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九話


 エドワードはすぐに見つかった。

模型のある部屋が数センチ開いていたのだ。ネロは恐る恐るその部屋のドアを開く。するとエドワードは振り返らずに告げた。


「やあ…ネロ。こんばんわ…」


ネロは驚いて少し声が出なかった。エドワードは返事のないネロを不審がって振り返った。明かりが少なく、ぼんやりとした照明がエドワードの整った横顔を照らしていた。ネロは大きく息を吸い込んで切り出した。


「昨日は…すまなかった…その、取り乱して」

「ううん、ところでどうしたの?もう僕には用はないはず。こんな夜中に森を歩くのは危険だ、帰りなさい。送ってあげるから」

「…俺…昨日お前にペンダントを返してもらって…お前の女房から話を聞いて…考えたんだ」


普段とは違い、低音で静かなエドワードの口調は有無を言わせぬ響きがあった。しかしそんなことで引いていては自分のわだかまりが解けないと思ったネロは、エドワードを見つめて続けた。


「ペンダントを盗られて、すげぇ腹立って、ソフィアを追いかけて…お前は俺を歓迎した。村の皆はお前を不気味がってたから小さい頃から俺はお前を吸血鬼だとおもってて…それで」


ネロは視線を落とした。その右手には、エドワードが作ったクッキーが握られていた。


「だから端からお前を信用しちゃいけないと思って、お前がどんな奴で、どんな想いでいるかなんて考えたこと…なかった」

「ネロ…」

「初めてこのクッキーもらった時だって捨てたっていうのに馬鹿みたいに三回も焼くし…それで俺、困惑して昨日あんなこと…」


ネロは模型の側にたたずむエドワードにすっと右手を差し出した。

エドワードがその右手を眺めてネロの顔を見上げる。


「お前のことをこれから知ってから、俺がどうするか決める、だから改めて、自己紹介だ。」


エドワードは切れ長の瞳にたっぷりと涙をうかべて、情けなくその小さな右手を握り返した。


「ネロ…ありがとう、こんな…夜にぎでぐれで…」

「お、おいそんなに泣くことかよ汚ねえな…さっさと鼻水と涙を拭け…」

「うん、ありがどう…ネロ…500年生きてきてこんなうれじいことはないよ」

「ご…ごひゃく…」


部屋の外からその様子を伺っていたソフィアは、呆れて安堵の表情を浮かべ、飛び去った。

ネロは高級そうなハンカチでまんべんなく顔を拭くエドワードを困りながら見つめて、ふっと笑んだ。

そして泣き止んだエドワードに、再び真面目な顔をしたネロは明日のことを話した。


「明日、俺の友達がお前の城を探検したいと言い出したんだ」

「えっ、それなら歓迎だよ…!」

「馬鹿、俺の友達が母ちゃんに言って城を攻められたりしたらどうすんだよ…皆が皆お前を認めるわけがない、いいかお前は明日ソフィアと城で隠れているんだ」

「で、でもネロ…君の友達なら大丈夫だと思うんだけどなあ」


ネロは静かに首を振り、横手の模型を見下ろした。ありのままの村の風景を切り取った模型を見つめて、ネロは返す。


「人は、恐怖対称に臆病で獰猛だ。やられるまえにやろうって奴がうじゃうじゃいる。俺の友達がうっかり話してしまうこともある、友達はよくても、大人は危険なんだ」

「そ、そうか。分かったよ、ネロ」

「俺は何も知らないふりをして明日ここに来るから、お前は隠れろよ、いいな!」


ネロはそれだけ言うと、自分の荷物を担いで、エドワードに向かう。


「じゃあ明日早くにくるから、俺は帰る。話しかけたりするんじゃねえぞ!」

「うん、また」


ネロは部屋を出ようと、歩き出した。エドワードはその小さな影へ手を振っていたが、やがてネロが思い出したように振り返った。


「…クッキー、美味かった。サンキュ、」


そしてはにかんだ笑みを浮かべて、城を後にした。

一人、模型の部屋に残されたエドワードは、ネロが見えなくなってもずっと手を振り、満足そうに微笑むのだった。







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