十三話
ネロは父が木材を保管するために使用するガレージにネロを繋ぎ止めて鍵を閉めた。
そんなにも強く縛られてはいなかったが、自力で解けないように支柱にロープで巻きつけられて、ネロは身動きが取れずにうめいた。木材の匂いと雨を感じさせる音がガレージに充満していた。
ネロはこのガレージからたいまつを持っていった父の姿を見つめて、まるで想像通りのシナリオに泣き出しそうになった。なんども解こうと動かした両腕は擦り切れて痛み、喉は渇いて空腹が腹を刺激した。このままではエドワードは村人の手で殺されてしまう。
もちろんその逆だってありえた。そのどちらも最悪な展開で、ネロはとても落ち着いて罰を受けている余裕なんてなかった。
「もし父さんが二人を見つけたら大変なことになる。あんなにたいまつを持っていったんだ、なにかあるんだ…!」
ネロはぎり、と舌をかみ締めた。舌と口の端から殴られた傷の血が伝って落ちる。ネロは渾身の声で叫んだ。
「お前の大事なエドワードがピンチなんだ、助けてくれ、ソフィアああっ!」
ソフィアは紅茶を淹れていた手を止めてふと外を見つめた。ディナーが終わり、デザートを退屈そうにつついていたエドワードは、ソフィアが突然固まってしまったので、声を掛けた。
「ソフィア?」
紅茶のポットを静かに置き、エドワードの問いかけに答えることなくつかつかと窓へ歩き出したソフィアは、風が強く雨が叩きつける窓を開け放ち、耳をそば立てた。
「ど、どうかしたの?雨が吹き込む、閉めなさい、ソフィア」
「あ…ごめんなさいエドワード」
我に返ったように再び窓を閉めたソフィアは首を傾げる。エドワードはしばらく不安そうにソフィアを見つめていたが、やがて紅茶を淹れなおすソフィアに安心して、再びケーキに手をつける。
ソフィアはエドワードが聞こえないような小さな声で呟いた。
「今あたくしを誰かが呼んだ気がしたのだけれど…気のせい…かしら」
ネロの父は、ハロルドの家を除いた村全ての家をまわり、今日子供が吸血城を探索に出かけたことをふれまわった。家々は不安げにそのニュースを聞き顔を見合わせていたが、やがて皆がハロルドの家に集結して、会議を始めた。
もう磨り減って小さくなったろうそくが、その村民たち全員をぼんやりと照らしている。
「このまま吸血城を放っておくには危険かもしれない」
「だけどどうすんだ?焼畑みたいに火でも投げるのか?」
「そうだ、燃やしてもし吸血鬼がいても焼け死ぬ…これで安全が訪れるなら火でも槍でも投げ入れる方がいい」
「吸血鬼に火なんか効くのか?」
「心臓を杭で打つんだ、そうすれば生き返らない」
村民が口々に話しているのを、ネロの父は黙って聞いていた。やがて、全員が注目するように地図を広げたテーブルを大きく叩いたネロの父は静かに告げた。
「吸血鬼なんざこの世にいねえ、誰が住んでいようが構わん、城に火を放ってあの不浄な場所を消すだけでいいんだ」
村民たちはおどおどと何やら口にしだしたが、ネロの父はそれを一括して
たいまつをテーブルにばら撒いた。
「子供たちは俺らが守ろう、そのために散々俺らを苦しめていた昔の領主の城なんざいらねえ、さあ立て、城を焼いてしまおう」
しん、と静まり返ったハロルドの家。村民たちは少しの間の後、威勢よくおお!と返す。そして勢いよくたいまつをにぎるとそれを掲げた。
「目指すは吸血城。吸血鬼らしき男がいたら迷わず立ち向かうんだ」
「おう!」
ネロの父は次々出て行った村民を見つめて誰もいなくなった室内で、ろうそくから火を借りて、たいまつを灯した。そして小さな声でそっと呟く。
「吸血城にいるのは吸血鬼じゃねえ…悪魔だ…そうだろ?ネロ」




