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プロローグ

ネロは、深い森の鬱蒼とした木々を掻き分けて、カラスが飛んでいった方向を見遣り、心底うんざりしたように表情を曇らせた。

ネロが見つめる方向には、空を悠々を飛び去るカラスと、丘にそびえた古城があった。ネロは改めてその巨大な古城を見上げて、盛大なため息を漏らした。


「ちっくしょう、あのカラスよりによってあんな所に…」


薄暗い空。今にも泣き出しそうな灰色にポツンと浮かんだ城。この近隣に住む住人にはこう呼ばれていた。


吸血鬼が住み着いた、吸血城だと。



  吸血城の悪魔さま


ネロは今年、十三の誕生日を控えて少し浮ついていた。

学校から帰宅すると、まっすぐ母の墓前に赴き、ネロは母にそのことを報告していた。父は大工で、あまり家にはいなかったが母を亡くしたネロに母の分まで愛情を注ごうと、休日は努めてネロと遊んだ。そんな幸福な家庭に生まれ育ったネロの心は優しく、言葉は父に似て粗雑だったが、友人や、近隣の住民から愛されて育っていった。

ある時、ネロが五歳を過ぎた頃であった。

昔この村の領主をしていた貴族が住んでいた古城に、不気味な住人が住みついたとの噂が村中を駆け巡った。

外で遊んでいたネロは、友人の母から夕刻過ぎには必ずこう言われた。


「あまり遅くまであそんでるんじゃないよ。吸血城に連れて行かれるからね!」


何処の誰が言い出したのか。いつしかその古びた城は、吸血城と呼ばれて、住んでいるのは言うまでも無く吸血鬼なのだと、村全体がそう信じ込んでいた。

それからその付近の森は誰も近づくことがなく、今まで木材を切り取っていた木こりは森を捨ててしまった。実際、そんな人が住んでいるのかという大事な所は、誰一人として知りもしなかった。


そしてネロがこうしてカラスを追いかける少し前。

ネロは自宅で休んでいた父から呼ばれて、部屋へ向かった。

少しお酒が入っていたネロの父はベッドに横たわったまま、ネロを手招きしていた。ネロはベッドの側にあぐらをかいて座り、父は近くにあった棚から黄金のペンダントを取り出した。


「ネロ、誕生日おめでとう。何かいいもんでも食わせてやろうかとも思ったが、お前にはこれをやろう」

「何これ?女のだろ?」

「母さんの形見だ。大切にしろ」


ネロはペンダントを落としそうな父の手からペンダントを受け取り、ずっしりとしたその重みを感じた。真ん中は写真が入れられるロケット形で、バラの装飾が施されていた。ネロは親指に力を入れて中を見ようとしたものの、開かなかった。

ネロは暫くそのペンダントをいじっていたが、長さを調節して首から下げ、父に向かった。


「こんな大事なの…俺なんかが持ってていいのか?」

「馬鹿、お前が持ってなきゃ変だろ。父さんはそんなのはつけらんねぇし、もしお前にいい人が出来たら譲ればいい、なぁ?」


ネロは再びペンダントに視線を落とした。

父が言うように、この母の形見を将来自分が愛する人がつけていたら、母は喜ぶだろう。ネロははにかんで微笑んだ。


「そう、だよな…ちょっと母さんに見せてくる!」

「おい、遅くなるなよ」

「うん!」


ネロは嬉々として家を飛び出した。

家の側の急な坂道を風のように駆け抜け、一気に墓地を目指す。

いつもは辛い坂も苦ではなかった。

首からぶらりとさがったペンダントが揺れる。今のネロには向かい風すら心地よかった。


「母さん!」


ネロは、母の姿をおぼろげにしか覚えていない。母が死んでから調度十年。毎日ネロは墓前を訪れた。寂しさもあったのかもしれなかった。

ネロは母に見えるように堂々とペンダントを掲げた。


「見える?母さんの…俺、誕生日にもらったんだ。大事にする。父さんは将来の大事な人に、行く行くは渡せって。いいかな、母さん」


ネロは母の墓に、ペンダントをかけた。まるで優しい笑みを浮かべてすぐそこに立ってつけているように、ネロは思えた。

そっと囁くような声で告げる。


「俺、十三になんだ。…母さん、生んでくれて…ありがとう」


ネロは突然照れくさくなって、ペンダントを外そうと顔を上げた。

きらり、と一瞬光って目が眩んだネロは、次にペンダントを見た時、その黒いくちばしにくわえられていることを理解するのに数秒かかった。


「…あれ、あああっ!」


黒い羽を撒き散らし、凱旋の声を一発あげたカラスは大きく羽根を広げて飛び立った。ネロは素早くカラスに飛びかかったが、遅く。カラスはとうとう向こうへ飛び去ってしまった。


「ま、待て!この馬鹿カラス!」


カァ、とネロを挑発して鳴いたカラスを追いかけ、ネロは走り始めた。そして、どうしてすぐ取れなかったのかと後悔をしながら、森に消えていくカラスを追った。




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