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十五話


ネロの姿に少しばかり父は驚いている様子があった。しかし何を言うでもなくダイニングをくまなく荒らして何もないか確認してまわった。ネロは黙ってその様子を窺った。


「ネロ」


やがて、何もないと察したのか作業をやめてネロの父、そして数人の若い男たちがダイニングに火を放った。


「お前が隠した吸血鬼…いや悪魔はどこにいる?」


ネロは火を落とされた所へ急いで自分の上着をかぶせたり足で踏んだりと火を止めようと懸命に走った。だが、父に尋ねられた一言に動揺して、ネロは思わずその手を止めた。


「なんて…?」

「この城の悪魔はどこにいるんだ?」

「なんで…父さんが知って…」

「この前お前が夜中出て行った日、悪いが後をつけさせてもらった」

「…!」


火は、ネロの努力むなしく絨毯を焼き尽くして大きな波のように揺らいでダイニングに置かれた豪奢な家具に燃え広がった。ネロは火を不安げに見つめて、もう一度父に返った。


「そしてお前がここの住民と仲良くすることを誓っていたのを聞いた」

「なん…で、なんでさ、エドワードは悪いやつじゃ…」

「悪魔はわるいものだ」


ネロの父はネロの腕を無理やり引っ張り、炎に包まれたダイニングを出た。ネロはたまらずその腕を振り払い、止められなかった涙を拭って腰から木の棒を抜いた。

父はその様子を見つめて、大きくため息をつく。


「聞き分けろ。母さんを亡くして、お前まで亡くしたら俺ぁどうしたらいいんだ?」


ネロは答えられなかった。確かに、父が行ったのは誰でもないネロのためで、それはネロ自身勿論分かっていた。しかし、ネロの心は決まっていた。こうするのが正しいのかはネロには分からない。だがいつだって自分が信じる通りに生きたネロは、父へこう返した。


「俺はエドワードが父さんが思っているような奴だとは思わない、たとえ裏切られたってそれは俺が選んだ道だからエドワードを恨んだりしない、今から決めるんだそんなこと…だから何も知らないのに無意味な命の奪い合いなんてさせない…!」

「ネロ!」


ネロはゆっくり後退すると、ダイニングに走ってそのドアを閉めた。

ダイニングの炎は一層燃え広がり、煙がたちこめとても危険な状態だった。

しかしネロは臆さず、しっかり前を見据える。


「俺はお前を信じた。エドワード、きっとお前もそうだと信じている」


ドアは随分壊れていたが、まだ燃えてない家具を押し付ければ十分塞げた。外からドンドンと父達が名前を呼ぶ中、ネロはエドワードがつきやぶった窓に足をかけて大きく手を広げた。


「だからしっかり受け止めてくれよ」


そして、そのまま窓から潔く、飛び降りたのだ。






 ソフィアは城のまわりをぐるぐると周り、城が赤く照らされて炎上する様を悲しげな表情で眺めていた。先ほどエドワードが飛び去っていくのを見て、恐らくネロが逃がしたのだろうと推測した。何があって城を攻めようかと思ったのか村民たちの身勝手に、ソフィアは怒りが浸透して今にもくちばしで脳天を突いてやろうかという勢いだった。

ふと、城の前を飛んでいると、ソフィアの敏感な瞳にきらきらと輝くものが見えて、

ソフィアは大きく助走をつけて地面へと急降下した。


「…これは?」


ぷつりと途中とぎれたチェーン。その金色の輝きには見覚えがあった。


「ネロのペンダント…?」


そしてそれを回収すると、ぐるりと回転して、ソフィアは森へと飛び去っていった。






 ネロはハッとして目を覚ました。

横たわっている場所は慣れ親しんだ自室のベッド。

カタカタと時計が時間を刻む音だけが響いていて、部屋はとても静かだった。

まるで昨日の暴動が嘘のように穏やかな一日が始まった。

ネロは恐る恐る体を起こすと、そっと足をおろす。体に痛みなどない。

階段を降りて誰かいないかと歩き回ると、キッチンにぼんやりと佇む、父の姿があった。


「ね、ネロ!」


父はネロに駆け寄り、安堵すると、その頭を無理やりがしがし撫でて笑った。


「馬鹿やろう…」

「俺…あの後どうなって…」

「あの後お前は下の庭先で見つかったんだよ」

「庭で?」

「てめえ、ダイニングに戻ったはずなのにどうやって下におりたんだ?」


ネロは少し考えた。ダイニングから飛び降りたところまでは覚えているのだが、その先記憶がない。どうやら無傷のようだが、心配なことは別にあった。


「父さん…エドワードは?」

「…さあな城は完全に燃えちまったが、中から死体なんざ出てこなかったぜ」

「そう…」

「止めたってどうせ行くんだろうがよ、いいか吸血鬼、いや悪魔が裏切った時にゃあもう容赦しねえから、てめえもそのつもりでいろ、ネロ」


ネロは黙って頷いた。まだ反抗した自分を怒っているかと思ったものの、父はそれでこそ男と褒めこそはすれ怒りはしなかった。

ネロは腰にあった棒を窓から投げ捨てて、身一つ、城へと足が赴いていた。





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