋愛フラグとか立たないのー?


色々下れ動いてるみたいらけど、僕らは目の前を片付けるしかないよね。

それで、目指すはハーレム!!



―――



年度末ですね。忙しいです。

現在大きな案件を抱えており、どうも執筆意欲が湧かないといいますか。

結局帰ったらゲームとかしちゃってるんですよ。

気長にお付き合いしていただければ幸いです。

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