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六話

ネロは、何故朝ごはんを食べなかったのかと後悔しながら、皿に乗ったザッハトルテに鋭くフォークを突き刺した。エドワードは銀のトレイからタルトやパイなど様々な洋菓子を出してはネロの前に沢山置いていき、カモミールで作ったお茶をカップに注ぐ。最初は不審がって食べなかったネロも次第にその舌がとろけるような美味しさに負けてどんどん口へと運んでいった。

咀嚼しながら、ネロはエドワードの嬉しそうな横顔を見つめて眉根を寄せた。


「俺をまるまる太らせて…食うのか?」

「あはは、またそれ?安心して、肉はチキンしか食べないから。あ、あとラム。」

「…安心できない…が、お前が本当に作っているなら…まあまあ美味い…かもな」


エドワードはぱっと顔を輝かせて笑顔を見せた。ネロは褒めたことを悔やんでフォークを投げ出して、お茶をすすった。エドワードはそれでもトレイからケーキを溢れんばかりに皿に盛り付けて緩みっぱなしの表情でネロを見つめた。


「気に入ってくれて良かった。今日は何を持って帰る?そうだ、ご飯はどうかな、ほらソフィアも喜んでたし、よかったら夕食も…」

「…勘違いすんなよ、だいたいあのカラス俺なんか歓迎してねぇし。」


ネロはカップを置いて、大きくため息をついた。機嫌を損ねてしまったと後悔したエドワードは、ごめんと呟いてケーキを出す作業をやめた。

ネロはエドワードの落ち込んだ表情をどこか呆れたように見つめて、最後のケーキを口いっぱいに放り込んで席を立った。


「あ、ネロ?」

「…ペンダント、捜してくる。邪魔すんなよ!」


びっ、と木の棒を振りかざしたネロに頷いたエドワードは、悲しそうな顔をして眉を下げた。先ほどからころころと表情が変わる悪魔だとネロは内心思い、木の棒を再びベルトに挟んでダイニングを出た。

細長いテーブルの右端に座ったままのエドワードは、胸から提げたネロのペンダントを見下ろしてぽつりと呟いた。


「…ごめんね」





ネロは再び屋敷の捜索を始めた。何があるか分からないため、一度しまったものの、もう一度手にした木の棒を何気なく振りかぶりながら歩く。外は薄暗い雲が垂れ込めていて、室内は廊下のろうそくだけが頼りというほどに暗い。慎重に歩いていると、突き当りの部屋が数センチドアが開きっぱなしで、ネロは吸い込まれるようにその部屋に入った。


部屋は少女の部屋のように、可憐でまたシンプルだった。

天井付きでフリルカーテンがしかれた大きなベッドが真ん中に。そのまわりは化粧台やクローゼットがあった。ネロは木の棒を振るうのをやめて、その部屋を見渡した。誰かが使っているようだが一体誰が?そう考えていると、戸が開け放たれたベランダから、澄んだ声がした。それはまさに鈴が鳴るようで美しい調べだった。


「誰?」


ネロは思わず緊張して、心臓が高鳴るのを感じた。

この屋敷に少女なんて居ただろうか。いやいない、妻だといっていたカラスがいたが、まさかその娘?いろんなことを考えている内、澄んだその声は再び鳴った。


「エドワード?」


やがて、ベランダから物音がして、少女が姿を現した。

漆黒の艶めいた髪が風に揺れていた。大きな色素の薄い瞳がネロの姿を捉えて怪訝そうな表情を作る。だがそんな顔さえ美しく、たとえるなら百合のようで儚い印象がある美少女だった。

少女はつかつかとネロに近づいてきた。

ネロはきまりが悪そうにあたふたと赤い顔で落ち着きなく視線をさ迷わせていたが、やがて少女の張り手にあってハッとぶたれた頬を撫でて少女に向き合った。


「なに…すんだよイキナリ!」

「それはこっちの台詞。あたくしの旦那さまにあんなひどい仕打ちをしておいてどの口が物を言うか」

「だんな…さま?」

「あたくし、覚えなくて?間抜け面していたあなたからペンダントを拝借したのだけど」

「う、うそ!もしかしてあの馬鹿カラス!」


ネロの言葉が気に入らなかったのか、もう一度平手打ちした少女―ソフィアは眉根を寄せたままネロを睨んだ。


「いってえ!いちいち殴るなよ!」

「おだまりになって。旦那様があなたにどれだけお心を砕いていらっしゃるのか、分からないあなたもあなたよね…所詮食べ物が目当ての浅ましい心で我が城にいらっしゃってでしょうけどあいにく、あたくしはペンダントをお返ししませんわ」

「な、なんでだよっ!あれは大事な…」

「承知」


ソフィアは端正な顔をきゅっと寄せて、ネロの鼻先をつついた。

ネロは少し後退り、何が、と言うべく口を動かしたが、それより早くソフィアが答えた。


「お母様の…形見とか…」

「じゃ、じゃあなんで」

「あなた、ここにくるじゃない。普通のペンダントじゃあ、城にまでこれないもの」

「なっ…」


ネロは憤慨してソフィアのワンピースを掴んで怒鳴りつけた。


「そのために僕はこうしているのか!今すぐ返せ!もう二度と来るものか!やっぱり僕を食べるつもりで…」

「あなた、エドワードの一体何を知っているっていうのかしら?」


ネロは掴んでいた手を払いのけられて、よろめき、ソフィアを見つめた。

冷たい視線を送り、ネロを見つめたソフィアはもう一度尋ねた。


「あなたはエドワードの、何を知っているの?」

「それは…羽根が…あって、カラスなんかが奥さんで…」

「…それで?」

「それでって…」

「それは外見、でしょ?あたくしはエドワードの心は見えたのか聞いているの。あなたに牙を向けた?体重を聞いた?血が好物だといったかしら?」


とん、とネロの胸板をつついたソフィアは目を細めた。

ネロは深く考えるように俯いて何も言わない。更にソフィアは続けた。


「あなたは昨日と今日で何をされたの?ご飯をご馳走になってお土産をもらって、ケーキを食べたんでしょ?それで、エドワードがあなたを襲うですって?」


ソフィアは羽根を広げるしぐさをして両手を広げてあざ笑った。


「吸血鬼や悪魔にはどんなに酷いことしてもいいなんて、おそろしいわね人間って」



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