第一話 風の子、再臨
アストラ議会国・中央区――白亜の十議円卓。
十の議席が並ぶこの場所で、重要な儀が行われようとしていた。議席に座る各省の代表たちは、一人の少年を凝視している。
仮面の少年、レオン・サンストーン。《風の魂心器》の適合者にして、この円卓の議長の息子である。
その存在は、国の希望であり、同時に、《他国への抑止力》である。
今日、彼は十歳を迎えた。
そして――十年間禁じられていた外界への「出立」を、初めて許される。
円卓の第零席、議長シルバ・サンストーンが立ち上がる。
白髪を束ね、円卓の運営を背負う男。その目は、父親ではなく政治の頂に立つ者のものだった。
「――風を操る大槍の魂心器の適合者、レオン・サンストーン」
重く静かな声が、広間に響く。
レオンは玉座の中央に進み出て、仮面の下で目を閉じた。
十年の訓練が脳裏をよぎる。
武術、戦術、教養、統治学、そして魂心器の制御――叩き込まれた日々。
人の顔を知らず、人に知られず、それでもこの国の未来を背負うために。
議長の声が続く。
「魂心器の完全な継承と制御を修めたと、心器省より報告を受けた。晴れて、お前はこの国の最高戦力となった。そのことをここに証し、中央区外での出征を許可する。」
十議席の議員たちが一斉に頷く。
風が吹いたような、静かなざわめきが広間を撫でた。
レオンはゆっくりと手を上げ、顔を覆っていた白磁の仮面を外す。
光が差し込み、青白い瞳があらわになる。
十年ぶりに、公の場で、世界の空気が頬に触れた。――冷たく、けれど心地よい。
円卓の十の席に座る全員がレオンの顔を覗き見る。彼らは理解していた。
この少年が、国の風そのものになることを。
議長シルバが、厳然と命を下す。
「初任務を命ずる。南境――サイザールとの国境地帯にて交戦の兆しがある。この国の最高の武力を見せつけ、敵を圧倒せよ。」
広間がわずかにざわめく。外に出る初日からの国境鎮静という大舞台。
だがレオンは迷わない。
「承知しました。出陣します」
その声は、十歳のものとは思えぬほど澄んでいた。
護衛官カムイが一歩進み出て、胸に手を当てる。
「レオン様、出立の準備は整っております。道中は、このカムイが命に代えてお守りいたします。」
「ありがとう、カムイ。命は大事にしなよ。道案内をよろしく」
「かしこまりました」
レオンは小さく頷き、振り返らずに歩き出す。
十議席の視線を背に、扉の向こうへ。扉の前で仮面を着ける。
扉を開けると、外の光が、少年を包み込んだ。風が、彼の髪を揺らす。
――この日、アストラの空に、疾風が再臨した。
まだ誰も知らない、《風の子》の物語の始まりだった。




