2話
「今までありがとう、さよなら」
最後、ローズンはそれだけ言って、私との関係に終止符を打った。
◆
妹に婚約者を奪われるなんて。
こんな未来は想像していなかった。
こんな時がやって来るなんて思わなかった。
もう今までのように生きてゆくことはできない――そう思い、衝動的に家の近くの崖から飛び下りようとして。
「駄目だ!」
一人の青年に止められる。
「あ……あの、すみません。手を離してください。私はもう、生きていく気はないんです」
「命を捨てるつもりか!?」
「はい」
「い、いや! いやいやいや! それはおかしい! というより、駄目だ!」
見知らぬ青年は必死に制止してくれた。
その懸命さを見ていたら何だか冷静になってきて。
「……そう、ですね。今日飛び下りるのはやめておきます」
「安心した」
今ここで命を捨てることは諦めた。
「ですが次は……止めないでください」
「止める!」
「どうしてですか!? もうやめてください!!」
「怒るな怒るな」
「私、もう、全部どうでもいいんです!!」
「取り敢えず茶でもして落ち着こうか」
それがダイアとのはじまりだった。
◆
あれから数ヶ月。
家を捨てた私は今ダイアのもとへ暮らすようになっている。
行くあてのなかった私を拾ってくれた彼には深く感謝している。
「水換えしておくわね」
「いや、いい」
「本当に? これは毎日二回しないとって言っていたでしょう」
「それは自分でやるんだ」
「そう……分かった、じゃああっちの水やりをしておくわ」
ダイアは街の外れでたくさんの植物を育てている男性だ。
私には詳しいことはよく分からないけれど、彼の話によればそれらの植物には様々な効果があるらしい。たとえば怪我を早く治したり。この家にある植物たちは人々の健康のために必要なものだと聞いている。
「何もしなくていい」
「……でも」
「言ったはずだ、何もしなくていいと。俺は貴女をお手伝いさんとして雇ったわけではない」
「けど、住ませてもらっているのよ」
「貴女に死んでほしくないから、それが理由だ。つまり、貴女をここに住ませることは、俺の勝手な願いのためにしていること。貴女が恩を感じる必要はない」
ダイアは時に少しぶっきらぼうな物言いをすることがある。けれど、そういうところにこそ彼の優しさがあることを、私は知っている。特別な関係なんてないけれど、同じ屋根の下で共に過ごしてきたからこそ分かることだ。
「そう……でも、手伝えることがあったら言ってほしいわ」
「気持ちは嬉しい。だが気持ちだけでいい。貴女をこき使う気はない」
……優しいな。
そんな風に思いながら椅子に座っておく。
両親は妹ばかり可愛がり、妹は奴隷のような扱いをしてくる、そんな家庭で育ってきた私にとって、何も求めてこず嫌がらせもしてこないダイアは天使か神かのように見える。
「この暮らしがいつまでも続けばいいのに」
呟けば、彼は振り返る。
「何か言ったか?」
視線を向けられて。
「いいえ」
私は首を横に振る。
「でも、これだけは、言わせてほしいの」
「言いたいことは言えばいい」
彼がそんな風に返すから。
「あの時、どうしようもない状況だった私を救ってくれて、本当にありがとう」
気づけば私はお礼を述べていた。
「今、とても幸せなの」




